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終編
第33話
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リボルヴィアの元に里に侵入者がいると言う報告が上がる少し前のこと。
大森林の前に、騎士の一団がいました。
軍馬に跨り、全身鎧で身を固めた騎士団です。彼等の前には唯一甲冑を被っていない青年がいました。
「この森に長年潜んで来た世界を混沌に陥れる怪物共を我らが今日、ここで退治する。辛く、苦しい戦いになるだろう。しかし、恐怖に囚われてはいけない。思い出すのだ。五年前の戦いを。大森林からやって来た怪物が祖国を攻めて来た。それでどれだけの被害があったか。立った一匹の獣人に我が祖国の門は破られ、何百と言う騎士が命を落とした。どれだけの家族が涙を流したか。お前たちも知っているだろう。あんなことが二度とあってはいけない!! だからこそ、奮い立つのだ。この森の奥底に潜む怪物の首を取りに行くぞ!! 獣人族、そしてあの魔人族すら操った世界を混沌に落とすであろう最悪の種族――森人族を一匹残らず駆逐するのだ!!」
青年が檄を飛ばし、馬の腹を蹴りました。
そうして騎士たちは大森林へと入って来ました。
道中、獣人族に襲われ、半分以上の数を減らしてしまうが、それでも森人族の里を目指します。
「進め! 正義は我らにあり! 案ずるなお前たちには俺が付いている。全て俺の言う通りに動くのだ。夢のお告げでこの地形は分かっている!! こっちだ!!」
「当主! そちらは沼です!?」
「何ィ!? グ――森人族の罠かッ小癪な!!」
「今お助けします。当主!!」
沼に嵌り、身動きが取れなくなっても、配下に助けられ――。
「な、何だとッあの伝説の怪物がこんな所に!!」
「当主、野犬です。お下がりを!!」
「戯け、こんな時こそこの俺が前に出なければいけないだろうがッ!!」
「当主、当主ー!!!!」
危険な怪物と遭遇しても、剣と槍を手に戦いを挑み——。
「グァアアアア!!?」
「当主!? どうかされましたか!!?」
「グゥウッ背中が、背中がッ何だ、これは!? ハ――まさかこれは、森人族の呪いか!? 俺に勝てないと悟ってあの怪物共、俺に呪いをかけて来たのか!!?」
背中に呪いを受けても彼等は進み、なんやかんやあって森人族の里に侵入したのです。
これまでの困難で騎士は疲れ果てていましたが、青年はそんなことはありません。後ろを振り返り、疲れを見せる騎士を一喝して前に進ませます。
辛いのなら、俺の後ろ背中だけを見ておけと。これまで散々危機に陥ったら騎士たちに助けられてきたのをすっかり忘れているようです。
妄想と現実の区別のつかないお坊っちゃんを当主としている騎士たちに同情します。これまで忠誠を誓って来た偉大なる血族の末裔が馬鹿なのです。大変ですね。
そんな彼等を私は憐れみます。あぁ、何て――。
「何をしているんだ。ウニレ」
「あ、師匠。侵入者を観察していただけです!!」
「そうか」
何かぶつぶつ言っていたように見えるが、勘違いだろうか。
まぁ良い。
「侵入者はまたあいつか」
「はい、懲りずにまた来ましたよ」
先行させたウニレに合流した私は枝の上から騎士たちを見下ろす。
一番最初に目に入ったのは、騎士団の先頭を走る男。これまで何度も訳の分からない理由で森人族の里に侵入してくる只人族の男だ。
「はぁ、あの只人族の男だけなら直ぐに殺せるんですけどねぇ」
「精々――いや、かなり甘く見積もっても黒級の実力しかないからな。あれで何故か私たちを殺せると思っているのが不思議だ」
「全くです。態度も滅茶苦茶デカいですし、私初対面で何て言われたと思います? 人の言葉を喋る怪物め!って言われたんですよ」
「バリエル語を学んでいたのか?」
「はい、他国の言葉はいずれ師匠の様に旅をする時に役立つのではと思っていたので!!」
褒めて褒めてとばかりに目をキラキラさせるウニレ。
勉強するのは良いが、大袈裟に褒めることではないので軽く肩を叩く程度に済ませておく。
ちょっとだけシュンとしたウニレが視界の端に移る。
