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CHAPTER_03 心の乱れは災いのもと ~whoever lives hold wave of heart~
(19)黒い影 ~dark~
しおりを挟む青空の下、中庭では休息のときが訪れる。
それも束の間――中庭の隅に落ちていた瓦礫が大きな音を立てて砕け散った。
「――ああ゛っ! ひっさびさにムカついたっ!」
瓦礫の下から砂ぼこりを纏ったアドリーが姿を現す。傷は1つも無い。シュウやエリスたちは、再びアドリーに向き合って警戒を強めた。
「なんだよ、まだやる気か?」
リオラは挑発的に1歩前へと出る。エリスも魔法をいつでも出せるようロッドを構えた。
「これはおままごと? ヒーローごっこ? 姉妹愛だか友情愛だか知らないけど、出しゃばらないでくれない?」
「あなた、身分を偽って学園に入っていたの?」
「そうよ、最新鋭の警備システムを謳っておきながら、ずいぶんザルな学園ね。通ってる生徒もタカが知れちゃう」
「減らず口もその程度にしな、ワタシの拳もウズウズしてんだ」
エリスやリオラだけではない。シュウとリンもロッドを構え、戦闘態勢に入る。
「ガキ共が調子に乗って……ナージャ! 起きなさいっ!」
ナージャも瓦礫の下からのそりと起き上がり、血が滲むおでこを押さえて顔を俯ける。
「……ナージャ?」
ナージャは黙ったままおでこを拭い、手に付いた血をまじまじと見つめた。
アドリーの顔に焦りが見え始める。
「血……」
「ナージャ、今はダメよ」
「血だ……痛い――」
「ナージャ? 落ちつきなさい」
「痛い、痛い痛い……」
「ナージャ、近くに私が――」
「痛い痛い痛い……いったぁーい゛っ!」
ナージャは獣の目でシュウたちを睨みつけ、勢いよく差し出した右手の前に魔法陣を出現させる。
魔法陣は、シュウたちが見たことない輝きを放つ。
青と黄色――
≪変形≫と≪治癒≫の魔法陣が重なっているようだった。
「よぐもぉお゛っ!」
魔法陣は激しく回転し、目が眩むほどの光を放つ。ナージャは、その魔法陣を自身の右腕に通していく。
「そんな……いけないっ!」
エリスは思わず叫び、シュウの頭の中にもナージャの行動に思い当たる魔法があった。その予想に応えるかのように、魔法陣が通ったナージャの指先が鋭く≪変形≫していく。
禁忌の魔法――
人体など複雑な構造を成す生体に魔法陣を通すことは、「理論上」は可能であるが、超越した技術を要することから不可能と言われ、倫理上の観点からも禁止されている。
通常は、魔法陣が生体を通る前に消えてしまうはずだが、ナージャは今――シュウたちの目の前で、自身の腕を鋭い獣の腕に≪変形≫させていた。
ありえない光景を前に夢を見ている感覚に囚われ、誰しもが動けずにいた。
『――ナージャ! やめるんだっ!』
突如、ナージャの魔法陣が照らす中庭に大きな声が木霊する。その声に呼応してナージャは魔法陣から腕を抜き、同時に腕が「元通り」に戻る。
「ナージャ、今はまだダメだ」
「でもフィン! あいつらひどいんだにゃ! 私のおでこに傷をつけたんだにゃ!」
「ああ、分かってる……」
ナージャの後ろ、女子寮の建物の中から学園の制服を着た1組の男女が現れた。
男は赤黒い髪の少年で、女はポニーテルの少女――
2人とも『血の涙の仮面』を付けており、仮面は銀色に怪しく輝いている。
「みんな、警戒して――」
エリスは、ポニーテールの少女に見覚えがあった。以前起きた爆破事件の際、学園の廊下で対峙した少女と同一人物に見えた。
少年はナージャのおでこをスリスリと撫で、殺気立った気持ちを落ち着かせる。
「おい、仮面を外しな」
「そうだね、失礼かもしれないね」
リオラは、怯むことなく立ち向かう。対する少年と少女も強気の姿勢で、隠す素振りもなく仮面を外す。
「初めまして、ぼくはフィン――で、こっちはメイシア、よろしくね」
仮面の下には、可憐な少年少女の顔が現れる。
依然として戦闘態勢を取るシュウたちを前にフィンは余裕も見せる。
「ここまで全て見させてもらったよ。相変わらずぼくの予想を上回る――素晴らしい魔法の数々だったね」
「全部……?」
全部とは、どこからを示しているか――
