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1話『スキルが『肝っ玉母ちゃん』って何なのよ〜!?』
しおりを挟む朝早くからグランツォ王国の王都は活気づいていた。
本日は年に一度の秋の収穫を、豊穣の女神ラヴィニアに感謝する豊作感謝祭が各地の教会で行われる。
規模の大小はあるものの皆朝から浮かれ、気の早い者たちは既に祝い酒を煽っている。
そんな中いつもと変わらずに、日が昇ると同時に大量の洗濯物と格闘していたエミーは、額に浮いた汗を生成り色の長袖で拭き取った。
孤児院の門に捨てられていた赤子だったエミーは、今年で十五歳の成人を迎える。
教育の義務である学園へ通いながら、最年長として率先して育ての親であるシスター達を手伝ってきたのだ。
しかし今日の成人の儀式でスキルを授かれば、エミーは孤児院から独立しなければならない決まりだった。
これまで血がつながらないとは言え、同じ孤児院で過ごした子供達は皆エミーにとって、かけがえのない大切な家族だ。
「よしっ、終わり!」
大量の赤子用の布おむつから、粗相から見事な地図を描くシーツを全て干し終わり、凝り固まった背中を反り返して伸ばす。
「エミー、どこにいるのかと思えばなにもこんな日に洗濯しなくても良いだろ、ったく大事な儀式に遅刻する気か」
背後から声を掛けられて振り返れば、同じく今年成人するレオが外出の準備を整え、あちらこちら風雪で傷んだ孤児院の外壁に、肩を預けるようにもたれかかりたたずんでいる。
サラサラとした黒髪が風に靡き、孤児院一の美形に育ったレオは深い深い水の底を思い浮かべる青みの濃い碧眼でこちらを見つめていた。
「えっ、いけない! もうそんな時間!?」
全て干し終わった事で空になった籠を持ち上げて、急いで室内へ駆け込み、すぐさま籠を所定の位置に置いた。
肩から斜めがけにするようにして長年使い込まれてくたびれた鞄を装備すると、なんだかんだと文句をいいながらもレオが、孤児院の外壁に背を凭れさせて待ってくれている。
赤子のときに孤児院の前に捨てられていたエミーとは違い、五歳で孤児院の門を潜ったレオとは血は繋がらないけれど、今ではすっかり仲の良い兄弟だ。
兄のように頼りがいがあり、弟のように手が掛かる。
歳が同じこともあり幼い頃には意見が合わなくて、取っ組み合いの喧嘩をしてシスターに二人揃って叱られたのはいい思い出だ。
「たくっ、トロいんだよ、ほらバッグよこせ」
当たり前のように私から荷物を奪い取り、二人で成人の儀式が行われる王都の広場に歩き出す。
「ありがとう、でも良かったの? レオまで遅刻にならない?」
「気にするな、どうせ俺たち孤児はおまけなんだ、順番が来るまでしばらく待たなきゃならない。 国王陛下の演説や学園長の祝辞を聞きそびれたって問題ないさ。 遅れたところでしれっと後ろの方に混じれば大丈夫だって」
成人の儀式は祝いの儀式であるため、王都の新成人全てを集めて、王の住む王城の前にある大広場で行われる。
今年の新成人にはグランツォ王国の王太子殿下を初め、彼の側近候補となる貴族の子息令嬢が数多く在籍するため、エミー達のような平民は彼らの儀式後に順番が回ってくるのだ。
「まぁーたそんな不敬なことを言うんだから、王都の警邏にあたっている騎士団に不敬罪で捕まっても知らないよ?」
「俺があんな木偶の坊連中に捕まるようなヘマするかよ」
不敵に笑うレオの背中をバシリと叩く。
「もぅ、今日からひとりの大人として扱われるんだからさ、しっかりしてよ?」
エミー対して違わなかったレオの背丈も、今では見上げなければならないほどに差が開いてしまった。
「大人かぁ……ジョブスキルを貰ったら、レオは直ぐに孤児院を出ちゃうんでしょ?」
産まれたときから成人の儀式までの生い立ちや、元々持っている個人の素質など色々な事柄が加味され、成人の儀式では職業スキル(ジョブスキル)が与えられることになっていた。
必ずしもジョブスキルにあった職業に就く必要はないけれど、素質がある職業につけばスキルの恩恵として技術の習得が容易になるなどさまざまな特典がある。
「そうなるだろうな……何のジョブスキルを取得したとしても、いつまでも俺たちが孤児院にいれば、保護が必要な孤児達が入れないからな」
「そっ……かぁ、お互いに寂しくなっちゃうね」
成人して孤児院を出ていかなければならないのはもう諦めている。
ジョブスキルを得たからと言って当日に孤児院を追い出されることはないが、それでもできる限り早く、スキルにあった奉公先を見つける必要があった。
儀式でどのようなスキルを得ることが出来るのかと言う期待よりも、人生の大半を共に歩いてきたレオと離れなければならない不安が募り歩みを遅くする。
「なぁ……そのさぁ……」
「ん? どうかした?」
数歩先を行っていたレオが振り返り声を掛けてきた。
どこか思い詰めたようなレオの声に首を傾げる。
何かを決意したような……レオが私の前から消えてしまうのではないかと言う漠然とした不安に襲われる。
「いや……何でもねぇ、早く行くぞ」
言いかけた言葉を飲み込み先に進もうとするレオが、すぐ近くにいるはずなのに消えてしまうような気がして追い縋るようにしてレオの腕に飛び付いた。
先ほどレオが言いかけた言葉をきちんと聞きたくて、問い詰めてみたが大広場に着くまでに聞き出すことは出来ずにいる。
「なんとか間に合ったみたいだな、ほら鞄」
預かってくれていた鞄を返されたので肩に掛ける。
「ありがとう!」
見物に来た平民たちの合間を縫うようにして広場内に進み出れば、今年の新成人達が多数集まっているようだった。
成人の儀式に望む子供はジョブスキ得て初めてグランツォ王国の国民として認められる。
新成人として儀式を受けるための名簿を作成している受け付け所に二人で向かうと、既に他の新成人達は受付を済ませたのか並んでいるものはいない。
三ヶ所あったであろう受付は既に二ヶ所閉められたあとのようで、唯一開いている受付にいる男性に声をかけた。
「成人の儀式の参加受付をお願いします」
壮年の男性は王家に仕える文官なのだろう、丁寧な造りの立派な服を纏っているが、遅れてやってきた平民の私達にもの嫌な顔を見せずに、にこやかに対応してくれる。
「おっ、新成人か? もう儀式が始まるぞ、早くこの玉に手を置いてくれ」
受付の新成人であることを調べるため、差し出された水晶球に手のひらを乗せると身体の中から、スルリと魔力が抜けていく。
毎年年齢を偽り成人の儀式を受けようとする未成年が後をたたないため、こうして水晶球に魔力を通すことで成人したかどうかを判断していた。
平民のエミーには詳しい理屈はわからないけれど、魔力は血によって全身に巡り、年を重ねるごとに、その人の人生の記録を蓄積しているらしく偽造は不可能らしい。
どういった原理で判断しているのかはわからないが、成人の儀式で水晶球に魔力を流した後、個人情報が登録されるらしい。
以後は水晶球に魔力を流すか、血液を付着させることで、個人の特定や犯罪歴など様々な情報を閲覧できるようになるらようだ。
ポワッとオレンジ色の柔らかな光を放ったあと、無事成人の儀式の対象者である確認がとれたようだ。
先ほどまで感じていた不安を吹き飛ばし、これからどんかジョブスキルをもらえるのだろうかとウキウキと心を弾ませて、官僚の案内で広場の新成人待機場所まで移動する。
ジョブスキルにも当たりやハズレと呼ばれるものがある。
花形と呼ばれる魔力を使って国を守る魔導士や魔力を肉体に転化し人々を守る騎士。
癒しの魔力で命あるものを救う聖者は無理でも出来れば当たりとまではいかなくても手に職となるジョブスキルを得たい。
どうやら今年は王都に住む五百名ほどの新成人が儀式に参加するようで、ジョブスキルの授与は基本的に神官に呼ばれて一名ずつ行われるようだ。
この世界を創ったと言われている創造主を奉る双太陽神教会の大司教様が、壇上で何か挨拶をしているようだった。
まず先に大司教様の前に呼び出されたのはこの国の王太子殿下だ。
「汝、ギルバート・グランツォに問う、双太陽神の祝福を正しく使用し、主神に恥じぬ生を全うすると誓うか」
「グランツォ王家に連なるものとして、祝福を民に還せるよう精進することを誓います」
朗々と威厳たっぷりに告げられた問いに、しっかりとした答を返したギルバート殿下は、さすが王族と言うところだろう。
