英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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魔人決戦編

第25話

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「少しでも、勝機があると勘違いでもしたか?」

 土と石と衝撃波で打ち上げられ、最後に地面に叩きつけられた。
 痛い、苦しい、骨が折れた。
 頭が痛い、視界が黒く塗りつぶされている。これは、血?

。それが分からなかったのか? ルインと戦って何を学んでいたのだ。蒼級そうきゅうの強さは人の領域にはないと言うのに」

 地面が掘り起こされたように柔らかい。
 顔を上げれば私たちは円状の窪みの中にいるのだと理解できた。
 まさかこれは、サクスムが足を地面に叩きつけた結果できたものだとでも言うのか。

「ッアルバ、無事か?」

「――――」

 オフィキウムの問いに答えられない。
 打たれ弱い森人族はあの技で死んでも可笑しくはなかった。それでも死んでいないのは、一番近くにいたオフィキウムが私の盾になってくれたからだ。
 代わりにオフィキウムは私以上に酷い怪我だ。
 いつも大きく見えていた背中は小さく丸まり、槍で体を支えている。

「動けるのはオフィキウム、貴様だけか」

「――ッ」

「ふん、森人族は兎も角、只人族も虫の息とは。いや、二人は既に死んでいるのか」

 その言葉に息を飲む。
 死んだ、誰が?
 恐る恐る周囲を見渡す。
 上半身と下半身が別れたタウルスに体中に大きな穴を開けたアンブラを見つける。

「そん、な――」

 言葉を失う。
 そんな私を見て、サクスムが問いかけて来る。

「仲間が死ぬのは初めてか? 下らん、戦いに身を投じていながら死を目にする覚悟をしていなかったのか。脆弱な種族め」

「戦いを引き起こしたあなたたちが、それを言うのかッ」

「全て我らが悪いとでも言うのか。ふん、我らの住む大地と貴様等が住む大地。どれだけの違いがあると思う。我らにとっては我らの苦しみを理解することもなく、豊かな大地で食うものに困らずに楽に過ごしている貴様等の方がよっぽど悪に見えるがな」

 体中の痛みが酷いせいであまり痛みを感じない。感覚が可笑しくなっていることに普通は恐怖を覚えるだろうが、今はありがたかった。

「何が、悪だ。自分が善だと言いたいの?」

「当たり前だ。でなければ戦争など起こさない」

 サクスムの言葉に怒りを覚える。
 何が善だ。それに善でなければ戦争を起こさないだと?馬鹿げている。
 色んな所を旅をして、悲劇を見た。
 家を無くした家族がいた。見せしめと杭に突き刺された住人たちを見た。子供の死体が川で流れていくのを見た。死体で覆われた大地を見た。そして、仲間を庇う友人の死を見た。
 あんな光景を作った原因は、魔人族だ。
 悪と言わずして何というのか。

「あなたは殺すわ。今、直ぐに――」

 言葉に殺意を込める。
 やれるものならばやってみろとばかりにサクスムは嗤った。
 ならば、やってやろうじゃないか。
 輝力貯蔵庫を手に取り、サクスムの足に押し付ける。

「接続、開始――術式一番!!」

「ん? 何かした――!!?」

 ほんの僅かに遅れてサクスムが地面に倒れ込む。
 何故、倒れたかも分からないサクスムは困惑した表情で叫ぶ。

「何だ、何故我が倒れている!? 貴様ァッ何をした!!?」

「輝術師である私ができること何て一つ――輝術よ。術式の効果はあなたに掛かる重力を増やすと言った単純なものだけど」

「ふざけるなッ貴様如きの脆弱な輝術にやられるものかッ」

 歯を軋ませ、目をぎらつかせてサクスムは私を睨んでくる。
 これまで私の輝術が全く効いていなかったから納得がいかないのだろう。
 確かに、サクスムの言葉は正しい。
 私が森人で輝術に優れていると言っても、茈級しきゅう。蒼級には遠く及ばない。私一人でサクスムを倒すのは不可能だ。

「今まで私の輝術があなたに通じず、今発動した輝術があなたに通じた理由は簡単。その輝術は私一人で発動させたものじゃないからよ」

「なん、だ? どういうことだ!!?」

 私一人の輝術ではサクスムを倒せない。ならばどうするか。話は簡単だ。
 輝力貯蔵庫には、貯蔵している輝力全てを代償にしたもう一つの使い方がある。
 それは、血を媒介にした遠くにいる使との接続だ。
 例え輝力がどれだけ多くなったとしても、高が知れている。だから、これは私の最高出力で殺しきれなかった時に、即ち輝力貯蔵庫一杯の輝力を使っても殺しきれなかった時に使用する奥の手。

「今、あなたの体に掛かっている輝術は、ルクリア王国と周辺国家から集めた人々――

「さ、三百万人だとッ!? それほどの輝術師が只人族の中にいるはずがない!!」

「えぇ、そうよ。彼等は輝術師じゃない。だけど、知っているでしょう。輝力はこの世の生きるもの全てにある。輝力の流し方も触れるだけで解決する。問題なのは術式だけど、これは予め輝術師の方で用意しておけば良いだけ」

