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6話 夢に触れた
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帰りの電車の中でも、夕飯のコンビニ弁当を食べながらでも、僕はずっと木村先輩──隆の言葉を考えていた。
「慎、今日、来てくれてよかった。……最近ずっと、慎のこと、ちょっと気になってたんだ」
……“気になってた”って、どういう意味だったんだろう。
前に中庭で一緒にお弁当を食べた時、隆は「元気なさそうだったから気になった」って言ってた。あれと同じような意味なのかもしれない。僕のことを心配してくれてたっていう、あくまで“先輩として”の気遣い。
それとも──
いや、ないない。そんなわけあるはずがない。僕なんかがそういう風に見られる理由なんて、どこにもない。
その夜、僕は夢を見た。柔らかい光の中、どこか見知らぬ部屋の中で、隆に後ろから抱きしめられていた。僕の背中に腕がまわって、耳元でやさしく名前を呼ばれて何かを囁かれる。
怖くはなかった。むしろその温もりが心地よくて、安心して、もっと──そう、もっとふれてほしいと心から願っていた。
目が覚めた時、息がうまくできなくて胸がざわざわしていた。
……どうして。なんで、あんな夢を見たんだろう。
額に汗がにじんでいて、それでもまだ腕の中の温もりが残っている気がした。喉がカラカラに乾いていて、布団の中が変に熱く感じた。時計を見ると午前四時すぎ。外はまだ暗いのに、頭だけが冴えていた。
……なんで、あんな夢を。
おかしい。僕はどうかしてる。
次の日、学校に行っても頭の中から夢のことが消えてくれなかった。授業中、ノートをとるふりをしながら、気づけばまた隆のことを思い出していた。
笑った顔とか、ボールを投げるフォームとか──名前を呼んだ瞬間の、あの嬉しそうな表情とか。夢の中で感じたあの体温まで、まだ肌に残っている気がしてしまう。
昼休み、なんとなく辰巳に聞いてみた。
「なあ……夢に出てきた人を好きになることって、あると思う?」
「あるよ。俺、中学のときに好きになった子、夢に出てきたのがきっかけだったし」
「……へぇ」
やっぱりそういうのってあるんだと思う。でも──
「それって……相手が男でも、そうなると思う?」
そう言った瞬間、辰巳が眉をひそめた。
「は?いや、それはないだろ。絶対ない」
「そっか。……うん、だよね」
胸の奥が、じんとした。辰巳の言葉が静かに沈んでいく。なんとなく笑ってごまかしながらそのまま話題を切り上げた。
放課後、僕は図書館の前にいた。なにか答えを求めていたのかもしれない。気づいたら足が向いていた。本棚の間を歩いて、何冊か手に取ってみたけれど、パラパラとページを捲ってはすぐに棚へ返すばかりだった。
「今日は、どんな本を探してるの?」
カウンターの奥から、司書の先生の声がした。穏やかで落ち着いた声。僕は小さく息を吸って、少し迷ってから答えた。
「……うーん、それが。自分でもよく分からなくて……」
先生は少しだけ微笑んで、書架の方へ歩いてきた。
「内容でも、タイトルでも、ちょっとしたキーワードでも。なんか思い出したら教えて。一緒に探すから」
優しい言い方だった。
「ねぇ、先生……」
気づいたら、聞いていた。
「……分からないまま進んでもいいと思いますか?」
先生は少し首を傾げて数秒何も言わずに僕の顔を見ると、微笑みながら答えた。
「うん、いいと思うよ。というか、世の中分からないことの方が多いし、分からないままでしか進めない時もあるよ」
僕は黙って、その言葉を受け取った。
「世の中も人の感情も流動的なものだからね。はっきり分からないからって、それが悪いことなわけじゃないよ」
「……でも、詳しくは言えないけど、自分のことなのに曖昧にしておくのってちょっと、なんていうか……いいのかなって」
「うん。分かるよ。でも、焦らなくていいんだよ。無理に決めなくてもいい。もし仮に進んだ先で“あ、ちょっと違ったな”って思ったとしても、それはそれでちゃんと意味があるから」
先生は静かな声で、でもしっかりとした調子で言った。
「思うままに進めばいいよ。読みたい本が見つからないなら、今は他人が考えた言葉でラベルを貼ることよりも、曖昧な自分と向き合う時間を大切にしてほしいな」
先生の言葉に、どこか曖昧で不確かな自分の輪郭が少しだけ許されたような気がした。
その日、帰ってからも僕はずっと考えていた。
隆への気持ちをどうすべきかって。好きとか、そうじゃないとか。そういう言葉にするには、まだ勇気が足りない。というよりも、言葉にしてしまうこと自体が、ちょっと怖かった。
けど、“また話したい”とか“隣にいたい”っていう、この気持ちは確かだ。
僕はスマホを手に取った。
隆の名前が表示されたトーク画面が胸の奥をくすぐる。
《今週の日曜日空いてたらまた一緒に遊んでくれない?》
入力してからしばらく画面を見つめる。
ちょっとだけ手が震えていた。
でも、先生の言葉を思い出して僕はそっと息を吐いた。
