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すれ違い

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 僕の下駄箱に手紙が入っている。
 直接じゃなくて、間接的には初めてだな……
 それなら先輩の下駄箱にいれたらいいのに。
 ため息をついて手紙をしまう。

「おはよう」

 白石さんが挨拶してくれる。

「おはよう」

 こんな僕に毎日挨拶してくれて、白石さんっていい人だよな。
 視線を感じて白石さんの方を向く。

「何かついてる?」

「ん?どうして?」

「気のせいだったら申し訳ないんだけど、見られてる気がして」

「今日変わったことなかった?」

「うーん……
 別にないかなー?」

「そう、ならいいの
 気にしないで」

 何だったんだろう?
 まぁ、いいか。

 昼休みに会いたいと先輩に連絡をする。
 別にセックスをするわけじゃない。
 あの手紙を早く手放したいだけ。

 いいよ、いつものとこなと返ってきた。
 よかった、今日も先輩に会える。

 昼休み
 購買に行くという白石さんと一緒に行く事になった。

「白石さんはいつも何食べるの?」

「パンが多いかなー」

「僕もパンが多い
 食堂混んでるから嫌だし」

「分かる
 パンおいしいの多いからいいよね」

「確かに」

 購買も混雑していたけれど、お目当てのパンを買うことができた。
 
「買えた?」

「うん、買えた」
 
 白石さんが微笑む。
 お互いにパンを持ってまた一緒に歩き出す。

「あお!」

 後ろから先輩に呼び止められた。

「呼ばれてるから行くね」

「うん、いってらっしゃい」

 微笑んで小さく手をふる彼女と別れて先輩の元へ向かう。

「誰?」

「隣の席の白石さん
 購買まで来て、出るタイミングも一緒だったからそのまま一緒に歩いてた」

「ふーん」

 教室まで無言で歩く。
 何か怒ってる?

 教室に入るやいなや「どうした?したくなった?」と言われた。

「違いますよ
 これ、渡したくて」

「また?」

「先輩モテるから」

 強引に手紙を押し付ける。

「これ、あお宛じゃん」

「いや、そんなはずないでしょ」

 ほらと言って渡された封筒には確かに僕の名前が書かれていた。

「わわ、ほんとだ
 どうして?」

 差出人は誰か分からない。
 手紙に書いてあるのだろうか?

「読まないの?」

「ここで?
 あとで一人で読みますよ」

「なんで?」

 今は先輩と喋りたいしと言いかけて口を噤む。
 気持ちが漏れ出してしまいそうで危険だ。

「特に理由はないです」

「あっそ、じゃあ俺行くわ」

「えっ、どうして?」

「それ読むだろ?
 じゃあ」

 そう言って先輩は出ていった。
 素直に喋りたいって言えばよかった。
 ため息をついて、僕も教室を出る。

 トボトボと歩いていると白石さんと遭遇した。
 せっかくだからと白石さんに誘われて二人でパンを食べることになった。
 外に出て、ベンチに腰をおろす。

「元気ないけど大丈夫?
 先輩に何か言われた?」

「別に言われてないけど
 何か怒ってた気はする」

「怖くないの?」

「別に怖くないよ?
 優しい人だし」

「そっか、先輩の事好きだもんね?」

「うん……ん??」

「ふふふ、図星だ」

「いや、その、なんていうか……
 男同士だし、変だよね」

「変じゃないよ
 山下くんはいっつも先輩の事見てるもんね」

「そうかな?
 そんなつもりないんだけどな」

「山下君の視線の先にはいつも久保田先輩がいる
 私、ずっと見てきたもん」

「ずっと見てきた?」

「手紙書いたの私なんだよね」

 パンが口から出そうになる。

「手紙……ってこれ!?」
 
 ポケットに入れた手紙を取り出す。

「そうだよ
 何も変わったことないって言うからもらい慣れてるのかなって思ってちょっとショックだった」

「ごめん、僕宛だと思わなくて……
 先輩宛の手紙いっぱいもらうから、そういう風に認識しちゃって」

「そっか……
 あっ、大丈夫だよ
 山下くんの気持ちはわかってるから」

「あの、ごめん」

「いいのいいの
 ただ伝えたかったの
 ごめんね、急にこんな事言い出して」

「白石さんはすごいね
 ちゃんと自分の気持ちを伝えられて
 手紙ちゃんと読むから
 ありがとう、嬉しかった」

「あー、うん……
 ちょっとだめかも」

 白石さんの目が潤み始めて、慌ててハンカチを差し出す。
 ありがとうと言って受け取った白石さんの顔が不意に近づく。

「まつげついてる」
 
 それは一瞬の出来事で僕は目を見開いたまま固まる。
 びっくりした。
 自意識過剰かもしれないけど、キスされるのかと思った。

「聞いてくれてありがとう
 無理かもしれないけど、クラスメイトとしてまた接してもらえると嬉しい」

 先行くねと言って、彼女は立ち去った。
 残された僕はぼんやりと彼女が去って行った方を見ていた。


 突然先輩との連絡が途絶えた。
 あんなに見かけていたのに、全然見ない。

 会えないかメッセージを送っても、忙しいから無理だという返事ばかり返ってくる。
 声が聞きたくて電話をかけてもコール音が鳴り響くだけ。
 受験生だし、仕方ないのかな。
 それとももう僕の事飽きちゃったのかな……。
 先輩に会いたい。

