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20 雨屋小智子4-3
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さすがの兄貴も、一瞬フリーズした。
超鋭い、ドリブルでのカットイン。
華麗なレイアップシュートが決まった。
「はい、1点」
「・・・・・・サトヤ、てめえ」
「次、兄貴の番だね」
ダム。ダム。
兄貴の目が、本気だ。
次の1本、どうしても防ぐ。防がないと、ではない。絶対に入れさせない。
「・・・・・・目覚めたら、ちゃんと聞かせてもらうぞ、サトヤ」
「早く来いよ」
だが、兄貴の実力は圧倒的だった。
あっという間に、俺は抜かれた。
だけど、承知済みだ。
「な」
ジャンプした兄貴は、驚愕に声を漏らした。
ゴールがない。
「ゴールはあっちだよ、兄貴」
俺が指差す。
今の体育館にある、新しくなったゴール。
上からハンドル操作で下ろすタイプだ。
力なく、兄貴が着地する。
「・・・・・・」
「はい、トラベリングね」
呆然とした表情の兄貴から、ボールを奪い取る。
「こんなの、反則だろ」
「どこのゴールとは言ってないぜ」
ギリギリだった。
直前まで、確かにゴールは元の場所にあった。兄貴に抜かれた瞬間、俺のイメージが兄貴の記憶を上書きしたのだ。
やはり、8年前の記憶では、現役部員のイメージには勝てない。いくらバスケがうまくても。
さて。
ここでようやく、五分と五分だ。まだスコアは1-2、俺が圧倒的不利には違いない。
俺がドリブルを開始すると、兄貴が激しく身体をぶつけてきた。
審判のいないここでは、ファウルかどうかの判断なんてつかない。練習でも感じたことのない強烈なプレッシャーとボディチェックに、俺は怯む。
だが。
「がんばって!からすまくん!」
「おう!」
雨屋がいる。
彼女はバスケ部ではないが、体育でしているのを見たことはある。結構うまい。
だけど、彼女に通じるか。
雨屋が小さく頷く。よし、いける。
俺が目で合図すると、彼女は猛然とダッシュしてきた。
俺からのパスを受け、雨屋が華麗にランニングシュートを決める。
これで2-2。
「・・・・・・どういうことだ」
「1対1、とは言ってねーぜ。俺と兄貴の勝負だ。俺たちふたりでかかっても、文句はねーだろ」
「ダメに決まってるだろう」
「なら、兄貴も誰か呼べよ。リカちゃん先生でも、斎藤さんでもいいぜ」
「・・・・・・」
リカちゃん先生は、ただ戦況を見守っている。
兄貴が勝つのを、望んではいない。
だから、協力することはない。
斎藤さんは、きっと現れない。
兄貴には、もう夢を操作するチカラはない。もうイメージはできないはず。
そう、思っていた。
「よ」
「あ」
「斎藤」
しまった。
ユニフォーム姿の斎藤さんが、ふつーに体育館へ入ってきた。
「楽しいことしてるな、星矢」
「斎藤、俺に」
「いや、俺はお前に協力しねーぜ。弟くんを応援してる」
「な」
愕然とする兄貴。
やはり、さっきの暗い居間のイメージは。
兄貴の心の中だ。
だから斎藤さんは現れるけど、兄貴との未来を望んだりしない。
「でもよ、応援はするぜ、星矢。俺、ずっとお前のファンだからな」
「ああ。見てろよ」
兄貴のボール。
ここだ。ここを止めなければ、終わりだ。
兄貴の服装が変わった。
昔のユニフォーム。うちの部室に飾られている、インターハイ出場時の伝説のユニ。
兄貴は本気だ。今度こそ。
斎藤さんが見ている前で、無様な姿は見せられない。
さあ、ドリブルか。打ってくるか。
俺は、全神経を集中した。
フェイント、シュートに見せかけてドリブル。
俺は必死に兄貴についていった。ぴったりと身体を寄せ、ゴールへは向かわせない。
「さと、や」
「行かせない。絶対に」
兄貴のドリブルは、本当に凄かった。
スピードもパワーも、こんな選手はうちの学校にいない。レギュラーでエースのみつるさえも、きっとこの兄貴には敵わないだろう。
だが。
止める。止めてやる。
シュッ。
兄貴の放ったジャンプシュートが、かろうじて指先に触れた。
がごっ。
かろうじてリングに弾かれる。
あと数センチズレていれば、危なかった。
兄貴のシュートが正確で、むしろ救われた。
リバウンドをキャッチし、攻守を交代する。
「これで終わらせるぜ、兄貴」
「やってみろ」
「見てろよ」
俺はくるりと兄貴に背中を向けると、反対方向へドリブルした。
20メートルくらいの距離で、兄貴とその背後にあるゴールを睨む。
さて、できるか。俺に、乗宮のように。
やるしかない。
必殺、乗宮エアーウォーク。
だん!
