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CHAPTER_02 バカなチカラは使いよう ~what’s the strength on my mind~
(05)感謝の気持ち ~gratitude~
しおりを挟む学園の放課後、シュウのもう一つの顔が活動を始める。
「今日は職員室前の化粧室と――昨日やり残した中等部棟の窓縁か……」
手元のメモを見て今日の担当箇所を確認する。
この裏の顔を知る者は、学園の生徒だとエリスとリンだけだ。
「――本当に掃除も続けているのね」
「エリス!」
職員室から出てきたエリスは、シュウの作業着姿を見て目を丸くする。学業の傍ら、清掃員の仕事を続けるなんて冗談だとばかり思っていたらしい。
「一体どっちが本業なの?」
「どっちも本気だよ。魔法の勉強だって頑張るし、みんなが安全に学園生活を送れるよう、掃除だって全力でやる」
「それでも、優先度とか」
「優先度か……どっちも大事だからなあ」
真剣に悩む様子を見て、何故かエリスはくすっと笑う。
「シュウらしいわね」
「そう、かな?」
エリスはふと窓辺に立ち、遠くを見るように外を眺める。
夜風が吹き込み、エリスの上品な髪がサラリとなびく。それだけで、時間がゆっくりになった気がする。
初めてエリスを――
初めて目の前で魔法を見たときと同じ――
そのまま写真に収めたいほど美しかった。
「――聞いていい?」
「え?! ああ、もちろん!」
つい見惚れていたのがバレていないだろうか、シュウは慌てて顔を伏せる。
「どうして魔法に興味あるの?」
「あー……」
答えは直ぐに出なかった。正確に言えば、整理するのに時間が掛かった。
それでもエリスは待ってくれる。
真剣な眼差しで待ってくれる。シュウもその質問に、真剣に向き合った。
「……最初は、前にも話したけど、エリスが見せてくれた魔法がとにかく綺麗で、それぐらいしか思ってなかった。学園に入ったのも、校長の半ば強引なやり口に流されただけで、給料目当てなのも大きくて」
「そう」
「……見損なった?」
「そうね。というより、予想通りだわ」
「あはは……」
笑ってごまかすが、このあと話そうとしていた内容を忘れてしまいそうになるほど、シュウにとってはショックだった。
そんなシュウを見兼ね、エリスは申し訳無さそうに微笑んで見せる。
「冗談よ、続けて」
「あ、ああ……」
気を取り直し、シュウは話を続ける。
「それで最近は、魔法の勉強して、実際に使ってみて、考えが変わったんだ。魔法が持つ可能性――ていうのかな、それに興味が出てきて」
「可能性?」
「ああ、俺にも何かできるんじゃないかって――それは幸せになりたいとか、そんな小さなことじゃなくて、もっと大きな……なんだろう、今はまだ思いついてないけどさ」
「可能性、か……」
エリスは、再び窓の外をジッと見つめる。
窓の外、どこか遠くをただひたすらに――
「……え、エリスは?! どうして魔法を?」
気まづくてひねり出した質問だったが、ずっと気になっていることでもあった。
エリスは哀しい顔のまま、シュウに振り向いた。
「実はね、私はあなたのこと悪く言えないのよ」
「……と言うと?」
「わたしも最初は、ただの憧れだったから――」
エリスは笑みをこぼし、照れて見せる。
「いえ、今もかもしれないわ」
でもその笑みは、まるで自分をあざ笑っているようだった。
「……憧れの、ひと? 今はどうしてるんだ?」
エリスは、首を横に振る。
「分からない。その人に近づくため、必死で努力してきたけど、見当もつかない」
「そっか……」
心がモヤモヤする。
前にエリスが落とした刺繍入りのハンカチを思い出す。
「でも、シュウの答えを聞いて良かった」
「え……?」
「可能性――私ももっと、考えてみる」
エリスはさっきとは違う、確かな笑顔を見せる。
その顔を見て、シュウも安心する。シュウの顔にも自然と笑みがこぼれた。
「それじゃあ、お仕事がんばって」
「ああ、また明日――」
ゆっくりと流れていた時間だったが、気づくと思っていたより話し込んでいた。
エリスは、急ぎ足で教室に向かう。
シュウは歩きながら、先ほどの会話を思い出す。
途中、奥の曲がり角に人の気配を感じたのは気のせいだろうか。モヤモヤする。
――憧れの人って、ハンカチのひと?!
