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#2 まどろみの中で生温いコーヒーに
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「兄貴はさ、私の事好き?」
うっすらと涙を浮かべ、肩までの黒髪を揺らし、問いかける少女。
世界でたった一人の、僕を兄貴と呼ぶ少女。
しかし、少年は答えない。
藪坂透は、応えない。
その問いにも、重い思いの想いにも。
口に出したら崩れてしまうと、分かっているから。
だから、僕は応えない。
「葉月はこういう時、何て言われたら嬉しい?」
「・・・私に聞かないでよ」
少女は頬を赤らめて、こちらを睨みつける。
きっと、お互いに答えは分かっている。
僕達の関係は、とっくに解を出している。
だけど、それは間違っているから。
誤っているから。
何度謝っても誤りは誤りで、それが正しい訳なんて無いのだから。
だから、僕に言えるのはこれくらいなのだ。
「俺は葉月が好きだよ、妹として」
妹として。
この一言を摘み取ることが出来れば、どれだけ平らかだろうか。
和やかだろうか。
そんなの、僕たちが一番分かっている。
分かってるさ。
だけど今は、これでいい。
間違いが風化して、僕らが冷めるまでは。
目が覚めるまでは。
夢が醒めるまでは、まだ初恋を続けよう。
「・・・夢か」
ノスタルジックな記憶に浸って、随分と長い間寝ていた気がする。
・・・妹。
僕のたった一人の妹、葉月。
僕の、初恋の少女。
僕が壊して、崩して、手放して、失ってしまった、そんな少女。
彼女について語りだせば、僕は千夜一夜と語り続けられる自信がある。
仮に令和のシェヘラザードという称号があるのだとしたら、その座は間違いなく僕の物だろう。
だが、しかし。
この話は、もう少し温めておこう。
いずれ、彼女について語らなくてはならない時が来るだろうから。
僕自身を語っていくにあたって避けては通れない、紅い物語があるのだから。
その時までは、温めておこう。
と、僕が感慨に耽りながら壁時計に目をやると、時計の長針は午前0時を指し示していた。
慌てて教室をぐるっと見渡しても、誰一人として居はしない。
なるほど、確かに現在の時刻は午前0時らしい。
「いや午前0時だけはないだろ」
寝起きだったためかツッコミにキレが皆無と言っていいほど存在していなかったが、それでも僕はこの信じがたい現状に一言物申さずにはいられなかった。
確か、僕が最後に目を閉じ、この世界に暫しのお別れを告げたのは午後1時頃。
五限が始まって直ぐのことだったはずである。
なのに、何故そこから約11時間が経過しているのか。
何故幸介は、というかクラスの誰一人として起こしてはくれなかったのか。
あまりの出来事に、寝起きの脳では理解が追い付かなかった。
まさか。
ついにニュートン、お前は時の流れすら解き明かしてしまったのか!
・・・。
相対性理論してしまったのか!
相対性理論。
相対性に基づく理の論じ。
光の速さに近づくと時の流れが遅れるという、何とも信じがたいお話。
僕も初めて聞いた時は何言ってんだこの中二病とか思ったりしたが、風の噂によればどうやらこれは本当の話らしい。
まぁ、物理学は僕の天敵なので詳しい所は分からないが、ヒーローがよく言う『俺の速さは時をも越えるぜ!』的な感じのやつだと捉えて貰っていいだろう。
そうだ、相対性理論は正義のヒーローなのだ。
ならば日曜の朝から物理戦隊ソウタイジャーが見れる日もそう遠くないはず。
『ドクター・パスカル!お前なんてオレの必殺技、「エムジーサインシータ砲」でブッ倒してやるぜ!』
『グハハハ!それはどうかな、ソウタイジャー!!!』
『なっ、まさかそれは「エムジーコサインシータキャノン」!?』
・・・誰が見るんだよこれ。
狂った理系の受験生ぐらいしか見ないだろ。
話が反れた。
いい加減にしないと政府の圧力、テレビの朝の日差しに糾弾されてしまう。
本物の戦隊に急談されてしまう。
まぁその時は舌を出して謝ればいいのだ。
ごめんなさいすればいいのだ。
・・・というか、誰が聞いている訳でもない一人語りだというのに随分と興が乗ってしまった。
それに相対性理論の提唱者ってアインシュタインだしな。
アルベルト・アインシュタイン。
アイザック・ニュートンは重力の人。
ここでしっかりと間違いを正しつつ、僕は連絡が来ていないか確認するため制服のポケットに入っているスマホを取り出す。
確認してみると、着信3件、LIME 302875106592253件。
いやLIMEだけおかしいでしょ。
一旦バグったかのようなLIMEの通知は放置しておき、まずは着信履歴を確認した。
えーと。
「母さんから一件、幸介から一件、そして・・・非通知から一件?」
母さんと幸介はまぁ分かるとして、何で僕に非通知で掛けてくる奴がいるんだ?
