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邂逅
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田中さんからの指名はなくなった。
動物園からも足が遠のいている。
どうしてもあのときの事を思い出してしまうから。
思っていたよりも僕の中で田中さんの存在は大きいようだ。
「はじめー、久しぶりに会えたのに考え事?」
ぼんやりしていた意識を取り戻す。
「あっ、ごめんね
久しぶりだから緊張してるのかな」
「ならいいけど」
馴染みのお客さんであるアキラさんが呆れた顔をしている。
こんな顔をさせるなんて、ダメだな。
僕はアキラさんのご機嫌を回復させようと意識を集中させた。
いつも田中さんが予約を入れていたから僕はいつの間にか予約の取れない男になっていた。
それがなくなった今、またこうしていろいろなお客さんと会うようになった。
予約が取れない間も離れていくことなくまた指名をしてくれるというのはとてもありがたいし嬉しい。
いつか辞めようと思っているけれど、今は少しだけ甘えさせてほしい。
そんな事を考えていた。
~~~♪
スマホが鳴る。
僕の働く店のNO1様からだ
「はい」
「はじめちゃん、今夜時間ある?」
「どうして?」
「久しぶりにご飯でもどう?」
NO1のシオンは時々こうやって突然ご飯に誘ってくる。僕よりも少し先輩である彼はマイペースで、自由人だ。
「いいよ、奢ってくれるなら」
「オッケー、事務所の近くまで来れる?」
「そこまで行かなきゃいけない?」
「相変わらずだな
近くにいい店あるんだよね」
もう決めてるか。
シオンはここと決めたら絶対にそれを変えない。
事務所には近寄りたくないけど、覆すのは無理だな。
店の名前を聞いて電話を切ろうとしたが、ふと気になって聞いてみた。
「シオンは好きな人いるの?」
「好きな人ー?
なに、突然
はじめちゃん好きな人できた?」
「いや、僕はいないよ」
「怪しい
ひどいなー、俺がいるのにさ
俺ははじめちゃんのこと好きなのに」
「気持ち悪いからやめてくれない?」
「本気なんだけど?」
この人に聞いた僕がバカだった。
「もう切るね
じゃあ、またあとで」
「おい……」
何か言いかけたシオンを無視して電話を切った。
どうせまた冗談を言われるだけだ。
行くの面倒くさくなってきた……。
約束してしまったから仕方なく準備を始める。
あの男の顔が頭をよぎる。
まぁ、事務所まで行くわけじゃないし大丈夫だろう。
シオンが指定した店に着くと既にシオンは座っていてビールを飲んでいた。
席に着くなりシオンが詰め寄ってきた。
「でさ、はじめちゃん
ほんとのとこどうなの?」
僕は烏龍茶を頼む。
「何が?」
「好きな人いんの?」
「いません」
「ふーん
じゃあさ、今日こそしようよ」
「しない
いつも言ってるでしょ」
「どうしてやらせてくんないの?
NO1ネコのはじめちゃんとしたい」
「NO1じゃないし
シオンの次に人気ある子、ネコじゃなかった?
あの子でいいじゃん」
「あれは大したことない」
「やったの?
冗談のつもりで言ったんだけど」
「うん、喜んでケツ差し出してきたよ?」
こういうやつをヤリチンって言うんだろうかなどとどうでもいい事を考える。
「誰とでも寝る癖、なんとかしなよ」
「だって一発やって添い寝してくれる子がいないと寂しくて眠れないんだもん」
「理解できない」
この人なんでNO1なんだろ。
寝たら分かるんだろうか。
まぁ、僕には一生縁のないことだけど。
「あっ、指名してくれたらするよ?」
笑顔で言ってみる。
「はじめちゃんの客になるの?」
「そう」
「俺ほんとに好きなんだって」
「軽々しく好きとか言うな
ほら、ご飯来たよ
食べよ」
「はぁ、伝わらないなー」
「わぁ、美味しそう
いただきます」
「俺の事振るのはじめちゃんだけなんだけど」
「ん?何か言った?
