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CHAPTER_02 バカなチカラは使いよう ~what’s the strength on my mind~
(02)無謀な賭け ~bet~
しおりを挟む「よっ、と――」
フライパンの上で卵焼きが舞う。ひっくり返った卵焼きが巻かれ、一層厚くなる。空いたスペースには、さらに溶き卵を注ぐ。
学園の隅にある倉庫――現在の住まいでもあるその場所で、シュウは備え付けキッチンの前に朝早くから立っていた。
朝食の準備だけではない。
出来上がった卵焼きをフライ返しでそのまま6等分にし、横に並べた3つの弁当箱に詰めていく。
空だった箱がモノの数分で、数種類の食材で彩られていく。
「――よしっ!」
数々のアルバイト経験で培った手際の良さで、朝食に加えて3つの手作り弁当を完成させる。
「朝から精が出るな」
「ダイモンさん、起きてたんですね!」
ダイモンはこの倉庫の同居人であり、職場の頼れる上司でもある。厳しくも優しいダイモンに、シュウは全幅の信頼を寄せていた。
「ダイモンさんの分も作りました!」
「そうか、助かる……」
最近では一般クラスの生徒と食堂に行くことも増えたが、毎日食堂では金銭的負担が大きい。貧乏生活が長いシュウには習慣ともいえる節約癖が根付いていた。
「もう1つはどうするんだ?」
用意した弁当箱は3つ。2つは2段重ねの箱で、もう1つは1段のみ――ご飯を抜いたおかずのみのお弁当だ。
「お礼もかねて渡したい人がいて、食材も余ってたし……」
ありがた迷惑でなければいいが――
「そうか。ところで、昨日も掃除を始めるのが遅かったな」
特進クラスの生徒として学業に励む傍ら、学園の清掃員としての仕事も継続中である。平日の放課後、日替わりで割り当てれたエリア――清掃用ロボットの手が届かない箇所を清掃する決まりだった。
校舎内の警備システムが作動する前になるべく早く清掃を終える必要があり、時間が超えてしまうならば延長申請やらの、掃除よりも面倒な手続きが必要になる。
「実は、また補習を受けさせられまして……」
魔法の知識が皆無だった故、放課後の一般クラスと混じっての補習もまた、日課となっていた。
ダイモンの圧力に汗をダラダラかきながら、コソコソ出かける準備を始める。
「言っとくが、弁当1つで掃除をサボれるわけではないからな」
「りょ、りょうかいっすぅ……ではっ!」
シュウは逃げるように倉庫を抜け出した。
「このままじゃまずいよなあ……」
倉庫を出てすぐ、登校中の生徒の列に加わる。
実技も座学も努力はしているものの、いまいち結果がついてこない。
リンの協力もあって魔法は以前よりも出せるようになった。しかしながら、その魔法自体もまだまだ未熟で、本学園の入学レベルにすら達していない。落ち込まずにはいられなかった。
「――シュウ! どうした暗い顔して」
「ロイ……」
後ろからロイ・ブルームが声をかける。学園の男子生徒で、背も高くキリっとした顔つきのロイは、つい最近シュウの数少ない友人になった。
ロイは先日の学園爆破事件のち、1人寂しい思いをしていたシュウに声を掛けてくれたことをきっかけに、会話をする機会も増え、今では休み時間も一緒にいることが多い。
「これから女子だけが集まる羨ましい庭園に行くってのに、どうして泣きそうな顔してんだ」
「それどころじゃないんだよ……」
本当に泣きそうだった。学園に入学して以来、いや入学する前から泣きそうな出来事ばかり起こる。
「また補習決定か?」
「まだ決まってはない!」
「ははっ、座学はむずかしいよな。感覚で魔法は使えても、理論なんて気にしてられない」
ロイの言う通りだ。魔法が出せるようになっても、どうして出せたか、何が起きているかは口で説明できない。先が思いやられるばかりである。
「まっ、がんばれよ――特進生!」
「少しは心配してくれ……」
ロイはゲラゲラ笑うだけだった。
人に頼ることでも無いのだが――
「ロイは? 今日は朝練じゃないの?」
部活の朝練があるなら、もっと早い時間に登校しないといけないはずだ。
「ああ、そのはずだったんだけどよ……部活動、全部中止だって」
「ぜんぶ? 中止? なにかあったんだ?」
「近くで道場破りがあったろ? それで朝早くは人が少なくて危ないからって……気にしすぎだよな」
「道場破り? なんだそれ」
はじめ、ロイが何かを例えてふざけて言ったのかと考えた。そんな不思議そうなシュウを、ロイは心配そうに見つめ返す。
「おまえ、ホントにニュース見ないんだな」
「うっ……」
耳が痛い。動いてばかりで落ち着きのないシュウに、ニュースを見る癖はついていない。
「その名の通りだよ。急に男が道場に現れて、中にいるやつらバタバタとナギ倒してって制圧するんだと……昨日で2件目だ」
「そんなこと――」
――時代を間違えていないか?
文明が発達し、多種多様な武術が生まれ、道場は今でも数多く存在するが、そんな道場を字の如く破りに来るヤツが、現代にもなって存在することに驚きだった。
「1件目も2件目も魔法カラテの道場らしい。関係ないのに練習つぶされて、いい迷惑だな」
「魔法軍は動かないのか? ケガしてるやつもいるだろうに」
「道場のプライド――かもな。詳しくは知らんが、正攻法で負けて追い出されたもんで、やられた側としては納得してるらしい」
だったらなおさら、朝練を無くす必要も、ニュースにする必要さえもない気がした。
「じゃ、今日もせいぜい女の子たちに絞られてこいよ」
「ほんとに大変なんだからな……」
「はいはい、またなー」
ロイは自分の教室に近い校舎の入り口に去っていく。
道場破り――魔法カラテにピンとは来ていないが、アルバイト時代でもカラテ教室を見かけることは多かった。思えば、街で見かけるカラテ教室には魔法の2文字が上に付いていることが多かった気がする。
魔法により強い力が出せるのだから、「あたりまえ」と言えば当たり前なのかもしれない。
シュウは何の気なしに、見よう見まねでカラテの構えをする。
「おりゃっ」
お試しのつもり。
シュウは握りしめた拳を前に突き出した――
○○○○○○
――シュッ!