わざわざ非通知で掛けてくるような奴に、僕は全くと言っていいほど心当たりが無かった。
セールスの勧誘とかの類だろうか。
・・・たかが一高校生にそんなことするか?
少々不可解ではあるが、まぁこれはいいとしよう。
そんなことよりも。
この302875106592253件の通知は一体全体何事だ。
僕は恐る恐るこの異次元なまでの通知を記録したLIMEのアイコンをタップする。
すると。
「・・・誰だよこれ」
見てみると、その通知の主は、母さんでなければ幸介でもない、それもまた全く見知らぬ人だったのである。
真っ黒なアイコン。
名前のところには、枯れ葉のような絵文字が一つ、ポツンと書かれている。
深夜の高校に一人、というシチュエーションも相まって、流石にこれは気味が悪かった。
・・・てか僕は今深夜の高校に一人だったな。
思わず忘れかけていた。
まぁとにかく。
僕は下人ばりの、六分の恐怖と四分の好奇心に駆られながらも、その枯れ葉とのトーク欄に目をやる。
見てみると、その302875106592253件の通知のほぼ全てはスタンプが送られてきたものだった。
俗に言う、スタ爆、スタンプ爆弾というやつか。
最近じゃもうあんま言わないけど。
だがしかし、これはもうスタンプ爆弾とかで片付けていいレベルではないだろ。
どっちかというとサイバーテロだ。
現に僕のスマホは今までで類を見ない程に熱くなっている。
もっと熱くなれよ!と声を掛けたいくらいだが、このままではスマホが爆発してしまう。
スタンプ爆弾ならぬスマホ爆弾。
・・・しかし、一体何の嫌がらせだ。
もう一度詳しくスマホ爆弾を見つめてみると、送信されたスタンプは全て『早く起きて!』と喋るウサギのものであった。
ウサギ、というと可愛げがあるように聞こえるが、実際は腐った魚のような目をしたウサギらしき生物が、ふてぶてしく寝ころびながらブツブツ喋るというものである。
「っ気持ち悪」
なにこのスタンプ。
絶妙に夢に出てきそうだからマジで止めてほしい、トラウマになりそう。
そして先ほどほぼ全てと言ったように、直近数件に送信されていたのはそのウサギではない。
「・・・ッ!?」
送信されていたのは、僕の寝顔の写真である。
僕がこの教室で、腕を組みながら机に突っ伏している写真。
そして、写真の中に写る壁時計が指し示している時刻は、午後11時50分。
まさか、僕が起きる十分前までこいつはこの教室に居たというのか。
ありえないだろ。
汚れが落ちないアリエールくらいあり得ない。
・・・は?
混乱して訳の分からない事を考えてしまったが、それでもこれはあり得ない。
ぶっちゃけあり得ない。
だって、こんな時間に高校に忍び込んで、僕の教室に入ってきた奴がいるというのか?
そして僕の寝顔を撮影だけして、また教室から出て行ったというのか?