そう聞いていれば、この心のモヤモヤは解消していたかもしれない。例えばリオラだったら、臆することなく聞きたいことを聞けていたのだろうか。
考えても仕方がないことが、ずっとシュウの脳裏を巡る。
「……やべ、いそがなきゃ」
そんな時間だった。
○○○○○○
「――なあ」
「ふへっ?!」
学園の廊下、リオラは恐ろしい剣幕で、とある男子生徒に迫っていた。
「な、なにかな……?」
ゆっくりと近づくリオラに男子生徒は恐怖を覚える。
生物の本能が危険信号を出す。
「……果たし状の話、聞かせてくれよ?」
「な、なんのこと……?」
あまりの恐怖で男子生徒は声が裏返り、状況を飲み込めないでいた。
「すぐそこの道場の息子だよな? 最近流行りの道場破りについて、何か知ってるのか?」
リオラは、こと武術についてはクラスの誰よりも詳しい。
様々な武術に精通し、学園近くの道場についてもある程度記憶に留めていた。
男子生徒は何となく状況を理解し、隠す様子もなく話し始める。相手が特進クラスの『リオラ』だということも理解していたからだ。
とにかくリオラに、恐れおののいている。
「と、父さんが言ってたんだけど、知り合いの道場に時代錯誤な果たし状が来たって……道場破りの前は必ずその果たし状が来るらしくって」
「ふーん……」
リオラは、驚く様子もなく質問を続ける。
「その果たし状が来たっていう道場、どこだ?」
「え? それはちょっと――」
リオラは、グイっと顔を近づける。
「なあ、教えてくれよ」
懇願しているはずのその目は、何人も逆らえない猛獣の目そのものだった。
「そ、そこはですね――」
男子生徒もまた、イチ道場の師範の息子でありながら、抵抗することはできなかった。
○○○○○○
「よしっ、終わりっと――」
シュウは、時間ギリギリで清掃を終わらせる。辺りは暗く、校舎内に残された生徒も数少ない。
ましてや、中等部棟には人っ子一人おらず、ひたすら寂しい廊下をポツポツ歩いてシュウは倉庫に帰っていった。
「……ん?」
歩いていると、倉庫の前に人影が見える。
ドア横の壁に寄りかかり、退屈そうに何かを待っている。
「……リン、なにしてるんだ?」
「あ! どこにいたの!」
シュウを見つけた途端声を上げ、リンは怒っているようにも見えた。いつから待っているかは知らないが、こんな夜遅くまで待たされたならそれも仕方がない。
「……中に入る?」
「ううん、ここでいい」
やはり怒っている。
それに中に入ったところで、もうしばらくすれば学園の警備システムが作動する。作動すれば、学園の出入りには面倒な手続きが必要になる。
リンは、そのことも承知していた。
「用があるなら掃除中にでも話してくれれば良かったのに」
「だって、エリスちゃんと楽しそうに話してるから……エリスちゃん、私と話して笑ったことないのに……」
最後の方は、リンの声が小さくてよく聞き取れなかった。
「いたのか、割り込んでくれたらいいのに」
「そうもいかないでしょ! そのあとは探しても見つからないし、しょうがないからここで待ってたの」
高等部棟で掃除をして、そのあとまさか中等部棟に移動するとは思わなかったのだろう。
悪いことをしたのかもしれない。
「すまん。それで、どうかしたのか?」
「……その、お礼が。言いたくて」
「お礼?」
はじめ何のことか分からなかったが、すぐにピンときた。
昼に渡したお弁当のことだろう。
「この学園入る前は弟優先で、わたしがよくご飯作ってて、自分は面倒だからおにぎりばっかで、そしたらそれが当たり前になっちゃってて……」
「へー 弟がいたのか」
「う、うん……」
リンのプライベートな話を聞くのは、初めてかもしれない。
あまり他人に話す機会がないのか、リンは照れくさそうに顔を背けている。
「おれもアルバイトに夢中で偏った食生活してたときがあって、倒れちゃったこともあったからさ」
「うん……ありがとう――」
シュウがリンに近づいていく。
リンは恥ずかしくなって顔を俯ける。
「その……嬉し、かった」
