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1話
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テレビに映る裸の女。画面の中の彼女は、動けないように拘束されていた。
外国の人だった。白い肌、濡れた髪、息づかい。
「靖一、こっち」
呼ばれて、靖一は小さな身体をさらに小さく丸めて、寝そべる父の横にぴたりと寄り添った。
二つの膝小僧の向こう、テレビの中では男が女の肌に檸檬を絞り、その上を舌で這うように舐め回している。女の反応を笑いながら弄ぶ。
なぜそんなことをするのか分からなかった。それがどういう意味を持つのかも、何を感じているのかも。
でも、女の漏れる声や震える身体の線が、靖一の神経をじんわりと刺した。知らないところを、遠くからそっと触れられるような感覚。本当はテレビを消してしまいたかった。目を、耳を塞ぎたかった。
けれど、父親の腕の中にいる身体は金縛りにあったように動かず、ただ画面の中の二人をじっと見つめ続けていた。
***
靖一は恋愛に興味がなかった。あんなものはセックスの後に付いてくるノイズみたいなもので、自分には必要ない。そもそも、セックス自体が“愛し合う”行為だと本気で信じている人間がいることが理解できなかった。
靖一にとってセックスとは、相手の身体を使って、自分の空白を埋めるようなものだ。他に意味なんてないはずだ。
その夜、靖一は通りがかったバーにふらりと入った。マティーニを注文し、カウンターから少し離れた丸テーブルに腰を下ろす。
中心地から離れたこの街には、はずれ者が多く訪れる。靖一もその内の一人だった。特にこの辺りには最近狼が出たとの目撃情報もある。まだ見つかっていないようで至る所に注意喚起の貼り紙があった。ただそんなこともどうでもいいくらい今日は酔いたかった。
「おにいさん、お酒強いね」
不意に声をかけられ顔を上げると、向かいに若い男が座っていた。どこにでもいそうな平凡な顔立ち。けれど、その目だけが妙に澄んでいて、ここのライトのせいか光を宿しているように見えた。
「……強いわけじゃない。ただ、今日は飲まないとやってられないだけだ。悪いけど喋る気分じゃないんだ」
そう言えば相手はどこかへ行くだろうと思った。けれど男は視線を逸らさない。まるで、何かをじっと待つ犬のように。
「あのな、そんなに見るなよ。見るならそこのライトでも眺めててくれ」
「わかった」
男は素直にライトへと視線を向ける。靖一は再びグラスを口に運び、視線を感じてもう一度、彼を見た。……また目が合う。
「なんだよ、ライト見てるんじゃなかったのか」
「ライトには興味ないもん」
「……俺には興味あるって?」
こくん、と男が頷く。その顔があまりにも無垢で、靖一は不意に昔飼っていたシバ犬を思い出した。そして、彼の後ろでふわふわの尻尾が右へ左へと振れているような幻を酒のせいにした。
「俺は、君が思ってるような人間じゃないと思うぜ」
「どんな人?」
「……寂しいサディスト。今朝逃げてった“犬”にも、そう言われた」
言いながら、靖一は自分の胸の中にある穴に触れた気がして、顔をしかめた。
「へえ、寂しいの?」
「さぁな。ただ、“お前は人を愛することを知らない寂しい人間だ”って言われた。……たぶん、そうなんだろうな」
「ふうん」
しばらく沈黙が流れた後、男はふいに目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ねえ、代わりに俺を飼ってよ」
「は?」
「その逃げてった“犬”の代わりに、俺を飼って」
「……お前、訳ありか?飼ってって……家は?」
「ちょうど今ないんだ」
「言っとくが、俺はサディストでゲイだぞ。俺に飼われるってことは──」
「家に置いてくれるならなんでもするよ。お手でも、伏せでも」
にんまりと笑った男は冗談とも思えない口ぶりでまっすぐに靖一を見た。
完璧にこの男のペースにハマっている。靖一はそれを自覚しながらもこの男が他にどんな顔を持つのか、無性に知りたくなった。
