英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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魔人決戦編

第31話

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 音楽が街中に鳴り響き、歓声が上がる。
 ルクリア王国の首都マルムは今正に魔人王を撃退し、滅亡の危機に陥っていた只人族を救った勇者一行にための催しの真っ最中だった。
 人気のない宿屋のテラスで遠巻きに催しを見ていた私は、約半年前のことを思い出す。




 デレディオスが王城を丸ごと攻撃に使ったせいで、王城が建っていた場所は廃墟と化していた。
 その中を歩いていると、まるで意図的に守られたかのように無事な玉座に一人の魔人族が腰を下ろしていた。
 彼の顔を見て悟る。
 そう言うことかデレディオス。

「……あなたが魔人族の王か」

「然り、俺が魔人族の王ソムニウムだ。そう言うお前は何者だ? 森人族の剣士。お前のような奴はあの愚物の集まりにはいなかったはずだが?」

「リボルヴィアだ。ついさっき八大星天序列六位の座を継いだばかりの新星だ」

「――ほう。あの男が殺されたか」

 あの男、とはデレディオスのことだろう。
 彼もまた、デレディオスが死ぬとは思っていなかったらしい。

「八大星天か。あの愚物共め。自分は奥に隠れて戦わぬつもりか」

「あの只人族のことを言っているのなら、違うぞ。。彼等よりもあなたと早く接触したかったからな」

 ソムニウムの目が鋭くなる。
 私の言っている言葉の意味は理解できないだろう。だが、疑問が生じた様子だった。

「接触したかったか。何か用か? 俺の陣営に入りたいのか?」

「私が膝を地に付ける時はある御方の前のみ。それは有り得ないよ。ただ、私は師の遺言を果たそうとしているだけだ」

「その遺言とは?」

「あなたをここから逃がす」

「ク――クハハハハッ!!」

 ソムニウムが一瞬驚いた表情をした後、片手を顔に当てて笑い声を上げる。

「正気か貴様? この俺を助けるだと? 今まで何をしてきたのかを知らん訳でもあるまい」

「知っているさ。お前が戦いを始めなければ友が苦しむこともなく、故郷が襲われることもなかったからな」

 思わず、口調が強くなる。
 この戦いで起きた悲劇の全てが目の前の男だ。例え、未来の全ての魔人族のためにという大義名分があったとしても、私にとってそれは知ったことではない。
 友人が危険な目に遭い、故郷も襲われたのだ。本当ならばすぐにでも脳天を突き刺してやりたい。
 だけど、デレディオスの最後の頼みが鎖となってその行動を封じている。

「それで、どうするの?」

「ふん…………良いだろう。ここはお前の言葉通り、退いてやる。だが、俺は必ずまた戦いを引き起こすぞ」

「その時は、私が真っ先にあなたを殺しに行く」

 そんなやり取りをした後、私はソムニウムを見送った。
 それから半月もしない内にロンディウム大陸から魔人族はいなくなった。ソムニウムが残党を纏め上げ、冥大陸へと退いていったのだろう。
 凄まじい速さだ。
 軍の規模は大きくなれば大きくなる程、統率は難しくなるはずなのに、何の騒ぎも起きはしなかった。
 個人での戦いは私の方が上だろうが、大軍を率いて来られたらどうなるのか。それを想像して恐ろしくなる。

 もしかしたら、私は将来難敵になる存在を逃してしまったのかもしれない。
 だけど、あそこでソムニウムを殺すことはできない。それはデレディオスの想いを踏みにじることだったから。

「デレディオス、あなたにも情があったんじゃないのか?」

 でなければ、最後にソムニウムを見逃してくれ何て口にするはずがない。
 そうであって欲しい。そうであるべきだ。
 そう願う。
 当の本人が死んでしまった以上、もう本心を知ることはできないが、そう考えた方が私も救われる。

