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しおりを挟む「んじゃ、帰りますか」
「はい、教官殿」
「・・・・・・もうそろそろ、その言いかたやめていただけると嬉しいんですけど」
「だって、嬉しいんですもん」
電車の窓から夕陽が見える。お台場を後にして、埼玉に向かう、右側の窓。
電車は比較的空いていて、4人席を2人で占領して、向かい合って座ることができた。
「勝てなかったですけど」
「いいの。あんなに楽しい時間、生まれて初めてだったんだから」
「だったらいいんですが」
本予選、2回戦は「ガルーダゴルドスとイルドカンデルの連続狩猟」だった。
最善を尽くしたつもりだったが、女神にはどちらも苦手な相手だったし、そうでなくとも相手のチームは一枚も二枚も上手で、驚くほどのタイムで勝ち上がって行った。文句も言えないほどの完敗だった。
「あの相手チームさん、凄かったね」
「ええ。優勝しましたからね」
「9分台出してたの、あのチームだけだったもんね。全国大会でも、優勝するかなあ」
「北海道大会で、同じく9分台出してたチームがあったそうですよ」
「やっぱり・・・・・・世間は広いってことだよね」
ゆりかもめは静かな音を立てて、一本しかないレールの上を走る。
「また来年も出場して下さいって、言われちゃったね」
「それは多分、センパイに対する言葉ですね。今日一日で、何回可愛いとか綺麗とか言われました?」
「うーん、覚えてない・・・・・・」
紙袋とぬいぐるみの山を見る。
これもあれも、みんな可愛いとか綺麗とか何度も言われてプレゼントされた。
「でもね、でも、嬉しかったの」
「そりゃ、褒められれば嬉しいに決まってます。僕はあり得ませんけど」
「かのんくんも、十分にカッコいいよ。・・・・・・じゃなくて、『可愛い』じゃないの、嬉しかったのは。・・・・・・もっと嬉しいこと」
夕焼けの空を見つめて、女神は微笑んだ。
「え?・・・・・・ああ、本予選まで行ったし、1回戦は勝ちましたしね。あれも、今考えればよく勝てたもんだと」
「だから、違う。もっともおーっと、嬉しいこと」
「・・・・・・ぬいぐるみ?」
「かのじょはー、ぼくのー、しょーりのー、めー、がー」
「わーっ!やめっ!ごめんなさいっ!」
向かいの席に座る、女神の肩を両手でぎゅっとつかむ。
「もう言いませんから!自分でもなに喋ったのかわからなかったんです!」
「すごい歓声だったよね。あとでスタッフの方々も、あの日一番の大歓声でしたねーって言ってくれたし」
「・・・・・・許してくれませんか、もう」
「あとあと、かのんくんってかなりダイタン発言繰り返してたよね。また来年も来ましょうセンパイ!とか、明日から、いや今日から毎日特訓だ!とか」
「・・・・・・それももう許して」
「それに、さ、これ」
ぼふっ、とぬいぐるみを抱える。
「50年後に会いに行きますよ?とか。もう、女泣かせっていうか、普通だったら女の子、泣いちゃうよ?」
ぎゅううう。
猫が抱きしめられる。
「・・・・・・もうちょっと、話し方を勉強することにします」
「いいの。わざと言ってるんじゃないところが、女の子にはぐっと来るんだから。キザったらしく言われたら、すぐ幻滅しちゃう」
「さらに難しいですね」
「そのままでいいってことだよ、かのんくんは。いつかゼッタイ、とっても素敵な彼女ができるよ。私が保障する。うん、間違いない」
赤い夕陽が照らす、夢のように美しい顔。
でも、この顔がすぐ近くにあるのか、とても遠い場所にあるのか、それすら今の僕には分からない。
世界で誰よりも近い場所にいるとも思えるし、とても遠くも感じる。何せ、ゲームの中で知りあってまだ一ヶ月とちょっと、センパイだと分かったのは10数日前。リアルで会話したのは、わずか4日間だ。
その4日間で、それまでの人生を一変してしまうくらいのいろんなことがあったけど、それでもまだ4日間。それが、姫神万理沙と今宮直樹が過ごした時間。実質3日。
彼女は元アイドルで、ファンも未だにたくさんいて、学校にも大量のファンがいて、ファンクラブがあって、めっちゃめちゃカッコいい先輩や、野球部のエースとか、ぶっちぎりに釣り合っちゃう人が彼女にしたい女性ナンバーワンなわけで。
とてもとても、口下手で根暗な一年生剣道部員が望むような存在ではない。
彼女には辛い過去があって、それがトラウマとなって今でも恋に踏み出せないが、いつかは全てを受け入れてくれる彼氏だって現れる。
いや、処女じゃなくても、たとえつらい過去が、病気があって、彼女がそれを負債に思っていても、別に今の彼女が病気で治療中なわけではない。
子供が産まれにくいかも、と言っていたが、それは小学生の頃に言われた話で、高校性になった今、ちゃんと検査を受ければ『何ともないよ』と笑われるかもしれない。