悪いが、今はやるべきことはあるのだ。
「里の周辺警備の担当が私の時に毎回来るなんて嫌になるな」
「殺しますか? いえ、殺しましょう。殺して良いですよね!!」
「その言葉には全面的に同意したいが……絶対に殺すな」
侵入者であるバリエル神聖国家の騎士を殺さない様にウニレに命令する。
私も今すぐに殺したい所だが、それはできない。
調べた所、あの先頭にいる身の程知らずはバリエル神聖国家でも指折りの名家の出自らしい。
そんな人物を殺してしまったら、最悪森人族とバリエル神聖国家と戦争になりかねない。獣人族も動きが活発になって来ているのだ。
余計な火種を起こすなと言うのが、里長の命令だった。
あの男を殺すには、それなりの理由と里長の許可が必要だ。
「いつも通りの戦術で行く。ウニレ、位置に着け」
「はい!」
ウニレに指示を飛ばした後、私は騎士団の行先に先回りし、姿を見せる。
私の姿を見て、騎士団を率いる男がバリエル語で叫んだ。
「見つけたぞ『招かねざる者』から力を授かり、栄えある八大星天の名を汚した人類の汚点。貴様だけはこの俺が必ず倒す!! 我が名はストゥ・ルトゥス・シートモリ!! 我が名をその胸に刻み死ねぇええええ!!」
「当主、上です!」
「あ、何を言って――ッ!?」
私の姿を見て突撃をして来た男をウニレが脳天に一撃を加えて意識を飛ばす。
あっさりと男は意識を刈り取られ、手綱の持ち手がいなくなった馬は徐々に速度を落とし、私の所まで来るには完全に止まった。
相も変わらず、馬鹿だな。姿を見せれば、騎士たちの呼び止める声を無視して突っ込んでくる。
「おのれ、よくもご当主を!!」
「許さん!」
主の仇――死んではいないが――を討とうと騎士たちがウニレを馬でひき殺そうとする。
私は短く指示を飛ばす。
「ウニレ、薙ぎ払え」
「はい!!」
手に持った大剣を横に払う。
森人族では決して持てない大きさと重さを感じさせる大剣。それをウニレは歯を食いしばり、全力で振るう。
森人族は貧弱だ。
身の丈に合わない大剣を扱えば、逆に重さに振られてしまうし、軍馬に乗った全身鎧の騎士と衝突すれば、簡単に踏み潰されてしまう。
だが、ウニレは大剣に振り回されることもなく、正面から衝突した軍馬に乗った騎士たちを吹き飛ばした。
凄まじい、輝術の才能だ。
ウニレが扱っている大剣。あれは実は張りぼてだ。
中身はスカスカで耐久力もないし、重さもそれほどない。ウニレも本当は引き摺りながら持ち運ぶ必要などなく、普通に運ぶことができる。
立派なのは外見だけだ。
では、何故そんな大剣で騎士たちを吹き飛ばすことができたのか。
それは大森林に住む森人族の思想を利用した強化によるものだ。
思想とは、ものの見方。これはこうあるべき等と言う思い込みだ。
五年前、アルバ様が星の記億からルクリア王国の英雄を再現し、ルクリア王国の住民の思想で強化したように、ウニレは私が持っているのは本物の大剣だ、と里の者たちに刷り込みを行った。
その影響もあって、大森林の中限定ではあるが、ウニレの手の中にある限り、張りぼての大剣は本物の大剣と同等の耐久と破壊力を持つに至った。
先頭にいた騎士たちが馬から転げ落ちる。
死角に入ったことで初手は騎士から攻撃されずに済んだが、これ以上ウニレだけで対応するのは難しいな。
騎士とウニレの実力差があり過ぎる。
「うぉおお! そこをどけぇええ!!」
ウニレに向けて騎士が剣を振るう。
それを私が後方から全て弾き返した。
「下がるぞ、ウニレ」
「はい、師匠!!」
「な、何ィイ!? 尋常に立ち会わぬかこの卑怯者共め!!」
「どけと言ったり、立ち合えと言ったり、忙しい奴等ですね」
「私はバリエル語は分からん」
ウニレと共に後方に下がる。
目的は帰って貰うことであり、殺すことではない。弟子に経験を積ませられる良い機会でもあるので、私がこれ以上手を出す訳にもいかない。
「師匠、これからどうするんですか?」
「ペネトラティアと合流だ。今回、作戦を立てたのはあの子だからな」
「えぇ、師匠が立てたんじゃないんですか?」
「不服か?」
「別にぃ、師匠がそれで良いって言うなら良いんですけど……」
納得していないようだな。
