上 下
170 / 172
向上心

第169話

しおりを挟む
 クリア様を木の上で見守っていた私達。
 立ち止ったクリア様はしばらくすると、頭を抱えてうずくまってしまった。

 「助けて……。パパ……」
 この距離では聞き取れないような声。
 それを、糸の振動を通して私達は聴いていた。

 瞬間、ゴブスケさんの投げた投げ槍の様に、勢い良く、一直線に私の横から飛び出すルリ様。
 当然、止める暇など無い。

 私が「あっ」と、声を出して、手を伸ばした時には、もうすでに、木の葉を舞い上げながら、クリア様の元に着地していた。
 
 それに気が付いたクリア様は、顔を上げる。
 そして、申し訳なさそうな笑みを浮かべているルリ様を見ると、顔を埋める様にして抱き着いた。
 
 「ごめんな……」
 そんなクリア様の頭を撫でるルリ様。
 クリア様は、それに無言の抱擁を続ける事で答える。
 
 「はぁ………」
 その光景を見て片手で額を抑える私。

 この展開は私の望んでいた物ではなかった。
 出来るなら、ルリ様に見守る力を付けさせ、クリア様にも一人でも生きて行けるような行動力や、自立心を持つように仕向けたかったのだ。
 
 しかし、これでは逆効果だったかもしれない。
 お互いに、庇護欲と、依存性が高まってしまったように思える。
 
 ただ、目の前で抱き合う二人を見ていると、お互い傷つくよりは良い光景にも思えてきて……。
 でも、それは問題を先送りにしているだけなのでは?

 私が展開を急ぎ過ぎた?
 でも、脅威がいつ襲って来るかも分からないし……。
 
 ゆっくり、見守って行けば良いのだろうか?
 しかし、この二人の関係は、何もアクションを起こさなければ、そう簡単に変わらない気がして……。
 
 それこそ、脅威が迫れば、否が応でも、変わらざるを得ないが、それではもう遅い。
 命を落とすかもしれないし、歪な形に心が変化してしまうかもしれないのだ。
 そして、その時、私が支えてあげられるかも分からない。

 二人には、私が居なくなっても、もし、二人の内、どちらかが欠けようとも、健やかな心を持って、生き延びて欲しいのだ。
 
 「ん~………」
 どうする事が最適解なのだろう。
 どうすれば、誰も傷つかず、成長していけるのだろう。

 私は難しい課題に頭を悩ませる。
 できるなら、私も、だらだらと、このぬるま湯のような生活を続けたいのだ。

 しかし、今はもう秋口。通常、冬を越す事の出来ない私はどうなるか分からないし、冬を越した事のあると言うルリ様も、気温の低下と共に、意識を失って行ったと言う。
 このまま何もせずに過ごしていても、誰かが欠ける可能性は出て来る。

 それに、誰も欠けなかったとしても、私達が生きている以上、常に様々な脅威にさらされ続けるのだ。
 それらの不安を全て拭えるような何か。
 
 それが無いと、私も鬼にならざるを得ない。皆を不幸にしない為には、その前に疑似的な不幸を与え、慣れてもらうしかないのだ。
 
 優しいルリ様には出来ない事。
 私が買って出るしかない。

 しかし、大切にしている相手を丈夫に育てる為に、傷つける。
 その矛盾に私は耐えられるのだろうか?
  
 勿論、脅威を取り去る策や、鍛錬を怠る気も無い。
 誰も傷つかないに、越した事はないのだから。
 
 だから、これは万が一、万が一の対策。
 私は身を寄せ合うルリ様達を温かく見守りながら、彼らに与える試練について、考え始めた。
しおりを挟む

処理中です...