君と秘密の食堂で

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通じ合う想い

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 仕事を終えて、いつものように家路につく。
 金曜日だから家飲みしようかと考えて、スーパーで缶ビールとおつまみを買った。
 早く帰って飲もうと足早に家までの道のりを歩く。
 たまには惣菜もいいよな。
 買ってきた袋の中を覗いてほくそ笑む。
 やってきたエレベーターに乗り込んで階数ボタンを押す。
 壁にもたれてぼんやりと階数表示を眺めていたら到着した。
 エレベーターが開いて俺の目に飛び込んできたのは男が俺の家の前に座っているという見たことのある光景だった。
 思わず買ってきたものを落としてしまう。
 その音に反応した男がゆっくりとこちらに顔を向けた。
 まるでここだけ時が止まってしまったかのように動くことができない。
 しばらく見つめ合った後、我に返って落としたものを拾い集め立ち上がった彼の元へ駆け寄った。

「おかえり」

 そう言って蓮くんは微笑んだ。
 久しぶりに見た彼の姿に胸が苦しくなる。

「ただいま
 とりあえず入って」

 急いで鍵を開けて、彼を家の中に入れた。
 
「どうして?」

 気になって玄関で問いかけてしまう。

「前に言ってた今までありがとうってどういう意味?
 電話も全然出てくれないし、メッセージも既読にならないし。
 やっと時間作れたから直接会いに来たんだけど」

「ごめん」

「どういう事?」

「そのままの意味だけど」

「は?」

「もう会うつもりはなかったから」
 
「どうして?俺何かした?」

「何もしてない。俺の気持ちの問題だから」

「気持ち?」

 言い淀んでしまう。
 本当の気持ちを彼に伝えるつもりはなかった。

「もう迷惑だから来ないで欲しい」

 嘘をついた。
 会いに来てくれて、本当はとても嬉しいのに。

「俺が来たら迷惑なの?」

 悲しそうに言う彼の姿に良心が痛んで「いや、迷惑じゃないけど」と言ってしまい、墓穴を掘る。

「じゃあ、なんで?」

 狭い玄関で距離を詰められて壁へと追いやられた。

「近いって」

「ちゃんと理由教えてよ
 じゃなきゃ諦められない」

 この状況から逃れたくて本音が零れ落ちてしまう。

「君が誰かを好きになる姿を近くで見ているのが辛いからだよ」

「それって……」
 
「こんな事言うつもりなかったんだけど、蓮くんの事好きになってしまったから友人として接することはできなくて。
 ごめん、だからもう来ないで欲しい」

「ほんとに?俺の事好きなの?」

「蓮くんの事が好きだよ」

 不意に視界が揺れて、彼に抱きしめられた。

「俺も好き
 だからもう会わないなんてできない
 そんな事許さない」

「ちょっと待って
 蓮くんが俺を好き?
 本当に?」

「本当だって」

「夢? これは夢なのか?」

 視線がぶつかったと思うと彼の顔が近づいて唇が重なった。
 それはリアルな感触で、夢じゃないんだと思い知らされた。
 唇を離した彼が真っ直ぐに俺を見つめる。

「夢じゃないから
 長い間、ずっと佐野さんのことだけ見てきた
 ずっと好きだった
 佐野さんは俺のことなんて何とも思ってないんだろうなって思ってたから言い出せなくて
 関係が壊れてしまうのが怖かったし」

「蓮くんでもそんな事思うの?」

「俺の事何だと思ってんの?
 いつも佐野さんのこと考えて、どうやったら佐野さんに好きになってもらえるかって必死だった。
 会えない間、佐野さんに嫌われてたらどうしようって考えたりしてめちゃくちゃ不安だったんだからな」

「ごめん、勝手に逃げてしまって」

「嫌われてなくてよかったー」

 気が抜けたのか彼がしゃがみこんだ。
 彼の真っ直ぐで熱い想いに胸がいっぱいになり愛しさが込み上げる。

「今日泊まってもいい?」

 顔を上げた彼にそう尋ねられて、否応なしに鼓動が激しくなる。
 想いを伝え合って泊まるということはそういう事をするんだよな?
 でも、そういう事から遠ざかっていた俺の家には何もない。
 彼の前に同じようにしゃがみこんで恐る恐る答えた。