しかし、それでは困る。いずれは私抜きでもあの騎士団を追い払えるぐらいはして欲しいと思っているのだ。
「まだ人数は揃えていないけれど、いずれはあなたたちもアルバ様の近衛になり、戦士を率いる立場になる。そのために自分で作戦を考えさせるようにしているの。今回はペネトラティアの作戦で進めたけど、次はあなたが作戦を考える機会を上げるから、その時にあの子を扱き使ってあげなさい」
「!――はい!!」
ペネトラティアの指示で動くのが嫌なら、次はウニレが指示を出せば良い。そう口にするとウニレの表情が明るくなる。
私が抜けても大丈夫だろうか。互いに扱き使い過ぎて喧嘩にならないか心配だな。暫くは互いの作戦に私も参加した方が良さそうだ。
「師匠―!! こっち、こっちですよー!! この先ですよー!!」
視界を塞いでしまうほど生い茂った林の中を駆け抜けていると木の上からペネトラティアが飛び降りる姿が目に入った。
馬に乗っていてもスッポリと覆ってしまう林のせいで、着地している所は見えない。
「もう少し速度を緩めるぞ。ウニレ、相手の距離を意識しておけ」
「! なるほど、そういうことですね。分かりました!!」
ペネトラティアが姿を現したということは、そう言うことだろう。
視界は緑で一杯だ。後ろからは怒声を飛ばす騎士たちが迫っている。
周囲に目を配りつつ、相手に追いつかれないかどうかギリギリの距離を保ち、走り――。赤い布が見えた瞬間に私は叫んだ。
「飛ぶぞウニレ!」
「はい!!」
騎士の剣が背中に迫ろうとした瞬間、私とウニレは勢いよく前に跳び出した。
勢いよく跳び出した瞬間、視界を塞いでいた林が終わり、荒々しい流れの川が姿を現した。
その上を私とウニレが飛び越え、対岸へと着地する。
地理に疎く、私たちを追うことしか頭になかった騎士たちは急に現れた川に手綱を強く引くが、急に止まることはできずに頭から川へと突っ込み、流されていく。
後続が頭から川へと頭を突っ込む先頭を見て、踏み止まろうとするが、その後ろにペネトラティアが現れ、馬に剣を突き付けることで無理やり前に進ませ、最後の一人まで川に叩き落した。
「作戦大成功!! 師匠、見てくれましたか!!」
高く跳び上がり、ペネトラティアが勝利の笑みを浮かべて私たちの方へとやって来る。
「ふっふ~ん、凄くありませんか? 私の作戦完璧に嵌りましたよ!!」
「それは私と師匠が上手くやったからだろ。何で一人で全て上手くやったみたいな雰囲気出してるんだよ」
「そんなつもりありませんー。変な勘違いしないで下さいーだ」
「このっ――あの騎士は殺しちゃいけないんだぞ。あのままだと川で溺れ死ぬかもしれないぞ。そこはちゃんと考えているんだろうな!?」
「ふん、ちゃんと原木を流しておいたわよ。騎士たちの傍に行くように投げ込んだし、捕まればしなないわよ」
「捕まらない可能性だってあるだろ!!」
「生きるのに必死な奴が原木に捕まらないはずがないでしょ!!」
「二人共そこまでだ」
熱くなりつつある二人の口論を収める。
「ペネトラティア、作戦見事だったぞ。ウニレも大剣と輝術の戦闘術が形になっていたな。だが、まずペネトラティア、先程のウニレが言ったことはあり得る可能性だ。相手を殺さずに無力化する必要があるなら、もう少し安全な手を考えた方が良い。そして、ウニレ、一撃与えることが成功した後の隙が多すぎる。私がいなければ死んでいたぞ。隙を埋めるための手を考えておけ」
「う――」
「はいぃ、分かりました」
二人に向けて改善点を口にした後、騎士たちが流れて行った方向を見る。
死にかけたら私が助けるだろうし、心配はない。あの身の程知らずも騎士が抱えて一緒に流れて行ったし、これで解決だ。
主を放り出して川岸で足を止めている軍馬が四匹いるな。あれは私たちが貰うとしよう。
思わぬ収穫にほくそ笑む。
しかし、バリエル神聖国家か。
被害は無に等しいとはいえ、こうまで侵入を繰り返されてはうんざりしてくる。
只人族至上主義の国にこちらから出向く訳にはいかない。
――となると、あの国を頼るしかないか。
また、故郷を離れる必要があると思うと、気分が更に落ち込んだ。
大森林の前に、騎士の一団がいました。
