君と秘密の食堂で

マイユニ

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勘違い

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 彼からの連絡が突然途絶えてから2ヶ月が経とうとしていた。
 忙しいのかもしれないと思って俺から連絡することもなく、今日もスマホの画面を見てはため息をつく。

「おはようございます
 佐野さん、大変ですよ」

 佐伯さんが席に着くなり興奮気味に語りかけてきた。

「どうしたの?」

「知らないんですか!?
 ついに出たんですよ」

「何が?」

「川瀬蓮の熱愛報道ですよー
 びっくりですよ」

「……熱愛報道?」

「そう、なんかね年上の一般の人らしいんですけど
 どこで知り合ったのか気になりません!?」

「そうなの?」

「否定はしてましたけどね
 あれ、聞いてます?
 おーい?佐野さーん?」

 彼にはそういう人がいるのか。
 いないほうがおかしい話だよな。
 もしかしたら俺のことを好きかもなんて勘違いも甚だしい。
 そうか、そりゃそうだよな……。

「佐野さん、それ蓋閉まってますよ」

「えっ、あぁ本当だ」

 持っていたペットボトルの蓋を開けずに飲もうとしていた。
 動揺し過ぎだろう。
 蓋を開けて、冷たいコーヒーを流し込む。
 不思議そうな顔をする佐伯さんに「ちょっと寝不足でさ」という謎の言い訳をして笑う。
 タイミングよくかかってきた電話を取って、無理やり気持ちを切り替えた。
 
 上の空になりながらもなんとか仕事を終えて家路につく。
 夕日がいつもより目に染みて目を伏せた。
 呆気なく終わりを迎えた俺の恋。
 まだ傷は浅い……はず。

 帰宅してソファにもたれ掛かって目を閉じた。
 友人として彼と接することができるだろうか。
 いや、無理だな。
 きっと見えない相手にどうしようもなく嫉妬してしまうし、耐えられない。
 もう会うのはやめよう。
 借りたままのブルーレイは山口さんに返せばいい。
 ブーブーというスマホの振動で沈んだ意識を取り戻す。
 画面を見るとあんなにも連絡がほしいと思っていた彼からだった。

「もしもし」

『ごめん、今大丈夫?』

「うん、平気だよ」

『もう知ってる?』

「……熱愛報道のこと?」

『あれ、違うから
 誤解だから』

「でもああいう報道が出るってことは仲がいいって事だろう?
 これから始まるのかもしれない」

『いや、そんな事……』

 蓮くーんと呼ぶ山口さんの声が聞こえた。

「山口さん呼んでるよ?」

『ごめん』

「いや、今までありがとう
 それじゃあ」

『まっ……』

 一方的に通話終了ボタンを押した。
 今回の報道が真実ではなかったとしても、彼の周りには素敵な子がたくさんいるだろう。
 そして本当に好きになる人が現れるはずだ。
 幸せそうに笑うそんな彼を見るのは辛い。
 彼から離れるいい機会だったのかもしれない。 
 もう二度と彼に会うことはないし、連絡をすることもない。 
 なんだか長い夢を見ていたようだ。
 一気に現実に引き戻された気がした。
 シャワー浴びるか。
 ノロノロと立ち上がり浴室へ向かう。

 さっぱりとして少し気分が落ち着く。
 軽く何か食べようと思い立ち冷蔵庫を覗いて、作り置きしてあるものを取り出す。
 これ、今度作ってあげようと思って試作したやつだ。
 しばらくは、これは特に気に入っていたなとかこれはあまり箸が進んでなかったなとか、料理を作るたびに思い出してしまうかもしれない。
 レパートリーがたくさんあるわけじゃないから、必然的に作ってあげたものを作る事になるだろうし。
 二人で食べた思い出がたくさん脳裏に蘇って感傷的になってしまう。
 それを振り払うように頭を振ってレンジに入れた。

 ぼんやりと夕食を食べて、後片付けをする。
 まだ早いけれどもう寝ようか。
 眠れば少し気持ちが切り替わるかもしれない。
 そう思って布団へ潜り込んだ。
 何度も寝返りを打って、必死に眠ろうとするが眠れない。
 次に目を開けた時に全て忘れ去っていられればどんなにいいだろう。

 アラームの音で目を覚ます。
 伸びをしてスマホを見ると彼からの着信とメッセージが山のように入っていた。
 一瞬かけようかとボタンを押しかけたが止めた。
 連絡をしてどうなるというのか。
 もう彼には関わらないと決めたのだ。

 いつもと変わらず出社して仕事をこなす。
 仕事をしている間は何も考えなくて済むからいい。
 仕事を終えて帰宅したらシャワーを浴びて夕食を食べ、少し小説を読む。
 いつもと同じルーティン。
 変わったのは彼の作品を観なくなった事。
 相変わらず彼から着信やメッセージが届いている。
 全く返していないから何だかかわいそうな事をしている気がしてくるが仕方がない。
 そして今日も早めに就寝して1日を終える。


「最近、佐野さん元気ないですね?
 飲みに行きます?」

「うーん……」

「露骨に嫌そうな顔しないでくださいよ
 この前のことは謝ったじゃないですか」

「あんまり覚えてないって言ってたような?」

「まぁそうなんですけど」

 認めるのかい。
 ちょっと笑ってしまった。

「もう飲みすぎませんから」

「本当かなー?」

「本当ですって」

「今回は遠慮しておこうかな
 誘ってくれた気持ちだけ受け取っておくね
 ありがとう」

「もう、全然信じてくれないし
 そういや川瀬蓮また映画決まってましたね
 超忙しそう。ちゃんと休んでるのかな?」

「どうなんだろうねー」

「あれ、興味なくなりました?」

「そんなに興味ないかな」

「そうなんですか?なんだ、じゃあもうあんまり話さないほうがいいか」

「うん、そうだね」

 名前もあまり聞きたくなくて興味がないと言った。
 彼からの連絡はついになくなった。
 少しずつ彼がいない日常が普通になりつつある。

 芝居は時々観に行くようになった。
 彼も観に来ていないだろうかなんて考えてキョロキョロする自分にうんざりしてしまう。

 いつの間にか3ヶ月程が経過していて、時の流れの速さに驚く。
 彼を思い出すことも日に日に少なくなっているが、ふとした瞬間に思い出してどうしようもなく会いたくなる時がある。
 完全に想いを消し去るにはまだ時間がかかりそうだ。
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