「ごめんなさい。遅くなったわ」

 後ろから声を掛けられ、思考を中断する。
 振り向けば、アルバ様が疲れた様子で膝に手を付いていた。

「いえ、むしろ私がお傍に行くべき所、アルバ様にこちらに来ていただいたのです。謝罪するのは私の方——」

「あぁ~やめてやめて、その態度。そう言うのが私嫌いだって言っているでしょ」

 うやうやしい態度を取る私の横を通り過ぎ、椅子を引いて勢いよく座り込む。
 里長の血族の態度じゃないなぁ。相変わらずだ。

「礼儀作法」

「うるさいうるさい。ここには人の目なんてないんだからいいでしょ。ただでさえ、面倒な所から逃げて来たのに」

「面倒?」

「えぇ、マルム殿下に結婚を申し込まれそうになってね」

「おや、それはめで――たくもないですね」

 思わず常套句を口にしかけて、思い止まる。
 マルム、と言ったらあの只人族の男か。
 あの男はソムニウムが逃げたと知って、私に責任を追及しようとした男だったな。流石にあの男にアルバ様を任せたくはない。

「でも、本当に良かったのですか? 面倒が起こるのでは?」

 だが、相手は王族。只人族を束ねる里長のような存在だ。
 申し込まれそうになっただけではあるが、そこから逃げ出すのは無礼な行為とも取れる。何かしらの罰があるのではないか。

「大丈夫よ。勇者一行の一人、ってことでかなり優遇されているから。そんなに問題にはならないわ」

「そうですか。しかし、あの男がアルバ様に好意を抱いていたとは」

「私と言うよりも、私を嫁にして大森林に眠っている資源を取りたいって感じだったけどね。ルクティアも口説かれていたし」

「無礼ですね。殺しに行きましょう」

 剣を抜いてテラスから出て行こうとする。
 あの野郎、故郷に手を出すつもりだったのか。魔人殺しの英雄とか言われて調子にのってんのか。殺しもしてないし、撤退させたのは私だと言うのに。
 よーし、後悔させてやる。今日があいつの命日だ。

「だー!!? ちょっと待ちなさいって、良いから。そう言うの良いから!! 戦争勃発させるつもり!?」

 後ろからアルバ様に羽交い絞めされる。
 力が強くなっている!?それにこの背中に当たる柔らかい感触……。おい嘘だろ何でこんなに大きくなっているの!?

「アルバ様……太りました?」

「不敬罪で首チョンパしてやろうか。太ってねぇよ」

「いや、でもこの胸に当たる感触は……どう考えても肉の塊としか」

「おっ〇いだよ気付け!! 腹の肉が背中に当たる訳ないだろ!? 何なの何でそんなに戦慄した顔になっているの!? そんなに私のおっ〇いが大きいのが意外だったの? というか、この大きさは森人族では巨だろうけど、只人族ではまだ並程度だからね!!?」

「なん、だとッ!?」

 馬鹿な、これが只人族では並だというのか。
 戦力差があり過ぎないか森人族と只人族。

「もしかしたら、母様の大きさも只人族では並!?」

「いや、あの人の大きさは只人族どころか他の種族でも見ない大きさよ」

 だったら何で私のは一切成長しないのだろうか。
 思わず胸を見下ろしてしまう。
 背丈は只人族の成人した男とそう変わらないほど大きくなったのに、ここは最初から成長の余地などなかったとばかりに変わっていない。
 寂し過ぎないか、私。というか、何でこんな話をしているんだろうか。

「何か、飲みましょうか」

「そうね」

 可笑しくなり始めた思考を戻すために馬鹿な考えを叩き出し、一息つく。
 店員からお茶を受け取り、アルバ様と向かい合う形で腰を下ろした。
 広場辺りで大きな騒ぎが起こっている。

「マルムと叫ぶ声が聞こえますね。広場にあの男が現れたのでしょうか」

「さぁ、ここからじゃ分からないことよ。でも、本当ならこの催しも私たちじゃなくて、あなたのために開かれるべきなのに」

「構いません。私がやったのは四天王の一角を倒しただけ。アルバ様たちはずっとこの国のために戦っていたのでしょう。称賛されるべきは私だけではなく、アルバ様たちですよ」

「……私も本当は外して貰うはずだったのよ」

「そうなのですか?」

「えぇ、だって勇者一行の中に他種族はいてはならない何て理由で、オフィキウムの名前は消されてしまったんだもの。私はマルム殿下が口添えしたことで名前を消されはしなかったけど、オフィキウムに付いては、彼は何もしなかったから」