軍馬に跨り、全身鎧で身を固めた騎士団です。彼等の前には唯一甲冑を被っていない青年がいました。
「この森に長年潜んで来た世界を混沌に陥れる怪物共を我らが今日、ここで退治する。辛く、苦しい戦いになるだろう。しかし、恐怖に囚われてはいけない。思い出すのだ。五年前の戦いを。大森林からやって来た怪物が祖国を攻めて来た。それでどれだけの被害があったか。立った一匹の獣人に我が祖国の門は破られ、何百と言う騎士が命を落とした。どれだけの家族が涙を流したか。お前たちも知っているだろう。あんなことが二度とあってはいけない!! だからこそ、奮い立つのだ。この森の奥底に潜む怪物の首を取りに行くぞ!! 獣人族、そしてあの魔人族すら操った世界を混沌に落とすであろう最悪の種族――森人族を一匹残らず駆逐するのだ!!」
青年が檄を飛ばし、馬の腹を蹴りました。
そうして騎士たちは大森林へと入って来ました。
道中、獣人族に襲われ、半分以上の数を減らしてしまうが、それでも森人族の里を目指します。
「進め! 正義は我らにあり! 案ずるなお前たちには俺が付いている。全て俺の言う通りに動くのだ。夢のお告げでこの地形は分かっている!! こっちだ!!」
「当主! そちらは沼です!?」
「何ィ!? グ――森人族の罠かッ小癪な!!」
「今お助けします。当主!!」
沼に嵌り、身動きが取れなくなっても、配下に助けられ――。
「な、何だとッあの伝説の怪物がこんな所に!!」
「当主、野犬です。お下がりを!!」
「戯け、こんな時こそこの俺が前に出なければいけないだろうがッ!!」
「当主、当主ー!!!!」
危険な怪物と遭遇しても、剣と槍を手に戦いを挑み——。
「グァアアアア!!?」
「当主!? どうかされましたか!!?」
「グゥウッ背中が、背中がッ何だ、これは!? ハ――まさかこれは、森人族の呪いか!? 俺に勝てないと悟ってあの怪物共、俺に呪いをかけて来たのか!!?」
背中に呪いを受けても彼等は進み、なんやかんやあって森人族の里に侵入したのです。
これまでの困難で騎士は疲れ果てていましたが、青年はそんなことはありません。後ろを振り返り、疲れを見せる騎士を一喝して前に進ませます。
辛いのなら、俺の後ろ背中だけを見ておけと。これまで散々危機に陥ったら騎士たちに助けられてきたのをすっかり忘れているようです。
妄想と現実の区別のつかないお坊っちゃんを当主としている騎士たちに同情します。これまで忠誠を誓って来た偉大なる血族の末裔が馬鹿なのです。大変ですね。
そんな彼等を私は憐れみます。あぁ、何て――。
「何をしているんだ。ウニレ」
「あ、師匠。侵入者を観察していただけです!!」
「そうか」
何かぶつぶつ言っていたように見えるが、勘違いだろうか。
まぁ良い。
「侵入者はまたあいつか」
「はい、懲りずにまた来ましたよ」
先行させたウニレに合流した私は枝の上から騎士たちを見下ろす。
一番最初に目に入ったのは、騎士団の先頭を走る男。これまで何度も訳の分からない理由で森人族の里に侵入してくる只人族の男だ。
「はぁ、あの只人族の男だけなら直ぐに殺せるんですけどねぇ」
「精々――いや、かなり甘く見積もっても黒級の実力しかないからな。あれで何故か私たちを殺せると思っているのが不思議だ」
「全くです。態度も滅茶苦茶デカいですし、私初対面で何て言われたと思います? 人の言葉を喋る怪物め!って言われたんですよ」
「バリエル語を学んでいたのか?」
「はい、他国の言葉はいずれ師匠の様に旅をする時に役立つのではと思っていたので!!」
褒めて褒めてとばかりに目をキラキラさせるウニレ。
勉強するのは良いが、大袈裟に褒めることではないので軽く肩を叩く程度に済ませておく。
ちょっとだけシュンとしたウニレが視界の端に移る。
悪いが、今はやるべきことはあるのだ。
「里の周辺警備の担当が私の時に毎回来るなんて嫌になるな」
「殺しますか? いえ、殺しましょう。殺して良いですよね!!」
「その言葉には全面的に同意したいが……絶対に殺すな」
侵入者であるバリエル神聖国家の騎士を殺さない様にウニレに命令する。
私も今すぐに殺したい所だが、それはできない。
調べた所、あの先頭にいる身の程知らずはバリエル神聖国家でも指折りの名家の出自らしい。