なぜかシュウは、どんどんリンに距離を詰めてくる。
リンの顔は、どんどんと赤くなる。
「お、お弁当箱はちゃんと洗って返すから」
「そんなの気にしなくていいよ」
「だめだよ! ちゃんと返すから、だから、その……」
リンは俯いたままだが、シュウが近くにまできていることは分かる。
どうして近づいてくるのかは分からないが、距離が近づけば近づくほど、リンの顔は熱くなった。
――トンッ
「ふあっ!」
シュウの手が、リンの肩を越して後ろの壁にそっと置かれる。リンがふいに顔をあげると、シュウの顔がすぐそこにまで迫っていた。
「ななななな、な、なに……?!」
目がグルグル回り、リンはショート寸前になる。
「……なんだ、ただの汚れか」
「へっ……?」
落ち着いて俯瞰すると、シュウはただリンの後ろにある壁の汚れをこすっているだけだった。
「いや、何かの虫かなあと思って」
「……ああそう」
リンのテンションと声色は、ガラリと低くなる。
シュウは状況を理解していないようだが、それもまたリンにとっては不服だった。
「――そういえば、最近リオラの元気がないように思うんだけど、リンはなんか知らないか?」
「むっ――」
怒ったリンの頬がぷくっと膨れる。
「よく見てますね、リオラちゃんのこと!」
「そういうわけじゃ――」
「いっつもイジメられてるくせに、リオラちゃんのこと気になるんだ?」
「り、リンだって気になるだろ」
「どうでしょ? わたしには分からなかったな!」
怒ってテキトーに答えているのか、本当にそう思ってるのか分からない。
シュウは、思い切って話の切り口を変えてみた。
「関係ないかな、道場破りと……?」
リンは、黙り込む。
リオラのことを思う節があったみたいだ。
「リオラって、特進クラスに途中から来たんだろ?」
「うん……入学してしばらくは、一般クラスの生徒だったの」
「そうだったのか」
「リオラちゃん、元々は≪衝撃≫と≪防壁≫の魔法しか使えなかったのか。特進クラスの目安で、基礎魔術のうち4つ以上は使えなきゃって言われてるから」
耳が痛かった。
一旦、今の話は忘れることにしよう。
「でもルヴィから聞いた話で、リオラちゃん相当努力したらしくって……≪変形魔術≫を使えるようになったところで特進クラスに編入してきたの」
ルヴィは一般生で、リンの親友だ。
特進生でもただ1人部活に所属するリンは、一般クラスのでも顔が広く、学園の生徒事情については特別に詳しい。
「それだけリオラの≪衝撃魔術≫がすごいってことか」
シュウが入学するとき、特進クラスの凄さは、副校長のアンナから痛いほど聞かされた。簡単に入れるものではないと、今回がいかに特例であるかを――
きっと、想像もつかない努力を積み重ね、今のリオラがいるのだろう。
「それより、どうしてシュウくんは道場破りと関係があるかもって?」
「1つはタイミングかな。道場破りが最初に起きたっていう時期と、リオラに元気が無くなった時期がなんとなく重なって」
「そうだね……もう1つは?」
「もう1つは……」
もう1つは、ただの感覚だった。
勘とも言える、嫌な予感がしただけだった。
「この前ほどじゃないんだけどさ、似たような――なんか嫌な予感」
「……だいじょうぶ、だよね?」
シュウの意見を聞き、リンも途端に不安になる。
以前の爆破事件のようなことは、2人ともゴメンだった。
「明日、リオラに直接聞いてみようと思うんだけど」
「うん、そうだね」
シュウが持つスマートデバイスのアラームが鳴る。
警備システム作動5分前の知らせだった。
「リン、急がないと」
「うん。じゃあまた明日ね」
「おう、気をつけて――」
リンを校門まで送り届け、シュウはようやく一息ついた。リオラのことは心配だったが、考えすぎてもしょうがない。
「大丈夫だ。きっと……」
リオラなら問題ない――
そう自分に言い聞かせ、シュウは倉庫に帰っていった。
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