小籠包、早く食べないと冷めるよ?」
二人でご飯を食べながら下らない事を話す。
久しぶりに気を遣わずに人とご飯を食べた気がする。
「シオンご馳走さま」
「はじめちゃん、家まで送ろうか?」
「いいよ
シオンに家知られたら押しかけて来そうだし」
「あっ、バレたか」
「否定してよ
じゃあ、またね」
シオンと別れて家へと急ぐ。
なんだか嫌な予感がする。
そしてその予感は当たることになる。
「そういち?」
久しぶりに聞くその声に全身が拒絶反応を示す。
最悪。
「珍しいな」
「……」
無視して歩く僕に構わず話かけてくる。
「時間は?」
「ない」
「飯行こう」
「時間ないし、もう食べたから無理
話しかけんな」
イライラする。
「そう言うなって
ちょっと付き合えよ」
「嫌だ」
「何もしねーよ」
「お前の言葉は信用できない」
「ククク、いつも食われるもんな?」
男が僕の肩を掴んだ。
ゾワゾワと全身が逆立つ。
「触るな」
振りほどいて歩き出すが、腕を掴まれる。
「しつこい
もう今までみたいに流されないから」
「へー、男できた?それとも女?」
「は?」
「そんな事今まで言った事なかったのにな」
ヘラヘラと笑う顔に腹が立つ。
「痛いって」
掴む手の力が強くなってくる。
本当に痛くなってきた。
「手を離せって
ほんとに痛いんだけど」
「あーあ、俺はそういちの事好きなのにな」
どいつもこいつも軽々しく言いやがって。
「僕はもう好きじゃない
都合のいい穴としか思ってないくせによく言うよ」
「もう好きじゃないね」
クソ、言い方を間違えた。
「やっぱりお前はかわいいよ」
一向に離してくれず苛立ちが募る。
こいつは僕を苛つかせる天才なのか。
「その手を放しなさい」
聞き覚えのある声が僕の耳に飛び込んでくる。
振り向くと……誰!?
そこにはスーツを着こなし、髪をセットした僕の知らない田中さんが険しい顔をして立っていた。
男は驚愕の顔をしている。
「どうして、あなたがここに?」
男が尋ねる。
知り合いなのか?
「その手を離してくれないかな」
「申し訳ごさいません」
田中さんが僕を引き寄せる。
「この子は僕の大切な子なんだ
二度と近付ないでくれないか」
低い威圧的な声で語りかける
「近づいたらどうなるか分かるよね?」
「失礼します」
慌てて立ち去る男の後ろ姿を呆然と見送る。
「大丈夫?」
僕の方を向いて、優しく微笑みかけてくれる。
先程迄の険しい顔が嘘みたいだ
田中さんが目の前にいる……。
「すみません
助けて頂いてありがとうございました」
慌てて頭を下げてお礼を言う。
「ちょっと時間をくれないかな?」
「今からですか?」
「うん、僕について来てくれる?」
「……はい」
拒否権はないというような口調に従わざるを得ず、戸惑いながら歩き出す。
僕の知らない田中さんの後ろ姿をただ追いかけていく事しか今の僕にはできなかった。
向かった先は駐車場だった。
1台の車の前で田中さんが止まった。
田中さんのイメージとはかけ離れた車だ。
この人は本当に田中さんなのだろうか。
いや僕が知らないだけで、これが本当の田中さんなのだろう。
助手席に乗るよう促された僕は大人しく指示に従った。
運転席に乗り込んだ田中さんがエンジンをかけ、車を発進させた。
どこへ行くんだろうか。
田中さんは何者なのか、なぜあそこにいたのか。
疑問はたくさんあるけれどそれを口に出す事はできず、僕は移りゆく夜景をぼんやりと眺めていた。
目的地に到着したのか田中さんが車を駐車場に停めた。
一目見て高級だと分かるマンションのエントランスへ入っていく。
エレベーターに乗り、どこまで増えるか分からない回数表示を見つめる。
ようやく止まった。
エレベーターを降りるとすぐに扉が見えた。
どうやらこのフロアには1室しかないようだ。
入るべきなのか逡巡しながらも、入るしか選択肢はなく、僕は玄関の中に足を踏み入れた。
長い廊下を抜け広い部屋に通される。
ダークブラウンでまとめられた家具が配置されたそこは生活感がまるでなく、ホテルのような部屋だと思った。
「何か飲む?」
「いえ、大丈夫です」
ソファに腰掛けると、田中さんも隣に腰をおろした。
田中さんが僕の腕に触れた。
「僕の大切なはじめくんに触れやがって
痛くない?」
「大丈夫です」
「あの男とはどういう関係?」
「えっと……ただの同僚です
田中さんこそ何者なんですか?
