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CHAPTER_03 心の乱れは災いのもと ~whoever lives hold wave of heart~
(11)思いを馳せて ~little-sister~
しおりを挟む「――ふぅ……」
真っ暗な帰り道――
少女は大きなタメ息をつく。
少女は、姉のシャエラに似ていると自分でも思う。周りからもよく「似ている」と言われた。
背丈も髪質も――顔つきは、姉よりもいくぶん温和かもしれない。最近は会っていないから自信がない。
かつて見た姉の姿に思いを馳せていると、少女が持つ小型の端末が振動する。
「……はい」
夜も遅いのに、通話の着信だった。この時間に鳴ることは滅多に無い。
イタズラ電話か、はたまた――
「あ、次は女子寮ですね? はい、はい……分かりました」
また学園に行ける。
今度こそ――
「はい、必ず――」
少女は、笑みを浮かべて通話を切った。
○○○○○○
「おいしぃ~ デリシャスですわ~」
シュウの住まいでもある無機質な倉庫に、どうも場違いなお嬢様が1人――
シャエラは目を輝かせ、その目の前に置かれた食事を頬張っていた。
「これはなんという食べ物ですの?」
「カレーライスだよ。知らないのか?」
「これがカレー……わたくしが知るカレーはライスが無くて、独特な辛さがあって、あまり得意ではないのですが……」
先ほどまでの疲れは吹き飛び、満足そうに食事を楽しんでいた。
「このカレーは、まるで別物のように美味しいですわ」
「それは、別物かもな」
事実、シャエラに振舞ったのは特別香辛料も加えていない庶民的なカレーライス――
上品なお口に合うか心配だったが、ひとまずはお気に召してくれたようでシュウはホッとする。
今日は女子生徒の助言もあり、シャエラを倉庫に連れてきて夜通し休ませることにした。主のダイモンには叱られるとも思ったが、予想外にもダイモンはシャエラを歓迎した。
「――学園の生徒は、お客様だからな」
シュウも曲がりなりにも学園の生徒だが――
ダイモンはシャエラを勝手に連れてきたことよりも、作業着をボロボロにしてきたことに激怒した。
「バツとして、この倉庫の掃除はしばらくお前がやれ」
「そんなぁ~」
「ん~ 美味しいですわぁ~」
シャエラは、カレーライスをゆっくり堪能して綺麗に平らげた。
「――やはり、わたくしには大きいですわね」
シャワーを浴び終えたシャエラは、シュウが貸した寝間着に身を包む。シュウがいつも着ているスウェットしか準備が無かったので、小柄なシャエラにはかなりオーバーサイズ――全体的に、だぼだぼ丈が余ってしまう。
「ごめん。そんなのしかなくて……」
「いえ、とても温かくて機能的なお洋服ですわ」
シャエラは余った袖口を口元にもっていき、スウェットの感触を幸せそうに堪能する。
シャワー後のシャエラは、髪も下ろして身も心もスッキリしていた。綺麗でふんわりとした銀髪は、同じシャンプーを使ったはずなのに香水のようないい香りを部屋中に漂わせる。
「本当に感謝申し上げます。ミスタ・ハナミヤ」
シャエラは、何事にも感謝を忘れなかった。
倉庫のシャワーだって、いつもに比べたら幾分も不便だっただろうに、シャエラは嫌な顔1つしなかった。
「その、ミスだかミスタだかはやめてくれよ。なんだか距離を遠ざけられてる気がする」
「そ、そうでしたか……では、なんとお呼びすれば?」
「シュウでいいよ、とにかく呼びやすいので」
「分かりましたわ、シュウさん……それで、わたくしはどちらで横になればよろしいでしょうか?」
シャワーも浴び終え、あとは寝床が大事になる。まずは、いつも寝泊まりしている自身の部屋にシャエラを案内する。
「ベッドを使ってくれ。小さくて恐縮だけど、毎日シーツは洗ってるから」
