19 / 57
追放編
第19話
しおりを挟む
太陽が昇る。
新しい一日の始まり。
太陽の光りの邪魔をする雲はおらず、空は青い空が広がっている。
多くの者がこの空を見て爽快な気分になり、何か良いことがあるかもしれないと思うだろう。
だが、空を見上げても私は良い気分にはちっともなれなかった。
人攫いの倉庫には、多くの種族がいた。獣人族、只人族、海人族、魔人族、森人族も勿論いた。だが、母様はいなかった。
倉庫の中に残っていた森人族は三人。
私には見覚えはなくとも、どうやら有名だった私のことを相手は覚えていたようで顔を見た時は驚いていた。
話を聞くに、ここにはもっと多くの森人族がいたようだ。
二ヶ月前――里から攫われた時にいた森人族は五十人ほど、白く、美しい髪を持つラトエリア様は別の所へと運ばれたようで知らないらしいが、母様はこちらに運ばれた。
そして、母様を奴隷として選んだ主は小国セルシア出身とのことだった。
母様に会えると思っていたのに、会えないのは辛い。久しぶりに抱きしめて欲しかった。
「次の街では会えるかな……」
一度目が空ぶったからか、気持ちが弱気になってしまう。
これでは駄目だと大きく息を吸い、頬を叩く。
「切り替えよう。出会えるまで探せば出会えるんだ。悲観することなんて何もない!!」
街で助け出した森人族は、里に帰らせた。
人攫いの一味から盗った金品があるのだ。只人でも雇うかどうにかして帰れるだろう。あの街には過去に来たことがある森人もいたし、自力で帰るかもしれない。
「目指すは小国セルシア! 母様、待っていて下さい!!」
セルシアは巨人の背骨と言われる山脈の小さな隙間にできた国々の一つ。街も首都を含めて二つしかない程度の国だ。
探すのは簡単だろう。
完全に気持ちを切り替えて走り出す。
丘を登り切った時には既に暗い気持ちはなくなっていた。
街を出て一週間。
道中、怪物や国から逃げ出した元兵士である山賊に襲われることもあったが、問題なく対処し、小国セルシアの国土に入った。
小国セルシアの国土に入れば、半日で街に辿り着く。助けた森人族からはそう聞いていた。
確かにその情報通り、半日で辿り着く距離に街はあった――のだが。
「もしかして、戦争している?」
そこにあったのは穏やかなセルシアの街ではなく、あちこちで炎と煙が上がっている物騒な街だった。
一体何があったのか、街に入って調べてようとすると丁度良く街にいたセルシアの兵士の一人が声高らかに集った戦士たちに向けて演説していたのでその話を聞いてみる。
この街を攻撃したのは隣国のエトアという国らしい。
この国も小国で街を一つか二つしか持っていない国だ。二つの国を合わせてようやく大国であるルクリア王国の貴族の領地に匹敵する、と言えばどれだけこの国が小さいかが分かるだろう。
そんな小さな国同士が争っているのかと言うと、この両国極端に仲が悪いようだ。
どうやらセルシアは過去エトアの国を侵略した際、女性に性的な奉仕をさせたことがあるらしい。
当時は侵略を押し返された所で両国の力は尽き、戦争は終わった。それから七十年間は両国に争いはなかった。
では――何故今更になって戦争が始まったのか。
それは七十年前の戦争でセルシアの兵士がエトアの住民にした屈辱的な行いに、エトアは賠償金を求めたが、これまで一切の支払いがなかったからだ。
屈辱的な行いを反省もせずに、既に支払ったなどと宣う卑怯者共に鉄槌を行う。
というのが、エトアの言い分らしい。
だが、セルシアの兵士はこれを鼻で嗤い、卑怯者はあいつらだと憎々し気に語っていた。
曰く、女性たちにも無理強いをしたことはない。既に賠償金は払っている。支払いが終わったのを証明する書類もある。
それをエトラに送ったが、問答無用で攻め込んで来たらしい。
うん、エトラが悪い。
そんな歴史あったかな。等と思っていたが、一方的な言いがかりを付けられるのが、どれだけ腹が立つかは分かる。
戦争に関心はなかったけど、私の心は一気にセルシアに傾いた。
ぜひ、自称正義の執行者をコテンパンにして欲しい。
相手は殴らなきゃ分からない野蛮人だ。遠慮はいらないぞ。
ここに集まっている戦士たちは、攻められたセルシアが新たな兵力として雇おうとしている者たちなのだろう。
この宣言も自分たちの主張を通してどれだけ相手が卑劣かを伝えるのが目的。……多分。戦争前には兵力を補充する時にそんなことをすると母様から聞いたことがある。
周囲にいる者たちはすっかり兵士の言葉に義憤を感じて顔を顰めている。
彼等から離れて私は街を見回る。
戦争に参加はしたくはない。応援はするけどね。
