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10話
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花火の日以来、夏休みに修と遊びに出かけることはなかった。
果物工場のバイトでシフトが重なれば、以前と変わらず言葉を交わす。
けれど修は、終業のチャイムが鳴るとすぐ次のバイト先へ向かい、グダグダとしゃべって更衣室で時間をつぶすこともほとんどなくなった。
修はどこか落ち着きがなかった。声は大きく、笑い方は派手で、テンポが速い。
忙しさのせいかと思ったが、タバコを吸っているのを知ってから、佑の中にはずっと引っかかりが残っていた。
そして、喫煙スペースで白い煙を吐く修を見たとき、佑は自分じゃない誰かを彼の中に見た。
花火の日のこと――
キスも、きっと修にとって深い意味なんてないのだろう。そう思うことで、佑はそれ以上考えないようにしていた。
実際に修から何も言ってこないし、自分から切り出す理由も見つからなかった。
「親の仕送りはあてにしてない」
以前そう言っていた言葉が、ふと浮かぶ。
大学に通いながら一人で暮らすことがどれほど大変なのか、佑には正確には分からない。分かったところで、できることは何もない。
だからせめて、普段どおりでいる。
修が求める距離を保ち、余計なことは言わない。
夏休みが終わり、後期が始まった。
久しぶりの大学は、どこか空気が違って見えた。日焼けした肌、軽くなった服装、弾んだ声。皆、少しずつ変わっている。
中でも加川の変化には驚いた。肩まであった髪は短くなり、明るい色に染まっている。
「変わったね」
そう言うと、彼女は首を傾げた。
「どうかな?」
「似合ってると思う」
少し言葉が足りなかったかもしれない。もっと大げさに褒めた方がよかったかもしれない、と後から思う。
加川は前よりも表情が柔らかく、よく笑った。
「上村くんは元気やった?」
返事に迷っていると、
「なに?元気じゃなかった?ちょっと疲れてる?」
心配そうに覗き込まれて、思わず視線をそらす。優しい人だ、と思った。
帰り際、金曜日に飲み会があると誘われた。
酒に弱いと言うと、「ちょっと酔ったとこ見てみたい」と笑う。
「私と、いつものメンバーと、あと泉くんたちも来るって。どう?」
本来なら断っていたはずだった。
けれどその日は、なぜか「行ってもいいかもしれない」と思った。
「……行こうかな。俺が行っていいなら」
そう答えると、加川は目を輝かせて隣の友人とハイタッチした。
「いいよ。むしろ来てほしいって」
夏休み中、二度ほど加川からの誘いを断っていた。それでもまた声をかけてくれたことが、少し嬉しかった。
彼女は見た目だけでなく、内側も変わったように見える。
きっと前ほど自分に対して気が無くなったんだろうと思う。それが少しだけ残念だと思った。
「みんな変わったな。俺だけ何も変わってない気がする」
ぽつりとこぼすと、加川はくすっと笑った。
「上村くんも変わったよ。だって、誘っても絶対来てくれへんと思ってたもん」
それが変化と呼べるのかは分からなかった。
週末、果物工場の更衣室で修と顔を合わせた。
挨拶だけで、機嫌がよくないのが分かる。
昼休憩もほとんど食べず、修は喫煙スペースへ向かった。本数が増えている気がして、佑は視線をそらした。
終業後、修の様子は少し持ち直していた。
佑のロッカーから作業帽を取り出し、高く掲げる。
「ほら、取ってみ」
無視して着替えを続けていると、修はゴミ箱の前まで行った。
「佑、ええんか?」
「……もう、あかんって」
ズボンをはき直して近づくと、修は帽子をゴミ箱の縁に置き、両手を広げた。