「それだとシュウさんはどちらで? わたくしは床で構いません」
さすがに人形のように綺麗な女の子を、地べたに寝させる気にもなれなかった。
「おれはリビングのソファで寝るから。帰ってソファで寝ちゃうことも多いし、気にしないで」
「でしたら、わたくしがソファで」
――ソファで寝させるのも……なんか違う
「実はソファで寝る方が好きだし、とにかく遠慮しないでくれ!」
「はあ、そこまでおっしゃるなら……」
シャエラは、初めて不満げに顔を困らせる。
それでもベッドで寝る権利を頑なに譲り、シャエラは渋々ベッドの上に座る。
シュウは、一転して真面目な顔を作った。
「……シュウさん?」
「シャエラ、話したいことがあるんだ」
薄暗いシュウの部屋で、シャエラも真面目な顔で向き合う――
「――つまりは、そのブラッディ・ダイヤとやらが今回の事件にも絡んでいると?」
シュウはまず始めに、今回の事件に関するエリスの見解を、なるべく丁寧に話した。
『血の涙の仮面』のこと、過去の事件、そしてブラッディ・ダイヤと呼ばれる違法魔法具が関係する可能性――
「ああ……もし予想が正しければ、今回シャエラに成りすましたヤツはもっと大きい――組織的な犯罪だっていうことも考えられる」
「そうでしたの……」
もちろん考えすぎで、個人的な逆恨みの可能性だって否定できない。いずれにしろ、シュウたちは事件の犯人がシャエラではないことを100%確信しており、それを本人に伝えることができた。
「……わたくしからも、話したいことがございますわ」
そう言って、シャエラはシュウに背中を向ける。
そして、スウェットの上着をおもむろに脱ぎ始める――
「へっ?! シャエラっ?!」
シュウは慌てて顔を逸らした。シャエラは顔を真っ赤にしながらも、結局スウェットの上着を脱ぎ切ってしまう。
シャエラの華奢で繊細な背中が、シュウの前に下着1枚で露わになる。
胸元では脱いだ上着をギュッと抱き締め、恥ずかしさを必死に堪えていた。
「シュウさんだけでは、ふっ、不公平ですから……」
「不公平って、おれは見せたくて見せたわけじゃ」
「わたくしだって恥ずかしいのですから、早く見て下さいまし……」
「そう言われても……」
シュウは訳も分からず、ゆっくりとシャエラに顔を向ける。そして、気まずそうにシャエラの背中に目を向けた。
シャエラの背中には、下着の紐では隠し切れない、たくさんの傷痕が――
「シャエラ、それ……」
「……わたくしには、妹がおりますわ」
シャエラはスウェットを着直し、昔を思い出しながら話し出す。
「名前はシャエル・エイブリン――ひとつ年の離れた、わたくしによく似た妹ですわ」
「シャエル……」
「ご存知かもしれませんが、エイブリン家は代々続く魔法家系――それは厳しい規律のもと、わたくしたちは祖母に育てられました。
規則をやぶれば体罰を受けることもございましたし、牢に閉じ込められることもありましたわ」
「う゛っ、なかなかだな……」
シュウには想像もつかない。
エイブリン家は「そのやり方」で繁栄の一途をたどり、今日まで大きな成長を遂げてきた。そのやり方が間違っていることは、シャエラのみならずエイブリン家の者みんな理解している。
それでも、幼いころから植え付けられた規律や訓戒に抗うことはできなかった。
「それでも、わたくしはシャエルといれば厳しい教育にも耐えられましたわ。シャエルといれば毎日が楽しく、シャエルといれば……」
「……シャエラ?」
「……ですが、それも長くは続きませんでして」
シャエラの声は、どんどん寂しさを帯びていく。先ほどシュウに見せた背中に手を回し、辛い過去に向き合っていた。
「シャエルは、わたくしよりも魔法の素質が薄く、やがてエイブリン家を追い出されることに……
わたくしを最優先に教育するためでしたが、要は邪魔だったのでしょう」
