英雄伝承~森人の章2~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ

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終編

第35話

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 一つの机を囲み、三人で酒が入ったマグを軽くぶつける。
 只人族の女はそれを豪快に飲み、オフィキウムは平然とした顔でマグの中身を空にする。私はそんなに飲めないので一口飲んでマグを机の上に置いた。

「ップハー!! いや~良いわねぇ。昼間っから酒飲むの。他の人間が汗かきベソかき働いている時に飲む酒は最高だわ」

「つい先程までお前も働いていなかったか?」

「うっさい」

 上唇に泡を付けながら、マグを机に叩き付ける只人族の女。
 何か性格悪そうだ。こんな女性が勇者一行の一人だったのか。

「それにしても、まさかあなたまでここに来ているとはね。前は会おうと思ったら、アルバと姿消しちゃったからお礼を言えなかったのよ。ありがとね……えっと……」

「リボルヴィア、アルバ様の近衛戦士だ」

「そうそう、リボルヴィア! 私はルクティアよ。よろしく……あれ? そう言えばあなたのことアルバはリアって言っていたような?」

「それは愛称だ。親しい者しかその名で呼んでいない」

「ふぅん……私も呼んで良い?」

「……別に構わないが」

「そっかそっか。それじゃ改めて、ありがとね、リア。あなたが来てくれなきゃ、黒神の所に今頃行っていたわ」

「お礼を言われる程のことではない。私はアルバ様を助けに行っただけだ。あなたが助かったのは、アルバ様と一緒にいたから、結果論でしかない」

「知ってるわよ。でも、あなたのおかげで命が助かったのは事実。私としては、けじめをつけておきたいのよ」

「そうか。ならば、あなたの礼を受け取ろう」

「うん。よーし! これで五年前の有耶無耶が晴れたぞー!! おっちゃーん、お酒追加でー!!」

「まだ飲むのか?」

「当然でしょ。こんなに気分が良いのに飲まない何て選択肢ある?」

 ルクティアと名乗った只人族の女がオフィキウムの正気を疑う。
 オフィキウムの方はマグの中身が空なのに、追加を頼む気配はない。真面目な性格故に昼間っから酒を飲む気にはなれないのだろう。
 この場合、オフィキウムの方が圧倒的に正しい気がするのだが、何故彼女はオフィキウムの正気を疑えたのだろうか。

「仕事はしていないのか?」

「おっと、私が無職だと思っているのね? 大当たりなんだけど」

 大当たりなのか。

「あの戦いが終わってからは一度故郷の方に帰ったんだけどね。私の噂があっちまで広まっていて、実家がかなり面倒なことになって来たから逃げて来たのよ」

「面倒なこと?」

「そ、結婚やらルクリア王国とのパイプ役やらと私に話が舞い込んで来てるぞ。国のためにお前でも働けるぞ喜べ!!って馬鹿親父が言うもんだから、飛び出して来たのよ」

「それほど嫌がることか?」

 ルクティアの言葉に首を傾げる。
 結婚をするのも、国のために働くのも私にとっては普通のことだと思うのだが……まぁ、それをあの父親が私に言って来たら容赦なくぶっ飛ばすけど。
 話の内容以前にあの男が嫌いだからな。私は。

「別に私だって選り好みはしないわよ。これでも貴族の役目って奴は理解しているし、納得もしている。国同士の交流するための橋渡しをしろと言われたら、私もするわ。でもね、あいつとの結婚だけは駄目なのよ」

 新しい情報だ。ルクティアはどうやら貴族だったらしい。
 初めて聞いたけど、話が進まないから突っ込まずにいるか。

「そんなに嫌いな者が結婚相手に選ばれたのか」

「えぇ、そうよ。私の結婚相手に選ばれたのは、我儘で、現実と夢の区別がつかなくて、思い込みが激しくて、こっちの言葉を都合の良いように捉えて来るどうしようもないほどの頭がお花畑な奴なの」

 げんなりとした表情をルクティアが作る。
 どうやらその男とは、ある程度付き合いがあるような口調だ。

「あいつのせいで起こった事件がどれだけあったか。そして、私がどれだけあいつが撒き散らした被害を直していったか。今は更に酷いことをしているって聞いてるし、本当に頭が痛くなるわ」

「そんなに酷いのか」

「えぇ、酷い。恥、汚点とも言って良いわね。やっていることを考えれば――本当にごめんなさい」

 そう口にして何故かルクティアはオフィキウムに頭を下げる。

「オフィキウムが関係しているのか?」

「あぁ、俺の故郷にルクティアの言っていた男からの命令を受けた人物が現れてな。街中で剣を抜き、暴れようとしたのだ」

「何だと?」

 街中で剣を抜き、暴れようとする。穏やかではない話だ。
 私の里も被害は出ていないとは言え、バリエル神聖国家に侵入されているので親近感が湧いてくる。

「それが一度で済めば良かったのだが、立て続けに起きてな。しかも、人数も増えてきている」

「本当に何でそんな所まで行くのよ。変に行動力だけはあるのよねうちの国」

「実力は高くない故、追い払うのは簡単だが、相手があのバリエル神聖国家だからな」

「ん?」

「異種族を下に見ている国に海人族が抗議を行っても無視されるだけ。一度実際抗議したものの、当然のように無視されたからな。だから、俺はルクリア王国に後ろ盾になって貰おうとここに来ていたのだ」