何のためにこいつがそんな事をしたのかは分からない。
何でこいつが僕のLIMEを知ってるかも分からない。
だけど、例え人間でも、罪人でも、あるいは死神の仕業だとしても、これはまずい。
怖すぎる。
「早くおうちに帰ろう」
そう思うのに画像を見てから実際のところ一秒も掛からなかったはずだ。
僕は爆速で身支度を整え、何故か開いている教室の前扉から猛ダッシュで廊下へと駆け抜ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
廊下は走っちゃいけませんとはよく言ったものだが、今の僕にはそんなの知ったこっちゃない。
とにかく全力で、廊下という廊下を疾走する。
その間、もしかしたら首がない女の子とか動く人体模型を目撃してしまった気もしたが、そんなのを構ってる時間は僕には無かった。
何せ、こちらは得体の知れない変態に寝顔を撮影されているのだ。
まだ校内にそいつがいるかもしれないという恐怖の方が、お化けを目撃した恐怖より数倍高かった。
とりあえず僕は、はたまた何故か開いている校門前の大扉を抜け、高校の敷地内からの逃走には成功した。
あまりの全速力ダッシュに体が追い付かず、肺がはち切れそうになったが、それでも僕はこの苦痛よりもあの教室から逃げることが出来た喜び、達成感の方が大いに勝っていた。
そして、その安堵からかぐっと疲労感が押し寄せてくる。
全身が重く、そしてギシギシと軋むような痛さがあった。
そんな訳で僕は、高校の前にあるこじんまりとした公園で一休憩をすることにした。
鞄から財布を取り出し、公園の入り口にある、古びた自動販売機で120円の缶コーヒーを一つ、購入する。
そして、そこから数歩行ったところにある木製のベンチに腰をかけた。
手に握っている缶コーヒーの冷たさが、今は最高に気持ちいい。
そうして少し落ち着いたところで、僕は缶のプルタブに指をかけ、少し力をかけて手前に引く。
すると、中からは焙煎された豆の香りが漂ってきた。
いい香りだ。
汗だくで喉も乾いていたため、僕はグイっと喉に流し込む。
「・・・ふぅ」
美味い。
やっぱ缶コーヒーは裏切らないな。
すると、頬をひんやりとした風が撫で、足元には数枚の葉がひらひらと舞う。
気付けば、季節は秋。
色なき風が肌を撫で始め、辺りの木々は見事に色を付け出した。
柿色、栗色、きつね色。
数日前まで青々とした緑が広がっていたのに、そこに広がるのは一面の秋景色。
様々ではあるが、それでも美しく、情緒深く、彼らは自分を着飾っている。
月の光に照らされて、そんな公園の情景はより幻想的なものとなっていた。
それをじっくりと眺めること数分。
先程まで高鳴っていた心臓の鼓動が、少しずつ、少しずつ、穏やかになっていくのを身で感じる。
というか、少し冷静になって考えたが、幽霊と遭遇したこともかなりの恐怖体験だな。
人体模型はまだしも、首の無い女の子とか発狂モンだろ。
だが、それでも。
僕はもう一度LIMEを開いて画像を見る。
毛先が少し跳ねていて、前髪が少し長い。
そして墨で染めたかのような真っ黒な髪色。
すこし着崩した学ラン。
うん、僕だ。
やはりこの何者かに盗撮され、そして送信されていたこの写真の方が、数倍にして怖かった。
そんなことを考えていると。
「あれぇ??子供はもう寝る時間だぜ??」
声がしたのと同じくして、目の前の、幻想的な情景がいとも簡単に破壊された。
破り壊された。
正しく言えば、太くそびえたつ木々数本が、綺麗に、スパッと、切り落された。
それを見て、思わず僕は手にしていた缶を落としてしまう。
・・・先程の言葉を訂正しよう。
この状況の方が、数倍にして、数万倍にして怖かった。
だってそこには、両手を刀に変えた、まさしく今日幸介と話していた罪人が、立っていたのだから。
うっすらと涙を浮かべ、肩までの黒髪を揺らし、問いかける少女。
世界でたった一人の、僕を兄貴と呼ぶ少女。
しかし、少年は答えない。
藪坂透は、応えない。
その問いにも、重い思いの想いにも。
口に出したら崩れてしまうと、分かっているから。
だから、僕は応えない。
「葉月はこういう時、何て言われたら嬉しい?」
「・・・私に聞かないでよ」
