2 / 7
2話
しおりを挟む
「橋平!」
後ろから呼ぶ声に振り返ると、九条さんが片手を振りながらこちらへ歩いてきていた。咄嗟に会釈して足を進めかけると、また背後から「ストップ」と制される。
「なんですか? 九条さん、二次会は?」
「みんなに誘われたけど、振り切って来た」
……みんなに、ね。ちょっとだけ胸がざわついた。九条さんは俺の隣に並ぶと、「飲んだ後に走るとやばいよね」と笑って前髪をかき上げる。
額にはうっすら汗。俺に追いつくために走ってきたのか?――いや、まさか。
「ねぇ、今から俺んち来る?」
「えっ……」
「カシスオレンジもあるよ」
そう言ってにやりと笑う彼に、思わず固まってしまう。冗談かと思ったが、笑い飛ばす余裕が俺にはなかった。
「ありがとうございます。でも、もう帰ろうかと。疲れましたし」
「そう? 俺んちすぐそこだから、ちょっと寄ってきなよ」
「あ、いや……俺と飲んでも面白くないし」
気づけば九条さんが俺の肩に腕をまわしていた。まるで誘導するように、そのまま歩き出す。俺は抵抗できなかった。ほんとうは飲み会だって参加したくなかった。
浜本に「来るよね?」と聞かれて、ただ断れなかっただけだ。――ずっと、そうだ。俺はいつも、誰かの強引さに流されて生きている。
「着いたよ、ここ」
玄関のドアを開けた九条さんは、俺の靴を脱ぐのを手伝ってくれた。間接照明と暖房が既についている。それから良い香りが漂う部屋。俺のカバンは部屋の隅に置かれ、彼は冷蔵庫を開けて缶チューハイとスナックを取り出す。カシスオレンジの缶を見るなり、思わず「女子力高いですね」と口にしてしまった。
「そう?まあ、それ俺が飲むために買ったんじゃないけどね」
そう言って九条さんは、俺の正面に腰を下ろす。
「……彼女の、とか、ですか?」
「ははっ!」
彼の笑い声が返ってきた。俺、また変なこと言ったのか?
「あの、ここまで来てなんですが俺、お茶とか水とかでいいです。……人と飲むの、ちょっと苦手なんで」
「なんで?」
「……なんかその、誰かと飲んでると、宇宙にひとりぼっちみたいな気分になるんですよね」
「なにそれ!」と九条さんは笑う。「橋平ってやっぱ面白いな。でもさ、そんな気分にさせないから、飲みなって」
「でも……」
「俺が楽しい酒の飲み方、教えてやるからさ」
そのひと言で、また流されてしまう。乾杯して、カシスオレンジをひとくち。甘いけれど少しアルコールが強くて、居酒屋のよりもちゃんと酒だった。
「ごめんね、俺ちょっと強引なところあるんだよ。嫌だったら言ってね?」
冗談のように笑う九条さん。でも、その目はまっすぐだった。
「……嬉しかったです。声かけてもらって。俺と飲みたいって思ってくれたのも。今日、一人で帰るの寂しいなって思ってたから」
「そっか。よかった。じゃあ、ちょっと強引なくらいがいいんだね」
少年みたいな笑顔だった。
俺は気づけば饒舌になっていた。缶チューハイを半分ほど空けた頃には、話題が支離滅裂になっていた。それでも九条さんはうんうんと聞いてくれた。
「ところでさ、橋平は付き合ってる人いるの?」
「いないです」
「好きな人は?」
「……います。ずっと片想いだけど」
「へぇ、誰?浜本?」
ドキリとする。口元が上手く動かなくなる。
「……絶対言わないでくださいよ」
「言わないよ。でもさ、橋平がひとりぼっちって感じるのって、人肌恋しいからじゃない?」
「……だったらなんですか」
「俺が抱いてあげよっか?」
戸惑い、酒のせいか思考がうまくまとまらない。逃げる気持ちと、どこかでそれを求める気持ちが混ざっていく。
「お前のために買ったの。それ。お前を誘おうと思ってコンビニに寄って、走って追いついたんだよ」
俺の手にあるカシスオレンジを、九条さんが指さした。
ああ、だから。
あのとき、額に汗をかいていたのか。
「なぁ、橋平。片想いのままでいいからさ、キスしてみる?」
「……なんで、俺なんですか?」
「イエスってことね」
九条さんの顔が近づいて、唇が触れた。
「案外嫌じゃないでしょ?」
――たしかに。嫌じゃなかった。
彼の指が俺のシャツのボタンを外していく。戸惑いも、羞恥も、すべてが渦になって溶けていく。
俺の人生で初めて、誰かと“ふたりきり”の宇宙にいた。
後ろから呼ぶ声に振り返ると、九条さんが片手を振りながらこちらへ歩いてきていた。咄嗟に会釈して足を進めかけると、また背後から「ストップ」と制される。
「なんですか? 九条さん、二次会は?」
「みんなに誘われたけど、振り切って来た」
……みんなに、ね。ちょっとだけ胸がざわついた。九条さんは俺の隣に並ぶと、「飲んだ後に走るとやばいよね」と笑って前髪をかき上げる。
額にはうっすら汗。俺に追いつくために走ってきたのか?――いや、まさか。
「ねぇ、今から俺んち来る?」
「えっ……」
「カシスオレンジもあるよ」
そう言ってにやりと笑う彼に、思わず固まってしまう。冗談かと思ったが、笑い飛ばす余裕が俺にはなかった。
「ありがとうございます。でも、もう帰ろうかと。疲れましたし」
「そう? 俺んちすぐそこだから、ちょっと寄ってきなよ」
「あ、いや……俺と飲んでも面白くないし」
気づけば九条さんが俺の肩に腕をまわしていた。まるで誘導するように、そのまま歩き出す。俺は抵抗できなかった。ほんとうは飲み会だって参加したくなかった。
浜本に「来るよね?」と聞かれて、ただ断れなかっただけだ。――ずっと、そうだ。俺はいつも、誰かの強引さに流されて生きている。
「着いたよ、ここ」
玄関のドアを開けた九条さんは、俺の靴を脱ぐのを手伝ってくれた。間接照明と暖房が既についている。それから良い香りが漂う部屋。俺のカバンは部屋の隅に置かれ、彼は冷蔵庫を開けて缶チューハイとスナックを取り出す。カシスオレンジの缶を見るなり、思わず「女子力高いですね」と口にしてしまった。
「そう?まあ、それ俺が飲むために買ったんじゃないけどね」
そう言って九条さんは、俺の正面に腰を下ろす。
「……彼女の、とか、ですか?」
「ははっ!」
彼の笑い声が返ってきた。俺、また変なこと言ったのか?