あいつが驚愕するなんてよっぽどの人じゃないと……」
あの男は別の店舗で店長をしていて、時々僕の店舗にも顔を出していた。
「ただの同僚?
本当の事を言ってくれないか?」
「本当の事です」
「聞き方を変えよう
過去にあの男と何があった?」
「……別に何もありません」
どうしてそんな事を聞いてくるんだ?
緊張感が高まる。
「話す気はない……か」
「……」
「まぁ、何となく把握はしているんだけどね」
「?」
「気になる人のことは調べる質なんだ
君の過去、家族、あの男との事……」
「待ってください
どういう事ですか?」
「そのままの意味だよ
でも分からない事もある
僕はね、君の事を全て知りたいんだよ
他の誰よりも深く」
真剣なその瞳に見つめられて、視線をそらすことができない。
「話したくなければ話さなくていいんだ
怖がらせてごめんね」
僕の顔が強張っているように見えたのか、ふと力の抜けた優しい田中さんの顔に戻った。
あのとき既に知っていたのだろうか?
「過去の事を知ってもあなたは僕の事が好きなんですか?」
「好きだよ、はじめくん
いや、そういちくん
むしろより大切にしたいと思った」
本当の名前も知っているのか。
「同情ではなく?」
「最初はそうだったかもしれないね
でも今は違うと言い切れる」
強く断言される。
その言葉に僕の心は揺さぶられる。
田中さんは僕を好きだと言ってくれた。
誰よりも深く知りたいと言ってくれた。
誰かから聞いた事ではなく、僕が話す言葉で僕のことを知ってほしいと思った。
田中さんの知らない事が出てきたとしても、受け入れてくれるのではないか、そんな気がした。
「分かりました
お話します
その代わりあなたのことも教えて下さい
僕もあなたのことが知りたいんです」
そして僕はポツポツと自分のことを話し始めた。
動物園からも足が遠のいている。
どうしてもあのときの事を思い出してしまうから。
思っていたよりも僕の中で田中さんの存在は大きいようだ。
「はじめー、久しぶりに会えたのに考え事?」
ぼんやりしていた意識を取り戻す。
「あっ、ごめんね
久しぶりだから緊張してるのかな」
「ならいいけど」
馴染みのお客さんであるアキラさんが呆れた顔をしている。
こんな顔をさせるなんて、ダメだな。
僕はアキラさんのご機嫌を回復させようと意識を集中させた。
いつも田中さんが予約を入れていたから僕はいつの間にか予約の取れない男になっていた。
それがなくなった今、またこうしていろいろなお客さんと会うようになった。
予約が取れない間も離れていくことなくまた指名をしてくれるというのはとてもありがたいし嬉しい。
いつか辞めようと思っているけれど、今は少しだけ甘えさせてほしい。
そんな事を考えていた。
~~~♪
スマホが鳴る。
僕の働く店のNO1様からだ
「はい」
「はじめちゃん、今夜時間ある?」
「どうして?」
「久しぶりにご飯でもどう?」
NO1のシオンは時々こうやって突然ご飯に誘ってくる。僕よりも少し先輩である彼はマイペースで、自由人だ。
「いいよ、奢ってくれるなら」
「オッケー、事務所の近くまで来れる?」
「そこまで行かなきゃいけない?」
「相変わらずだな
近くにいい店あるんだよね」
もう決めてるか。
シオンはここと決めたら絶対にそれを変えない。
事務所には近寄りたくないけど、覆すのは無理だな。
店の名前を聞いて電話を切ろうとしたが、ふと気になって聞いてみた。
「シオンは好きな人いるの?」
「好きな人ー?
