英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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終編

第32話

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「素振り、五十本――始めぇ!!」

 森人族の里の外れ。木々が生い茂って半球形の構造を作り出した場所――天然の建造物と言っても良い場所で森人族の少年少女たちが木剣を振るう。
 振るう、と言っても上から下に振り下ろすのではなく、懐から前に突き出す形で振っていた。

「もっと腕を上げろ。疲れたからと言ってサボるな。おい、お前! 今欠伸をしたな? 随分と余裕じゃないかお前だけ更に五十本追加してやる!!」

 そんな彼等に指導をしているのは同じ年頃の金髪の長い髪を後ろで束ねた少女だった。
 師匠ならば兎も角、同じ年頃の少女に命令されるのが不服なのか、幾人かの表情が曇る。それを見逃さずに少女が口を開こうとして、新たな人物が場に足を踏み入れて来た。

「お~やってるな~ペネ。手伝いはいる?」

「ウニレ、今まで何処に行っていたの。もう修業は始まっているのよ!! それと、私の名前はペネトラティア!! 里長から頂いた名前を勝手に略すな!!」

「はいは~い」

 新たにやって来たのは黒髪の少女だ。この少女も後ろで髪を束ねている。
 こちらも剣を振るっている少年少女と同じ年頃だ。決定的に違うのは、彼女が手にしているのが分厚い大剣であること。
 この場にいる少年少女全てが細剣レイピアを持っているのに、彼女だけが引き摺ってしまう程の大剣を手にしている。

「また、そんな重そうな剣を……そんなもの捨てなさい。貴方に使える訳ないでしょ!!」

「何だよ。良いじゃんか。師匠だってこれを使うことを許してくれてるんだぞ」

「む――ぐぅ」

 師匠に許されている。
 そう言われて金髪の森人族の少女――ペネトラティアは言葉に詰まる。
 自分の優位を知った黒髪の森人族の少女――ウニレは満足げに笑みを浮かべた。

「で、でも……大剣を使うことが許されたからと言って、遅刻は許されないわ!! 私たちは師匠の一番弟子と二番弟子なんだもの!! 妹、弟弟子たちを監督して、少しでも師匠の負担を減らす役目があるのよ!!」

「その役目ってペネが勝手に作ったものだろ~。アタシ達は自分の修業に集中して良いぞって師匠も言ってたじゃんか」

「確かにそうだけど、言われていないことも察してこそ良い弟子ってものでしょ!! 大体貴方は師匠の弟子としての自覚が無さすぎるのよ!! 二番弟子だからって少し調子にのり過ぎよ!!」

「ちょっと待てよ。何で私が二番弟子なんだ。私が一番弟子だろ!?」

「可笑しなこと言わないで、私が一番よ!!」

 まーた、始まった。
 木剣で素振りをしている少年少女たちは心の中で溜息を付く。
 一番弟子と二番弟子の口喧嘩は彼、彼女たちがとある人の弟子になってからずっと見せつけられているものだった。
 師匠がいたら大人しいのだが、いない時は酷いものだ。
 早く来てくれと多くの者が、師匠がこの場に姿を現してくれるのを願った。

 森人族が剣術を学ぶ。
 この企みが始まったのは、つい最近――五年前にとある者たちが外の世界から帰って来たことがきっかけだ。
 かつて人攫いによって多くの森人と共に里長の血族まで連れ去られた忌まわしい事件。
 一方的に輝術で攻撃できる遠距離ならば、森人族は強いが、懐に入られた途端に成す術が無くなる者が多い。
 それを危惧した里長によって、この企みが始まったのだ。

 今尚喧嘩をしている二人は、里長によって剣術指南役に選ばれた里随一の戦士から初めて修行を受けた少女たちだ。
 彼女たちが修行を受け始めたのは、里長が森人族にも剣術を教えることを推奨した次の日だ。
 当時は里長の推奨であって、強制ではない。そんなことを口にして剣術そのものを嫌悪していた森人族の親たちが子供たちを剣術指南役の元へ行かせなかった。
 二人が来たのは単純に、親が魔人族の侵攻を受けた時に亡くなり、止める者がいなかったからである。
 素振りをしている者たちは、二人が結果を出したからこそ剣術を学ぶべきであと考えた者たちだ。