「あの、ここまで来てなんですが俺、お茶とか水とかでいいです。……人と飲むの、ちょっと苦手なんで」
「なんで?」
「……なんかその、誰かと飲んでると、宇宙にひとりぼっちみたいな気分になるんですよね」
「なにそれ!」と九条さんは笑う。「橋平ってやっぱ面白いな。でもさ、そんな気分にさせないから、飲みなって」
「でも……」
「俺が楽しい酒の飲み方、教えてやるからさ」
そのひと言で、また流されてしまう。乾杯して、カシスオレンジをひとくち。甘いけれど少しアルコールが強くて、居酒屋のよりもちゃんと酒だった。
「ごめんね、俺ちょっと強引なところあるんだよ。嫌だったら言ってね?」
冗談のように笑う九条さん。でも、その目はまっすぐだった。
「……嬉しかったです。声かけてもらって。俺と飲みたいって思ってくれたのも。今日、一人で帰るの寂しいなって思ってたから」
「そっか。よかった。じゃあ、ちょっと強引なくらいがいいんだね」
少年みたいな笑顔だった。
俺は気づけば饒舌になっていた。缶チューハイを半分ほど空けた頃には、話題が支離滅裂になっていた。それでも九条さんはうんうんと聞いてくれた。
「ところでさ、橋平は付き合ってる人いるの?」
「いないです」
「好きな人は?」
「……います。ずっと片想いだけど」
「へぇ、誰?浜本?」
ドキリとする。口元が上手く動かなくなる。
「……絶対言わないでくださいよ」
「言わないよ。でもさ、橋平がひとりぼっちって感じるのって、人肌恋しいからじゃない?」
「……だったらなんですか」
「俺が抱いてあげよっか?」
戸惑い、酒のせいか思考がうまくまとまらない。逃げる気持ちと、どこかでそれを求める気持ちが混ざっていく。
「お前のために買ったの。それ。お前を誘おうと思ってコンビニに寄って、走って追いついたんだよ」
俺の手にあるカシスオレンジを、九条さんが指さした。
ああ、だから。
あのとき、額に汗をかいていたのか。
「なぁ、橋平。片想いのままでいいからさ、キスしてみる?」
「……なんで、俺なんですか?」
「イエスってことね」
九条さんの顔が近づいて、唇が触れた。
「案外嫌じゃないでしょ?」
――たしかに。嫌じゃなかった。
彼の指が俺のシャツのボタンを外していく。戸惑いも、羞恥も、すべてが渦になって溶けていく。
俺の人生で初めて、誰かと“ふたりきり”の宇宙にいた。
55
あなたにおすすめの小説
僕は今日、謳う
ゆい
BL
紅葉と海を観に行きたいと、僕は彼に我儘を言った。
彼はこのクリスマスに彼女と結婚する。
彼との最後の思い出が欲しかったから。
彼は少し困り顔をしながらも、付き合ってくれた。
本当にありがとう。親友として、男として、一人の人間として、本当に愛しているよ。
終始セリフばかりです。
話中の曲は、globe 『Wanderin' Destiny』です。
名前が出てこない短編part4です。
誤字脱字がないか確認はしておりますが、ありましたら報告をいただけたら嬉しいです。
途中手直しついでに加筆もするかもです。
感想もお待ちしています。
片付けしていたら、昔懐かしの3.5㌅FDが出てきまして。内容を確認したら、若かりし頃の黒歴史が!
あらすじ自体は悪くはないと思ったので、大幅に修正して投稿しました。
私の黒歴史供養のために、お付き合いくださいませ。
王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む
木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。
その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。
燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。
眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。
それが妹の名だと知っても、離れられなかった。
「殿下が幸せなら、それでいい」
そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。
赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎月影 / 木風 雪乃
もしも願いが叶うなら、あの頃にかえりたい
マカリ
BL
幼馴染だった親友が、突然『サヨナラ』も言わずに、引っ越してしまった高校三年の夏。
しばらく、落ち込んでいたが、大学受験の忙しさが気を紛らわせ、いつの間にか『過去』の事になっていた。
社会人になり、そんなことがあったのも忘れていた、ある日の事。
新しい取引先の担当者が、偶然にもその幼馴染で……
あの夏の日々が蘇る。
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる