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第二十九話
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「まただわ…。この国で何が起こっているというの…?」
辺境の村が襲われたと書かれた報告書。
支援を求める声も多く上がっている。
前回の村とは反対に位置する辺境の村が襲われた。
一体誰が何のために…?
何故この事件の話が広まらないのだろう…。
小さいとはいえ村の一つが無くなったのだ。
近隣の住民たちから噂の一つでも流れてくるものではないのか…?嘆願書だけで終わるのは何故…?
村を襲った黒尽くめの集団。
潜伏する場所も必要なはずなのに、おかしな噂さえ流れない。
不可解な事が多過ぎる。
クリスティーナが読み終わった報告書を机の上に置くと、部屋の扉が乱暴に開けられた。
「クリスティーナ、仕事は捗っているかな?」
笑顔で入ってきたかと思えば、クリスティーナを見て顔を歪めるウィルフレッド。
「髪はそれしか伸びていないのか…」
これ以上見ていられないと窓の前まで歩いていき、反射する自分の顔を見て心を落ち着かせる。
(ちょうど良いところに来たわ)
クリスティーナは襲われた辺境の村のことを伝えるのだが、ウィルフレッドに軽くあしらわれてしまう。
「それは騎士たちの仕事だろう?僕に言われても困るよ」
「ですが、被害にあった近隣の村人たちも支援を求めています!」
クリスティーナが必死に訴えてもウィルフレッドには響かない。
「何故襲われた村ではなくて近隣の村が支援を求めるのか、僕には理解できないよ」
「あの村で取れるはずだった作物が焼かれてしまったからでしょう。それに蛮族に襲われたのかもしれません…」
ウィルフレッドは大袈裟にため息を吐いた。
「クリスティーナ…。君は書物ばかりを読み漁って頭が固くなっているんだよ。辺境の民たちをその目で見たことがあるかい?」
「いえ…」
「そうだろう?僕はあるよ。薄汚くて野蛮で乏しい…。同じ人間とは到底思えなかった」
ウィルフレッドは窓に映る自分の顔を撫でる。
「楽して稼ごうと嘘をついているんだよ。そんな彼らに支援を送ったらどうなると思う?王族は簡単に騙される馬鹿だと笑われてしまうだろうね」
「ですが本当に支援が必要かもしれません。調査に人を送ってはどうでしょうか?それに、これ以上被害が続けば人々に不満が募ります。反乱が起きてからでは遅いのです」
ダンッ!
ウィルフレッドが窓を強く叩き、割れはしなかったがその反動で窓が揺れている。
「くどい!僕が必要ないと言ったらいらないんだよ!小さい村の一つや二つ…。この国にいくつ村や街があると思う?そんなに小さな事をいちいち気にしていたら国は成り立たないよ。わかるだろう?」
ウィルフレッドは黙り込むクリスティーナの前まで歩いて顎を掴み、顔を上げさせる。
「僕のために努力しているのは認めよう。でもね、やり過ぎは禁物だよ。マリーのように自由な発想を持った方がいい。まぁ、それがマリーの聖女たる由縁なんだろうけどね」
怒りで震えるクリスティーナの目は涙を堪えようと赤く充血していた。
何を勘違いしたのか、ウィルフレッドは満足そうに頷く。
「そんなことよりももっと重大な話をしよう。いい知らせを持って来たんだよ。クリスティーナの憂いも無くなるだろう」
「いい知らせを…?」
嫌な予感しかしなかった。
「父上が君のために鬘を作ってくれたんだよ。髪が伸びるのを待つ必要もない。すぐにでも婚儀を行おう。ようやく僕と添い遂げられるんだよ。嬉しいだろう?」
「鬘…」
「そうだよ。まったく、何故こんなに簡単な事を思い付かなかったんだろうね…。僕と会えた事が嬉し過ぎて頭が働かなかったのかな?お茶目なところもあったんだね」
自分を見つめるウィルフレッドにクリスティーナは鳥肌が立つのを感じた。
「大丈夫、君の気持ちはわかっているよ。僕のために働く君をこれ以上待たせたりはしない。2週間後に僕たちは夫婦になるんだ。口づけはその時まで取っておこう。楽しみだよ」
そう言って立ち去ったウィルフレッドと入れ替わるようにしてクリスティーナの元に鬘が届けられた。
「これからは毎日こちらを身に着けてください」
放心するクリスティーナを椅子に座らせて鬘を装着する侍女たち。
「お美しい」「さすがクリスティーナ様」
侍女たちの称賛の声も右から左に流れていく。
(そんな…。あと2週間…?)
クリスティーナは今すぐにでも逃げ出したかった。
だが、それではイディオ国に乗り込んできた意味がない。
自分が逃げ出せば両親が捕らえられてしまうかもしれない。
自分たちを受け入れてくれた隣国フォーリュと戦争になってしまうかもしれない。
それに…
髪を切った時、あの髪飾りを手放した時に自分に誓った。
ウィルと結ばれないのなら誰に嫁ごうと同じこと。
自分が犠牲になることで大切な人たちが救われるのなら喜んで身を差し出そうと…。
- 助けて… -
無意識に書いてしまった文字。
クリスティーナは紙をくしゃくしゃに丸めて暖炉に放り込んだ。
「弱気になってどうするの!自分で決めた事くらい最後までやり遂げなさい!私がやるしかないのよ!」
自分を叱咤激励して気持ちを切り替える。
丁寧に編み込まれた鬘を触り、悪足掻きもここまでだと諦めたのだった。
辺境の村が襲われたと書かれた報告書。
支援を求める声も多く上がっている。
前回の村とは反対に位置する辺境の村が襲われた。
一体誰が何のために…?