そんな人物を殺してしまったら、最悪森人族とバリエル神聖国家と戦争になりかねない。獣人族も動きが活発になって来ているのだ。
余計な火種を起こすなと言うのが、里長の命令だった。
あの男を殺すには、それなりの理由と里長の許可が必要だ。
「いつも通りの戦術で行く。ウニレ、位置に着け」
「はい!」
ウニレに指示を飛ばした後、私は騎士団の行先に先回りし、姿を見せる。
私の姿を見て、騎士団を率いる男がバリエル語で叫んだ。
「見つけたぞ『招かねざる者』から力を授かり、栄えある八大星天の名を汚した人類の汚点。貴様だけはこの俺が必ず倒す!! 我が名はストゥ・ルトゥス・シートモリ!! 我が名をその胸に刻み死ねぇええええ!!」
「当主、上です!」
「あ、何を言って――ッ!?」
私の姿を見て突撃をして来た男をウニレが脳天に一撃を加えて意識を飛ばす。
あっさりと男は意識を刈り取られ、手綱の持ち手がいなくなった馬は徐々に速度を落とし、私の所まで来るには完全に止まった。
相も変わらず、馬鹿だな。姿を見せれば、騎士たちの呼び止める声を無視して突っ込んでくる。
「おのれ、よくもご当主を!!」
「許さん!」
主の仇――死んではいないが――を討とうと騎士たちがウニレを馬でひき殺そうとする。
私は短く指示を飛ばす。
「ウニレ、薙ぎ払え」
「はい!!」
手に持った大剣を横に払う。
森人族では決して持てない大きさと重さを感じさせる大剣。それをウニレは歯を食いしばり、全力で振るう。
森人族は貧弱だ。
身の丈に合わない大剣を扱えば、逆に重さに振られてしまうし、軍馬に乗った全身鎧の騎士と衝突すれば、簡単に踏み潰されてしまう。
だが、ウニレは大剣に振り回されることもなく、正面から衝突した軍馬に乗った騎士たちを吹き飛ばした。
凄まじい、輝術の才能だ。
ウニレが扱っている大剣。あれは実は張りぼてだ。
中身はスカスカで耐久力もないし、重さもそれほどない。ウニレも本当は引き摺りながら持ち運ぶ必要などなく、普通に運ぶことができる。
立派なのは外見だけだ。
では、何故そんな大剣で騎士たちを吹き飛ばすことができたのか。
それは大森林に住む森人族の思想を利用した強化によるものだ。
思想とは、ものの見方。これはこうあるべき等と言う思い込みだ。
五年前、アルバ様が星の記億からルクリア王国の英雄を再現し、ルクリア王国の住民の思想で強化したように、ウニレは私が持っているのは本物の大剣だ、と里の者たちに刷り込みを行った。
その影響もあって、大森林の中限定ではあるが、ウニレの手の中にある限り、張りぼての大剣は本物の大剣と同等の耐久と破壊力を持つに至った。
先頭にいた騎士たちが馬から転げ落ちる。
死角に入ったことで初手は騎士から攻撃されずに済んだが、これ以上ウニレだけで対応するのは難しいな。
騎士とウニレの実力差があり過ぎる。
「うぉおお! そこをどけぇええ!!」
ウニレに向けて騎士が剣を振るう。
それを私が後方から全て弾き返した。
「下がるぞ、ウニレ」
「はい、師匠!!」
「な、何ィイ!? 尋常に立ち会わぬかこの卑怯者共め!!」
「どけと言ったり、立ち合えと言ったり、忙しい奴等ですね」
「私はバリエル語は分からん」
ウニレと共に後方に下がる。
目的は帰って貰うことであり、殺すことではない。弟子に経験を積ませられる良い機会でもあるので、私がこれ以上手を出す訳にもいかない。
「師匠、これからどうするんですか?」
「ペネトラティアと合流だ。今回、作戦を立てたのはあの子だからな」
「えぇ、師匠が立てたんじゃないんですか?」
「不服か?」
「別にぃ、師匠がそれで良いって言うなら良いんですけど……」
納得していないようだな。
しかし、それでは困る。いずれは私抜きでもあの騎士団を追い払えるぐらいはして欲しいと思っているのだ。
「まだ人数は揃えていないけれど、いずれはあなたたちもアルバ様の近衛になり、戦士を率いる立場になる。そのために自分で作戦を考えさせるようにしているの。今回はペネトラティアの作戦で進めたけど、次はあなたが作戦を考える機会を上げるから、その時にあの子を扱き使ってあげなさい」
「!――はい!!」