 寂しそうにアルバ様が呟く。
 そうか、オフィキウムの名前を叫ぶ民衆がいないのはそう言う理由か。

「あの男と結婚しなくて良かったですね。本当に」

「これからも気を付けなきゃいけないけどね。民衆の前で結婚を申し込まれたら、色々と面倒になる」

「頬に張り手をして断れば良いのでは?」

「外交問題引き起こす訳にはいかないでしょ。何のためにこうして隠れていると思っているのよ」

「確かに、その通りでしたね。でも、アルバ様があの男と結婚するしかなくなったとしたら、私がどうにかしますよ」

「あら、何するつもり?」

「仮面をつけて結婚式場に乗り込んで花嫁を攫ってあげます」

「ふふっそれは少し面白そうね。その時はキッチリ男装して貰っても良いかしら。絶対に似合うと思うの」

 二人でもしもの話をして静かに盛り上がる。
 それから注文したタルトに手を出しつつ、互いの旅の道中を話し合ったりしているとあっという間に太陽は傾き、夕暮れとなっていた。

「……ねぇ」

 夕暮れとなっても催しが終わる気配は見せない。
 むしろ、終わって堪るかとばかりに照明があちこちに付き始め、住民は昼と変わらず賑やかにしている。
 そんな様子を見ていたアルバ様が口を開く。

「私、最初はさ。里に帰るつもり何てなかったの」

「…………」

「あそこは面倒なことばかりがあった。変な期待は押し付けられるし、傍にいた近衛戦士は滅茶苦茶な訓練させてくるし、お父様には見向きもされないし、お兄様やお姉様は顔を合わせれば、嫌味しか口にしてこない。だから、全部捨てて好きな人と外の世界で楽に行きたいって思っていた」

 好きな人、か。
 それには心当たりがある。恐らく、この国に最初に勇者として任命された少年のことだろう。彼に救われたとアルバ様は言っていた。
 その時のアルバ様の表情は、私の叔母であるフェリクサと同じ表情をしていた。

「でも、旅をしていく内に気付いたの。この髪の色である限り、私は何処まで行っても森人族の里長の娘にしかなれないんだって」

 寂しそうな表情をアルバ様が浮かべる。
 マルムが結婚を申し込んで来た理由を気にしているのだろうか。もしかしたら、私に言っていないだけで他にも同じようなことがあったのかもしれない。

「だから、やり直したいって思っているの。里長の娘として見られるんじゃなくて、私と言う存在を知らしめるために、やり直したいって」

 それは、つまり――。

「里に戻って来て下さるのですか!?」

 里長は私がもう一度大森林に足を踏み入れるために条件を付けた。
 それはアルバ様を連れて帰ることだ。
 アルバ様は外の世界を楽しんでいるように見えたので、かなり難しいように思えたのだが、まさか自分から戻りたいと思ってくれるとは思わなかった。
 私の言葉に慌ててアルバ様が言葉を付け加える。

「いや、でもさ……私は奴隷の身分から解放された後も勝手に放浪してたでしょ。お父様も怒っているんじゃないかなと思って戻り辛いのよ」

 そこでアルバ様は私を見て手を差し出す。
 まるで、ダンスを誘って貰う女性の様に。

「だから、あなたが私を連れていって下さる?」

 少し恥ずかしそうに、それでいて期待していそうな表情で、アルバ様が問いを投げて来る。
 その手を取らない理由がなかった。

「無論、連れて行きますよ。そして、誓います。私はこの手を決して離さない。これから先の人生全て御身に捧げます。姫君」

 騎士の様に跪き、手を取る。
 長い旅がようやく終わる。
 時にすれ違い、死にそうな目に遭い、涙を流す別れがあった。
 これから先の人生に比べれば、この旅などほんの一部にしかならないだろう。でも、確信がある。
 この旅は私を変えるきっかけになったものだ。
 この記憶だけは何年経とうとも色褪せることなく、私の中に残り続けるだろう。

 そう。何万年と輝き続ける星の様に、光を放って――。
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