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第二十三話
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屋敷に駆け込んだクリスティーナは部屋で泣いていた。
(ウィルの優しさを勘違いして、勝手に期待するだなんて…)
牧羊犬に『クリス』と名付けたり、自分に優しくしてくれるのは、そういう感情からだと思っていた。
もしかしたら自分だけ特別なのかも知れない。
そう思っていたのに「婚約者になって欲しい」と、最後まで言わせて貰えなかった。
綺麗に結い上げられた頭に付いている髪飾りを取って、クローゼットの奥に仕舞う。
ウィルがターナー領に来ることはないだろう。
自分の前に現れることもない。そんな気がした。
幼い頃にもう泣かないと決めたのに、ウィルの前で何度も泣いてしまった。
強くありたいと思っていたのに、助けて欲しいと心の内に押し込めた自分が出てきてしまう。
(これで良かったのよ。私は強くならなくてはいけないの。出来ることは自分でやるのよ)
止めどなく流れる涙を拭いて、クリスティーナはベッドに横たわった。
ジェームズ達が帰って来たのは夜遅い時間だった。
泣き疲れて寝てしまったクリスティーナは、ドタバタと聞こえてくる大きな音で目を覚ます。
(こんな時間に帰って来るだなんて、どうしたのかしら?)
「お父様、何かあったの…?」
「クリスティーナ…。いや、何でもないよ。起こしてしまって悪かったね。もう寝なさい」
「おやすみなさい…」
夜も遅いし明日になったら聞こうと思い、クリスティーナは部屋に戻った。
翌朝、いつもならジェームズはまだ家を出る時間ではないのだが、テーブルには二人分の朝食しか用意されていない。
「お父様はもう登城されたの?今日は早いのね」
「オリバー卿のところに行っているのよ。さぁ、冷めてしまう前に食べましょう」
その日から、クリスティーナは常に誰かの視線を感じるようになった。
辺りを見渡すと、領民ではない男達がみんなと同じ格好をして畑を耕したり、羊の世話をしている。
人の顔を覚える事に自信のあるクリスティーナ。
彼らは何者なのかと怪しんでいた。
クリスティーナは騎士達と訓練をした経験がある。
ちょっとした仕草や動きで、彼らが騎士だと見抜いた。
その辺の騎士ではない。
訓練されて統率された者たちの仕草だ。
(フォーリュ国の騎士…?何故ターナー領に潜んでいるのかしら…?)
気付かれないように観察していると、彼らが見ているのは自分だった。
いつも自分の近くに誰かがいる。
まるで何かから護るかのように…。
しがない伯爵令嬢であるクリスティーナに、国の騎士が動くほどの事柄。
思い当たるのは、夜会で会ったウィルフレッドだった。
(あの人が何かしたの…?)
クリスティーナは調べることにした。
ジェームズやアメリアに聞いても
思い切って騎士達に話かけても
みんな同じ事を言ってはぐらかす。
「王都に近い場所に住みたかったんだよ」
「でも、あなた達は国の騎士よね…?」
「あぁ、住ませてもらう代わりに開拓の手伝いをしているんだよ」
(おかしいわ…)
みんなの言う事が本当だったとしても、国の騎士は基本的に貴族が多い。
平民の服を着て畑仕事をするものだろうか?
城に出かける様子もなく、毎日ターナー領に居る。
それに、ずっとクリスティーナの周囲にいるのだ。
ただ住んでいるだけでこうはならない。
いくら調べても見当もつかないクリスティーナはやきもきしていた。
だが、ある日の夜
クリスティーナは偶然ジェームズとアメリアの会話を聞いてしまう。
「どうしたら良いんだ…」
「国は協力をしてくれるのよね?」
「いや、そのつもりだったらしいんだが…。催促と脅しの手紙が何度も届くそうだ。本当に戦争にまで発展してしまうなら、これ以上は庇えないと言われてしまったよ…」
アメリアが泣き崩れる。
「そんな…。せっかくここまで逃げて来たというのに…。あんまりだわ…」
ジェームズは心を決めた。
「私の首を差し出そうと思う。だから、君はクリスティーナと一緒に逃げるんだ」
泣きながら話す二人の会話を聞いてしまっては、居ても立っても居られない。
そっと音も立てずに部屋に戻り、クリスティーナはクローゼットから髪飾りを取り出した。
(私がなんとかしなくては…。私が我慢すれば事は丸く収まるのよ。お父様の命を差し出すような事はしたくないわ)
自分の我が儘で家族を、受け入れてくれたフォーリュの国王を困らせている。
戦争なんて起こさせない。
色んな想いを綴りたいが、一言だけ手紙に書く。
- 親不孝な娘をお許しください -
クリスティーナは自慢の長い髪を肩までばっさり切り
髪飾りをぎゅっと握りしめて、切った髪の束の上に乗せた。
(今までありがとう。さようなら…)
クリスティーナは騎士たちの目をくぐり抜け、ターナー領から静かに出て行く。
向かう先はイディオの王城。
ウィルフレッドが望むのは自分の身柄。
側室になれば戦争は避けられる。
今までだってなんとかしてきた。
これからものらりくらりと躱せばいいだけ。
絶対に大丈夫。
(どんなに努力をしても、運命には抗えないのよ…)
(ウィルの優しさを勘違いして、勝手に期待するだなんて…)
牧羊犬に『クリス』と名付けたり、自分に優しくしてくれるのは、そういう感情からだと思っていた。
もしかしたら自分だけ特別なのかも知れない。
そう思っていたのに「婚約者になって欲しい」と、最後まで言わせて貰えなかった。
綺麗に結い上げられた頭に付いている髪飾りを取って、クローゼットの奥に仕舞う。
ウィルがターナー領に来ることはないだろう。
自分の前に現れることもない。そんな気がした。
幼い頃にもう泣かないと決めたのに、ウィルの前で何度も泣いてしまった。
強くありたいと思っていたのに、助けて欲しいと心の内に押し込めた自分が出てきてしまう。
(これで良かったのよ。私は強くならなくてはいけないの。出来ることは自分でやるのよ)
止めどなく流れる涙を拭いて、クリスティーナはベッドに横たわった。
ジェームズ達が帰って来たのは夜遅い時間だった。
泣き疲れて寝てしまったクリスティーナは、ドタバタと聞こえてくる大きな音で目を覚ます。
(こんな時間に帰って来るだなんて、どうしたのかしら?)