少女は頬を赤らめて、こちらを睨みつける。
きっと、お互いに答えは分かっている。
僕達の関係は、とっくに解を出している。
だけど、それは間違っているから。
誤っているから。
何度謝っても誤りは誤りで、それが正しい訳なんて無いのだから。
だから、僕に言えるのはこれくらいなのだ。
「俺は葉月が好きだよ、妹として」
妹として。
この一言を摘み取ることが出来れば、どれだけ平らかだろうか。
和やかだろうか。
そんなの、僕たちが一番分かっている。
分かってるさ。
だけど今は、これでいい。
間違いが風化して、僕らが冷めるまでは。
目が覚めるまでは。
夢が醒めるまでは、まだ初恋を続けよう。
「・・・夢か」
ノスタルジックな記憶に浸って、随分と長い間寝ていた気がする。
・・・妹。
僕のたった一人の妹、葉月。
僕の、初恋の少女。
僕が壊して、崩して、手放して、失ってしまった、そんな少女。
彼女について語りだせば、僕は千夜一夜と語り続けられる自信がある。
仮に令和のシェヘラザードという称号があるのだとしたら、その座は間違いなく僕の物だろう。
だが、しかし。
この話は、もう少し温めておこう。
いずれ、彼女について語らなくてはならない時が来るだろうから。
僕自身を語っていくにあたって避けては通れない、紅い物語があるのだから。
その時までは、温めておこう。
と、僕が感慨に耽りながら壁時計に目をやると、時計の長針は午前0時を指し示していた。
慌てて教室をぐるっと見渡しても、誰一人として居はしない。
なるほど、確かに現在の時刻は午前0時らしい。
「いや午前0時だけはないだろ」
寝起きだったためかツッコミにキレが皆無と言っていいほど存在していなかったが、それでも僕はこの信じがたい現状に一言物申さずにはいられなかった。
確か、僕が最後に目を閉じ、この世界に暫しのお別れを告げたのは午後1時頃。
五限が始まって直ぐのことだったはずである。
なのに、何故そこから約11時間が経過しているのか。
何故幸介は、というかクラスの誰一人として起こしてはくれなかったのか。
あまりの出来事に、寝起きの脳では理解が追い付かなかった。
まさか。
ついにニュートン、お前は時の流れすら解き明かしてしまったのか!
・・・。
相対性理論してしまったのか!
相対性理論。
相対性に基づく理の論じ。
光の速さに近づくと時の流れが遅れるという、何とも信じがたいお話。
僕も初めて聞いた時は何言ってんだこの中二病とか思ったりしたが、風の噂によればどうやらこれは本当の話らしい。
まぁ、物理学は僕の天敵なので詳しい所は分からないが、ヒーローがよく言う『俺の速さは時をも越えるぜ!』的な感じのやつだと捉えて貰っていいだろう。
そうだ、相対性理論は正義のヒーローなのだ。
ならば日曜の朝から物理戦隊ソウタイジャーが見れる日もそう遠くないはず。
『ドクター・パスカル!お前なんてオレの必殺技、「エムジーサインシータ砲」でブッ倒してやるぜ!』
『グハハハ!それはどうかな、ソウタイジャー!!!』
『なっ、まさかそれは「エムジーコサインシータキャノン」!?』
・・・誰が見るんだよこれ。
狂った理系の受験生ぐらいしか見ないだろ。
話が反れた。
いい加減にしないと政府の圧力、テレビの朝の日差しに糾弾されてしまう。
本物の戦隊に急談されてしまう。
まぁその時は舌を出して謝ればいいのだ。
ごめんなさいすればいいのだ。
・・・というか、誰が聞いている訳でもない一人語りだというのに随分と興が乗ってしまった。
それに相対性理論の提唱者ってアインシュタインだしな。
アルベルト・アインシュタイン。
アイザック・ニュートンは重力の人。
ここでしっかりと間違いを正しつつ、僕は連絡が来ていないか確認するため制服のポケットに入っているスマホを取り出す。
確認してみると、着信3件、LIME 302875106592253件。
いやLIMEだけおかしいでしょ。
一旦バグったかのようなLIMEの通知は放置しておき、まずは着信履歴を確認した。
えーと。
「母さんから一件、幸介から一件、そして・・・非通知から一件?」
母さんと幸介はまぁ分かるとして、何で僕に非通知で掛けてくる奴がいるんだ?
