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本編 3 番外編
ある親子の災難
「親父、データが届いたぞ」
「…本当に完成させるのかい?」
「今さら綺麗事を言うなよ? 親父だって奈津くんとヤリたいの知ってるんだからな」
グレーの壁。
天井を這い回るケーブルと管。
飾り気のないLED照明。
重そうな工作機械。
壁を覆い尽くす高さの棚。
様々な細かいパーツが整理された透明な引き出しは、多すぎて数えきれない。
机の上にはパソコンが1台。そこに黒いケーブルで繋がれた金属製の筒のようなものが1つ。
筒といっても端の一方は丸く加工されており、遠目から見れば500ミリリットル入る太めの水筒に似ている。
だがもう一方は異質だ。
白い肌のような色のぷっくりとした膨らみ。その中央にはキュッと襞が寄り、菊の花…というには少し縦長に閉じた穴が1つ。
膨らみに触れれば柔らかく、人差し指で穴を突けば、つぷりと飲み込まれてしまいそうだ。
パソコンの画面に『転送中』の文字と、右に向かって増えていくゲージ。
『ティン』というような音が鳴ると、『親父』と呼ばれた1人の男は少し困ったように笑い、その息子と思われるもう1人の男はニヤリと笑った。
「これで奈津くんと擬似セックスできるな」
そう。
机の上に置かれた筒。
それは、電動のオナホ。
『奈津のデータ』をインストールしたオナホの初号機だ。
彼らは親子であり、とある会社の会長と社長だ。
そして、『Opus』に通う常連客でもある。
今から6年前の春、初めてステージに上がり震えていた20歳の初々しい奈津。
親子は…いや、あの場にいた者は皆、同時に『一目惚れ』を経験した。
オーナーによると、彼は高校生の頃に1年間に渡り集団による性的暴行を受けていたらしい。
『彼が負った心の傷を快感で癒したい』
常連客の心はひとつになった。
肌に直接触れればカタカタと震えてしまう。細心の注意を払い、どんな壊れ物を扱うよりも丁寧に、少しずつ少しずつ『気持ちいいこと』だけを与えていった。
オーナーに縛られ、ガチガチに強張っていた身体は徐々に緩み、眉を寄せながら快感に耐える様が可愛くて。
後ろで達する悦びに喘ぎながら、『こんなの知らない…』と涙を溢すのに庇護欲を煽られて。
腹にたっぷりと愛を注がれながら、無意識に浮かべる幸せそうな微笑みが綺麗で。
その女神のように美しい顔を見た古参の常連たちの間で、『若くして亡くなった女優に似ている』と囁く声も多く聞こえた。
彼は『Opus』の宝石。
仕事に疲れた男たちを癒してくれる至宝であった。
彼が大学を卒業し、探偵事務所で働き始めると、ステージに上がる頻度は極端に少なくなってしまった。
それでも偶に、オーナーがSNSにひまわりの花の絵文字を載せる日があった。それは『彼がシフトを入れた』という秘密の合図。
彼に常連客たちが癒されていたように、彼も仕事で傷付いた心をあの店で癒していたのだろう。
ショーが始まるとすぐ『金色チケット』を大量購入し、いつも最初に奈津を貫いて快楽に落とす5人組がいた。彼の喘ぐ声が1番大きくなるのは、その5人目の男に揺さぶられている時で。
長い前髪に黒縁眼鏡をかけた地味な男。
他の客たちは悔しい気持ちでそれを見ていたのだった。
その5人目の男こそ、海堂 慎一郎。
この国で十の指に入るほどの名家、海堂家の次男。
奈津は首輪にオーナーを始め4人の名を刻んだこともあったが、最後まで残された唯一の名前は彼のものだった。
大事な宝石は、その憎い男に掻っ攫われて引退してしまった。
前髪を掻き上げて眼鏡を外し、奈津を抱き上げたその姿は美しく、感嘆のため息を吐くものが多かったが、あまりにも人外じみた美貌に『彼は悪魔か魔王か』と呟く声さえも聞こえた。
調べてみると、あの男は奈津を傷つけた人間に対し、男女の別なく片っ端から無慈悲な報復を与えていることが分かった。
そのうちの1人は奈津の初めてを無理矢理奪った男。…男であったというべきか。あの『魔王』に去勢されたらしい。
『作品』と呼ばれない『特別なステージ』には、親子で参加した。