重要なのは母様がどこにいるかなのだ。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
「あ、何だ餓鬼じゃねぇか。ここはお前の来る所じゃねぇぞ。さっさと親の所に行け」
「その親を探している」
演説をしている兵士の後ろにあった天幕の横にいた兵士に声を掛ける。
この街を探しまわることも考えた。だが、戦争が起こりそうな街で悠長に母親を探している暇はない。
私の言葉を聞いて兵士が眉を顰めた。
「他の所を探せ。ここには近づくな」
「何でだ?」
「ここは偉い人がいるからだよ」
「偉い人……この街で一番?」
「あー……一番ではないが、偉い人だ。面倒くさいことになる前にどっか行け」
「その人の名前は?」
「アロガンティア・パルボス・キャリードスだ」
一番ではないが偉い人。アロガティア・パルボス・キャリードス。一体どんな人物なのだろうか。
もしかして森人族で言う戦士長みたいな人たちのことか。それなら、丁度良い。
「失礼致します」
「いやちょっと待てぇ!?」
天幕の入口から一礼して中に入る。
これでも母様から礼儀作法は一人前だと言われているのだ。だから、そんなに声を上げないで。無礼なことにはならないから。
「突然のご無礼をお許しください。アロガティア・パルボス・キャリードス殿。お願いしたいことがあり、参上させていただきました」
天幕の中で大層な椅子に腰を掛けた気取った服を身に纏った男。
見るからに弱い。里長のような吞まれるような気配は感じない。
戦士長も腕が細かったけど、この人はもっと細いな。ハリガネムシみたいにヒョロヒョロだ。
ピンと横に伸ばされた髭を撫でて男が口を開く。
「誰だ貴様は。ここは吾輩の天幕であるぞ。これから戦いに備えて吾輩は体を休めなければならないというのに、おい! 誰が子供を通して良いと言った!!」
「も、申し訳ございませんっ。勝手に入って行ったもので!!」
「この愚図め。そんなんだから、エトラのクズ共に攻め込まれるのだ。さっさとこの餓鬼を追い出せ。二度と入って来ぬよう鞭でも打っておけ」
鞭!?子供を鞭で打つのかこの男は!!
酷い男もいた――と思ったけどそうでもないな。うん、クズ野郎も私に初対面で腹に拳を叩き込んで来たし。
世の中の男は皆そうなのかな。
「閣下、お待ちください。流石に子供にそのようなことは」
命令を下したアロガンティアに天幕の中で待機していた女の兵士が口を挟む。
おぉ、良い人がいた。
いいぞ、言ってやれ言ってやれ!!母様みたいで格好良いぞ。
「黙るが良い。平民の分際で吾輩に話しかけるでない。その首落としてやろうか。まったく、何が悲しくて由緒正しい貴族の出の吾輩が平民に囲まれなければならないのだ」
――と思っていたんだけどアロガンティアの一睨みで委縮しちゃった。残念。母様みたいという評価は取り下げさせて貰おう。
それにしても、話しが進まないな。ここで帰る訳にはいかないし、母様からは後でお叱りを受けるだろうけどちょっと強行しよう。
「私は森人族。ヴェネディクティアの娘、名をリボルディアと言います。母であるヴェネディクティアを探し、この地に参りました」
これまで被っていたフードを外し、顔を晒す。
一気に視線が集まるのを感じた。やはり、森人族が珍しいのだろう。
「人攫いに会い、奴隷にされた母をセルシアの者が購入したと聞きました。どうか母を探すのに力を貸していただきたい」
「……森人の奴隷ぃ? あぁ、馬小屋に入れた奴等のことか。しかし、貴様の要求をこちらが飲む理由がないわ。おい、さっさとこの無礼な輩を摘まみ出せ」
「は、はい」
入口で会話をした男が私の方に触れる。
素早く身を翻し、男の足を払った。
「貴様、子供相手に何をしている。それでも栄えあるセルシアの軍に名を連ねる者なのか!!」
大の大人が子供に足払いを掛けられ、地面に転がる。
それを目にしたアロガンティアが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
アロガンティア。何か森人族にいた戦士たちと似ているな。
力もないのに自分の出自に誇りを持ち、自分の考えが全て正しい、種族のためになるって考えている人だ。森人族の里にもそういう考えがいた。
礼儀作法は大事だって教えられてきたけど投げ捨てたくなってきた。
「この役立たずがっ、ヌレイア。こいつを捕まえろ」
「……承知」
「ん?」
考え事をしているとアロガンティアを諫めようとしてくれた女の兵士が距離を詰めてくる。
剣の柄には手を翳している。何だ、やる気か?