シュウの頭に今までに起きた苦い事件の数々が思い返される。
「本当はキミたちの助けは間に合わず、今回の事件をきっかけにエイブリン家の闇は白日の下に晒されるはずだった。エイブリン財団には不満が集中してボロボロになってもらう予定だったんだけど……上手くいかないもんだね。
何より、アドリーが寮内で熱心に仕込んだ壁が簡単に破られたのが予想外だったよ、シュウくん?」
「どうしておれの名前を……」
「シュウくん以外もみんな想像を上回る魔力で驚いてるよ。学園は本当に面白いところだね」
アドリーもフィンのところまで歩き、フィンたちは一カ所に集まった。シュウたちは、いつでも捕まえられるよう隙を伺い、ゆっくりと距離を詰めていく。
「さっき『全部』といったな? どこまで関わってる」
シュウは、厳しくフィンを問い詰める。
「どこまで? ぼく自身は何もしてないさ」
「爆弾テロ、道場破り……どっちもお前の仕業か?」
「ああー、あれはきっかけを与えただけだよ。シュウくんの魔法が見たかったしね」
「……ブラッディ・ダイヤを持ち込んだのもお前か?」
「ブラッディ・ダイヤ……いい響きだね」
「しらばっくれるなあ゛っ!」
シュウは感情に任せて大声を荒げた。
フィンはフラッディ・ダイヤを学園に持ち込んだ犯人に違いない。証拠に、今も小バカにする態度でニヤニヤと微笑んでいた。
「今まで何人が傷ついてきたと思う! 遊びでも許されないぞっ!」
これまで起きた事件のせいで怪我をした生徒もいれば、学園に戻れなくなった生徒だっている。リオラのかつての戦友も未だ目を覚ましていない。
どの事件にも関わってきたシュウにとって、フィンの舐めた態度が腹立たしくて仕方がなかった。
「そんなに怒らないでくれるかな? ボクにだって考えがあるんだ」
「考えなんて知るかっ! 1人でやってろ!」
フィンは、シュウの意見を聞く気は無しに、深いため息を吐く。
「今日は冷静な会話が出来なそうだ、これくらいで退散するよ」
「――逃がすかっ!」
フィンが右手を上空に突き出し、その隙を見計らったようにリオラは走り出した。フィンたちまで一気に距離を詰めていく。
「メイシア」
「はい」
メイシアは咄嗟に一歩前へと進み、自身の口元に≪波動魔術≫の魔法陣を出現させる。シャエラが出す魔法陣よりも紫色が濃く、黒く濁っているように見えた。
「リオラさんっ! いけません、お離れになって!」
メイシアのやろうとしていることが、シャエラにだけ分かる。
「皆さん、耳をおふさぎになって!」
シャエラは慌てて耳を塞ぎ、中庭のシャエルと生徒たち全員にも耳を塞ぐよう指示をする。
『――アァアァアァアァア!』
メイシアの高い声が魔法陣を通り、複雑な≪波動≫となって中庭に響き渡る。
「うぐっ――なん、だっ……」
距離を詰めていたリオラも耐え切れず地面に崩れ、耳を塞ぐので精一杯になる。
脳を激しく揺らされ、視界がぐわんぐわん揺れる。
立つどころか、目を開けることさえままならない。
「――ま、てっ……」
シュウは激しい揺れに耐えつつ、何とか目を開けてフィンを見据える。同じく、エリスも目を薄く開けられていた。
フィンが上空に掲げた右手――
その前には、漆黒の魔法陣が現れる。魔法陣の模様は、シュウが出す白い魔法陣によく似ていた。
そのまま魔法陣は、フィンたちの姿を黒い影で包んでいく。原理はナージャが使っていた変装の魔法と同じかもしれないが、色のせいで不気味さがより際立っていた。
「……こにゃくそっ!」
リオラは激しい揺れの中、目を閉じたままガムシャラに動き、影に向かってロッドを投げ込むが、ロッドはぶつかることなくフィンたちを通過して地面に落ちる。
「それじゃあシュウくん、また逢う日まで――」
フィンの声を最後に黒い影が消え、姿かたちがどこにも見えなくなる。中庭には、崩れた瓦礫だけが取り残された。
「逃げられた、か……」
結局、犯人は捕まることなく事件は幕を閉じる――
シュウは、悔しい気持ちを噛み締めた。
「うくっ……」
初めて手に握るブラッディ・ダイヤ――
怪しい輝きを放ち、輝きに応じて全身の血が騒ぐ。
何故か、締め付けられるように胸が苦しくなる。
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