木村先輩と僕

青埜澄

文字の大きさ
7 / 12

6話 夢に触れた

しおりを挟む
 帰りの電車の中でも、夕飯のコンビニ弁当を食べながらでも、僕はずっと木村先輩──隆の言葉を考えていた。
「慎、今日、来てくれてよかった。……最近ずっと、慎のこと、ちょっと気になってたんだ」
……“気になってた”って、どういう意味だったんだろう。
 前に中庭で一緒にお弁当を食べた時、隆は「元気なさそうだったから気になった」って言ってた。あれと同じような意味なのかもしれない。僕のことを心配してくれてたっていう、あくまで“先輩として”の気遣い。
それとも──
いや、ないない。そんなわけあるはずがない。僕なんかがそういう風に見られる理由なんて、どこにもない。

 その夜、僕は夢を見た。柔らかい光の中、どこか見知らぬ部屋の中で、隆に後ろから抱きしめられていた。僕の背中に腕がまわって、耳元でやさしく名前を呼ばれて何かを囁かれる。
怖くはなかった。むしろその温もりが心地よくて、安心して、もっと──そう、もっとふれてほしいと心から願っていた。

 目が覚めた時、息がうまくできなくて胸がざわざわしていた。
……どうして。なんで、あんな夢を見たんだろう。
額に汗がにじんでいて、それでもまだ腕の中の温もりが残っている気がした。喉がカラカラに乾いていて、布団の中が変に熱く感じた。時計を見ると午前四時すぎ。外はまだ暗いのに、頭だけが冴えていた。
……なんで、あんな夢を。
おかしい。僕はどうかしてる。

 次の日、学校に行っても頭の中から夢のことが消えてくれなかった。授業中、ノートをとるふりをしながら、気づけばまた隆のことを思い出していた。
笑った顔とか、ボールを投げるフォームとか──名前を呼んだ瞬間の、あの嬉しそうな表情とか。夢の中で感じたあの体温まで、まだ肌に残っている気がしてしまう。

 昼休み、なんとなく辰巳に聞いてみた。
「なあ……夢に出てきた人を好きになることって、あると思う?」
「あるよ。俺、中学のときに好きになった子、夢に出てきたのがきっかけだったし」
「……へぇ」
 やっぱりそういうのってあるんだと思う。でも──
「それって……相手が男でも、そうなると思う?」
 そう言った瞬間、辰巳が眉をひそめた。
「は?いや、それはないだろ。絶対ない」
「そっか。……うん、だよね」
 胸の奥が、じんとした。辰巳の言葉が静かに沈んでいく。なんとなく笑ってごまかしながらそのまま話題を切り上げた。

 放課後、僕は図書館の前にいた。なにか答えを求めていたのかもしれない。気づいたら足が向いていた。本棚の間を歩いて、何冊か手に取ってみたけれど、パラパラとページを捲ってはすぐに棚へ返すばかりだった。
「今日は、どんな本を探してるの?」
 カウンターの奥から、司書の先生の声がした。穏やかで落ち着いた声。僕は小さく息を吸って、少し迷ってから答えた。
「……うーん、それが。自分でもよく分からなくて……」
 先生は少しだけ微笑んで、書架の方へ歩いてきた。
「内容でも、タイトルでも、ちょっとしたキーワードでも。なんか思い出したら教えて。一緒に探すから」
 優しい言い方だった。
「ねぇ、先生……」
 気づいたら、聞いていた。
「……分からないまま進んでもいいと思いますか?」
 先生は少し首を傾げて数秒何も言わずに僕の顔を見ると、微笑みながら答えた。
「うん、いいと思うよ。というか、世の中分からないことの方が多いし、分からないままでしか進めない時もあるよ」
 僕は黙って、その言葉を受け取った。
「世の中も人の感情も流動的なものだからね。はっきり分からないからって、それが悪いことなわけじゃないよ」
「……でも、詳しくは言えないけど、自分のことなのに曖昧にしておくのってちょっと、なんていうか……いいのかなって」
「うん。分かるよ。でも、焦らなくていいんだよ。無理に決めなくてもいい。もし仮に進んだ先で“あ、ちょっと違ったな”って思ったとしても、それはそれでちゃんと意味があるから」
 先生は静かな声で、でもしっかりとした調子で言った。
「思うままに進めばいいよ。読みたい本が見つからないなら、今は他人が考えた言葉でラベルを貼ることよりも、曖昧な自分と向き合う時間を大切にしてほしいな」
 先生の言葉に、どこか曖昧で不確かな自分の輪郭が少しだけ許されたような気がした。

 その日、帰ってからも僕はずっと考えていた。
隆への気持ちをどうすべきかって。好きとか、そうじゃないとか。そういう言葉にするには、まだ勇気が足りない。というよりも、言葉にしてしまうこと自体が、ちょっと怖かった。
けど、“また話したい”とか“隣にいたい”っていう、この気持ちは確かだ。
僕はスマホを手に取った。
隆の名前が表示されたトーク画面が胸の奥をくすぐる。
《今週の日曜日空いてたらまた一緒に遊んでくれない?》
入力してからしばらく画面を見つめる。
ちょっとだけ手が震えていた。
でも、先生の言葉を思い出して僕はそっと息を吐いた。
間違えてもいい。
送信ボタンに指を乗せて、ポンと押す。
画面が切り替わって既読がつくのを待つ間、ドクドクと脈打つ胸の音を聞いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

猫と王子と恋ちぐら

真霜ナオ
BL
高校一年生の橙(かぶち)は、とある理由から過呼吸になることを防ぐために、無音のヘッドホンを装着して過ごしていた。 ある時、電車内で音漏れ警察と呼ばれる中年男性に絡まれた橙は、過呼吸を起こしてしまう。 パニック状態の橙を助けてくれたのは、クラスで王子と呼ばれている千蔵(ちくら)だった。 『そうやっておまえが俺を甘やかしたりするから』 小さな秘密を持つ黒髪王子×過呼吸持ち金髪の高校生BLです。

きらきらしてる君が好き

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
冴えない一般人である齋藤達也«さいとうたつや»は、夢を見た。それは幼い頃、友人であった柊湊«ひいらぎみなと»と交わした約束の夢。 「一緒にアイドルになろう」 早々に夢を諦めていた達也は感傷的な思いを抱きながら、友人の樋口凪«ひぐちなぎ»にアイドルのライブへと誘われ、奏«そう»というアイドルの握手会に参加する。 「ったつやくん……!?」 アイドルである奏の口から飛び出したのは、彼が知るはずもない自分の名前で── 青春BLカップ参加作品です。

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

初恋ミントラヴァーズ

卯藤ローレン
BL
私立の中高一貫校に通う八坂シオンは、乗り物酔いの激しい体質だ。 飛行機もバスも船も人力車もダメ、時々通学で使う電車でも酔う。 ある朝、学校の最寄り駅でしゃがみこんでいた彼は金髪の男子生徒に助けられる。 眼鏡をぶん投げていたため気がつかなかったし何なら存在自体も知らなかったのだが、それは学校一モテる男子、上森藍央だった(らしい)。 知り合いになれば不思議なもので、それまで面識がなかったことが嘘のように急速に距離を縮めるふたり。 藍央の優しいところに惹かれるシオンだけれど、優しいからこそその本心が掴みきれなくて。 でも想いは勝手に加速して……。 彩り豊かな学校生活と夏休みのイベントを通して、恋心は芽生え、弾んで、時にじれる。 果たしてふたりは、恋人になれるのか――? /金髪顔整い×黒髪元気時々病弱/ じれたり悩んだりもするけれど、王道満載のウキウキハッピハッピハッピーBLです。 集まると『動物園』と称されるハイテンションな友人たちも登場して、基本騒がしい。 ◆毎日2回更新。11時と20時◆

処理中です...