 サクスムが絶句する表情をした。
 私も軽い口調で言っているが、術式を用意させた輝術師には無理を言ったと反省はしている。後悔はしていないが……。
 仕組みとしては、生き残った国民全員に術式が刻まれた肌身離せないもの――衣服だったり、安全のために身を守るものと偽ってと渡した装飾品だったり――配給品を幾つか渡しておき、私の合図で持ち主から勝手に輝力が流れ、術式が起動するというものだ。

「国民全員に術式を刻んだものを用意するなど――そんな物資を何処から」

「もしかして倒れて頭に血が言っていないの? 何で私たちが何度も物資運搬の部隊を襲っていたと思っているのよ」

 得意げになってルクティアが答える。
 そう、私たちが術式を刻んで利用したものは全て魔人族から奪い取ったものだ。
 それらを国民に配給として配っていた。無論、このことを国民は知らない。
 何もしなければただの衣服であり、装飾品だ。害はない。
 まぁ、発動してしまったせいで今頃あちらでは衣服がはじけ飛んだり、装飾品が壊れたりしているだろうが。
 ちゃんとした術式を込めるものとして造られていない衣服や装飾品だったため、単純な輝術の術式しか刻めなったし、一度が限界だった。
 だが、それでも約三百万人の輝術だ。
 使い方を誤らなければ、こうして蒼級だって地に伏せさせることができる。

「だから、どうしたと言うのだッ。ただ倒れているだけだ。この術式の効力が切れたら終わりだろう。どうするのだ? 我の体には刃も、貴様の輝術も通じぬ。まさか、ここまでして後は逃げるだけかぁ!!?」

「……えぇ、そうね。悔しいけど、あなたに傷を付けることはできない」

 地面に叩きつけることはできたが、それでもサクスムの防御力は健在だ。
 倒れている彼の首に剣や斧を振り下ろそうが、鋸で斬り落とそうとしても皮膚を傷つけることもできないし、輝術を使おうにも後の戦いを考えれば輝力は温存しておきたい。
 だから――。

「だから――戦士としてではなく、卑怯者としてあなたを殺すわ」

「何ィ?」

 掌の上に作ったのは小さな火の玉。大して輝力も使わない輝術だ。それを放ち、サクスム自身が作り上げた円状のくぼみの一角を破壊する。
 すると、そこから川の水がくぼみの中に流れ込んで来た。
 私たちが
 何をするつもりなのか分かったサクスムが顔を真っ赤にして怒る。

「何だ。これは……何だこれは!! これが、これが我の死に方だとでも言うのか!? これが戦士の戦い方か!? 自分の手も汚さず、苦しめ殺すのか、これが戦士の戦いとでも言うのかぁ!!?」

 怒りの声を無視し、私たちは背中を向ける。

「おのれおのれおのれおのれおのれ!! 許さんぞ卑怯な劣等種族共がッ、貴様等など戦士ではない。貴様等など勇者ではない!! ここから這い出し、全員の首をへし折ってやるうぅうううッ!!!!」

 水がサクスムの顔を覆い、やがて円状の窪み全てが水で満たされる。
 私たちの向かい側では周囲にいた魔人族が狼狽えていた。

「四天王の一人が沈んでいるのを何とか助けようとしているのか」

「不可能でしょうね。あの巨躯に、今は重力で指一つ動けない状態よ。引き上げられたとしても、もう死んでいるわ」

「なら、あいつらの頑張りは無意味ってことね。なんなら、教えてやろうかしら?」

「……それでも、あいつらはあの男を助けるだろうな。あの男は、魔人族の英雄なのだから」

 唯一この策に乗り気ではなかったオフィキウムが静かに水面を見詰める。
 彼もまた、これは戦士の死に方ではないと思うのだろう。
 だけど、私がその考えが嫌いだ。だって、この世界にいるのは戦士だけではないのだ。
 戦う者など一部しかいない。多くは戦いも知らない人々だ。その人々が突然平穏を奪われ、死んだ。それなのに、戦士だけが正しい死を迎えられるのか。
 それは、可笑しいだろう。

「ふん、あの男が英雄なものか。あの男と戦い、犠牲となったタウルスやアンブラの方が英雄だ」

 オフィキウムの言葉に機嫌を損ねたマルムが身を翻す。
 彼の拳は僅かに震えていた。
 死体を回収できなかったことを悔いているのだろう。

「行きましょう。戦いを終わらせに」

「えぇ、周囲にいる魔人族が動揺している今が突破のチャンスだものね」

「…………」

 後ろ髪を引かれる思いで首都マルスを目指し、走る。
 魔人族の軍を突破し、マルムの案内で隠れ道を通り、王城へと侵入し――。

「ほう、よくぞ来た勇者よ。我が名はデレディオス。新しく魔人四天王の一席に座った者である」

 破壊の化身に出会った。
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