「少女よ。まだ物事の道理が分からないようだが、ここは我儘を口にして良い場所ではない。貴方の母親については、残念ですが、閣下の御言葉通りこちらに要求を呑む理由がない」
「なら、理由ができたら力を貸してくれるか?」
「それは私が判断することではありません」
ヌレイアと呼ばれた女の兵士が剣を抜く。
「多少剣に覚えがあるようですが、私はこの軍の中で三指に入る実力を持つ翠級剣士です。大人しく捕まりなさい。剣で斬られるのは嫌でしょう」
「斬られなきゃいいだけだろ?」
「それは不可能だ。未熟な貴方では私に一太刀処か触れることすらできない」
「ふぅん。そうなんだ」
その言葉を聞いて私はヌレイアに体を向けて剣を抜く。
何故か悲しそうな表情をしてヌレイアは私に剣を振るった。
うん、遅い。
「――ガ!?」
自分から剣に当たりに行くと思わせて、剣を持つ方の手首を掴んで抑え、後ろに回り込む。
剣を鞘に入れたまま首筋へと叩き込んだ
。
ふ、呆気ないぜ。
「なぁ!?」
差別はしていたけど、力は認めていたんだろう。
ヌレイアが気絶したことにアロガンティアは目を見開き、固まっていた。
「ねぇ」
アロガンティアがビクッと震えた。
悲しいな。まるで私が悪者じゃないか。
「貴方たちの戦争に協力する。だから、母様を返してくれる?」
何度も必死に頷くアロガンティア。
だから、私は悪者じゃないって。
新しい一日の始まり。
太陽の光りの邪魔をする雲はおらず、空は青い空が広がっている。
多くの者がこの空を見て爽快な気分になり、何か良いことがあるかもしれないと思うだろう。
だが、空を見上げても私は良い気分にはちっともなれなかった。
人攫いの倉庫には、多くの種族がいた。獣人族、只人族、海人族、魔人族、森人族も勿論いた。だが、母様はいなかった。
倉庫の中に残っていた森人族は三人。
私には見覚えはなくとも、どうやら有名だった私のことを相手は覚えていたようで顔を見た時は驚いていた。
話を聞くに、ここにはもっと多くの森人族がいたようだ。
二ヶ月前――里から攫われた時にいた森人族は五十人ほど、白く、美しい髪を持つラトエリア様は別の所へと運ばれたようで知らないらしいが、母様はこちらに運ばれた。
そして、母様を奴隷として選んだ主は小国セルシア出身とのことだった。
母様に会えると思っていたのに、会えないのは辛い。久しぶりに抱きしめて欲しかった。
「次の街では会えるかな……」
一度目が空ぶったからか、気持ちが弱気になってしまう。
これでは駄目だと大きく息を吸い、頬を叩く。
「切り替えよう。出会えるまで探せば出会えるんだ。悲観することなんて何もない!!」
街で助け出した森人族は、里に帰らせた。
人攫いの一味から盗った金品があるのだ。只人でも雇うかどうにかして帰れるだろう。あの街には過去に来たことがある森人もいたし、自力で帰るかもしれない。
「目指すは小国セルシア! 母様、待っていて下さい!!」
セルシアは巨人の背骨と言われる山脈の小さな隙間にできた国々の一つ。街も首都を含めて二つしかない程度の国だ。
探すのは簡単だろう。
完全に気持ちを切り替えて走り出す。
丘を登り切った時には既に暗い気持ちはなくなっていた。
街を出て一週間。
道中、怪物や国から逃げ出した元兵士である山賊に襲われることもあったが、問題なく対処し、小国セルシアの国土に入った。
小国セルシアの国土に入れば、半日で街に辿り着く。助けた森人族からはそう聞いていた。
確かにその情報通り、半日で辿り着く距離に街はあった――のだが。
「もしかして、戦争している?」
そこにあったのは穏やかなセルシアの街ではなく、あちこちで炎と煙が上がっている物騒な街だった。
一体何があったのか、街に入って調べてようとすると丁度良く街にいたセルシアの兵士の一人が声高らかに集った戦士たちに向けて演説していたのでその話を聞いてみる。
この街を攻撃したのは隣国のエトアという国らしい。
この国も小国で街を一つか二つしか持っていない国だ。二つの国を合わせてようやく大国であるルクリア王国の貴族の領地に匹敵する、と言えばどれだけこの国が小さいかが分かるだろう。
