冬は寒いから

青埜澄

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2話 

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「橋平!」
後ろから呼ぶ声に振り返ると、九条さんが片手を振りながらこちらへ歩いてきていた。咄嗟に会釈して足を進めかけると、また背後から「ストップ」と制される。
「なんですか? 九条さん、二次会は?」
「みんなに誘われたけど、振り切って来た」
 ……みんなに、ね。ちょっとだけ胸がざわついた。九条さんは俺の隣に並ぶと、「飲んだ後に走るとやばいよね」と笑って前髪をかき上げる。
 額にはうっすら汗。俺に追いつくために走ってきたのか?――いや、まさか。
「ねぇ、今から俺んち来る?」
「えっ……」
「カシスオレンジもあるよ」
 そう言ってにやりと笑う彼に、思わず固まってしまう。冗談かと思ったが、笑い飛ばす余裕が俺にはなかった。
「ありがとうございます。でも、もう帰ろうかと。疲れましたし」
「そう? 俺んちすぐそこだから、ちょっと寄ってきなよ」
「あ、いや……俺と飲んでも面白くないし」
 気づけば九条さんが俺の肩に腕をまわしていた。まるで誘導するように、そのまま歩き出す。俺は抵抗できなかった。ほんとうは飲み会だって参加したくなかった。
浜本に「来るよね?」と聞かれて、ただ断れなかっただけだ。――ずっと、そうだ。俺はいつも、誰かの強引さに流されて生きている。
「着いたよ、ここ」
 玄関のドアを開けた九条さんは、俺の靴を脱ぐのを手伝ってくれた。間接照明と暖房が既についている。それから良い香りが漂う部屋。俺のカバンは部屋の隅に置かれ、彼は冷蔵庫を開けて缶チューハイとスナックを取り出す。カシスオレンジの缶を見るなり、思わず「女子力高いですね」と口にしてしまった。
「そう?まあ、それ俺が飲むために買ったんじゃないけどね」
そう言って九条さんは、俺の正面に腰を下ろす。
「……彼女の、とか、ですか?」
「ははっ!」
彼の笑い声が返ってきた。俺、また変なこと言ったのか?
「あの、ここまで来てなんですが俺、お茶とか水とかでいいです。……人と飲むの、ちょっと苦手なんで」
「なんで?」
「……なんかその、誰かと飲んでると、宇宙にひとりぼっちみたいな気分になるんですよね」
「なにそれ!」と九条さんは笑う。「橋平ってやっぱ面白いな。でもさ、そんな気分にさせないから、飲みなって」
「でも……」
「俺が楽しい酒の飲み方、教えてやるからさ」
 そのひと言で、また流されてしまう。乾杯して、カシスオレンジをひとくち。甘いけれど少しアルコールが強くて、居酒屋のよりもちゃんと酒だった。
「ごめんね、俺ちょっと強引なところあるんだよ。嫌だったら言ってね?」
 冗談のように笑う九条さん。でも、その目はまっすぐだった。
「……嬉しかったです。声かけてもらって。俺と飲みたいって思ってくれたのも。今日、一人で帰るの寂しいなって思ってたから」
「そっか。よかった。じゃあ、ちょっと強引なくらいがいいんだね」
 少年みたいな笑顔だった。

 俺は気づけば饒舌になっていた。缶チューハイを半分ほど空けた頃には、話題が支離滅裂になっていた。それでも九条さんはうんうんと聞いてくれた。
「ところでさ、橋平は付き合ってる人いるの?」
「いないです」
「好きな人は?」
「……います。ずっと片想いだけど」
「へぇ、誰?浜本?」
 ドキリとする。口元が上手く動かなくなる。
「……絶対言わないでくださいよ」
「言わないよ。でもさ、橋平がひとりぼっちって感じるのって、人肌恋しいからじゃない?」
「……だったらなんですか」
「俺が抱いてあげよっか?」
 戸惑い、酒のせいか思考がうまくまとまらない。逃げる気持ちと、どこかでそれを求める気持ちが混ざっていく。
「お前のために買ったの。それ。お前を誘おうと思ってコンビニに寄って、走って追いついたんだよ」
 俺の手にあるカシスオレンジを、九条さんが指さした。
ああ、だから。
あのとき、額に汗をかいていたのか。
「なぁ、橋平。片想いのままでいいからさ、キスしてみる?」
「……なんで、俺なんですか?」
「イエスってことね」
 九条さんの顔が近づいて、唇が触れた。
「案外嫌じゃないでしょ?」
――たしかに。嫌じゃなかった。
彼の指が俺のシャツのボタンを外していく。戸惑いも、羞恥も、すべてが渦になって溶けていく。
俺の人生で初めて、誰かと“ふたりきり”の宇宙にいた。
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