君と秘密の食堂で

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淡い期待

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 スマホの画面を見ては、連絡が来ていないことにがっかりする。
 好きだと自覚してから彼には会っていない。
 仕事落ち着いてるって言っていたのに。
 
「またため息ついてる」

 佐伯さんが頬杖をついて話かけてきた。

「そうかな」

「なんかあったんですか?
 今週飲みに行きます?」

「佐伯さんが単に飲みたいだけでしょ?」

「そうでーす
 たまには行きましょうよ」

「うーん、そうだねー」

「決まり!二人で行きます?」
 
「他にも誘ったほうがいいんじゃない?」 

「えー、川瀬蓮について語りましょうよー」

「川瀬蓮!?」

「はい。好きでしょ?」

「えっいや……その……」

 好きって、どうして知ってる!?

「私も好きですもん
 ファン同士語りましょうよ」

「あぁ、ファンね……」

 びっくりした。
 佐伯さんは何も知らないもんね。
 
「まぁ、他の人にも声掛けてみようよ」

「分かりましたー」


 金曜日の夜はいつもより人が多く感じる。

「あれ、結局二人?」

 他の人もあとから合流するのかと思いきやみんな無理だったらしい。

「まぁ、いいじゃないですか」

 笑顔の佐伯さんは飲む気満々のようで、早速ビールを頼んでいる。

「あんまり飲みすぎないでね」

「だーいじょうぶですって」

 そう言っていたのに、飲むピッチが早くて、少し前に別れた元彼やら最近出会ったダメ男やらの愚痴を延々と聞かされた。
 川瀬蓮について語り合うんじゃなかったっけ?
 そう思いつつ、枝豆を食べながら相槌をうって聞いてあげる。
 この子はなかなか男運が悪いな。

「今度付き合うなら佐野さんみたいに大人な男の人がいい気がする」

「飲みすぎだよ。このくらいにしておこうか」

「好きになってもいいですか?」

 潤んだ瞳で見つめられたが、やんわりと断りを入れる。

「いやー、佐伯さんは若い子の方がいいと思うよ?」

「断られたー。ひどーい」

「そろそろ帰ろう、ね?」

「えーもうちょっと飲みたーい」

 渋る佐伯さんをなんとか説き伏せて、人知れずため息をつく。
 酔っ払いの相手はなかなか大変だ。

 佐伯さんをタクシーに乗せて見送った。
 あんなに若い女の子に酔っていたとはいえ「好きになってもいいですか? 」なんて言われたら、ノンケであったなら手を出しているのかもしれないな。
 そんな事を思って彼から言われたらどうしようか……などとどうしようもないことを考える。
 好きになってもいいんだろうか。
 到底手が届かないと分かっている高嶺の花である彼。
 会いたい。
 彼に焦がれながら、1人雑踏の中を歩いた。

 ようやく彼から連絡が来た。
 その日は土曜日だから少しゆっくりできる。
 久しぶりに会えると思うと浮足立ってしまう。

 約束の土曜日。
 食材を買い込んで、彼のマンションへ向かった。
 ちょっと張り切って買いすぎたかもしれない。
 両腕にパンパンの荷物を持って、合鍵で部屋に入った。

「ごめん、なかなか連絡できなくて」

「いや、全然いいよ
 忙しいだろうに大丈夫だったの?」

「うん、佐野さんの飯食べたかったし」

「今日も色々作っておくよ」

「よろしくー」

 そう言って彼は手にしていた台本を読み始めた。
 その様子を少しだけ見て、キッチンへ移動した。
 見慣れない家電があった。
 おお、これは材料を入れたら料理ができてしまうというものじゃないか。
 これで料理を作っているのだろうか。
 自分の存在価値がなくなりそうで少しヒヤリとする。
 今のところはまだ俺のご飯を食べたいと言ってくれているし、気を取り直して調理に取りかかった。
 いつものようにタッパーに詰めて、冷蔵庫に入れていく。

「佐野さーん、できたー?」

 ちょうどいいタイミングで声をかけられた。

「うん、終わったよ」

「映画一緒に観ない?」

「うん、いいね
 どんな映画なの?」

「記憶喪失の殺し屋の話」

「なにそれ、気になるね」

「結構話題になってたやつ」

 彼の隣に座ると、再生された。
 映画はアクションシーンもあって、思っていたよりも手に汗握る展開のものだった。

「面白かったね」

「佐野さんって意外とリアクション大きいよな」

「えっ、そうなの?
 邪魔になった?」

「いや、見てて飽きなかった」

「ん? 見てて飽きない?」

「うん。後半ほとんど佐野さん見てた」

「どうして?」

「映画より面白かったから」

「へー、そうなんだ」

 にっこり笑う彼に素っ気なく返事する。
 どういう事だと、内心動揺しまくりだ。
 映画に夢中で全く気付かなかった。
 いかん、平常心。

「腹減った。飯食おーぜ」

「うん、じゃあ用意するね」

 何故か彼も立ち上がってついてくる。

「どうしたの?」

「手伝う
 いつもやってもらってばっかだから」

「気にしなくていいのに
 温めるだけだし」

「何したらいい?」

「じゃあ、出来上がったやつ運んでくれる?」

「分かった」

 温めたおかずを皿に盛り付けて彼に渡す。
 ご飯は自分で入れて運んでくれた。

「いただきます」

「うーん、やっぱこれなんだよな」

 味噌汁を飲みながら彼が言った。
 その一言に表情筋が緩む。

「今日は泊まるよな?」

「うん、明日休みだし
 そうする」

「俺明日昼からだから、朝はゆっくりできる」

「そっか、分かった」

 少しでも長く一緒にいられると思うと嬉しくて仕方がない。
 食べ終わって片付けていると「先にシャワー浴びていいよ」と声をかけられた。
 彼はまた本読みをするようだ。
 お言葉に甘えて先にシャワーを浴びさせてもらう。