わざわざ非通知で掛けてくるような奴に、僕は全くと言っていいほど心当たりが無かった。
セールスの勧誘とかの類だろうか。
・・・たかが一高校生にそんなことするか?
少々不可解ではあるが、まぁこれはいいとしよう。
そんなことよりも。
この302875106592253件の通知は一体全体何事だ。
僕は恐る恐るこの異次元なまでの通知を記録したLIMEのアイコンをタップする。
すると。
「・・・誰だよこれ」
見てみると、その通知の主は、母さんでなければ幸介でもない、それもまた全く見知らぬ人だったのである。
真っ黒なアイコン。
名前のところには、枯れ葉のような絵文字が一つ、ポツンと書かれている。
深夜の高校に一人、というシチュエーションも相まって、流石にこれは気味が悪かった。
・・・てか僕は今深夜の高校に一人だったな。
思わず忘れかけていた。
まぁとにかく。
僕は下人ばりの、六分の恐怖と四分の好奇心に駆られながらも、その枯れ葉とのトーク欄に目をやる。
見てみると、その302875106592253件の通知のほぼ全てはスタンプが送られてきたものだった。
俗に言う、スタ爆、スタンプ爆弾というやつか。
最近じゃもうあんま言わないけど。
だがしかし、これはもうスタンプ爆弾とかで片付けていいレベルではないだろ。
どっちかというとサイバーテロだ。
現に僕のスマホは今までで類を見ない程に熱くなっている。
もっと熱くなれよ!と声を掛けたいくらいだが、このままではスマホが爆発してしまう。
スタンプ爆弾ならぬスマホ爆弾。
・・・しかし、一体何の嫌がらせだ。
もう一度詳しくスマホ爆弾を見つめてみると、送信されたスタンプは全て『早く起きて!』と喋るウサギのものであった。
ウサギ、というと可愛げがあるように聞こえるが、実際は腐った魚のような目をしたウサギらしき生物が、ふてぶてしく寝ころびながらブツブツ喋るというものである。
「っ気持ち悪」
なにこのスタンプ。
絶妙に夢に出てきそうだからマジで止めてほしい、トラウマになりそう。
そして先ほどほぼ全てと言ったように、直近数件に送信されていたのはそのウサギではない。
「・・・ッ!?」
送信されていたのは、僕の寝顔の写真である。
僕がこの教室で、腕を組みながら机に突っ伏している写真。
そして、写真の中に写る壁時計が指し示している時刻は、午後11時50分。
まさか、僕が起きる十分前までこいつはこの教室に居たというのか。
ありえないだろ。
汚れが落ちないアリエールくらいあり得ない。
・・・は?
混乱して訳の分からない事を考えてしまったが、それでもこれはあり得ない。
ぶっちゃけあり得ない。
だって、こんな時間に高校に忍び込んで、僕の教室に入ってきた奴がいるというのか?
そして僕の寝顔を撮影だけして、また教室から出て行ったというのか?