間違えてもいい。
送信ボタンに指を乗せて、ポンと押す。
画面が切り替わって既読がつくのを待つ間、ドクドクと脈打つ胸の音を聞いた。
「慎、今日、来てくれてよかった。……最近ずっと、慎のこと、ちょっと気になってたんだ」
……“気になってた”って、どういう意味だったんだろう。
前に中庭で一緒にお弁当を食べた時、隆は「元気なさそうだったから気になった」って言ってた。あれと同じような意味なのかもしれない。僕のことを心配してくれてたっていう、あくまで“先輩として”の気遣い。
それとも──
いや、ないない。そんなわけあるはずがない。僕なんかがそういう風に見られる理由なんて、どこにもない。
その夜、僕は夢を見た。柔らかい光の中、どこか見知らぬ部屋の中で、隆に後ろから抱きしめられていた。僕の背中に腕がまわって、耳元でやさしく名前を呼ばれて何かを囁かれる。
怖くはなかった。むしろその温もりが心地よくて、安心して、もっと──そう、もっとふれてほしいと心から願っていた。
目が覚めた時、息がうまくできなくて胸がざわざわしていた。
……どうして。なんで、あんな夢を見たんだろう。
額に汗がにじんでいて、それでもまだ腕の中の温もりが残っている気がした。喉がカラカラに乾いていて、布団の中が変に熱く感じた。時計を見ると午前四時すぎ。外はまだ暗いのに、頭だけが冴えていた。
……なんで、あんな夢を。
おかしい。僕はどうかしてる。
次の日、学校に行っても頭の中から夢のことが消えてくれなかった。授業中、ノートをとるふりをしながら、気づけばまた隆のことを思い出していた。
笑った顔とか、ボールを投げるフォームとか──名前を呼んだ瞬間の、あの嬉しそうな表情とか。夢の中で感じたあの体温まで、まだ肌に残っている気がしてしまう。
昼休み、なんとなく辰巳に聞いてみた。
「なあ……夢に出てきた人を好きになることって、あると思う?」
「あるよ。俺、中学のときに好きになった子、夢に出てきたのがきっかけだったし」
「……へぇ」
やっぱりそういうのってあるんだと思う。でも──
「それって……相手が男でも、そうなると思う?」
そう言った瞬間、辰巳が眉をひそめた。
「は?いや、それはないだろ。絶対ない」
「そっか。……うん、だよね」
胸の奥が、じんとした。辰巳の言葉が静かに沈んでいく。なんとなく笑ってごまかしながらそのまま話題を切り上げた。
放課後、僕は図書館の前にいた。なにか答えを求めていたのかもしれない。気づいたら足が向いていた。本棚の間を歩いて、何冊か手に取ってみたけれど、パラパラとページを捲ってはすぐに棚へ返すばかりだった。
「今日は、どんな本を探してるの?」
カウンターの奥から、司書の先生の声がした。穏やかで落ち着いた声。僕は小さく息を吸って、少し迷ってから答えた。
「……うーん、それが。自分でもよく分からなくて……」
先生は少しだけ微笑んで、書架の方へ歩いてきた。
「内容でも、タイトルでも、ちょっとしたキーワードでも。なんか思い出したら教えて。一緒に探すから」
優しい言い方だった。
「ねぇ、先生……」
気づいたら、聞いていた。
「……分からないまま進んでもいいと思いますか?」
先生は少し首を傾げて数秒何も言わずに僕の顔を見ると、微笑みながら答えた。
「うん、いいと思うよ。というか、世の中分からないことの方が多いし、分からないままでしか進めない時もあるよ」
僕は黙って、その言葉を受け取った。
「世の中も人の感情も流動的なものだからね。はっきり分からないからって、それが悪いことなわけじゃないよ」
「……でも、詳しくは言えないけど、自分のことなのに曖昧にしておくのってちょっと、なんていうか……いいのかなって」
「うん。分かるよ。でも、焦らなくていいんだよ。無理に決めなくてもいい。もし仮に進んだ先で“あ、ちょっと違ったな”って思ったとしても、それはそれでちゃんと意味があるから」
先生は静かな声で、でもしっかりとした調子で言った。
「思うままに進めばいいよ。読みたい本が見つからないなら、今は他人が考えた言葉でラベルを貼ることよりも、曖昧な自分と向き合う時間を大切にしてほしいな」
先生の言葉に、どこか曖昧で不確かな自分の輪郭が少しだけ許されたような気がした。
その日、帰ってからも僕はずっと考えていた。
隆への気持ちをどうすべきかって。好きとか、そうじゃないとか。そういう言葉にするには、まだ勇気が足りない。というよりも、言葉にしてしまうこと自体が、ちょっと怖かった。
けど、“また話したい”とか“隣にいたい”っていう、この気持ちは確かだ。
僕はスマホを手に取った。
隆の名前が表示されたトーク画面が胸の奥をくすぐる。
《今週の日曜日空いてたらまた一緒に遊んでくれない?》
入力してからしばらく画面を見つめる。
ちょっとだけ手が震えていた。
でも、先生の言葉を思い出して僕はそっと息を吐いた。
間違えてもいい。
送信ボタンに指を乗せて、ポンと押す。
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