現在は『Opus』でウサギの仮面を被って働いている。その欠損した肉体は思いの外美しく、『ブラックチケット』を使ったショーは人気だ。
もう1人は最近、『雌牛』となって見たくもない醜いものを見せてくれた。
奈津と血の繋がった父親だというその男は、美しい彼と少しも似ていなかった。
そのオブジェを見る客たちの目は冷淡であった。
足元に置かれたプレートには、男の罪状が書かれていたからだ。
性も芽生えていない子どもの頃の奈津に、浴室で毎夜キスをし、何度も何度も不埒な行為をした上、裂けるのも構わずに汚物を捩じ込んだという『オレたちの天使に悪逆非道な真似をした塵』。
『その塵でオブジェを製作したのは、海堂 慎一郎である』。
その場で明かされてはいなかったが、『Opus』において、もはやそれは公然の秘密であった。
他にも『人体実験が行われている』とか、『海堂家には珍しい雌犬がいる』とか、不穏な噂は多く存在するが、調べによるとそれらはいずれも『事実』であり、奈津を傷付けた者たちへの『報復』なのであろうと思われる。
だがそんな恐ろしい相手を前にしても、この親子は決して怯まず、奈津に対する執着は変わらなかった。
「ああ。彼はこんなにも感じてくれたんですね」
「おお、ヒクヒク動いてる。指1本入れるだけでも奈津くんの身体を思い出せて気持ちいい」
「あぁ…確かに、彼のナカと同じ…」
「結局、親父も興味があるんじゃないか」
「それはそうですよ。慎一郎くんが囲わなければ、僕が彼を囲いたかった…」
「だよな。…はぁー。睡眠時間を削って作り上げた甲斐があったな」
奈津へ贈った最新作。『竜人族の陰茎』。
富裕層向けに販売せざるを得ないほど高額になってしまったその玩具は、『錨』への変形とバイブレーション、ザーメンローションの射出機能のみを搭載する。
だが、奈津へ届けたものは特別製だ。
彼のためだけに特殊なプログラミングを施した。
以前、彼が喜んでくれた玩具の動きを進化させて搭載し、さらに学習する機能を付けたのだ。
そして、外付けのバッテリーボックス。
本体を少しでも軽量化するため、ケーブルで繋いで電力を供給するために用意した付属品…なのだが、
その中に『ひとつの細工』をした。
「彼の柔らかく包み込んでくれる肉襞を。絶妙な締め付けを。これでいつでも体感できるな」
奈津の内部に挿入された玩具は、その『全て』を計測し、データ化する。
そのデータをバッテリーボックスの『細工』が、このパソコンへ送信してくる仕組みだ。
そして、この手元にあるオナホはデータと全く同じ動きを再現できる。
例えば奈津が玩具を締め付けると、その強さや細かな肉の柔らかさ、蠢きまでこのオナホが再現して締め付けてくれるということ。
間接的ではあるが、このオナホを装着した者は奈津に挿入した時と同じ感覚を味わえるようになるのだ。
今回は締め付ける力のみだが、いずれはその体温や滑りも完全再現したい。
そして、いつかは双方向かつリアルタイムで玩具を咥えた彼のナカと連動させたい。
このオナホに挿入し、抽挿してやると、遠隔操作された玩具が本物の奈津のナカで同じ動きをするのだ。
そうすれば、間接的だが奈津と繋がることができる筈。
あの海堂家のことだ。仕掛けにはすぐに気付かれてしまうかもしれないが、それまでは楽しませてもらおう。
商品化は絶対にしない。
電動オナホの『名器』シリーズに彼のデータを搭載すれば確実にヒットするだろう。だが、彼を金に換えるような真似はしないのだ。
…いや、彼を恋しがる悲しい男たちの手には届けてやろうか。
彼らは本気だった。
この親子。
容姿は非常に優れ、かつ頭脳も明晰であり、それをビジネスに役立てて成功してきた。
そんな彼らが、本気でこんな変態じみたことを考えていると知れば、想いを寄せてくるご婦人たちは逃げ出すに違いない。
「はぁ。奈津くんとまた会いたいなぁ」
「おいコラ親父。ちんぽ出そうとすんな。最初にこれを使うのはオレだ。返せ」
「やだ」
「いい歳して『やだ』じゃねぇよ。返せって」
「もう1台作ればいいじゃないか」
うっとりとソレに頬を寄せる男。『奈津の嫌がりそうなことはしたくない』と先ほどまで消極的だったのが嘘のようだ。
「簡単に言うな。これ1台作るのにどれだけの数、クソ細かいパーツを作らなきゃならないと思って……あ?」
