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CHAPTER_03 心の乱れは災いのもと ~whoever lives hold wave of heart~
(15)歪みの正体 ~distortion~
しおりを挟む「まずいわね……」
エリスは、騒然とする中庭の中心で静かにつぶやいた。
寮の生徒が全員避難できたとも考えられない。マイカの他にも怪我人がいつ出てもおかしくない危機的状況にあった。
「会長……会長が、危ない……」
扉の奥から押さえつけるように張られた≪防壁≫により、中庭に閉じ込められた生徒たちが騒ぐ中で、マイカは目を瞑りながらスレスレの声でささやいた。
マイカの口元に、耳を近づけていたエリスにだけその声が届く。
「……あなたも感じたのね、違和感を」
少女にロッドを突き刺したとき、ロッドは体に当たることなくすり抜けた。
今までの違和感も考慮し、エリスは1つの仮説を立てていた。
「みんな、聞いて欲しいことがあるの――」
エリスは、落ち着いた声でリオラとソアン、そしてシュウに呼びかけて1箇所に集める。いつもは軽い表情のリオラにも気が張り詰めていた。
「どうした急に」
「私たちが今までシャエルだと思っていた少女――彼女は、もしかしたらシャエルじゃないかもしれない」
「ん? なに言うとるん?」
ソアンだけじゃない。その場の全員がエリスの言っている事を理解できなかった。
「映像を初めて見たときから気になっていたんだけど、彼女の体が歪んで見えることがあるの。それに、さっき彼女と戦ったとき、突き刺したロッドが幽霊みたいにすり抜けたわ」
「気のせいじゃないのか? 外しただけとか」
リオラと同じように、シュウも疑っていた。確かに映像の中で歪みはあったが、画質の悪さも相まって気にはならなかった。
「いいえ。きっと彼女は彼女ではなく、誰かが変装した姿じゃないかと思う」
あまりに突拍子もない推測で、誰も頷くことができない。
シャエラとアドリーの元に向かおうと焦る中、冷めた目で疑問を口にしてしまう。
「どうやって変装するんだよ?」
「これも仮説だけど、体の周りに目では見えないほどの≪変形魔術≫を張り巡らして、体に触れる空気の密度を局所的に濃くしたり薄くして、擬似的なプリズムをいくつも作り出す。
プリズムを通すことで体の形や色を自在に変える――ロッドがすり抜けたのも、実体がない光の像に突き刺していたからだと思う」
「そんなことが可能なのか?」
「不可能よ」
エリスはきっぱり断言した。シュウに至っては、言葉の意味すらまるで理解できないのに――頭はますます混乱してしまう。
「理屈が分かって計算も出来たところで到底不可能な技――
適性がどうこうではなく、魔法を体の一部として自由自在に扱える超人的な技術と、≪変形魔術≫を放出し続ける大量の魔力が必要よ」
「じゃあこの話って――」
「不可能ではあるけれど、もしも超人に近い技術が備わっていたとして……そこに、もしもその魔力を補うものがあるのなら――」
「……ブラッディ・ダイヤ?!」
シュウはハッと目を見開いた。
十字架に落ちていた赤い粉――
あれはやはり『ブラッディ・ダイヤ』の欠片で、誰かがそれを使って魔法を出した証だった。
「つまりは、さっき女子寮でエリスが倒した少女――謎の人物がシャエルに成りすましていて、今シャエラとアドリーはその謎の人物に会っていると……」
――では、本物のシャエルは?
未だ、どこかに隠れている。あるいは、元からどこにもいなかったのか……?