 あんなにセックスをしていた僕だけれど、一人でしたいとは思わない。
 先輩限定で性欲が湧くんだと気付く。

「ハァ……」

「またため息ついてる」

 拓真が呆れた顔をして言う。
 辛気臭いからやめてと言われて、ごめんと謝る。

「夏休みはどうするの?」

「うーん、特に予定ないかな」

「じゃあ、一緒に夏期講習行かない?」

「夏期講習かー
 親に話してみる」

「ここなんだけどさ……」

 拓真に塾のホームページを見せてもらって、自分のスマホでも検索する。
 どうせ暇だし、ちょうどいいかもしれない。

 夏休みまで、あと少し。
 それまでに会えるといいんだけど。


 蝉の音がうるさい。
 夏休みに入って、僕は塾に向かうためペダルを漕いでいる。
 全然爽やかじゃない暑苦しい風を浴びながら、ノロノロと運転する。

 教室に入ってクーラーの有難みを全身で味わう。

「今日も暑いな」

「だね、自転車ヤバイよ」

 僕は塾と家を往復する毎日を送っていた。
 相変わらず先輩から連絡はない。
 先輩と過ごしていたのは夢だったのかなと思うくらい単調な日々。
 

 今日は何もない日で、駅前の本屋にでも出かけようと思い立ち出かけることにした。
 暑くて前髪を横に流して、眼鏡も外した。
 これが良くなかった。
 
「あのー、すみません
 ここってどうやって行けばいいか分かりますか?」

 スーツを着たサラリーマンに声を掛けられた。

「えっと、ここは……
 ご一緒しましょうか?」

「いいんですか?
 出張でこっちに来たんだけど全然分からなくて
 助かるよ」

 爽やかな笑顔でお礼を言われた。
 ここなら近いし、まぁいいか。

「君は学生?」

「あっ、はい
 本屋に行こうと思っていて」

「そうだったんだ
 ごめんね、付き合わせてしまって」

「いえ、全然
 気にしないでください」

 しばらく歩いていると目的の場所に到着した。

「ここですよ
 それじゃあ」

 頭を下げて帰ろうとしたのだがお礼をさせてほしいと引き止められた。

「よかったらご馳走させてよ
 とても助かったんだ」

「そんな大したことしてないですし
 時間大丈夫ですか?」

「まだ時間はあるし
 この辺だったらどこが美味しいのかな?
 駅前ならいろいろお店あるのかな?」

「いえ、そんな気にしないでください」

「いいから、行こう」

「いや、でも……」

「本当に助かったんだ
 あのまま彷徨ってたら遅刻していたかもしれないし
 ね?」

 断りづらくて頷く。
 道案内しただけなのに、なんだか申し訳ないな。

「食べたいものある?」

「あっ、いえ
 お任せします」

「そう?じゃあここにしようか」

 イタリアンのお店で、お客さんがたくさんいて賑わっていそうだった。
 店に入り、ソファ席に案内された。
 何故か隣に座ってきた。

「あの、ここでいいんですか?」

「変かな?」

「向かい側じゃないのかなって思って」

「隣に人がいると落ち着くんだよね」

 そういう人もいるのかな?
 僕は落ち着かないんだけど。

 彼が僕をにこやかに見つめてくる。
 その視線に少し違和感を感じ始める。
 気のせいだといいんだけど。

 ランチセットを頼んで料理を待っている間も僕を見てくる。
 少し怖くなってきた。

 注文していた料理が運ばれてきた。
 早く食べて帰ろう、そう思って僕は黙々と食べ進めた。
 デザートを食べ終えた時だった。

「君ってとてもかわいいよね」

 気のせいではなかった。
 久しぶりに感じるじっとりとした嫌な視線。
 鳥肌が立ってきた。

 テーブルの上に置いていた僕の手に自身の手を重ねて、擦りながらなおも続ける。

「最初に見た時からね、かわいいなって思っていたんだ」

 片方の手を腰に回される。
 気持ち悪すぎる。

「ねえ、このあと少し付き合ってくれない?」

「離して下さい」

 テーブルの手を引こうとしたがギュッと絡められて、反対の手で腰にある手をどけようとするが、その手にすら触れてくる。
 なんなんだ、この人。
 気持ち悪い。
 怖い。
 なるべく距離を取ろうとするが、狭いこの場所では限界がある。