「よーし、そこまで言うなら今こそ白黒つけようじゃないか!!」

「望む所よ。今日こそ私が一番弟子だと貴方に分からせてやるわ!!」

「ふん、そんな細い剣で私の大剣を受け止められるかぁ!?」

「馬鹿にしたわね。今馬鹿にしたわね!! 師匠から受け継いだこの戦い方を馬鹿にするってことは師匠も馬鹿にしてるってことだから。一番弟子として不敬者に罰を下してやるぅうう!!」

 互いに剣を抜き、今にも殺し合いを始めかねない二人を見て全員が冷や汗を掻く。
 どっちが一番だ二番だで争う二人だが、それを口にできるだけの実力は身に着けているのだ。
 輝術に剣術、どちらも実力を伸ばしている二人に敵う者は同世代にはいない。
 ぶつかり合えば被害が出る。急いで周囲は二人から距離を取った。
 そして、いざ二人が剣をぶつけ合わせる所で、二人の背後に人影が現れ、頭に拳を落とした。

「ギャン!?」

「イッタァ!!?」

「何をしているんだ。この馬鹿共」

 現れたのは剣術指南役を里長から任命された者――リボルヴィアだった。




「全く、あいつらときたら……」

「ふふ、良い子たちね」

「それ本気で言っているのですか?」

 里から少し外れた場所にあるアルバ様の住居。
 そこで私は先程修行場で起きた出来事をアルバ様に話していた。

「えぇ、だってリアの一番になりたくてその子たちは喧嘩をしたのでしょう? それだけリアが好きだってことよ。良い子たちじゃない」

「……それでも姉弟子として、あそこで喧嘩をするべきではありませんでしたよ」

「あ、照れた。ありがとー私も大好きーって抱きしめてあげれば良いのに」

「照れていません。後そんなことはしません」

 私の一番弟子はどっちなのか。
 ハッキリ言って私からすればそれは決めなければいけないことなのかと思ってしまう。どちらも私の元に来た時期は同じだし、既に実力は二人共橙級とうきゅう
 成長速度で言えば、私よりも速い。
 もう少し実戦経験を積むことができれば、直ぐにでも翠級すいきゅうに上がれるだろう。

 違うのは才覚ぐらいだ。と言っても、何方かが優れているという訳ではなく、才覚の方向が違うという意味だ。
 最近は輝術、剣術どちらも二人は互角だと噂が立っているが、私からすればその認識は間違っている。
 ウニレは、剣術は劣っているが、輝術ではペネトラティアに勝っているし、ペネトラティアの方は逆に剣術では勝っているが、輝術ではウニレより劣っているのだ。

「もう私が冷遇されていたころとは違います。私が八大星天になり、里長も剣術を認めてくれたおかげで剣術を学んでいても、冷ややかな視線を向けられることはありません。同世代の子たちの中にもあの二人を認めている者もいます。私が二人を甘やかさなくても周囲が甘やかしますよ」

「そう言う意味じゃないのよね~。というかリア、あなた分かって言っているでしょ? あの二人が一番褒めて欲しいのはあなたよ」

「はいはい、そんなことよりも仕事です仕事」

 そう口にしてアルバ様の前に資料の束を置く。
 まだ何か言いたげなアルバ様だが、資料の一枚を手に取って嬉し気な表情を見せた。

「紙の質が良くなっている。生産が上手く行っているのね」

「はい、アルバ様が発案されたこの『コニファー紙』の質は日々良くなっています。今はまだ私たちの陣営の中だけですが、噂は里中に広がっています。木簡や粘土板よりも軽く、扱いやすい。材料も針葉樹で動物を使ったものではないため、嫌悪感を抱かれていません。里中に広がるのはもうすぐかと」

「そっか。それは良かった。これでもう一歩、里長に近づいたかな」

 蠱惑的な笑みをアルバ様が浮かべる。
 こんな笑みを浮かべる何て、昔の私もアルバ様自身も想像できなかっただろう。何か悪いことを企んでいる人みたいだ。
 里長になるためには、戦士長たちと里の中から選ばれた代表百名による投票で候補に選ばれる。
 そして、候補者に選ばれてからはそこから里長が彼等と対話を行い、次の里長を選ぶと言われている。
 そこに自分の息子だから、娘だからという贔屓を挟むことは許されない。破れば聖樹が里長に罰を与えると言われている。

