拝啓、王太子殿下さま 聞き入れなかったのは貴方です

LinK.

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第六話

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翌朝、クリスティーナが宿を出るとウィルはニヤニヤと笑って握手を求めてきた。

「王都に着くまでよろしくな」

目の前に立つウィルを上から下まで見て、クリスティーナは盛大にため息を吐く。

「その汚い髭と服装をなんとかしてから手を差し出してくれるかしら?」

クリスティーナは握手を拒んでウィルを避けて歩いた。そして、さっと馬に跨がる。

ジェームズとアメリアは馬車に乗り込み、一行はフォーリュに向けて出発した。



「クリス」 「おーい、クリス」

クリスティーナは周囲を警戒して馬に乗っているのに、ウィルは巫山戯て何度もクリスティーナの名前を呼ぶ。

「聞こえてるか?」

「煩いわね!集中しているんだから話しかけないでよ!」

クリスティーナに怒鳴られても、ウィルはどこ吹く風。

「俺がいるから大丈夫だって」

自信満々に言うウィルが鬱陶しくて、クリスティーナは返事もせずに馬を前に進ませた。



暫く進むと、国境の門が見えてきた。

クリスティーナ達は手続きのために列に並び、ジェームズの知り合いが気を利かせてくれたのか、想定していたよりも早く入国する事が出来た。


(やっとイディオを出ることができたわ。何があったとしても、あの人達だってそう簡単に手出しは出来ないはずよ)

クリスティーナは肩の荷が下りた様に、身体がすっと軽くなった気がした。


馬に跨って先を進むと、馬の歩みも昨日よりも早くなった気がする。

残る問題は…
クリスティーナは横を歩くウィルを盗み見た。

巫山戯てばかりでまともに護衛をしていない。
怖い顔で怒鳴ったり、茶化して自分を子供扱いしたり…

これまでの道中で危ない目にあったのはたったの一度だけ。
あの時は運が悪かったんだ。ウィルがいなくても大丈夫。
もう二度と遅れを取るような真似はしない。


そう思って馬を進めていると、突然ウィルの表情が変わった。


「来るぞ!警戒しろ!」

ウィルが馬から飛び降りると、横から狼の群れが飛び出してくる。

傭兵達は剣を構えてすぐに応戦した。
クリスティーナは急な事に身動きができず、馬から降りたものの、怯える馬を大人しくさせるだけで精一杯だった。


今まで対人戦しかした事がないから狼との戦い方は知らない。
四方八方から飛び掛かって来る狼に、どう戦えば良いのかわからなかった。

盗賊に果敢に立ち向かって行ったクリスティーナだったが、狼の群れには恐怖して動けない。


「危ない!クリス!」

唖然と立ち尽くすクリスティーナに一匹の狼が襲いかかってくる。

クリスティーナは剣を手にする事も出来ずに、自分に向かってくる狼を見つめていた。

「バカ野郎!戦えないなら大人しく馬車に入ってろよ!」

「あ…」

ウィルが狼を斬りつけると同時に別の狼が腕に噛み付く。
それを振り払って斬りつけると、恐れをなしたのか、残りの狼は逃げて行った。


「また襲われる前に先を急ぎましょう。クリスティーナ様は馬車にお入りください」

傭兵達に言われて、クリスティーナは大人しく馬車に入る。

「クリスティーナ、大丈夫だったかい?」

ジェームズもアメリアも、クリスティーナを酷く心配していた。

「えぇ、あの人が助けてくれたから…。私は何もできなかったわ」

「あまり無茶なことはしないでね」

アメリアにそう言われても、クリスティーナは何も答えられなかった。



それからの記憶はない。

気が付けば、クリスティーナは宿の一室に一人でいた。外はもう真っ暗で、皆はもう寝たのだろう。物音一つしなかった。


国境を越えられて嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった。

身体が軽くなったと思ったのに、心はどんよりと重たい。

寝たいのに、眠らなきゃいけないのに、
今夜は眠れそうにない……


(何か飲み物を貰おうかしら…)

クリスティーナはそっと部屋から出て、階下にある食堂へと向かう。


「あ…」

そこにはウィルがいた。

「こんな時間にどうしたんだよ」

ウィルが怪訝そうに聞いてきた。

「あの…、眠れなくて……」

ウィルは不快な顔を隠しもせず、クリスティーナに言う。

「夜遅くに一人で部屋を出るなんて、危機感が足りないんじゃないか?」


ウィルの言う通り。またやってしまった…
ここは隣国の宿で、安全な自分の屋敷ではない。
今までは充分に注意してきたのに、眠れそうにないからと、部屋を一人で出てしまった。

「ごめんなさい…」

クリスティーナは自分の失態を恥じて、謝ることしかできない。

「ちょっと待ってな」

ウィルは厨房に入ってゴソゴソと音をさせ、コップを片手に戻って来た。

「眠れないんだろう?2日も続けて襲われるとは思わなかったもんな。これ飲めよ。よく眠れるから」

渡されたのは温かいミルク。

差し出された腕には包帯が巻かれていて…
「子供扱いしないで」なんて、いつもの様には言えない。

「傷は大丈夫?私の所為でごめんなさい…」

クリスティーナが謝ると、ウィルは「こんなのかすり傷だから気にするな」と言って笑った。


……………。


暫くの沈黙の後、ウィルが口を開いた。

「明日からは馬車に乗れよ?」

「でも…」と、クリスティーナは両手の中のコップを見つめて答える。

「私の我が儘でここまで来てしまったんですもの…。それに、私は剣を扱えるわ」

ウィルはため息を吐いた。

「クリスは女にしては強いと思う。でも、待てと言われて待つのは騎士だけだ。始まりの合図も、剣の作法なんて物もない。女相手に手加減だってしない。あいつらは、ただ勝つことしか考えていないんだよ」

「………」

クリスティーナは黙ったまま答えない。

「俺は強いだろう?」

「えぇ、そうね…」

ウィルはクリスティーナの頭をガシガシと撫でた。

「何でも背負い込もうとするな。一人でやれることには限界があるんだ。もっと周りを頼れよ」

そう言ったウィルの声は優しかった。


「そうね…。ホットミルクありがとう。もう部屋に戻るわ」

「部屋まで送る」と言われ、ウィルと二人でクリスティーナの部屋まで戻った。

「ありがとう。お休みなさい」

クリスティーナが部屋に入って扉を閉めようとすると
「あんまり考えすぎるなよ」と、ウィルが言う。


パタン…

扉を閉めて、クリスティーナはベッドに寝転んだ。

(周りに頼れ、だなんて…)


ウィルフレッドとの婚約だって、どうにもならなかった…
ウィルフレッドに嫌味を言われたって、誰も助けてくれなかった…
嫌だと言いたくても、辛くて逃げ出したくても、
皆は悲しい顔をして謝るだけだった。

大人達は協力はしてくれるけど、率先して何かをしてはくれない。

あれもこれも…

自分がやるしかなかった。
弱音なんて吐けなかった。


自分がどうにかしなければいけない。

そう思って生きてきたのに、
今更頼れだなんて……

できるわけない。


ホットミルクの効果なのか
クリスティーナはいつの間にか眠りについていた。
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