「俺を倒さんと返さんぞ」
避けようとした瞬間、身体がぶつかり、抱き合うような形になる。
「こら、喧嘩か?」
笠松の声が飛んだ。
「あんまり上村くんいじめたら可哀想やで」
そう言って去っていくと、更衣室には二人きりになった。
「分かってへんな。いじめとちゃうやろ」
その隙に佑が手を伸ばすと、修の足が佑のすねを軽く蹴った。
「痛っ……そういうのはやめてよ」
「悪い悪い」
軽く言って、修は時計を見る。
「次のバイトまでの暇つぶし終わりやな」
作業帽をぽんと佑の頭に戻し、ロッカーへ向かう背中に、佑は声をかけた。
「今日のバイト、休んだら?」
「なんで?」
「今日……修の家に行きたい」
あったのは怒りの感情だったはずだ。"暇つぶし"と言われたことに腹が立った。
けれど言葉を発した瞬間から、そんな思いは消えていた。
言ってから、胸の奥が少しざわついた。
自分でも意外なほど、言葉はまっすぐだった。
修は一瞬、言葉を探すように黙る。
「へえ。お前からそんなこと言うん、珍しいな……でも」
佑は一歩近づいた。
「俺は行ったらあかんの?笠松さんから聞いた。最近、別のバイト先の人らと宅飲みしてるって」
視線を受けて、修は小さく息を吐く。
苦笑が浮かぶ。
「悪魔の誘いやな……」
冗談めかしたその声と同時に、修が身体の向きを変えた。
行こうとする気配。
その瞬間。佑は、考えるより先に手を伸ばしていた。
修のシャツの裾を、きゅっと掴む。
力は強くないのに、指が離れない。
「……修が嫌なら別にいい」
言葉は譲る形なのに、手は離れなかった。少し震えていた。だから力を込めた。
引き止めるみたいに。
そこにいることを確かめるみたいに。
修が振り返る。
その表情を、佑は見られなかった。
見てしまったら、何かを認めてしまいそうで。
沈黙の中で、修が小さく息を吐く。
「……ほんま、ずるいわ」
責めるでもなく、笑うでもなく。
困ったような、諦めたような声だった。
果物工場のバイトでシフトが重なれば、以前と変わらず言葉を交わす。
けれど修は、終業のチャイムが鳴るとすぐ次のバイト先へ向かい、グダグダとしゃべって更衣室で時間をつぶすこともほとんどなくなった。
修はどこか落ち着きがなかった。声は大きく、笑い方は派手で、テンポが速い。
忙しさのせいかと思ったが、タバコを吸っているのを知ってから、佑の中にはずっと引っかかりが残っていた。
そして、喫煙スペースで白い煙を吐く修を見たとき、佑は自分じゃない誰かを彼の中に見た。
花火の日のこと――
キスも、きっと修にとって深い意味なんてないのだろう。そう思うことで、佑はそれ以上考えないようにしていた。
実際に修から何も言ってこないし、自分から切り出す理由も見つからなかった。
「親の仕送りはあてにしてない」
以前そう言っていた言葉が、ふと浮かぶ。
大学に通いながら一人で暮らすことがどれほど大変なのか、佑には正確には分からない。分かったところで、できることは何もない。
だからせめて、普段どおりでいる。
修が求める距離を保ち、余計なことは言わない。
夏休みが終わり、後期が始まった。
久しぶりの大学は、どこか空気が違って見えた。日焼けした肌、軽くなった服装、弾んだ声。皆、少しずつ変わっている。
中でも加川の変化には驚いた。肩まであった髪は短くなり、明るい色に染まっている。
「変わったね」
そう言うと、彼女は首を傾げた。
「どうかな?」
「似合ってると思う」
少し言葉が足りなかったかもしれない。もっと大げさに褒めた方がよかったかもしれない、と後から思う。
加川は前よりも表情が柔らかく、よく笑った。
「上村くんは元気やった?」
返事に迷っていると、
「なに?元気じゃなかった?ちょっと疲れてる?」