 アルバ様に付いている戦士長は私一人。だから、アルバ様が狙っているのは選ばれる代表百名の票を貰い、候補者に名乗りを上げること。
 そのためにも森人族全体に良い印象を与えることは重要だった。

 その行動とは裏腹にアルバ様が里長になろうとするのは、里長の娘ではなく、自分という個人を見て欲しいからという個人的感情によるものだが。
 森人族の繁栄を願わず、自分と言う個を見て欲しいという願いで里長を目指しても良いものかと悩んでいたこともあったが、今はもう悩んではおられない。

 私も里のために!と口にして里長を目指すアルバ様は嫌だ。今のアルバ様が良い。
 一に家族、二に友人、三に国家と言った順番で国を運営している雪国の女帝もいるのだ。横暴になったって良いだろう。

「ん? ねぇ、リア。この侍女候補って何?」

「その名の通りです。アルバ様の身の回りの世話をする者たちの候補者ですよ」

「そんなのいらないよ!?」

 アルバ様が手に取った一枚の紙。そこには私が選抜したアルバ様の傍に使える者たちの名前が記入されていた。
 言うまでもなく、私が用意したものだ。

「私の傍にはもうリアがいるじゃない。必要なくない?」

「私が常に傍にいれませんよ。だから、用意したんです。我儘言わずに選んでください」

「えぇ~気軽に話のできる人以外にここ入れたくないんだけど、それにこんな狭い家に要らないでしょ侍女なんて」

「では増築しましょう。手配します」

「増築しなくて良いの!! というか気軽に話のできる人以外は入れたくないって言ったじゃん!!」

「では、侍女の中から気軽に話ができる人を作って下さい。その努力も必要ですよ」

「うぅぅ~リアの意地悪。何で急にこんなことするの~」

「急じゃありませんよ。前々から言っていたじゃなりませんか」

 アルバ様が涙目になり、机に上半身を凭れさせる。
 侍女を用意するという話自体はアルバ様が里に帰って来た当時からあった。だが、あれから五年間、アルバ様は私以外に世話をされるのを嫌がり、その話は先延ばしにされていた。
 私自身もそれほど重要ではないと思っていたし、私一人で済むので必要ないと思っていた。
 しかし、最近になって話が変わって来たのだ。

「アルバ様、この五年間で世界の国々は魔人族から受けた傷を治しつつあります。それに釣られて妙な奴も出始めました」

 魔人族を追い返した。復興を行い、傷を治せた。やったー世界は平和になっためでたしめでたし。とはならない。物語の中ではないのだ。
 世界が落ち着けば、騒ぎを起こそうとする者も出て来る。
 妙な奴とは最近になって八大星天の座を目当てに私に挑もうとしてくる流浪の戦士や意味も分からないことを口走って突撃してくるバリエル神聖国家の兵士たちのことだ。

「八大星天の座を目当てに来る奴等は私が対処できますが、バリエル神聖国家の兵士たちに関しては、どうするべきかと里長も頭を悩ませていることです。それに獣人族の動きも活発になって来ています。アルバ様は少しでも安全な場所にいて欲しいんですよ」

「……はぁ」

 アルバ様が重い溜息が漏らす。
 世界を救った勇者一行の一人だからこそ、また騒ぎを起こす人物に対して複雑な思いを抱いているのだろう。

「分かった。決めておくわ」

「ありがとうございます」

「その代わり、今日の午後は私に付き合ってよね。最近はお互い忙しかったでしょ。美味しい甘味が手に入ったの。一緒に食べましょう」

「はい、よろこんで」

 首を縦に振り、提案を受け入れる。
 確かに忙しかったし、真面にゆっくりとした時間を二人で過ごすことはなかった。人も増えるだろうし、それぐらいは呑むべきだろう。
 そう考えていたが――。

「失礼します。リボルヴィアにご報告したいことがあります! また、バリエル神聖国家の兵士が里に侵入しました!!」

 扉越しに聞こえる焦った声を聞いて、アルバ様と顔を合わせる。
 噂をすれば何とやら、どうやら今日もゆっくりした時間は取れそうにない。そう悟った。
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