何故この事件の話が広まらないのだろう…。
小さいとはいえ村の一つが無くなったのだ。
近隣の住民たちから噂の一つでも流れてくるものではないのか…?嘆願書だけで終わるのは何故…?
村を襲った黒尽くめの集団。
潜伏する場所も必要なはずなのに、おかしな噂さえ流れない。
不可解な事が多過ぎる。
クリスティーナが読み終わった報告書を机の上に置くと、部屋の扉が乱暴に開けられた。
「クリスティーナ、仕事は捗っているかな?」
笑顔で入ってきたかと思えば、クリスティーナを見て顔を歪めるウィルフレッド。
「髪はそれしか伸びていないのか…」
これ以上見ていられないと窓の前まで歩いていき、反射する自分の顔を見て心を落ち着かせる。
(ちょうど良いところに来たわ)
クリスティーナは襲われた辺境の村のことを伝えるのだが、ウィルフレッドに軽くあしらわれてしまう。
「それは騎士たちの仕事だろう?僕に言われても困るよ」
「ですが、被害にあった近隣の村人たちも支援を求めています!」
クリスティーナが必死に訴えてもウィルフレッドには響かない。
「何故襲われた村ではなくて近隣の村が支援を求めるのか、僕には理解できないよ」
「あの村で取れるはずだった作物が焼かれてしまったからでしょう。それに蛮族に襲われたのかもしれません…」
ウィルフレッドは大袈裟にため息を吐いた。
「クリスティーナ…。君は書物ばかりを読み漁って頭が固くなっているんだよ。辺境の民たちをその目で見たことがあるかい?」
「いえ…」
「そうだろう?僕はあるよ。薄汚くて野蛮で乏しい…。同じ人間とは到底思えなかった」
ウィルフレッドは窓に映る自分の顔を撫でる。
「楽して稼ごうと嘘をついているんだよ。そんな彼らに支援を送ったらどうなると思う?王族は簡単に騙される馬鹿だと笑われてしまうだろうね」
「ですが本当に支援が必要かもしれません。調査に人を送ってはどうでしょうか?それに、これ以上被害が続けば人々に不満が募ります。反乱が起きてからでは遅いのです」
ダンッ!
ウィルフレッドが窓を強く叩き、割れはしなかったがその反動で窓が揺れている。
「くどい!僕が必要ないと言ったらいらないんだよ!小さい村の一つや二つ…。この国にいくつ村や街があると思う?そんなに小さな事をいちいち気にしていたら国は成り立たないよ。わかるだろう?」
ウィルフレッドは黙り込むクリスティーナの前まで歩いて顎を掴み、顔を上げさせる。
「僕のために努力しているのは認めよう。でもね、やり過ぎは禁物だよ。マリーのように自由な発想を持った方がいい。まぁ、それがマリーの聖女たる由縁なんだろうけどね」
怒りで震えるクリスティーナの目は涙を堪えようと赤く充血していた。
何を勘違いしたのか、ウィルフレッドは満足そうに頷く。
「そんなことよりももっと重大な話をしよう。いい知らせを持って来たんだよ。クリスティーナの憂いも無くなるだろう」
「いい知らせを…?」
嫌な予感しかしなかった。
「父上が君のために鬘を作ってくれたんだよ。髪が伸びるのを待つ必要もない。すぐにでも婚儀を行おう。ようやく僕と添い遂げられるんだよ。嬉しいだろう?」
「鬘…」
「そうだよ。まったく、何故こんなに簡単な事を思い付かなかったんだろうね…。僕と会えた事が嬉し過ぎて頭が働かなかったのかな?お茶目なところもあったんだね」
自分を見つめるウィルフレッドにクリスティーナは鳥肌が立つのを感じた。
「大丈夫、君の気持ちはわかっているよ。僕のために働く君をこれ以上待たせたりはしない。2週間後に僕たちは夫婦になるんだ。口づけはその時まで取っておこう。楽しみだよ」
そう言って立ち去ったウィルフレッドと入れ替わるようにしてクリスティーナの元に鬘が届けられた。
「これからは毎日こちらを身に着けてください」
放心するクリスティーナを椅子に座らせて鬘を装着する侍女たち。
「お美しい」「さすがクリスティーナ様」
侍女たちの称賛の声も右から左に流れていく。
(そんな…。あと2週間…?)
クリスティーナは今すぐにでも逃げ出したかった。
だが、それではイディオ国に乗り込んできた意味がない。
自分が逃げ出せば両親が捕らえられてしまうかもしれない。
自分たちを受け入れてくれた隣国フォーリュと戦争になってしまうかもしれない。
それに…
髪を切った時、あの髪飾りを手放した時に自分に誓った。
ウィルと結ばれないのなら誰に嫁ごうと同じこと。
自分が犠牲になることで大切な人たちが救われるのなら喜んで身を差し出そうと…。
- 助けて… -
無意識に書いてしまった文字。
クリスティーナは紙をくしゃくしゃに丸めて暖炉に放り込んだ。
「弱気になってどうするの!自分で決めた事くらい最後までやり遂げなさい!私がやるしかないのよ!」
自分を叱咤激励して気持ちを切り替える。
丁寧に編み込まれた鬘を触り、悪足掻きもここまでだと諦めたのだった。
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