「お父様、何かあったの…?」
「クリスティーナ…。いや、何でもないよ。起こしてしまって悪かったね。もう寝なさい」
「おやすみなさい…」
夜も遅いし明日になったら聞こうと思い、クリスティーナは部屋に戻った。
翌朝、いつもならジェームズはまだ家を出る時間ではないのだが、テーブルには二人分の朝食しか用意されていない。
「お父様はもう登城されたの?今日は早いのね」
「オリバー卿のところに行っているのよ。さぁ、冷めてしまう前に食べましょう」
その日から、クリスティーナは常に誰かの視線を感じるようになった。
辺りを見渡すと、領民ではない男達がみんなと同じ格好をして畑を耕したり、羊の世話をしている。
人の顔を覚える事に自信のあるクリスティーナ。
彼らは何者なのかと怪しんでいた。
クリスティーナは騎士達と訓練をした経験がある。
ちょっとした仕草や動きで、彼らが騎士だと見抜いた。
その辺の騎士ではない。
訓練されて統率された者たちの仕草だ。
(フォーリュ国の騎士…?何故ターナー領に潜んでいるのかしら…?)
気付かれないように観察していると、彼らが見ているのは自分だった。
いつも自分の近くに誰かがいる。
まるで何かから護るかのように…。
しがない伯爵令嬢であるクリスティーナに、国の騎士が動くほどの事柄。
思い当たるのは、夜会で会ったウィルフレッドだった。
(あの人が何かしたの…?)
クリスティーナは調べることにした。
ジェームズやアメリアに聞いても
思い切って騎士達に話かけても
みんな同じ事を言ってはぐらかす。
「王都に近い場所に住みたかったんだよ」
「でも、あなた達は国の騎士よね…?」
「あぁ、住ませてもらう代わりに開拓の手伝いをしているんだよ」
(おかしいわ…)
みんなの言う事が本当だったとしても、国の騎士は基本的に貴族が多い。
平民の服を着て畑仕事をするものだろうか?
城に出かける様子もなく、毎日ターナー領に居る。
それに、ずっとクリスティーナの周囲にいるのだ。
ただ住んでいるだけでこうはならない。
いくら調べても見当もつかないクリスティーナはやきもきしていた。
だが、ある日の夜
クリスティーナは偶然ジェームズとアメリアの会話を聞いてしまう。
「どうしたら良いんだ…」
「国は協力をしてくれるのよね?」
「いや、そのつもりだったらしいんだが…。催促と脅しの手紙が何度も届くそうだ。本当に戦争にまで発展してしまうなら、これ以上は庇えないと言われてしまったよ…」
アメリアが泣き崩れる。
「そんな…。せっかくここまで逃げて来たというのに…。あんまりだわ…」
ジェームズは心を決めた。
「私の首を差し出そうと思う。だから、君はクリスティーナと一緒に逃げるんだ」
泣きながら話す二人の会話を聞いてしまっては、居ても立っても居られない。
そっと音も立てずに部屋に戻り、クリスティーナはクローゼットから髪飾りを取り出した。
(私がなんとかしなくては…。私が我慢すれば事は丸く収まるのよ。お父様の命を差し出すような事はしたくないわ)
自分の我が儘で家族を、受け入れてくれたフォーリュの国王を困らせている。
戦争なんて起こさせない。
色んな想いを綴りたいが、一言だけ手紙に書く。
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クリスティーナは自慢の長い髪を肩までばっさり切り
髪飾りをぎゅっと握りしめて、切った髪の束の上に乗せた。
(今までありがとう。さようなら…)
クリスティーナは騎士たちの目をくぐり抜け、ターナー領から静かに出て行く。
向かう先はイディオの王城。
ウィルフレッドが望むのは自分の身柄。
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