ピピッ、という警告音。
パソコンからだ。
「はあぁぁ?!!!」
暗転した画面。
嫌な予感がして、オフラインにしようとマウスのボタンやキーボードを叩いても反応しない。
カラカラと奇妙な音が聞こえてくる。
電源ケーブルを引き抜いても止まらない。
落雷防止にバッテリーを付けたのが仇となった。
「クソ!!やられた!!!」
パソコンの再起動音。
デスクトップはデフォルトの綺麗な風景画像に、たくさん置いてあったフォルダも綺麗さっぱり無くなっている。
ウィルスを送り込まれたのだ。
がくりと床に崩れ落ちる息子。
「…えげつねぇな。さすが魔王…』
データが全て消去され、初期化されてしまったようだ。
セキュリティは万全だったはずなのに。
もちろん、これまでの開発データはオフラインでバックアップをとってある。
『奈津のデータ』はまだバックアップしていないが、ハードディスクをサルベージするか、完成したオナホから取り出せば複製できるだろう。
だが……。
「これにも仕込まれてんだろうなぁ」
「…あぁ。でしょうねぇ」
あの男が奈津に執着し、絡みついて取れないように。
オナホへインストールした『奈津のデータ』にも、恐らく巧妙にウィルスが仕込まれているに違いない。
日頃から奈津が喜びそうな玩具を送りつけてきた甲斐があったのだろう。慈悲で1台のみ製作を許されたのだ。
「「はぁ…」」
親子は同時にため息を吐いた。
「どっちが先に使うかジャンケンで決めよう」
「…いいのですか?」
「二度言わせるんじゃねぇよ」
息子は知っていた。
奈津が『Opus』を辞めてしまってから、父親はしばらく魂が抜けたように憔悴していたことを。
先ほど本人が言ったように、探偵の佐久間 秀一や海堂 慎一郎に連れ去られなければ、父は彼をこの家に迎え入れていただろう。
あの宝石を最初に見つけたのは、あの店のオーナー・曽根崎だった。だからこそ曽根崎に遠慮していたというのに。
『奈津くんが嫌がることはしたくない』と紳士ぶっていたのも裏目に出てしまった。
「わかりました」
憎い魔王に怒りの鉄槌を喰らわされた親子は、『奈津・初号機』を大切そうに机へ置くと、凄まじい心理戦を始めるのであった。
「…本当に完成させるのかい?」
「今さら綺麗事を言うなよ? 親父だって奈津くんとヤリたいの知ってるんだからな」
グレーの壁。
天井を這い回るケーブルと管。
飾り気のないLED照明。
重そうな工作機械。
壁を覆い尽くす高さの棚。
様々な細かいパーツが整理された透明な引き出しは、多すぎて数えきれない。
机の上にはパソコンが1台。そこに黒いケーブルで繋がれた金属製の筒のようなものが1つ。
筒といっても端の一方は丸く加工されており、遠目から見れば500ミリリットル入る太めの水筒に似ている。
だがもう一方は異質だ。
白い肌のような色のぷっくりとした膨らみ。その中央にはキュッと襞が寄り、菊の花…というには少し縦長に閉じた穴が1つ。
膨らみに触れれば柔らかく、人差し指で穴を突けば、つぷりと飲み込まれてしまいそうだ。
パソコンの画面に『転送中』の文字と、右に向かって増えていくゲージ。
『ティン』というような音が鳴ると、『親父』と呼ばれた1人の男は少し困ったように笑い、その息子と思われるもう1人の男はニヤリと笑った。
「これで奈津くんと擬似セックスできるな」
そう。
机の上に置かれた筒。
それは、電動のオナホ。
『奈津のデータ』をインストールしたオナホの初号機だ。
彼らは親子であり、とある会社の会長と社長だ。
そして、『Opus』に通う常連客でもある。
今から6年前の春、初めてステージに上がり震えていた20歳の初々しい奈津。
親子は…いや、あの場にいた者は皆、同時に『一目惚れ』を経験した。
オーナーによると、彼は高校生の頃に1年間に渡り集団による性的暴行を受けていたらしい。
『彼が負った心の傷を快感で癒したい』
常連客の心はひとつになった。
肌に直接触れればカタカタと震えてしまう。細心の注意を払い、どんな壊れ物を扱うよりも丁寧に、少しずつ少しずつ『気持ちいいこと』だけを与えていった。
オーナーに縛られ、ガチガチに強張っていた身体は徐々に緩み、眉を寄せながら快感に耐える様が可愛くて。