何のためにこいつがそんな事をしたのかは分からない。
何でこいつが僕のLIMEを知ってるかも分からない。
だけど、例え人間でも、罪人でも、あるいは死神の仕業だとしても、これはまずい。
怖すぎる。
「早くおうちに帰ろう」
そう思うのに画像を見てから実際のところ一秒も掛からなかったはずだ。
僕は爆速で身支度を整え、何故か開いている教室の前扉から猛ダッシュで廊下へと駆け抜ける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
廊下は走っちゃいけませんとはよく言ったものだが、今の僕にはそんなの知ったこっちゃない。
とにかく全力で、廊下という廊下を疾走する。
その間、もしかしたら首がない女の子とか動く人体模型を目撃してしまった気もしたが、そんなのを構ってる時間は僕には無かった。
何せ、こちらは得体の知れない変態に寝顔を撮影されているのだ。
まだ校内にそいつがいるかもしれないという恐怖の方が、お化けを目撃した恐怖より数倍高かった。
とりあえず僕は、はたまた何故か開いている校門前の大扉を抜け、高校の敷地内からの逃走には成功した。
あまりの全速力ダッシュに体が追い付かず、肺がはち切れそうになったが、それでも僕はこの苦痛よりもあの教室から逃げることが出来た喜び、達成感の方が大いに勝っていた。
そして、その安堵からかぐっと疲労感が押し寄せてくる。
全身が重く、そしてギシギシと軋むような痛さがあった。
そんな訳で僕は、高校の前にあるこじんまりとした公園で一休憩をすることにした。
鞄から財布を取り出し、公園の入り口にある、古びた自動販売機で120円の缶コーヒーを一つ、購入する。
そして、そこから数歩行ったところにある木製のベンチに腰をかけた。
手に握っている缶コーヒーの冷たさが、今は最高に気持ちいい。
そうして少し落ち着いたところで、僕は缶のプルタブに指をかけ、少し力をかけて手前に引く。
すると、中からは焙煎された豆の香りが漂ってきた。
いい香りだ。
汗だくで喉も乾いていたため、僕はグイっと喉に流し込む。
「・・・ふぅ」
美味い。
やっぱ缶コーヒーは裏切らないな。
すると、頬をひんやりとした風が撫で、足元には数枚の葉がひらひらと舞う。
気付けば、季節は秋。
色なき風が肌を撫で始め、辺りの木々は見事に色を付け出した。
柿色、栗色、きつね色。
数日前まで青々とした緑が広がっていたのに、そこに広がるのは一面の秋景色。
様々ではあるが、それでも美しく、情緒深く、彼らは自分を着飾っている。
月の光に照らされて、そんな公園の情景はより幻想的なものとなっていた。
それをじっくりと眺めること数分。
先程まで高鳴っていた心臓の鼓動が、少しずつ、少しずつ、穏やかになっていくのを身で感じる。
というか、少し冷静になって考えたが、幽霊と遭遇したこともかなりの恐怖体験だな。
人体模型はまだしも、首の無い女の子とか発狂モンだろ。
だが、それでも。
僕はもう一度LIMEを開いて画像を見る。
毛先が少し跳ねていて、前髪が少し長い。
そして墨で染めたかのような真っ黒な髪色。
すこし着崩した学ラン。
うん、僕だ。
やはりこの何者かに盗撮され、そして送信されていたこの写真の方が、数倍にして怖かった。
そんなことを考えていると。
「あれぇ??子供はもう寝る時間だぜ??」
声がしたのと同じくして、目の前の、幻想的な情景がいとも簡単に破壊された。
破り壊された。
正しく言えば、太くそびえたつ木々数本が、綺麗に、スパッと、切り落された。
それを見て、思わず僕は手にしていた缶を落としてしまう。
・・・先程の言葉を訂正しよう。
この状況の方が、数倍にして、数万倍にして怖かった。
だってそこには、両手を刀に変えた、まさしく今日幸介と話していた罪人が、立っていたのだから。
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