「……俺は靖一。お前は?」
「ノラって呼んで。よろしく、ご主人様」
外国の人だった。白い肌、濡れた髪、息づかい。
「靖一、こっち」
呼ばれて、靖一は小さな身体をさらに小さく丸めて、寝そべる父の横にぴたりと寄り添った。
二つの膝小僧の向こう、テレビの中では男が女の肌に檸檬を絞り、その上を舌で這うように舐め回している。女の反応を笑いながら弄ぶ。
なぜそんなことをするのか分からなかった。それがどういう意味を持つのかも、何を感じているのかも。
でも、女の漏れる声や震える身体の線が、靖一の神経をじんわりと刺した。知らないところを、遠くからそっと触れられるような感覚。本当はテレビを消してしまいたかった。目を、耳を塞ぎたかった。
けれど、父親の腕の中にいる身体は金縛りにあったように動かず、ただ画面の中の二人をじっと見つめ続けていた。
***
靖一は恋愛に興味がなかった。あんなものはセックスの後に付いてくるノイズみたいなもので、自分には必要ない。そもそも、セックス自体が“愛し合う”行為だと本気で信じている人間がいることが理解できなかった。
靖一にとってセックスとは、相手の身体を使って、自分の空白を埋めるようなものだ。他に意味なんてないはずだ。
その夜、靖一は通りがかったバーにふらりと入った。マティーニを注文し、カウンターから少し離れた丸テーブルに腰を下ろす。
中心地から離れたこの街には、はずれ者が多く訪れる。靖一もその内の一人だった。特にこの辺りには最近狼が出たとの目撃情報もある。まだ見つかっていないようで至る所に注意喚起の貼り紙があった。ただそんなこともどうでもいいくらい今日は酔いたかった。
「おにいさん、お酒強いね」
不意に声をかけられ顔を上げると、向かいに若い男が座っていた。どこにでもいそうな平凡な顔立ち。けれど、その目だけが妙に澄んでいて、ここのライトのせいか光を宿しているように見えた。
「……強いわけじゃない。ただ、今日は飲まないとやってられないだけだ。悪いけど喋る気分じゃないんだ」
そう言えば相手はどこかへ行くだろうと思った。けれど男は視線を逸らさない。まるで、何かをじっと待つ犬のように。
「あのな、そんなに見るなよ。見るならそこのライトでも眺めててくれ」
「わかった」
男は素直にライトへと視線を向ける。靖一は再びグラスを口に運び、視線を感じてもう一度、彼を見た。……また目が合う。
「なんだよ、ライト見てるんじゃなかったのか」
「ライトには興味ないもん」
「……俺には興味あるって?」
こくん、と男が頷く。その顔があまりにも無垢で、靖一は不意に昔飼っていたシバ犬を思い出した。そして、彼の後ろでふわふわの尻尾が右へ左へと振れているような幻を酒のせいにした。
「俺は、君が思ってるような人間じゃないと思うぜ」
「どんな人?」
「……寂しいサディスト。今朝逃げてった“犬”にも、そう言われた」
言いながら、靖一は自分の胸の中にある穴に触れた気がして、顔をしかめた。
「へえ、寂しいの?」
「さぁな。ただ、“お前は人を愛することを知らない寂しい人間だ”って言われた。……たぶん、そうなんだろうな」
「ふうん」
しばらく沈黙が流れた後、男はふいに目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ねえ、代わりに俺を飼ってよ」
「は?」
「その逃げてった“犬”の代わりに、俺を飼って」
「……お前、訳ありか?飼ってって……家は?」
「ちょうど今ないんだ」
「言っとくが、俺はサディストでゲイだぞ。俺に飼われるってことは──」
「家に置いてくれるならなんでもするよ。お手でも、伏せでも」
にんまりと笑った男は冗談とも思えない口ぶりでまっすぐに靖一を見た。
完璧にこの男のペースにハマっている。靖一はそれを自覚しながらもこの男が他にどんな顔を持つのか、無性に知りたくなった。
「……俺は靖一。お前は?」
「ノラって呼んで。よろしく、ご主人様」
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