「そんな……」
シャエルがいなくなってからは、祖母の当たりはより厳しくなり、その結果がこの背中であった。
「でも、シャエルや祖母のことを恨んだことはありませんわ。きっと、1番辛かったのはシャエルだから……
それなのに、お姉さんのわたくしが泣いていてはダメですから」
「妹さん――シャエルはどこに?」
「知り合いの家に預けられ、今はどこかで働いてると。この前お母様から伺いましたが、詳しくは……」
「そうか……」
シュウからは言葉が途切れてしまう。何と声を掛ければいいのか分からず、しばらく2人の間で沈黙が続く。
そして、シャエラは意を決して口を開いた。
「監視カメラに写っていた犯人、あれは紛れもなくシャエルですわ」
「えっ?!」
シュウは思わず驚いて、夜にも関わらずと大きな声を上げる。
「ごめん。気のせいじゃないのか? よく似てるってだけで……」
「わたくしによく似た髪、背丈――顔は仮面で見えずとも、見間違いは無いはずです」
「そんな……」
言葉を失ってしまうシュウ――
シャエラとしても、念願の再会を素直に喜べる状況では無かった。
「シャエルは、きっとお家のこと、わたくしのことを恨んでいるのです。わたくしは、その恨みを受け止めてみようと思いましたの。
それに、生徒会での立ち振る舞いが悪かったのもまた事実でございます。わたくしは生徒みんなの思いも、わたくし1人で受け止めるつもりでしたわ。どれだけ非難を浴びようと、それがわたくしなりの贖罪でしたの」
「だからあんなことを……」
シュウも思い立って口を開く。シャエラの不安気な目をまっすぐ見つめ、確かな声で話す。
「シャエラは、背負いすぎだよ」
「背負う……わたくしが?」
「ああ……なんでもかんでも自分のせいにして。贖罪っていうけど、そもそもシャエラは罪を犯してない」
「いいえ。わたくしは罪を犯し、だからこそ生徒のみんなまで巻き込んで……」
「犯してない。シャエラのは、ただの間違いだ!」
「ま、ちがい……?」
「ああそうだ。ただの間違いで、誰にでもあることで、償うようなことでも無い。
大事なのは、次に間違いを起こさないためにはどうすれば……だろ?」
「それは……」
今度はシャエラが返答に困る。シュウは返答を待たずして話を続けた。
「おれもさ、歳は離れてるけど、姉さんがいるんだ」
「ええ……」
「姉さんもシャエラみたいに優しくて、いつもおれのこと守ってくれたけど、弟としてはときどき思うんだよ」
「……なんと?」
「たまには、頼ってくれ。って……」
シュウは自分の姉ではなく、シャエラに頼むかのように目を向ける。
「シュウさん……」
「頼られても、何もできないかもしれないけど……それでも頼って欲しんだ。守ってばかりじゃなくてさ」
シュウは、ベッドの上に座るシャエラに近づき、頭の上に「ポン」と手を乗せる。
シュウの手は温かく、シャエラの心まで温まる。
「妹が本当に犯人なのか、明日から一緒に探ってみよう。リオラだって、きっと手伝ってくれるぞ」
「り、リオラさんが?」
リオラが特進クラスに編入してから、リオラとはいつだって犬猿の仲だった。同時に、クラスで1番会話しているのもリオラだった。胸の奥で淡い期待が膨らむ。
「とりあえず、今日はもう寝よう」
「そう、ですわね」
「おれも疲れたよ……おやすみ、また明日な」
「ええ、おやすみなさい」
シュウは欠伸をしながら部屋を後にした。取り残されたシャエラはベッドに横たわり、シュウの匂いが微かに残る枕に頭を乗せる。そして、自身が着るぶかぶかのスウェットと、近くにあったふわふわの毛布を抱き寄せた。
「……本当に、温かい」
また明日な――
温もりを抱き、シャエラはぐっすりと眠りにつく。
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