ペネトラティアの指示で動くのが嫌なら、次はウニレが指示を出せば良い。そう口にするとウニレの表情が明るくなる。
私が抜けても大丈夫だろうか。互いに扱き使い過ぎて喧嘩にならないか心配だな。暫くは互いの作戦に私も参加した方が良さそうだ。
「師匠―!! こっち、こっちですよー!! この先ですよー!!」
視界を塞いでしまうほど生い茂った林の中を駆け抜けていると木の上からペネトラティアが飛び降りる姿が目に入った。
馬に乗っていてもスッポリと覆ってしまう林のせいで、着地している所は見えない。
「もう少し速度を緩めるぞ。ウニレ、相手の距離を意識しておけ」
「! なるほど、そういうことですね。分かりました!!」
ペネトラティアが姿を現したということは、そう言うことだろう。
視界は緑で一杯だ。後ろからは怒声を飛ばす騎士たちが迫っている。
周囲に目を配りつつ、相手に追いつかれないかどうかギリギリの距離を保ち、走り――。赤い布が見えた瞬間に私は叫んだ。
「飛ぶぞウニレ!」
「はい!!」
騎士の剣が背中に迫ろうとした瞬間、私とウニレは勢いよく前に跳び出した。
勢いよく跳び出した瞬間、視界を塞いでいた林が終わり、荒々しい流れの川が姿を現した。
その上を私とウニレが飛び越え、対岸へと着地する。
地理に疎く、私たちを追うことしか頭になかった騎士たちは急に現れた川に手綱を強く引くが、急に止まることはできずに頭から川へと突っ込み、流されていく。
後続が頭から川へと頭を突っ込む先頭を見て、踏み止まろうとするが、その後ろにペネトラティアが現れ、馬に剣を突き付けることで無理やり前に進ませ、最後の一人まで川に叩き落した。
「作戦大成功!! 師匠、見てくれましたか!!」
高く跳び上がり、ペネトラティアが勝利の笑みを浮かべて私たちの方へとやって来る。
「ふっふ~ん、凄くありませんか? 私の作戦完璧に嵌りましたよ!!」
「それは私と師匠が上手くやったからだろ。何で一人で全て上手くやったみたいな雰囲気出してるんだよ」
「そんなつもりありませんー。変な勘違いしないで下さいーだ」
「このっ――あの騎士は殺しちゃいけないんだぞ。あのままだと川で溺れ死ぬかもしれないぞ。そこはちゃんと考えているんだろうな!?」
「ふん、ちゃんと原木を流しておいたわよ。騎士たちの傍に行くように投げ込んだし、捕まればしなないわよ」
「捕まらない可能性だってあるだろ!!」
「生きるのに必死な奴が原木に捕まらないはずがないでしょ!!」
「二人共そこまでだ」
熱くなりつつある二人の口論を収める。
「ペネトラティア、作戦見事だったぞ。ウニレも大剣と輝術の戦闘術が形になっていたな。だが、まずペネトラティア、先程のウニレが言ったことはあり得る可能性だ。相手を殺さずに無力化する必要があるなら、もう少し安全な手を考えた方が良い。そして、ウニレ、一撃与えることが成功した後の隙が多すぎる。私がいなければ死んでいたぞ。隙を埋めるための手を考えておけ」
「う――」
「はいぃ、分かりました」
二人に向けて改善点を口にした後、騎士たちが流れて行った方向を見る。
死にかけたら私が助けるだろうし、心配はない。あの身の程知らずも騎士が抱えて一緒に流れて行ったし、これで解決だ。
主を放り出して川岸で足を止めている軍馬が四匹いるな。あれは私たちが貰うとしよう。
思わぬ収穫にほくそ笑む。
しかし、バリエル神聖国家か。
被害は無に等しいとはいえ、こうまで侵入を繰り返されてはうんざりしてくる。
只人族至上主義の国にこちらから出向く訳にはいかない。
――となると、あの国を頼るしかないか。
また、故郷を離れる必要があると思うと、気分が更に落ち込んだ。
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カモミール
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勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
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