そんな小さな国同士が争っているのかと言うと、この両国極端に仲が悪いようだ。
どうやらセルシアは過去エトアの国を侵略した際、女性に性的な奉仕をさせたことがあるらしい。
当時は侵略を押し返された所で両国の力は尽き、戦争は終わった。それから七十年間は両国に争いはなかった。
では――何故今更になって戦争が始まったのか。
それは七十年前の戦争でセルシアの兵士がエトアの住民にした屈辱的な行いに、エトアは賠償金を求めたが、これまで一切の支払いがなかったからだ。
屈辱的な行いを反省もせずに、既に支払ったなどと宣う卑怯者共に鉄槌を行う。
というのが、エトアの言い分らしい。
だが、セルシアの兵士はこれを鼻で嗤い、卑怯者はあいつらだと憎々し気に語っていた。
曰く、女性たちにも無理強いをしたことはない。既に賠償金は払っている。支払いが終わったのを証明する書類もある。
それをエトラに送ったが、問答無用で攻め込んで来たらしい。
うん、エトラが悪い。
そんな歴史あったかな。等と思っていたが、一方的な言いがかりを付けられるのが、どれだけ腹が立つかは分かる。
戦争に関心はなかったけど、私の心は一気にセルシアに傾いた。
ぜひ、自称正義の執行者をコテンパンにして欲しい。
相手は殴らなきゃ分からない野蛮人だ。遠慮はいらないぞ。
ここに集まっている戦士たちは、攻められたセルシアが新たな兵力として雇おうとしている者たちなのだろう。
この宣言も自分たちの主張を通してどれだけ相手が卑劣かを伝えるのが目的。……多分。戦争前には兵力を補充する時にそんなことをすると母様から聞いたことがある。
周囲にいる者たちはすっかり兵士の言葉に義憤を感じて顔を顰めている。
彼等から離れて私は街を見回る。
戦争に参加はしたくはない。応援はするけどね。
重要なのは母様がどこにいるかなのだ。
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど」
「あ、何だ餓鬼じゃねぇか。ここはお前の来る所じゃねぇぞ。さっさと親の所に行け」
「その親を探している」
演説をしている兵士の後ろにあった天幕の横にいた兵士に声を掛ける。
この街を探しまわることも考えた。だが、戦争が起こりそうな街で悠長に母親を探している暇はない。
私の言葉を聞いて兵士が眉を顰めた。
「他の所を探せ。ここには近づくな」
「何でだ?」
「ここは偉い人がいるからだよ」
「偉い人……この街で一番?」
「あー……一番ではないが、偉い人だ。面倒くさいことになる前にどっか行け」
「その人の名前は?」
「アロガンティア・パルボス・キャリードスだ」
一番ではないが偉い人。アロガティア・パルボス・キャリードス。一体どんな人物なのだろうか。
もしかして森人族で言う戦士長みたいな人たちのことか。それなら、丁度良い。
「失礼致します」
「いやちょっと待てぇ!?」
天幕の入口から一礼して中に入る。
これでも母様から礼儀作法は一人前だと言われているのだ。だから、そんなに声を上げないで。無礼なことにはならないから。
「突然のご無礼をお許しください。アロガティア・パルボス・キャリードス殿。お願いしたいことがあり、参上させていただきました」
天幕の中で大層な椅子に腰を掛けた気取った服を身に纏った男。
見るからに弱い。里長のような吞まれるような気配は感じない。
戦士長も腕が細かったけど、この人はもっと細いな。ハリガネムシみたいにヒョロヒョロだ。
ピンと横に伸ばされた髭を撫でて男が口を開く。
「誰だ貴様は。ここは吾輩の天幕であるぞ。これから戦いに備えて吾輩は体を休めなければならないというのに、おい! 誰が子供を通して良いと言った!!」
「も、申し訳ございませんっ。勝手に入って行ったもので!!」
「この愚図め。そんなんだから、エトラのクズ共に攻め込まれるのだ。さっさとこの餓鬼を追い出せ。二度と入って来ぬよう鞭でも打っておけ」
鞭!?子供を鞭で打つのかこの男は!!
