愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

久瀬家からの帰り道

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「…そういえば詩音。お前、ナビに行き先を入れたか?」

先ほどからカーナビの音声がどこかへ案内してくれているんだけど…。


一応、方向は帰り道と同じ。

だが到着予想時刻が早すぎる。

つまり、行き先は明らかにレンタカーの返却先でもなければオレ達のアパートでもない。その手前ということだ。


「昨日の夜に優馬が、『車の鍵を貸せ』って持っていったから、それかもしれない」

「だいぶ酔ってたよな…。運転はさせてないんだろう?」

「大志さんが付いてたから大丈夫だと思う」

詩音の大志さんに対する信頼が厚い。


ナビの他に変わったところはないか?

注意深く見てみれば…なぜ今まで気が付かなかったのだろう。

目の前のダッシュボードに、小さな紙がセロハンテープで貼り付けられているのを見つけた。

剥がして二つ折りの紙を開いてみると、小さくて丸まったようなクセのある文字で何か書いてある。…その解読に2分くらい。寛さんが杏の名前を書かせたがらなかった理由がよく分かった。


“凛へ

詩音を甘やかしてやれ。

行き先はナビに入れておいた。

設備は古いが風呂は最高。”


『甘やかしてやれ』はそのままの意味だろう。詩音には気を遣わせてしまったし、一緒に泊まれなかったからな。

『風呂』ということは銭湯?


「ナビは優馬が入れたもので間違いなさそうだ。…まぁとりあえず、指示に従って行ってみようか」

「分かった」




「そういえば、大志さんと仲良くなったんだな」

「あぁ。優馬のことで」

「優馬のこと?」


「二日酔いに効く、お粥のレシピを教えた」

なんだろう。笑ってる。

…さては、それだけじゃないな。

「勘違いしないでくれ。昨日の夜、アンクレットのことで相談に乗っただけだ」

アンクレット。

2人だけの約束。その証だ。

これを嵌めてもらってから見なくなった悪夢。

…そうか。優馬もラクになれるといいな。




「なぁ、凛」

荒れた道にゴトゴトと揺れる車内。

カーナビの音声が途切れたところで、詩音が口を開いた。

「ん?」


「車を買わないか?」

それって…。

「車を買えば、いつでも会いに来られるだろう」

詩音…。オレも、何度か考えた。


「いつでも、会いに来て…いいのか?」

「ああ。…できればオレのことも誘ってくれると嬉しいけど」

「当たり前だろう」


なんだろう。

すごく、すごく、この男を抱きしめたい。

早く目的地に着かないかな。

あと5分くらいか…。

ゴトゴト揺れる道がもどかしい。




その時、

「凛。……あれじゃないか?」



遠くに、

田舎道には不似合いな

派手で

少し下品な電飾看板と、

少し色褪せた大きな建物が見えた。



不謹慎だろうか。 

大切な子と別れた直後に…こんな場所。

でも、オレにとってはお前も大切なんだ。


…いや、綺麗事か。


今すぐ抱きしめたい。

オレはお前が欲しいんだ。



「優馬の好意に甘えて寄っていこうか」

「凛…いいのか? ラブホなんて、お前には嫌な思い出しかないだろう」


こんなふうにガタガタ揺れる道の先。

駅で拉致されて、縛られて、タバコ臭いコートを頭から掛けられて。

初めてお前に連れ込まれたのは、ちょうどあんな感じの建物だった。

あの時の記憶は、決していいものではない。


『オレを愛して……凛』

毎週金曜日の夜。お前はまるで『逃がさない』と言わんばかりに指を絡め、手を押さえつけながらオレを抱いた。

それなのに、何故か『捨てないで』と縋り付いてくる子どものように思えて…。


今なら心から『愛してる』と言える。


「…たぶん、もう大丈夫だと思う。お前をたくさん甘やかしてやる」


昨日から、たくさん気を遣わせたからな。

寂しかったか?


目が覚めて、隣にいたのは杏で。

嬉しかった。


でも、それと同時に


お前の匂いがしない布団で、

お前が側にいないことが寂しかった。



「…じゃあ、たくさん抱いていいな?」

今日は日曜日。

明日は会社だけど…。まぁ、いつものことか。


「うん。いいよ」

オレの答えに、ニヤリと笑う詩音。

「時間はたっぷりある。車は明日の朝までに返せばいいんだからな」

確かに、レンタカーの返却期限は明日の10時だ。オレが出社した後、詩音が返してくれることになっている。

あぁ。イヤらしいのに、魅力的な表情かおだ。


気のせいか、車のスピードが上がった気がした。


昨日から不安定だった詩音。

いつも通りになった様子にホッとしつつ、『朝まで』という言葉が恐ろしく、選択を間違えただろうかと自問自答するのだった。




無人の受付。古い設備。

薄汚れて褪せたカーペット。

柔らかく沈みすぎてギシギシ鳴る大きなベッド。

あの日と違うのは、拘束具がアンクレット1つだけだということ。

そこへ、いつものようにキスが落とされ、オレも詩音の足首で輝くそれに口付けを返す。


「凛、たくさん抱かせて。ちゃんと連れて帰るから」

その言葉に頷き、背中に腕を回した。

詩音の匂い。やっぱり落ち着く。



自ら脚を開く瞬間は未だに慣れない。

「あっ…、」

詩音のモノを飲み込まされる瞬間も。


深く深く奥まで繋がって、

ギシ、ギシ、ギシ、ギシ、

激しく揺さぶられている間は、ずっと詩音の背中にしがみついたまま。

何度も何度も『愛してる』と言った。

その度に詩音は頷き、同じだけ言葉を返してくれる。

合わせた唇を解くと、どちらともなく額を寄せ合って、2人で同時に微笑んだ。









目が覚めるとお湯の中だった。



詩音に抱かれたまま、

脚を伸ばして入れる広いお風呂には

驚くほど大きな窓があって、


どこまでも田んぼしか見えない

地平から朝日が昇り、

世界が金色に輝くのを2人で見た。



優馬が勧めてくれた通り、最高だった。
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