「少し移動しようか
 ゆっくり話をしよう」

「僕は帰ります
 ――!!」

 腰にあった手がお尻に伸びた。

「やめてください
 店員さん呼びます」

 声が震えてしまう。

「呼んで何を話すの?
 僕はなにもしてないよ」

「だって触ってる」

「僕がずっとこのままでいると思う?
 人を呼んだ時点で手を離すよ」

 楽しそうにそう言った。
 確かに手を離されてしまったら何もなかったことになる。
 
「君のせいで、こんなことになってきたんだけど」

 握った僕の手を彼が股間に押しあてた。
 息遣いが気持ち悪くて気分が悪くなってくる。
 
「やめて下さい」

「やめてやめてっていうのもすごく唆られるんだよね
 これどうにかしてよ
 口でしてくれる?
 それともここ?」

 そう言って、お尻を撫でられた。
 ゾッとする。
 この人、頭がおかしい。
 どうして気が付かなかったんだ。
 自分が嫌になってくる。

「気持ちよくしてあげるから」

 誰か、助けて。
 視線を走らせるが誰にも気付いてもらえない。
 とりあえず、ここを出て全速力で走ればこの人から逃げられるだろうか。
 でも足に自信はない。
 逃げられなかったらどうなる?
 打開策がみつからなくて絶望しかけたその時、その人は突然現れた。

「あれー、あおくんじゃん
 偶然だね
 ここ、いい?」

 ニッコリ笑って僕の前に座ったのは、先輩の友達だった。
 前に座った彼の姿を見て、男はそっと手を離した。

「おっさん、この子に何してた?」

 笑顔のまま問いかける。

「突然何かな?
 ご飯を食べていただけだけれど」

「ご飯を食べていただけ?
 嘘は良くないな
 俺たちずっと近くで見てたんだから」

「近く?」

「気付かないもんだね
 撫で回すのに夢中だったからか」

 そう言ってスマホの画面を見せた。

「どの辺がいい?
 こことか?
 意外とよく撮れてるでしょ」

「なっ……」

「これでも何もしてないって言える?」

 男の顔色が変わり始めた。

「あぁ、そうだ
 このあと予定があるんだった」

 男が急にそんな事を言い始めた。

「さっさと失せろ、変態野郎
 おい、支払い忘れんなよ
 これもよろしく」

 そう言って立ち上がった男にもう1枚伝票を渡した。
 男はそれも手にして、レジの方へ向かっていった。

「大丈夫?
 災難だったね」

「助けて下さってありがとうございました」

 僕は頭を下げた。
 まだ気持ちが悪くて、触れられていた手を何度も拭いた。

「助けるの遅くなってごめんね」

「いえ、助かりました
 それにしてもすごい偶然ですね」

「あー、偶然じゃないんだよね
 ちょっとこっち来て」

 立ち上がって違う席へ誘導された。

「先輩……」

 とても近くにいたのに、全然気が付かなかった。

「はぁ、来るんじゃねーよ」

「いいじゃん、ストーカーくん」

「ストーカー?」

「ずっとあおくんの後をつけてたの
 だからここにいたってわけ」

「えぇ!?」

 後をつけてたってどういう事?

「とりあえず座ろっか」

「はい」

「ごめんね
 俺も呼び出されてさ」

 突然のストーカー発言に頭が混乱する。

「まぁ、俺がいてよかった
 アッキーぶん殴りそうだったから
 店の中じゃなかったら殴っても良かったけど
 連れ出して殴ってやればよかったね」

 笑いながら言うから怖い。
 さすが先輩の友達。

「アッキーといいさ、あおくんって変なやつに目をつけられて大変だね」

 先輩は変なやつじゃないけど……。

「ほら、ちゃんと説明して謝ったら?
 ずっと後をつけててすみませんって
 あと、毎日家に行ってましたってのも」

「おい」

「めちゃくちゃ怖くない?
 白状させた時ゾッとしたもん」

「あの、訳が分からないです」

「そりゃそうだ
 とりあえず二人で話したら?
 俺はもう帰るから」

「帰るんですか?」

「邪魔でしょ?」

 先輩の方をチラリと見るが何も言わない。

「じゃあ、あとはおふたりでごゆっくり」

「さっきは助けてくれて本当にありがとうございました」

 僕はもう一度お礼を言った。

「あおくんってほんとかわいい顔してるよね
 気をつけてね
 おっと、そんな睨むなよ
 こわーい」

「あおのこと見んな」

「はいはい
 じゃあね」

 友達がいなくなって、2人きりになってしまった。

「あのストーカーって言ってましたけど」

「ここじゃ話しにくいから俺の家来てくれる?」

「……分かりました
 手を洗ってきてもいいですか?」

「あぁ、うん」

 トイレに入って手を洗う。
 気持ち悪い、気持ち悪い。
 泡立てては流すを何度も繰り返しているとコンコンというノック音が聞こえた。
 そういえばトイレは1つしかなかった。
 僕は洗うことをやめて外に出た。

「大丈夫か?」

 心配そうな顔をした先輩が立っていた。

「なかなか戻って来ないから帰ったのかと思った」

「ごめんなさい
 あのまま帰るわけないじゃないですか」

「そっか」

 そのまま僕達は店を出て、先輩の家に向かった。
 その間一言も言葉を交わすことはなかった。
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