心配そうに覗き込まれて、思わず視線をそらす。優しい人だ、と思った。
帰り際、金曜日に飲み会があると誘われた。
酒に弱いと言うと、「ちょっと酔ったとこ見てみたい」と笑う。
「私と、いつものメンバーと、あと泉くんたちも来るって。どう?」
本来なら断っていたはずだった。
けれどその日は、なぜか「行ってもいいかもしれない」と思った。
「……行こうかな。俺が行っていいなら」
そう答えると、加川は目を輝かせて隣の友人とハイタッチした。
「いいよ。むしろ来てほしいって」
夏休み中、二度ほど加川からの誘いを断っていた。それでもまた声をかけてくれたことが、少し嬉しかった。
彼女は見た目だけでなく、内側も変わったように見える。
きっと前ほど自分に対して気が無くなったんだろうと思う。それが少しだけ残念だと思った。
「みんな変わったな。俺だけ何も変わってない気がする」
ぽつりとこぼすと、加川はくすっと笑った。
「上村くんも変わったよ。だって、誘っても絶対来てくれへんと思ってたもん」
それが変化と呼べるのかは分からなかった。
週末、果物工場の更衣室で修と顔を合わせた。
挨拶だけで、機嫌がよくないのが分かる。
昼休憩もほとんど食べず、修は喫煙スペースへ向かった。本数が増えている気がして、佑は視線をそらした。
終業後、修の様子は少し持ち直していた。
佑のロッカーから作業帽を取り出し、高く掲げる。
「ほら、取ってみ」
無視して着替えを続けていると、修はゴミ箱の前まで行った。
「佑、ええんか?」
「……もう、あかんって」
ズボンをはき直して近づくと、修は帽子をゴミ箱の縁に置き、両手を広げた。
「俺を倒さんと返さんぞ」
避けようとした瞬間、身体がぶつかり、抱き合うような形になる。
「こら、喧嘩か?」
笠松の声が飛んだ。
「あんまり上村くんいじめたら可哀想やで」
そう言って去っていくと、更衣室には二人きりになった。
「分かってへんな。いじめとちゃうやろ」
その隙に佑が手を伸ばすと、修の足が佑のすねを軽く蹴った。
「痛っ……そういうのはやめてよ」
「悪い悪い」
軽く言って、修は時計を見る。
「次のバイトまでの暇つぶし終わりやな」
作業帽をぽんと佑の頭に戻し、ロッカーへ向かう背中に、佑は声をかけた。
「今日のバイト、休んだら?」
「なんで?」
「今日……修の家に行きたい」
あったのは怒りの感情だったはずだ。"暇つぶし"と言われたことに腹が立った。
けれど言葉を発した瞬間から、そんな思いは消えていた。
言ってから、胸の奥が少しざわついた。
自分でも意外なほど、言葉はまっすぐだった。
修は一瞬、言葉を探すように黙る。
「へえ。お前からそんなこと言うん、珍しいな……でも」
佑は一歩近づいた。
「俺は行ったらあかんの?笠松さんから聞いた。最近、別のバイト先の人らと宅飲みしてるって」
視線を受けて、修は小さく息を吐く。
苦笑が浮かぶ。
「悪魔の誘いやな……」
冗談めかしたその声と同時に、修が身体の向きを変えた。
行こうとする気配。
その瞬間。佑は、考えるより先に手を伸ばしていた。
修のシャツの裾を、きゅっと掴む。
力は強くないのに、指が離れない。
「……修が嫌なら別にいい」
言葉は譲る形なのに、手は離れなかった。少し震えていた。だから力を込めた。
引き止めるみたいに。
そこにいることを確かめるみたいに。
修が振り返る。
その表情を、佑は見られなかった。
見てしまったら、何かを認めてしまいそうで。
沈黙の中で、修が小さく息を吐く。
「……ほんま、ずるいわ」
責めるでもなく、笑うでもなく。
困ったような、諦めたような声だった。
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