なに、突然
はじめちゃん好きな人できた?」
「いや、僕はいないよ」
「怪しい
ひどいなー、俺がいるのにさ
俺ははじめちゃんのこと好きなのに」
「気持ち悪いからやめてくれない?」
「本気なんだけど?」
この人に聞いた僕がバカだった。
「もう切るね
じゃあ、またあとで」
「おい……」
何か言いかけたシオンを無視して電話を切った。
どうせまた冗談を言われるだけだ。
行くの面倒くさくなってきた……。
約束してしまったから仕方なく準備を始める。
あの男の顔が頭をよぎる。
まぁ、事務所まで行くわけじゃないし大丈夫だろう。
シオンが指定した店に着くと既にシオンは座っていてビールを飲んでいた。
席に着くなりシオンが詰め寄ってきた。
「でさ、はじめちゃん
ほんとのとこどうなの?」
僕は烏龍茶を頼む。
「何が?」
「好きな人いんの?」
「いません」
「ふーん
じゃあさ、今日こそしようよ」
「しない
いつも言ってるでしょ」
「どうしてやらせてくんないの?
NO1ネコのはじめちゃんとしたい」
「NO1じゃないし
シオンの次に人気ある子、ネコじゃなかった?
あの子でいいじゃん」
「あれは大したことない」
「やったの?
冗談のつもりで言ったんだけど」
「うん、喜んでケツ差し出してきたよ?」
こういうやつをヤリチンって言うんだろうかなどとどうでもいい事を考える。
「誰とでも寝る癖、なんとかしなよ」
「だって一発やって添い寝してくれる子がいないと寂しくて眠れないんだもん」
「理解できない」
この人なんでNO1なんだろ。
寝たら分かるんだろうか。
まぁ、僕には一生縁のないことだけど。
「あっ、指名してくれたらするよ?」
笑顔で言ってみる。
「はじめちゃんの客になるの?」
「そう」
「俺ほんとに好きなんだって」
「軽々しく好きとか言うな
ほら、ご飯来たよ
食べよ」
「はぁ、伝わらないなー」
「わぁ、美味しそう
いただきます」
「俺の事振るのはじめちゃんだけなんだけど」
「ん?何か言った?
小籠包、早く食べないと冷めるよ?」
二人でご飯を食べながら下らない事を話す。
久しぶりに気を遣わずに人とご飯を食べた気がする。
「シオンご馳走さま」
「はじめちゃん、家まで送ろうか?」
「いいよ
シオンに家知られたら押しかけて来そうだし」
「あっ、バレたか」
「否定してよ
じゃあ、またね」
シオンと別れて家へと急ぐ。
なんだか嫌な予感がする。
そしてその予感は当たることになる。
「そういち?」
久しぶりに聞くその声に全身が拒絶反応を示す。
最悪。
「珍しいな」
「……」
無視して歩く僕に構わず話かけてくる。
「時間は?」
「ない」
「飯行こう」
「時間ないし、もう食べたから無理
話しかけんな」
イライラする。
「そう言うなって
ちょっと付き合えよ」
「嫌だ」
「何もしねーよ」
「お前の言葉は信用できない」
「ククク、いつも食われるもんな?」
男が僕の肩を掴んだ。
ゾワゾワと全身が逆立つ。
「触るな」
振りほどいて歩き出すが、腕を掴まれる。
「しつこい
もう今までみたいに流されないから」
「へー、男できた?それとも女?」
「は?」
「そんな事今まで言った事なかったのにな」
ヘラヘラと笑う顔に腹が立つ。
「痛いって」
掴む手の力が強くなってくる。
本当に痛くなってきた。
「手を離せって
ほんとに痛いんだけど」
「あーあ、俺はそういちの事好きなのにな」
どいつもこいつも軽々しく言いやがって。
「僕はもう好きじゃない
都合のいい穴としか思ってないくせによく言うよ」
「もう好きじゃないね」
クソ、言い方を間違えた。
「やっぱりお前はかわいいよ」
一向に離してくれず苛立ちが募る。
こいつは僕を苛つかせる天才なのか。
「その手を放しなさい」
聞き覚えのある声が僕の耳に飛び込んでくる。
振り向くと……誰!?
そこにはスーツを着こなし、髪をセットした僕の知らない田中さんが険しい顔をして立っていた。
男は驚愕の顔をしている。
「どうして、あなたがここに?」
男が尋ねる。
知り合いなのか?