 よく考えたら、今日も一緒に寝るんだよな……?
 寒い時期だけと言っていたけれど、この家にはベットが1つしかないし。

「今日も一緒に寝るのかな?」

「何言ってんの?
 当たり前じゃん」

 当たり前になってるんだ。
 先に寝ようかな。
 一緒に布団に入って彼の事を感じながら眠れるとは思えない。

「先に寝てもいいかな?」

「いいよ、おやすみ」

 そそくさと部屋を出て、寝室に移動する。
 好きだと自覚してから初めての泊まり。
 よく今まで普通に眠れていたものだ。
 布団に潜り込み、目を閉じるけれど心臓が思っていたよりもバクバクして眠れない。
 羊を数えてみることにした。
 いつか眠れるだろう。

「……ん……」

 目が覚めた。
 羊効果で眠れたようだ。
 隣には彼がいて、一気に鼓動が跳ね上がる。
 朝からこれはキツイ。
 すやすやと眠る彼の顔をここぞとばかりに堪能する。
 眠っていても綺麗な顔。
 いつまでも見惚れているわけにもいかず、そっとベッドから抜け出した。

 いつもと同じように朝食を食べて、ソファに座ってコーヒーを飲みながら彼とのんびり過ごす。
 
「もう少ししたら山口来ると思うから駅まで送るよ」

「歩いて帰るよ?」

「いいから、乗ってけって」

「分かった、ありがとう」

 一緒に家を出て、駐車場に向かう。

「あっ、佐野さん
 お久しぶりです」

「駅まで送ってって」

「了解です
 どうぞ、乗って下さい」

 人の良さそうな笑みを浮かべて山口さんが乗るように促してくれた。

「後ろ、俺の隣りな」

「うん
 山口さん、宜しくお願いします」

 車に乗り込むと、山口さんが振り返って申し訳なさそうに言った。

「家までお送りできなくてすみません」

「いやいや、なに言ってるんですか
 駅までで十分です」

「山口、喋ってないで運転」

「分かってますよ
 ほんとに蓮くんは佐野さ……」

「山口?」

「すっすみません!!
 出発しますねー」

 あたふたと告げて、そう遠くない駅に向かって走り出した。
 なんだったんだろう?

「また来週も会えそうなんだけど」

「そうなの?
 じゃあお邪魔しようかな」

「うん、何時でもいいから」

「分かった」

 来週も会える。
 嬉しくて顔が綻んでしまう。

「あっ、ブルーレイ借りようと思ってたのに忘れちゃったな」

「観る時間あんの?」

「仕事から帰ってから観たりしてるから結構観れるよ」

「へー、そうなんだ
 また来週な」

「残念だけどそうするよ」

 駅に着いて、離れがたい気持ちをぐっと堪えて車を降りる。
 
「じゃあまた来週」

「うん、またね」

 ペコリと頭を下げる山口さんに、同じようにペコリと頭を下げた。
 走り去る車を見えなくなるまでひたすら目で追っていた。

 最近地方での撮影がないという彼とはよく会えるようになった。
 彼の一挙手一投足に俺の心は反応して揺さぶられる。
 相変わらず先に寝て、朝隣にいないとホッとし、まだ眠っていると悶絶するという事を繰り返していた。

 その日も先に眠っていてふと目が覚めた。
 隣には彼がいない。
 まだ起きているのか。
 喉が乾いた俺は、何か飲ませてもらおうと思ってベッドを抜け出した。

 リビングのドアの前まで来て立ち止まる。
 切なげな声が聞こえてきたからだ。
 若いもんな。
 1人ですることもあるだろう。
 音を立てないように踵を返そうとした俺の耳に、彼が佐野さん……と呟く声が聞こえた。
 ……??
 今俺の名前を呼ばなかった?
 いや、どういうことだ?
 俺の名前を呼びながら1人でしている?
 ガタリと音がして、慌てて寝室へ戻った。
 しばらくすると彼が寝室へやってきた。
 とてつもない緊張感が俺を襲う。
 背中を向けて寝たふりをしている俺に気付く事なく、ピタリとくっついてしばらくすると寝息が聞こえた。
 この状況で眠れるわけがない。
 すぐに動くと起きてしまうかもしれないと思った俺はそのままジッとして、しばらくしてベッドから抜け出してリビングへ向かった。

 まだ信じられない。
 どういう事なんだ?
 同姓なんだろうか……。
 まさか自分のはずがないじゃないか。
 こんな10以上も歳が離れた俺なわけがない。
 でも心の片隅で彼も俺の事を思ってくれていると自惚れてもいいのだろうかと思ってしまう自分がいる。
 できればそうであって欲しい。
 そんな淡い期待は木っ端微塵に打ち砕かれることになることをこの時の俺は知る由もなかった。
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