「ギルバート・グランツォに神の祝福を」
大司教様の言葉にキラキラとした何かがギルバート殿下の身体を包み込み、次第にギルバート殿下の顔の前に光が終結し一枚の紙になった。
職業スキルを得たことかある先達者の話によれば、この光が魔力からその人物に最も適した職業スキルを祝福し、思念紙(しねんし)と呼ばれる実体のない本として現れるらしい。
成人の儀式を受けた後からは、身体に溶け込み、本人の意思によって自由に出し入れ出来るようになるのだそうだ。
「祝福を賜ったギルバート・グランツォ、ジョブスキルは『賢王の雛』」
読み上げれたスキル名に、周囲に集まっていた民衆から歓声が上がる。
それもそのはずだ……
何代か前に『賢王の雛』を得た王子が、日々研鑽積み上げスキルアップをして『賢王』となったおりには、この国は他国からも一目置かれるほどの繁栄をみせた。
「これからも傲ることなく切磋琢磨を続けてください、あなたが『賢王』にスキルアップするのも『愚王』へスキルダウンするのも殿下次第です」
大司教様の言葉にしっかりと頷いたギルバート殿下が壇上を降りる。
引き続き高位貴族の子息令嬢が次々と壇上に上がり大司教様からスキル授与が行われ始める。
子爵位以下の下位貴族をはじめとする平民達にも、司祭位の神官によって順次スキルの授与が始まった。
流石に平民である私たちのスキル授与は高位聖職者はなく、助祭達によって授けられていく。
「次! フラシャス孤児院のエミー前へ」
「はい! レオ、いってくるね!」
名前を呼ばれて元気よく返事をして、レオに声をかけると、助祭様の前へ向かって進んでいく。
壇上でざわめきが起きて視線を上げると、視線の先に黒髪の偉丈夫がいた。
大司教様の前に跪くその身体は逞しく、日々の鍛練で鍛え上げられた体躯はまだ幼さが残る新成人の中にあって他を圧倒する威圧感を纏う。
代々将軍を輩出している武官の名門バラデュール侯爵家の次男でギルバート王太子殿下の側近候補、バスティアン・バラデュール。
孤児院育ちのエミーが、なぜそんなお貴族様の尊顔を知っているかと言えば、畏れ多くも面識を得る機会に恵まれたからだったりする。
国民の生活を見たいと抜け出してきたギルバート殿下が、バスティアン様を引き連れて城下町へお忍びでいらっしゃった事があった。
その際に転んで怪我をし、迷子になっていた孤児院の少女を保護して連れてきてくれた事があったのだ。
気さくな殿下はそれ以降、バスティアン様を連れて王都内に運営されている各孤児院の慰問をされるようになったらしく、そのお陰か孤児院へ割り振られる予算が増えたらしい。
殿下いわく……
「泥棒していた悪い奴らは懲らしめたから、これからはご飯がちゃんと食べられるようになるぞ、大きくなるんだぞ?」
そう言って幼い年少児達の頭を撫でたり、全力で遊んでくれていた。
もちろんバスティアン様も屋外に落ちていた木の枝を剣に見立てて、子供達多数を相手に剣術の稽古をして遊んでくれている。
バスティアン様はどうやら主君の婚約者であるアンリネット様を好いているらしく、殿下もその想いを承知しているらしい。
素直になれず、アンリネットと会えば喧嘩ばかりになって落ち込んだりする。
そんな最有力側近候補の情けない姿を、面白おかしく話す殿下に、婚約者が自分ではない他者に言い寄られても良いのかと聞いたことがあった。
「もともとアンリネットは政略的な婚約者だからな、かといって現状それほどこの婚約は重要視されているわけではない……もし二人が望むなら私は婚約を解消しても良いと考えているんだよ」
まだご自分の身分を隠したままだったギルバート殿下はそう言って、子ども達を指導するバスティアン様を見つめていたのを思い出す。
身分を隠しているとはいえ、そんな大切な情報を流しても良いものだろうか、人知れず消されるのではないかと戦々恐々としたものだ。
壇上のバスティアン様は堂々としており、大変凛々しく周囲の女性の熱視線を一身に集めている。
彼が好きな女性の前では怖気づくなど、この場に集まったいったい何人が知っているだろうか。
ギルバート殿下の時と同じように、キラキラとした何かがバスティアン様の身体を包み込み、次第にバスティアン様の顔の前に光が終結し紙と一本の長剣が現れた。
見たことがない剣の登場に広場がざわめく。
「祝福を賜った、ジョブスキルは『勇者の雛』」
『勇者』とはかつてこの世界を混沌に陥れ、残虐非道の行いで世界を恐怖で支配した『魔王』を倒した英雄の称号だった。
それと同時に『勇者』が現れるとき、魔王もまた産まれるとされている。
大司教様の言葉に集まっていた民衆が歓声を上げ、『勇者』の誕生を祝福しているようだ。
『魔王』を倒した英雄の『勇者』の物語は、現在でも多くの吟遊詩人達によって語り継がれている。
興奮覚めやまぬなか、バスティアン様が壇上を降りると、美しいドレスに身を包み銀髪の美少女優雅に洗練された所作で壇上に上がっていく。
大司教様の宣誓を聞く限りどうやらこの美少女が、バスティアン様の片想いの君アンリネット・クシュリナーダ公爵令嬢のようだ。
実際に面識はないが、バスティアン様やギルバート殿下の話に聞いていたようなお転婆な姫には到底見えない。
「祝福を賜った、ジョブスキルは『聖女の雛』」
バスティアン様の『勇者』に引き続き、レアスキルである『聖女』の誕生に広場が更にざわめく。
癒しと浄化の力を持つとされる先代の『聖女』はかつて『勇者』が亡くなった後に現れ、『魔王』によって汚染された大地をその力で清めたとされている。
そう……記録に残っている限り『勇者』と『聖女』が同時に出現したことなど無かったのだ。
とまぁ、『勇者』も『聖女』も庶民のエミーには縁のない遠い世界の住人なので、はっきりいってエミーにとっての優先順位は目下目の前の助祭様……
濃紺の助祭服を纏った男性の前に歩みより片膝を大地に着けるようにして両手を組み合わせ教会で参拝するときのように目を伏せる。
「汝、エミーに問う、双太陽神の祝福を正しく使用し、主神に恥じぬ生を全うすると誓うか」
「誓います」
この前代未聞の騒動中にも、平民達へのジョブスキル授与は滞りなく進められていく。
「祝福を賜った、ジョブスキルは『肝っ玉母ちゃん』」
これまで聞いたことがない職業スキル(ジョブスキル)が助祭様の口から聞こえてきたけど、何かの冗談だろうか……
「すみません、聞き取れませんでしたもう一度お願いします」
「祝福を賜った、ジョブスキルは『肝っ玉母ちゃん』だ」
エミーの絶望と反比例するように少しずつ嘲笑が広がり、最後はそのありえないジョブスキルに広場に爆笑が広がった。
(『肝っ玉母ちゃん』ってどんな職業よ!)
しかも独身処女のうら若き乙女に『肝っ玉母ちゃん』とかひどすきる。
(ハッ!? あれか? 日々の孤児院でやって来た家事全般が影響してしまったのか?)
目の前に現れた紙で羞恥に赤くなった顔を隠すようにこそこそとその場を逃げ出す。
「ううぅ……なんの役にたつのよ、こんなジョブスキル」
下を見つめて走る私の腕を掴まれて、顔を上げれば心配そうにこちらを見ているレオの視線とかち合う。
「大丈夫か?」
「大丈夫だと思う?」
レオの顔を見たとたん堪えていた涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「あー、泣くなよな」
そのままズボンのポケットに突っ込んだのだろうと分かる、ぐしゃぐしゃになった布で乱暴に顔を拭われる。
「俺はお前らしくて良いジョブスキルだと思うぜ?」
わざと意地悪く聞こえるように言ってくるいつものレオに沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。
「だから……」
「次! フラシャス孤児院のレオ! 前へ」
レオの言葉を遮り助祭様の声が響く。
「だから……」
「フラシャス孤児院のレオ! 早く出てきなさい!」
それでも話を続けようとするレオを急かすように名を呼ばれて、苦虫を噛み潰したように顔をしかめるレオに頑張って笑いかける。
「ほら呼ばれてるよ? 待ってるから話は後でゆっくり聞かせて?」
そう告げて渋るレオを送り出す。
まさかこの選択が、レオの運命を断絶するとは考えても見なかった……
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