「寝るだけでいいなら……」

「そっ、そんなガツガツしねーよ」

「そう?ならいいけど」

「……嘘、ほんとはめちゃくちゃエッチしたい」

「ごめん、俺の家何もないから」

「今度俺んちきた時にめちゃくちゃ抱くから」

「そんな宣言しないでくれる?
 緊張するんだけど
 しかも抱かれるんだ」

「あれ、違った?」

「合ってる」

「よかった」

 額に口付けを落として彼が優しく微笑んだ。

「とりあえず中入ろうか?」 

「うん、お邪魔します」

 ソファに二人で座る。
 落ち着かなくて「何か飲み物取ってこようか?」と聞くと「いいから、座って」と言って近くに引き寄せられた。

「あのさ、報道のこと本当に誤解だから
 二人で出かけたことないし」

「うん、もう分かったから大丈夫
 まぁ二人で食事くらいはいいんじゃない?
 俺もこの前会社の子と二人だったし」

「なにそれ
 いつ? どんなやつ?」

「えーっと、ほら前に蓮くんの舞台観に行ったって言ってた子いたでしょ?
 他の子も誘ったらしいんだけど、結局二人になって」

「ほんとに誘ったのかよ、そいつ
 佐野さんと二人がよかったんじゃないの?
 もう行くの禁止
 俺は誰かと二人きりとか嫌だから」

「いや、彼女はそういうんじゃないと思うけど
 気をつけるよ」

「そうして、俺も行かないから」

 蓮くんが嫉妬してくれている?
 そう思うとこそばゆい。

「何か食べる?
 買ってきたものもあるけど
 ビールは大丈夫かな」

「あぁ、落としてたな」

「急に君が現れるから」

「ごめん」

 彼の手が俺の頬に触れてまた唇を重ねた。
 入ってきた舌に自分の舌を絡める。
 それはとても甘美で止めることができない。
 唇を離して額を突き合わせる。
 ちょっとこのままではまずいかもしれない。

「あぁ、ヤバい
 ちょっとシャワー浴びてきていい?」

「うん」

 立ち上がった彼はそのまま浴室へ消えた。
 着替えを用意して、またソファに座りぼんやりと唇に触れた。
 好きだと言われて、キスをした。
 もう会わないと覚悟を決めた彼と。
 信じられなくて何度も確認したくなる。

 シャワーを浴びた彼が部屋に入ってきた。

「何してんの?」

「あぁ、未だに現実感がなくて」

「好きだよ、佐野さん
 すっごい好き」

「なんだよ」

「何回も聞いてたら現実感がわいてくるんじゃない?
 それとももう1回キスする?」

「もういい、分かった
 十分だから」

「照れてる?」

「そりゃ照れるだろう
 そんな事言われたら」

「やっぱ好きだわ」

 そう言って楽しそうに笑う彼。

「やめてくれ
 食事の用意する」

 逃げるようにキッチンへ移動した。
 こんな事を言われる日が来るなんて、誰が想像できただろうか。
 食事の用意をしながらも、一緒に食べている時もまだ現実感がなく、ずっと夢を見ているような感覚に陥る。
 シャワーを浴びて寝室に行き、狭いベッドに二人で寝転ぶ。
 そうすることが当たり前のように俺のことを抱きしめてくれた。

「おやすみ」

「おやすみ」

 軽く口づけを交わして、彼の胸に顔を埋めて目を閉じた。
 ドクドクと彼の鼓動が聞こえる。
 俺と同じくらいに早い彼の鼓動を聞いてこんな風になるのは俺だけじゃないんだと安心して、彼の温もりを感じて夢じゃないんだと実感する。
 何とも言えない幸福感に包まれながらあっという間に俺は眠りに落ちていった。
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