酷い男もいた――と思ったけどそうでもないな。うん、クズ野郎も私に初対面で腹に拳を叩き込んで来たし。
世の中の男は皆そうなのかな。
「閣下、お待ちください。流石に子供にそのようなことは」
命令を下したアロガンティアに天幕の中で待機していた女の兵士が口を挟む。
おぉ、良い人がいた。
いいぞ、言ってやれ言ってやれ!!母様みたいで格好良いぞ。
「黙るが良い。平民の分際で吾輩に話しかけるでない。その首落としてやろうか。まったく、何が悲しくて由緒正しい貴族の出の吾輩が平民に囲まれなければならないのだ」
――と思っていたんだけどアロガンティアの一睨みで委縮しちゃった。残念。母様みたいという評価は取り下げさせて貰おう。
それにしても、話しが進まないな。ここで帰る訳にはいかないし、母様からは後でお叱りを受けるだろうけどちょっと強行しよう。
「私は森人族。ヴェネディクティアの娘、名をリボルディアと言います。母であるヴェネディクティアを探し、この地に参りました」
これまで被っていたフードを外し、顔を晒す。
一気に視線が集まるのを感じた。やはり、森人族が珍しいのだろう。
「人攫いに会い、奴隷にされた母をセルシアの者が購入したと聞きました。どうか母を探すのに力を貸していただきたい」
「……森人の奴隷ぃ? あぁ、馬小屋に入れた奴等のことか。しかし、貴様の要求をこちらが飲む理由がないわ。おい、さっさとこの無礼な輩を摘まみ出せ」
「は、はい」
入口で会話をした男が私の方に触れる。
素早く身を翻し、男の足を払った。
「貴様、子供相手に何をしている。それでも栄えあるセルシアの軍に名を連ねる者なのか!!」
大の大人が子供に足払いを掛けられ、地面に転がる。
それを目にしたアロガンティアが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
アロガンティア。何か森人族にいた戦士たちと似ているな。
力もないのに自分の出自に誇りを持ち、自分の考えが全て正しい、種族のためになるって考えている人だ。森人族の里にもそういう考えがいた。
礼儀作法は大事だって教えられてきたけど投げ捨てたくなってきた。
「この役立たずがっ、ヌレイア。こいつを捕まえろ」
「……承知」
「ん?」
考え事をしているとアロガンティアを諫めようとしてくれた女の兵士が距離を詰めてくる。
剣の柄には手を翳している。何だ、やる気か?
「少女よ。まだ物事の道理が分からないようだが、ここは我儘を口にして良い場所ではない。貴方の母親については、残念ですが、閣下の御言葉通りこちらに要求を呑む理由がない」
「なら、理由ができたら力を貸してくれるか?」
「それは私が判断することではありません」
ヌレイアと呼ばれた女の兵士が剣を抜く。
「多少剣に覚えがあるようですが、私はこの軍の中で三指に入る実力を持つ翠級剣士です。大人しく捕まりなさい。剣で斬られるのは嫌でしょう」
「斬られなきゃいいだけだろ?」
「それは不可能だ。未熟な貴方では私に一太刀処か触れることすらできない」
「ふぅん。そうなんだ」
その言葉を聞いて私はヌレイアに体を向けて剣を抜く。
何故か悲しそうな表情をしてヌレイアは私に剣を振るった。
うん、遅い。
「――ガ!?」
自分から剣に当たりに行くと思わせて、剣を持つ方の手首を掴んで抑え、後ろに回り込む。
剣を鞘に入れたまま首筋へと叩き込んだ
。
ふ、呆気ないぜ。
「なぁ!?」
差別はしていたけど、力は認めていたんだろう。
ヌレイアが気絶したことにアロガンティアは目を見開き、固まっていた。
「ねぇ」
アロガンティアがビクッと震えた。
悲しいな。まるで私が悪者じゃないか。
「貴方たちの戦争に協力する。だから、母様を返してくれる?」
何度も必死に頷くアロガンティア。
だから、私は悪者じゃないって。
8
あなたにおすすめの小説
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
【完結】うだつが上がらない底辺冒険者だったオッサンは命を燃やして強くなる
邪代夜叉(ヤシロヤシャ)
ファンタジー
まだ遅くない。
オッサンにだって、未来がある。
底辺から這い上がる冒険譚?!
辺鄙の小さな村に生まれた少年トーマは、幼い頃にゴブリン退治で村に訪れていた冒険者に憧れ、いつか自らも偉大な冒険者となることを誓い、十五歳で村を飛び出した。
しかし現実は厳しかった。
十数年の時は流れてオッサンとなり、その間、大きな成果を残せず“とんまのトーマ”と不名誉なあだ名を陰で囁かれ、やがて採取や配達といった雑用依頼ばかりこなす、うだつの上がらない底辺冒険者生活を続けていた。
そんなある日、荷車の護衛の依頼を受けたトーマは――
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる