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2話『こんな別れなんて絶対に認めないんだから!』

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 離れていくレオの姿に、なぜか妙な胸騒ぎがして落ち着かない。

 平民のレオを注目しているのはエミーだけだと思うけれど、それでもレオが歩く度に少しずつ少しずつ視線が彼に集まっていく。

 助祭様の前にたどり着く頃には平民達の視線のみならず、貴族達の視線を集める程の存在感を放つようになっていた。

 そんなレオの変化に震えが走る。 

 そう、レオの筈なのに足がすくむ、彼から発せられる圧倒的な威圧感に本能で身体が恐怖で縮こまる。

 濃紺の助祭服を纏った男性の前に歩みより、片膝を大地に着けるようにして両手を組み合わせたレオの姿に、他の儀式が中断してしまっている。

 威圧されて動けずにいた助祭が、レオにひきつりながら声をかけた。

「ふっ、フラシャス孤児院のれっ、レオだな?」

「はい」

 大きな声を出したわけではない、しかし距離が離れたエミーのところまでしっかりと届くほど、周囲が静まり返っている。

「なっ、汝、れ、レオに問う……」

「待ちなさい」
 
 青褪めながらもそこまで口に出した所で、助祭の言葉を遮り、貴族の子息令嬢を相手にしていた大司教様がゆっくりとレオへと近づいていく。

「今の貴方では彼の儀式は厳しいでしょう。 未来の賢王、勇者、聖女、本当に今年の新成人は優秀な素質を持った若者ばかりで油断がなりませんね……」

 苦笑いを浮かべながら大司教様は、レオを誘い壇上へ上がっていった。

 どうやら大司教様の言葉は本当だったのだろう、担当を降りた途端レオの担当だった助祭様が、意識を失い倒れてしまったのだから。

 直ぐ様、儀式の進行をしていた他の教会関係者たちが駆け寄り、丸太を両端に取り付けた病人搬送用の布に乗せて助祭様を広場から運び出していく。

「汝、レオに問う、双太陽神の祝福を正しく使用し、主神に恥じぬ生を全うすると誓うか」

 壇上へ上がったレオへ大司教様のジョブスキル授与の儀式が進められていく。

「誓います」

 レオがそう告げたとたん、事態は一変した。
  
 それまで晴れ渡っていた筈の空が急速に曇り始め、大粒の雨が落雷と共に辺りに降り注ぐ。

 尋常ならざる天候の悪化に逃げ惑う人々が、ただ呆然と立ち尽くすしかない。

 エミーにぶつかりながら広場から屋根のある場所へと人々が逃げていく。

 突き飛ばされて地面に手をつけば、両手の皮が小石で一部捲れてずきずきと痛む。
  
 それでもエミーはレオから視線をはずすことは出来なかった。

 雷雲から現れたのは、黒く艶やかな鱗に覆われた伝説の古竜。

 暗黒竜はしなやかな筋肉に覆われた肉体を、背中から生えた蝙蝠の皮膜のような翼で、重さなど感じさせないように周りの建物を壊してレオのもとへと降り立った。

 止めるまもなく、邪魔だとばかりに大司教様をその巨大な口で噛み殺した。

 暗黒竜に従うように、雷雲から次々と魔物が現れ、落雷でもその場にとどまっていた人たちを、一気に恐怖のどん底へと突き落とす。
 
「魔王陛下、お迎えに上がりました」

 人化出来る魔物は小国を一人で滅ぼすほどの強大な力を持つ、そんな魔物が四人……レオの目前で忠誠を誓う騎士のようにひざまづく付いた。

 暗黒竜の姿が陽炎のように揺らめいたと思えば、人化した暗黒竜が人化した四人の前に出てレオに頭を垂れる。

「魔王? この内側から溢れてくる力は魔王の力なのか……」
 
「その通りでございます我らが王よ」

 目の前で行われるやり取りに身体が震える。

 恐怖、魔物が現れたことに対するもの? 

 違う……

 混乱を極めて逃げ惑うしかないこの状況?

 違う、違う!

 誰かに踏みつけられて痛む両手や身体?

 違う違う違うっ!

 まるで生まれたての動物のようにうまく力が入らない足に拳を叩き込み、無理矢理立ち上がる。

 一歩踏み出した足は身体を支えきれずに、雨で濡れて泥々になった広場に倒れ込む。

 魔王は数多の魔に属する者を従える、恐ろしい王だと幼い頃から教えられてきた。

「だから、何だって言うのよ……」

 地面の泥ごと、地面に両手の爪を立てる。
 
 (魔物も怖い、魔王も怖い、けれど孤児院で世話をしてくれた熟練のシスターの方が遥かに怖いじゃない!)

 泣き虫で、正義感が強くて、口下手なせいで誤解されやすい不器用で優しい大好きな幼馴染みを失うの一番嫌っ!

 こんな時に自分の一番大切なものがなんなのか知るなんて、自分の鈍さが嫌になる。

 自分に対する悔しさと、魔王になったレオがこれからとるであろう行動が解るのはだてに一緒に育ってきたわけじゃない。

 涙と泥とついでに鼻水でグシャグシャになった顔を服の袖で乱暴に拭う。

 こうしている間にも、レオはどこかへ行ってしまうだろう。 

 私を置いてきぼりにして……

 剣を持った新『勇者』と腕に覚えがある騎士様、街の警護の兵士達が魔物と戦っている。
 
「魔物を引け、俺もともに行く」

「よろしいので?」

 レオの言葉にそばに控えた竜人が答える。

「この国には俺の大切なものがある。 これ以上傷つけることは許さない」

 レオの怒気をはらんだ声に、竜人は人化を解いて本来の暗黒竜の姿に戻った。

「我が主の望みのままに」

 そう言って地面に巨体を伏せるとレオに騎乗するように促す。

 その姿に私は必死に駆け出した。

 (間に合わない!駄目っレオが遠くへ行っちゃう。)

 レオはきっとエミーを連れていってはくれないだろう。

 レオは全ての魔に属する者たちの頂点である魔王だ。

 彼が向かうのは人の世ではなく弱肉強食の魔の大陸、そんな危険だと言われている場所にエミーを連れていってはくれない。

 必死に走るエミーに、レオが整った顔を向けて視線がからみ合う。

 魔物たちに出立の号令を告げるように暗黒竜が咆哮をあげる。

 魔物たちの咆哮にかき消され、エミーに届くことがなかった、レオの口から発せらた言葉は何だったのだろうか。

「レオ! 私も連れてって!」

 必死に彼に向かって両手を伸ばす。

 無駄だと解っていても、伸ばさない訳には行かなかった。

 暗黒竜に続くように、次々と魔物が飛び立っていった。

 エミーと多数の被害を残して……

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