「んん?」

 親近感が湧いてくるどころではない。同じ被害者だった。
 まさか、バリエル神聖国家が海を隔てたヒュリア大陸まで足を運んでいるとは。

「私も同じだオフィキウム」

「何?」

「私もあなたと同じくルクリア王国に助けを求めに来た。最近になってバリエル神聖国家の騎士を率いた若い男が森人族は皆殺しだと叫んで里に侵入してくるのでな」

「…………」

 ルクティアが顔を覆う。

「ねぇ、リア。その若い男のことなんだけど……もしかして、ストゥ・ルトゥス・シートモリって名乗らなかった?」

「……バリエル語は分からなかったから、絶対とは言い切れないが、名乗ったと思うぞ」

 深い溜息をルクティアがつく。
 先の展開が読めた。

「ストゥ・ルトゥス・シートモリという男が、あなたの結婚相手なのか? それじゃあなたの故郷は――」

「えぇ、私はバリエル出身の貴族の御令嬢にして今は放浪者。そして、その男は私の婚約者よ。今回の件、どうやら私があの馬鹿を止めなきゃいけないみたいね」




 リボルヴィアたちが酒場で話し合っている頃――。
 バリエル神聖国家、シートモリ家。六大貴族に数えられるに相応しい屋敷では、普段では耳にしない悲痛な叫びが屋敷中に響き渡っていた。

「ぐぅううッぐああぁあああ!!?」

「ご当主、ご当主! しっかりしてください。気をしっかり持って!?」

 シートモリ家当主、ストゥ・ルトゥス・シートモリが寝台の上で苦しそうな表情で藻掻く。
 傍には一人の医者が彼の症状を見ている。
 臣下たちは今にも死にそうな当主の手を握り、涙を流し、必死に医者に訴えかけていた。

「クッ――先生、一体ご当主はどういう病を患っているのですか!? 帰って来るなり、苦しそうに体中を掻きむしっているのです。どうにかしてください!!」

「先生、どうか。国随一と言われる腕でご当主を助けてくれッ!!」

「我らには、この方しか忠義を捧げる御方はいないのだッ頼む。金は用意する。薬も足りなければ取って来よう!!」

 バリエル神聖国家を長く支え続けてきた六大貴族の一角。
 栄えあるシートモリ家の当主を守り続けることを臣下たちは最上の喜びとしていた。主が戦場に立てばその身を盾にし、謀略からは知恵を働かせ、暗殺者が来るならば全力で斬り伏せた。
 しかし、今回の相手は病。
 これまでとは違い、剣も槍も通じない相手に臣下たちは憤るしかなかった。

「これは――ッ!!?」

 医者が目を見開き、全身を硬直させる。
 それほど驚く重い病気なのか。臣下たちの頬に冷や汗が流れる。
 唾を飲み込み、医者の言葉を待った。




















「――ただの虫刺されですね」

「なん、だとッ!?」

 告げられた言葉に臣下たちが絶句する。

「た、助けてくれ医者よ! 主の苦しみを和らげる薬はないのか!?」

「虫刺されなので放っておけば治りますよ」

「貴様、それでも医者なのか!! さっさとどうにかしろ!!」

「あぁ、主よ。可哀想に。その苦しみを少しでも私が負担できればッ」

 告げられた病名に臣下たちが天を仰ぎ、涙を流し、苦しみに耐える主を励ますために手を取る。
 彼らの中にたかが虫刺されと笑う者はいなかった。
 彼等の中では――表情を歪めてしまうほどの虫刺されならば、それは普通の虫刺されではなく最早呪いの類なのだろうと溜息つく医者を無視して勝手に妄想していた。

「グゥッお前たち――俺はどうやらここまでのようだッ」

「主!!? そのようなことをおっしゃらないで下さい!!」

「いや、ただの虫刺されだから」

「ッまた痛みがック――あの森に住む害悪たちを殺しきるまでは死ねぬと誓ったのに、不甲斐ない」

「不甲斐ない等、そのようなことはありません。この呪いは戦いの証。我らが悪に屈しず、正義を行った証です!」

「だから呪いじゃないから。これ、虫刺され。聞いてる?」

「ふ、卑怯な悪党どもの呪いに掛かった俺にそう言ってくれるか。お前たちは俺には過ぎた臣下だったな」

「ご当主!!」

「最後の頼みを聞いてくれるか?」

「うぅっそんな――」

「最後などと言わないで下さいッ」

「ねぇ、あの~。虫刺されでは死なないよ?」

「我が、婚約者の顔を見たい。不幸にも運命が我らの中を引き裂いたが、我らは互いに深く愛し合っているのだ。例え、神々が許しはしなくとも、俺は愛した女の顔をもう一度見て、話したいのだッ」

「そんな、しかし――」

「分かりました。ご当主の最後の命。必ず我らが果たして見せますッ」

 臣下たちがストゥ・ルトゥス・シートモリの手を固く握る。
 自身の願いを叶えると口にした臣下を見て、ストゥは柔らかに微笑み、瞼を閉じる。安心した途端に、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
 安らかに寝息を立て始めた。
 臣下たちが顔を見合わせる。

「行くぞ。これが我らシートモリ家に忠義を捧げた臣下団の最後の奉仕だ」

「「「「おぉ!!」」」」

 決意が宿る目をして臣下たちが急ぎ足で部屋を出て行く。
 必ず主の願いをかなえてみせる。全員の胸の内にはそれしかなかった。
 一人残った医者が呟く。

「何この茶番……」
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