リオラが拳を前に突き出す。
空を裂き、鋭くも大きな音がグラウンドに鳴り響く。
右手の拳の前には赤く輝く魔法陣も繰り出され、衝撃を受けたクッション製の的が激しく震える。
実技の授業真っ最中であり、特進生全員がジャージ姿でリオラの勇姿を見守っていた。
台に固定された的の隣にはスクリーンが投影され、『999.9』の数字が刻まれる。小数点以下を含めた4桁以上の表示に対応していないらしい。
「す、すげえ……」
圧巻の威力に、シュウだけでなくその場にいた全員がア然とする。
リオラの小麦色の肌と金髪が、いつも以上に輝いて見えた。
「すごいも何も、リオラちゃんはサンドバッグシュートの世界記録保持者だよ」
リンが小声で補足してくれた。サンドバッグシュートはその名の通り、サンドバッグを殴って飛ばし、その距離を計測するのだが、競技として6つある基礎魔術のうち≪衝撃魔術≫の使用だけが認められているそうだ。
リオラの近くに立っていた先生は、拍手でその姿を褒めたたえる。
「ありがとうリオラ、休んでいいわ」
「へーい」
あれだけ強力な魔法を放った後でも、リオラは余裕の表情だった。
「知っての通り、≪衝撃魔術≫は使える人もたくさんいるけれど、武器や自らの拳に乗せて≪衝撃≫を放つのは簡単なことではないわ。対象までの距離、角度を計算して、的確なタイミングで的確な方向に魔術を放たなくては意味がなくなる」
シュウに1つ疑問が沸く。小声でリンに話しかけた。
「なあ、そもそもなんで拳に乗せる必要があるんだ? そのまま魔法を打てばいいじゃんか」
「前に補習で習ってたでしょ~ 詠唱の間、魔法陣に物理的な力を加えればそのぶん魔法も強くなるの! 計算式はおぼえてる?」
「あれ、そんなんあったっけ……?」
小声で叱られてしまう。苦笑いでごまかすが、内心焦っていた。
復習しなければ――
「以前も話したが、このサンドバッグシュートには基礎を固める上でも非常に重要なポイントが凝縮されている。定期的に練習することをお勧めするわ。みんなもやってみて――」
先生の合図で生徒たちは、数台のサンドバッグ相手に拳を突き出していく。
1発交代で入れ替わり、あっと言う間にシュウの番が来る。
「――よしっ」
補習だらけのシュウでも日々の努力が実り、適性魔術である≪相転魔術≫のほか、≪衝撃魔術≫と≪防壁魔術≫を繰り出せるように成長していた。どちらも小さくてか弱い魔法しか出せないが、今も自信に繋がっている。
「おーりゃあぁぁああっ!」
渾身の思いでサンドバッグに拳をぶつける。同時に≪衝撃≫の魔法陣を張った――つもりだった。
「あぁぁあっっ……ってえ~」
拳に鈍い痛みが走る。手をもう一方の手で押さえ、その場にうずくまる。
殴ることに集中しすぎて、そもそも魔法陣を出せていなかった。
「それだと普通のパンチね」
「え、えりすぅ……」
後ろにはエリスが立っていた。カッコ悪いところを見られてしまった。
スクリーンには『000.7』と表示されている。
「ははっ! ひとりだけ競技が違うぞ!」
エリスの後ろで、リオラは追い打ちをかけるようにゲラゲラ笑う。
「今のはタイミングを間違えただけだ!」
世界記録保持者だか知らないが、心も身体も痛める者をあざ笑う行為は、決して許されない。
今まで幾度となくリオラに虐げられてきたが、ここいらでリオラをギャフンと言わせるべきだった。
「やいリオラ! そんな笑うならおれと勝負しろ!」
「あ? しょうぶ?」
呆気にとられた様子のリオラだが、シュウは怯まない。至って本気だった。
「そうだ。今からこいつで、より大きい数字を出したほうが勝ちだ」
「やめときなさい、無謀よ」
「とめないでくれ、エリス!」
戦わなくてはいけない戦いがある。
何を言われても、引く気はない。
「本気で言ってんだな」
「ああ、本気だ」
リオラも顔をニヤつかせ、気分が乗ってくる。
「いいけどよ、条件がある」
「な、なんだよ」
「負けたほうが今日の昼飯おごりだ。それで受ける」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた。せっかく節約のために弁当を用意したのに、負けては大損――勝負に勝っても得がない。
「どうした? ビビったか?」
リオラはノリノリで煽ってくる。
乗りかかった船――降りることなんてできない。
「わかった、やってやる!」
「よっしゃ!」
リオラとシュウが横並びで、それぞれサンドバッグの前に立つ。
後ろではエリスとリンが見守っている。というより、2人とも呆れた表情だった。これ以上恥ずかしい姿は見せられない。
「ハンデやるよ」
リオラは右手の人差し指だけを上げ、挑発的に見せびらかしてくる。
「指1本――デコピンで十分だ」
「なめやがって……」
この怒りも魔法に乗せる。行ける気がしてきた。
タイミングと角度、それさえ気をつければ、あるいはきっと――
「――おおりゃあぁああぁっ!」
シュウは今度こそ、思い切り拳を突き出した。
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