彼女の持つ魅力、整った顔やすらりとした姿だけではなく、誰にも気持ちのいい態度、思いやりを忘れない気遣い、鈴の音を転がすような話し声、責任感のある行動、いざという時に思い切りよく飛び込んで行く度胸。
どれを取っても素晴らしいの一言だ。その魅力をして、過去のことなどどうでもいいさ、と笑って許せることなど、たやすいものだと思える。
彼女は誰も受け入れてくれない、と頑なに思っているが、世の中にたくさんいる、心の広い人たちの存在を知れば、きっと考え方も変わる。
世の中には、きっと彼女よりももっと酷い目にあった人たちもたくさんいて、それでもみんなそれを許し合い、胸の内に含み合い、昇華して生きている。彼女自身だってそうに違いない。
そして、その時こそ、全ての憂いを無くしたその瞳はさらに遠くを、その翼はさらに高みを飛ぶことができるだろう。たかがゲームの中で知り合った、ちょっと女性に縁のない野郎が話を聞いてあげて、浮かれているだけだ。
「どうしたのかのんくん?急に黙っちゃって」
いきなり焦点が合う。どうやら女神の顔を見つめたまま、ぼーっとしていたらしい。
「次の駅で乗り換えだね。何時頃、大宮に着くかなあ」
「えーと」
携帯を取り出して操作する。
「19:34ですね」
「ちょっと遅くなっちゃうね。・・・・・・お姉ちゃんにメールしとく」
携帯を取り出し、ささっと操作してすぐに仕舞う。電車内でのマナーだ。
「でもまだ、あと1時間は一緒にいられるね」
「はい。ちゃんと送って行きますから」
「ん・・・・・・ありがと。かのんくんなら、怖い人がいても安心だね」
「いえいえ、案外、すぐ逃げちゃうかもしれません」
「あはは。武器は片手か大剣か?ちゃんと選ばせてあげるから!」
「部活停止になりそうですねそれ」
「正当防衛だよ。黙っておけばいいのいいの」
「うちの生徒会の副会長さんは厳しい方だそうで、隠し事してても全て白状させられてしまうって噂なんです」
「へーえ!怖い人がいるもんだね!どんなオニみたいな顔なんだろうねー!」
「それが、めっちゃめちゃ美人って評判ですよ」
「あはははは。いっぺん見てみたいな!本当に美人かどうか!このあたしに勝てるかな?」
「明日の朝、鏡に映っているかもしれませんよ?」
「そっか!じゃあ、明日の朝を楽しみにしてる!」
電車がホームに入り、人々が立ち上がる。
釣られて、僕たちも立ち上がった。
人通りの少なくなった団地の道を、自転車を押して歩く。もう外は暗い。
駅に止めてあったので、チャリで送りますよ、と言ったのだが、女神はゆっくり歩きたいから、と申し訳なさそうに言った。別に異存はない。少しでも一緒にいられる方が、夢の時間が長く続くから。
そう、これはきっと、夢のような時間。
ゲームを通じてイベントに行くだけの、わずか数日にかけられた魔法。今夜24時で魔法は溶けてしまい、現実に戻る。
僕が女神に呼び出される用事はなくなってしまい、学校では退屈な授業を受けて、タカシと、美沙としゃべってだべって、部活に行って、誰もいない家に帰る。その日常が戻ってくるだけ。
至福の時間をくれた女神は、再び天界へ戻って行く。
「楽しかった、ねー」
左側を歩く女神は、何度目かとなるそのセリフを言った。
「一生忘れない日になりましたよ」
「あはは。かのんくんらしい」
「本当ですから」
「うん。・・・・・・ありがとう」
ゆっくりとした足取りも、やがて終わりを迎える。彼女の家、ちょっと他の家より敷地の大きな二世帯住宅が、夜の闇の中に姿を現した。
「かのんくん、ううん、今宮くん、言葉ではもう言い表せないけれど、今日は私にとってとても大切な、素敵な一日でした。こんな私に付き合ってくれて、受け入れてくれてありがとう。たくさん迷っちゃったけど、間違ってなかった」
「自分も、です。初デート、ですから」
「あはは。実は私もそう。お父さん以外は初めてのデート。初めてで、気が利かなかったかもしれないけれど」
「こちらこそ」
「また・・・・・・」
その先は、彼女には言えなかった。僕も聞き直せなかった。
それが姫神万理沙という少女の限界、今宮直樹という少年の限界。
「ええ。また」
「LIMEするよ」
「待ってます」
「かのんくん・・・・・・名残惜しいよ」
ちょっと鼻声。
こっちも泣いてしまうから、やめて欲しい。
「自分も、です。でも、ご家族が心配されますし」
「かのんくんも、お母さん待ってるね、きっと」
「明日は大阪で仕事なんで、今夜からもう出かけてます」
「そっか。・・・・・・じゃあね、かのんくん。気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。お休みなさい」
「お休みなさい・・・・・・」
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