後ろで達する悦びに喘ぎながら、『こんなの知らない…』と涙を溢すのに庇護欲を煽られて。
腹にたっぷりと愛を注がれながら、無意識に浮かべる幸せそうな微笑みが綺麗で。
その女神のように美しい顔を見た古参の常連たちの間で、『若くして亡くなった女優に似ている』と囁く声も多く聞こえた。
彼は『Opus』の宝石。
仕事に疲れた男たちを癒してくれる至宝であった。
彼が大学を卒業し、探偵事務所で働き始めると、ステージに上がる頻度は極端に少なくなってしまった。
それでも偶に、オーナーがSNSにひまわりの花の絵文字を載せる日があった。それは『彼がシフトを入れた』という秘密の合図。
彼に常連客たちが癒されていたように、彼も仕事で傷付いた心をあの店で癒していたのだろう。
ショーが始まるとすぐ『金色チケット』を大量購入し、いつも最初に奈津を貫いて快楽に落とす5人組がいた。彼の喘ぐ声が1番大きくなるのは、その5人目の男に揺さぶられている時で。
長い前髪に黒縁眼鏡をかけた地味な男。
他の客たちは悔しい気持ちでそれを見ていたのだった。
その5人目の男こそ、海堂 慎一郎。
この国で十の指に入るほどの名家、海堂家の次男。
奈津は首輪にオーナーを始め4人の名を刻んだこともあったが、最後まで残された唯一の名前は彼のものだった。
大事な宝石は、その憎い男に掻っ攫われて引退してしまった。
前髪を掻き上げて眼鏡を外し、奈津を抱き上げたその姿は美しく、感嘆のため息を吐くものが多かったが、あまりにも人外じみた美貌に『彼は悪魔か魔王か』と呟く声さえも聞こえた。
調べてみると、あの男は奈津を傷つけた人間に対し、男女の別なく片っ端から無慈悲な報復を与えていることが分かった。
そのうちの1人は奈津の初めてを無理矢理奪った男。…男であったというべきか。あの『魔王』に去勢されたらしい。
『作品』と呼ばれない『特別なステージ』には、親子で参加した。
現在は『Opus』でウサギの仮面を被って働いている。その欠損した肉体は思いの外美しく、『ブラックチケット』を使ったショーは人気だ。
もう1人は最近、『雌牛』となって見たくもない醜いものを見せてくれた。
奈津と血の繋がった父親だというその男は、美しい彼と少しも似ていなかった。
そのオブジェを見る客たちの目は冷淡であった。
足元に置かれたプレートには、男の罪状が書かれていたからだ。
性も芽生えていない子どもの頃の奈津に、浴室で毎夜キスをし、何度も何度も不埒な行為をした上、裂けるのも構わずに汚物を捩じ込んだという『オレたちの天使に悪逆非道な真似をした塵』。
『その塵でオブジェを製作したのは、海堂 慎一郎である』。
その場で明かされてはいなかったが、『Opus』において、もはやそれは公然の秘密であった。
他にも『人体実験が行われている』とか、『海堂家には珍しい雌犬がいる』とか、不穏な噂は多く存在するが、調べによるとそれらはいずれも『事実』であり、奈津を傷付けた者たちへの『報復』なのであろうと思われる。
だがそんな恐ろしい相手を前にしても、この親子は決して怯まず、奈津に対する執着は変わらなかった。
「ああ。彼はこんなにも感じてくれたんですね」
「おお、ヒクヒク動いてる。指1本入れるだけでも奈津くんの身体を思い出せて気持ちいい」
「あぁ…確かに、彼のナカと同じ…」
「結局、親父も興味があるんじゃないか」
「それはそうですよ。慎一郎くんが囲わなければ、僕が彼を囲いたかった…」
「だよな。…はぁー。睡眠時間を削って作り上げた甲斐があったな」
奈津へ贈った最新作。『竜人族の陰茎』。
富裕層向けに販売せざるを得ないほど高額になってしまったその玩具は、『錨』への変形とバイブレーション、ザーメンローションの射出機能のみを搭載する。
だが、奈津へ届けたものは特別製だ。
彼のためだけに特殊なプログラミングを施した。
以前、彼が喜んでくれた玩具の動きを進化させて搭載し、さらに学習する機能を付けたのだ。
そして、外付けのバッテリーボックス。
本体を少しでも軽量化するため、ケーブルで繋いで電力を供給するために用意した付属品…なのだが、
その中に『ひとつの細工』をした。
「彼の柔らかく包み込んでくれる肉襞を。絶妙な締め付けを。これでいつでも体感できるな」