「でも、何が心配なんだ?」
謎は謎のままとして、無事に犯人は捕まり、大きく心配する必要も無さそうに思える。そのはずが、エリスはまだ難しい顔をしていた。
「シャエルに成りすました人物に、トドメを刺したのは私じゃない。アドリーよ」
「ああ、それがどうしたんだ?」
「私の仮説が正しいとして、謎の人物が本当にアドリーにやられ、気絶をしていたのなら……
そしたら魔法が解けて、変装前の元の姿が見えるはずなのよ」
「それって、まさか……っ!」
エリスが言いたいことはすぐにでも理解ができた。
そして想定外であり、最悪の事態だった。
学園関係者の全員が、彼女の自作自演にまんまと騙されていたことになる。
「シャエラが、危ないぞ」
シュウは寮の建物に目を向ける。
建物の入り口では、数人の生徒が扉を開けようとたむろしているが、簡単に空きそうには見えなかった。
「……リオラ、あの壁は壊せないか?」
「さっき見たんだけどよ、ワタシだけの力じゃ無理そうだ」
「そうか……」
それを聞いてもなお、シュウはゆっくりと扉に近づいていく。シャエラを早く助けに行かなければならなかった。
「みんな、どいてくれ……」
シュウの低い声にかしこまり、扉付近にいた生徒が距離を取る。
もっと早く――
もっと早く、シャエラの気持ちに気付いていれば……
もっと早く、手を差し伸べて話を聞いていれば……
あるいは、こんな事態にならなかったのかもしれない。
でも、いくら時間が掛かったとしても、シャエラは自分がしてきた間違いにやっと気づけた。自分が進むべき方向をようやく見つけたばかりだった。
手遅れになんて、させたくなかった。
「――リオラ、おれの魔法に被せられるか?」
「ああ、やってやるぜ」
リオラも右手の拳を左手で握り、準備万端で笑って見せる。
そして、シュウの右目――片方の瞳が白く光り輝いた。
○○○○○○
「あはっ、気づいちゃったぁ? シャエラちゃん――」
「アドリー、あなたっ……」
シャエラをあざ笑うアドリー、声色は先程までとはガラッと変わり、嫌味を含んで低くなっていた。
「いやー、1年以上学生の振りすんのはさすがにしんどいわ……まっ、コスプレみたいで楽しかったけど」
「アドリー! 説明しなさい!」
シャエラは、壁に寄り添って寝るシャエルを腕で覆い、アドリーに厳しい目を向ける。今の状況が信じられず、心の整理ができていない中で厳しくアドリーを問い詰めた。
アドリーは、シャエラの目に怯む様子もなくニヤついている。
「説明も何も、全部私が仕組んだことよ?
その子が犯人っていうのも仕組んだこと。学園の生徒会に入ったのも、いつかこうしてアンタを利用するため」
「アドリー……さっきから何を――」
「今だって本当はシャエラちゃんが来る前に済ませちゃいたかったのに……女子寮に来るのが思ってたよりも早いじゃない」
アドリーは、自身の懐から『弾丸』の形をした赤黒いダイヤモンドを取り出した。
「ブラッディ・ダイヤ……」
「えー、知ってるの?」
アドリーは意外そうに目を見開く。そして『ブラッディ・ダイヤ』を見つめ、怪しく笑う。
「その子には、これを『食べて』もらう。その子は晴れて本当の犯人に仕上がって、晴れてシャエラちゃんは失意のどん底に陥るの。
ずいぶん回りくどい作戦だったけど、どうにか上手くいったわね」
「こんなことっ、どなたが信じるとおっしゃるの?!」
「そう? たとえ妹の無実を訴えても、今のシャエラちゃんが言うことを誰が信じるかな」
図られた――
シャエラが生徒会で暴走することでさえ、アドリーにとっては作戦の内だった。
「結果がすべてよ。ここには誰も来れない。
アンタは絶望の淵で妹が苦しむ姿をただ見つめるだけ――」
「させませんわっ!」
シャエラはタイミングを見計らい、紫色の魔法陣を繰り出しては、ブラッディ・ダイヤを持つアドリーの腕に向かって≪波動≫を放つ。
アドリーは一歩も動くことなく、腕には≪波動≫が直撃する。
アドリーの腕から煙が立つ。
その腕は、まったくの無傷だった。
「かゆー、くすぐったいの苦手なのよね」
アドリーの腕は、細かな≪防壁魔術≫によって強固に守られていた。
「そんなっ……きゃっ――」
手で弾かれた≪波動≫の余波が部屋中を響かせる。
それだけに留まらず、2人が寄りかかる壁に≪変形≫の魔法陣が浮かび、形を変えた壁がシャエラだけを縛り上げる。妹だけが壁から離れ、眠ったまま床に倒れてしまう。
「はなしなさいっ! アドリー!」
アドリーは言うことを聞くわけもなく、ゆっくりとシャエルの元に近づいていく。
そして、ブラッディ・ダイヤで模られた銃弾を手持ちの拳銃に込める。
「アドリー! 止まりなさいっ!」
「――んっ……」
部屋を揺らした≪波動≫の余波と、シャエラの必死の叫びを聞き、眠っていたシャエルがついに目を覚ます。手足の不自由を感じつつ、呆然と辺りを見渡していた。
「――エルっ!」
「……おねえ、ちゃん?」
「エル! 逃げなさい! 早くっ!!」
必死に訴えるシャエラだが、シャエルには何のことかサッパリ分からない。分からないながらに頭を働かせ、ゆっくりと入口の方に振り向いた。
「……え?」
アドリーがゆっくりとシャエルに近づき、その前に立つ。
そして、ゆっくりと黒い拳銃を構える。
身動きが取れないシャエルの前に、その銃口が突き付けられる――
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