「その手を離してくれないかな」
「申し訳ごさいません」
田中さんが僕を引き寄せる。
「この子は僕の大切な子なんだ
二度と近付ないでくれないか」
低い威圧的な声で語りかける
「近づいたらどうなるか分かるよね?」
「失礼します」
慌てて立ち去る男の後ろ姿を呆然と見送る。
「大丈夫?」
僕の方を向いて、優しく微笑みかけてくれる。
先程迄の険しい顔が嘘みたいだ
田中さんが目の前にいる……。
「すみません
助けて頂いてありがとうございました」
慌てて頭を下げてお礼を言う。
「ちょっと時間をくれないかな?」
「今からですか?」
「うん、僕について来てくれる?」
「……はい」
拒否権はないというような口調に従わざるを得ず、戸惑いながら歩き出す。
僕の知らない田中さんの後ろ姿をただ追いかけていく事しか今の僕にはできなかった。
向かった先は駐車場だった。
1台の車の前で田中さんが止まった。
田中さんのイメージとはかけ離れた車だ。
この人は本当に田中さんなのだろうか。
いや僕が知らないだけで、これが本当の田中さんなのだろう。
助手席に乗るよう促された僕は大人しく指示に従った。
運転席に乗り込んだ田中さんがエンジンをかけ、車を発進させた。
どこへ行くんだろうか。
田中さんは何者なのか、なぜあそこにいたのか。
疑問はたくさんあるけれどそれを口に出す事はできず、僕は移りゆく夜景をぼんやりと眺めていた。
目的地に到着したのか田中さんが車を駐車場に停めた。
一目見て高級だと分かるマンションのエントランスへ入っていく。
エレベーターに乗り、どこまで増えるか分からない回数表示を見つめる。
ようやく止まった。
エレベーターを降りるとすぐに扉が見えた。
どうやらこのフロアには1室しかないようだ。
入るべきなのか逡巡しながらも、入るしか選択肢はなく、僕は玄関の中に足を踏み入れた。
長い廊下を抜け広い部屋に通される。
ダークブラウンでまとめられた家具が配置されたそこは生活感がまるでなく、ホテルのような部屋だと思った。
「何か飲む?」
「いえ、大丈夫です」
ソファに腰掛けると、田中さんも隣に腰をおろした。
田中さんが僕の腕に触れた。
「僕の大切なはじめくんに触れやがって
痛くない?」
「大丈夫です」
「あの男とはどういう関係?」
「えっと……ただの同僚です
田中さんこそ何者なんですか?
あいつが驚愕するなんてよっぽどの人じゃないと……」
あの男は別の店舗で店長をしていて、時々僕の店舗にも顔を出していた。
「ただの同僚?
本当の事を言ってくれないか?」
「本当の事です」
「聞き方を変えよう
過去にあの男と何があった?」
「……別に何もありません」
どうしてそんな事を聞いてくるんだ?
緊張感が高まる。
「話す気はない……か」
「……」
「まぁ、何となく把握はしているんだけどね」
「?」
「気になる人のことは調べる質なんだ
君の過去、家族、あの男との事……」
「待ってください
どういう事ですか?」
「そのままの意味だよ
でも分からない事もある
僕はね、君の事を全て知りたいんだよ
他の誰よりも深く」
真剣なその瞳に見つめられて、視線をそらすことができない。
「話したくなければ話さなくていいんだ
怖がらせてごめんね」
僕の顔が強張っているように見えたのか、ふと力の抜けた優しい田中さんの顔に戻った。
あのとき既に知っていたのだろうか?
「過去の事を知ってもあなたは僕の事が好きなんですか?」
「好きだよ、はじめくん
いや、そういちくん
むしろより大切にしたいと思った」
本当の名前も知っているのか。
「同情ではなく?」
「最初はそうだったかもしれないね
でも今は違うと言い切れる」
強く断言される。
その言葉に僕の心は揺さぶられる。
田中さんは僕を好きだと言ってくれた。
誰よりも深く知りたいと言ってくれた。
誰かから聞いた事ではなく、僕が話す言葉で僕のことを知ってほしいと思った。
田中さんの知らない事が出てきたとしても、受け入れてくれるのではないか、そんな気がした。
「分かりました
お話します
その代わりあなたのことも教えて下さい
僕もあなたのことが知りたいんです」
そして僕はポツポツと自分のことを話し始めた。
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