奈津の内部に挿入された玩具は、その『全て』を計測し、データ化する。
そのデータをバッテリーボックスの『細工』が、このパソコンへ送信してくる仕組みだ。
そして、この手元にあるオナホはデータと全く同じ動きを再現できる。
例えば奈津が玩具を締め付けると、その強さや細かな肉の柔らかさ、蠢きまでこのオナホが再現して締め付けてくれるということ。
間接的ではあるが、このオナホを装着した者は奈津に挿入した時と同じ感覚を味わえるようになるのだ。
今回は締め付ける力のみだが、いずれはその体温や滑りも完全再現したい。
そして、いつかは双方向かつリアルタイムで玩具を咥えた彼のナカと連動させたい。
このオナホに挿入し、抽挿してやると、遠隔操作された玩具が本物の奈津のナカで同じ動きをするのだ。
そうすれば、間接的だが奈津と繋がることができる筈。
あの海堂家のことだ。仕掛けにはすぐに気付かれてしまうかもしれないが、それまでは楽しませてもらおう。
商品化は絶対にしない。
電動オナホの『名器』シリーズに彼のデータを搭載すれば確実にヒットするだろう。だが、彼を金に換えるような真似はしないのだ。
…いや、彼を恋しがる悲しい男たちの手には届けてやろうか。
彼らは本気だった。
この親子。
容姿は非常に優れ、かつ頭脳も明晰であり、それをビジネスに役立てて成功してきた。
そんな彼らが、本気でこんな変態じみたことを考えていると知れば、想いを寄せてくるご婦人たちは逃げ出すに違いない。
「はぁ。奈津くんとまた会いたいなぁ」
「おいコラ親父。ちんぽ出そうとすんな。最初にこれを使うのはオレだ。返せ」
「やだ」
「いい歳して『やだ』じゃねぇよ。返せって」
「もう1台作ればいいじゃないか」
うっとりとソレに頬を寄せる男。『奈津の嫌がりそうなことはしたくない』と先ほどまで消極的だったのが嘘のようだ。
「簡単に言うな。これ1台作るのにどれだけの数、クソ細かいパーツを作らなきゃならないと思って……あ?」
ピピッ、という警告音。
パソコンからだ。
「はあぁぁ?!!!」
暗転した画面。
嫌な予感がして、オフラインにしようとマウスのボタンやキーボードを叩いても反応しない。
カラカラと奇妙な音が聞こえてくる。
電源ケーブルを引き抜いても止まらない。
落雷防止にバッテリーを付けたのが仇となった。
「クソ!!やられた!!!」
パソコンの再起動音。
デスクトップはデフォルトの綺麗な風景画像に、たくさん置いてあったフォルダも綺麗さっぱり無くなっている。
ウィルスを送り込まれたのだ。
がくりと床に崩れ落ちる息子。
「…えげつねぇな。さすが魔王…』
データが全て消去され、初期化されてしまったようだ。
セキュリティは万全だったはずなのに。
もちろん、これまでの開発データはオフラインでバックアップをとってある。
『奈津のデータ』はまだバックアップしていないが、ハードディスクをサルベージするか、完成したオナホから取り出せば複製できるだろう。
だが……。
「これにも仕込まれてんだろうなぁ」
「…あぁ。でしょうねぇ」
あの男が奈津に執着し、絡みついて取れないように。
オナホへインストールした『奈津のデータ』にも、恐らく巧妙にウィルスが仕込まれているに違いない。
日頃から奈津が喜びそうな玩具を送りつけてきた甲斐があったのだろう。慈悲で1台のみ製作を許されたのだ。
「「はぁ…」」
親子は同時にため息を吐いた。
「どっちが先に使うかジャンケンで決めよう」
「…いいのですか?」
「二度言わせるんじゃねぇよ」
息子は知っていた。
奈津が『Opus』を辞めてしまってから、父親はしばらく魂が抜けたように憔悴していたことを。
先ほど本人が言ったように、探偵の佐久間 秀一や海堂 慎一郎に連れ去られなければ、父は彼をこの家に迎え入れていただろう。
あの宝石を最初に見つけたのは、あの店のオーナー・曽根崎だった。だからこそ曽根崎に遠慮していたというのに。
『奈津くんが嫌がることはしたくない』と紳士ぶっていたのも裏目に出てしまった。
「わかりました」
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