強く、床を蹴った。
「まさか____」
兄貴と、斎藤さんが驚愕する。
俺の身体は、ふわりと宙を飛び。
長い距離を、跳び続けた。
もっと遠くへ、遠くへ。あのゴールを目指して。
ガゴッ!
ゴールの中央へ、ハイジャンプからのダンクシュートを決めた。
ごっすん。
役割を終えたゴールリングが外れ、地面へと落下する。
「どうだ、兄貴」
「・・・・・・お前、すげえなサトヤ」
「やった!からすまくん!」
「ほんとすげーな、弟くんは」
最終スコア、3-2。
俺の勝利だ。
兄貴は、右手を差し出してきた。
それを握ると、めっちゃ強く握りしめられた。いてて、折れる折れる。
「お前に負けたことないから、悔しいぜ」
「いてえ、痛ってえって兄貴!折れるおれる、マジでおれるうううう!」
「しかし、よくこんなの思いついたな。お前、相当夢の世界に慣れてるな」
「ふう。・・・・・・まあね」
もし乗宮のエアーウォークを実際に見てなければ、こんなこと思いつきもしなかっただろう。
ありがとう乗宮。また夢と現実の両方で可愛がってやるぜ。
斎藤さんは消えた。
残ったのは4人。
兄貴と俺、雨屋、リカちゃん先生。
「負けた、か」
だが、兄貴はどこか満足そうな顔をしていた。
「約束だ、兄貴。元へ戻ってくれ。高校の頃の、兄貴に」
「難しいな」
苦笑しつつ、そう言った。
そりゃそうだ。人間の気持ち、特に好きな人、好きなタイプを変えるってのは、簡単じゃない。
「センパイ」
リカちゃん先生が、手を差し出した。
「わたしが、センパイにもう一度好きになってもらえるように、努力します」
「雪原」
「わたし、今でもセンパイのこと、好きですから」
「・・・・・・俺は、ゲイだ」
「分かってます。気持ちの整理はつきにくいけど、今日みたいな光景、今日みたいな朝ごはん、一緒に迎えたいですから。ずっと」
兄貴は、俺の顔を見た。
「サトヤと、したんだろ?雪原」
「えっ?」
「えっ?」
リカちゃん先生と雨屋がハモった。
俺はリカちゃん先生に手を合わせた。ごめん、言っちゃった。
「・・・・・・ううん、いいの。ずっと隠しては、おけないから。・・・・・・保健室で、からすまくんが眠っている時、ついセンパイの面影を重ねてしまって。その、身体を。・・・・・・ごめんね、からすまくん」
「いえ」
「ごめんなさい、でも、センパイのこと、ずっと忘れられなくて。・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
泣き出したリカちゃん先生を、兄貴がそっと抱きしめた。
「お互い、心の整理をつけないとならないことが、たくさんあるな」
「・・・・・・はい」
「サトヤと雪原がってのは、ちょっと実感が湧かないな。・・・・・・サトヤ、リカのこと、好きか?」
「うん」
「でも、うちにいても手出しはしないでくれよ。あと、夢の中に入るのも禁止だ。俺にもリカにも」
「分かってるよ。もう、これっきりだ」
「そっちのカノジョさん、怒ってるぞ」
俺は振り向いた。
雨屋が睨んでいた。
「・・・・・・あとで、ゆっくりと詳細を聞かせてもらうわ、からすまくん」
「お、おう」
おー、怒ってる怒ってる。こりゃ落雷が来るな。
あるいは台風レベル、もしくは隕石が。いやスペースコロニー、果ては十字形の小惑星レベルかもしれない。エゴだよそれは。
最後のメロディが、外から聞こえてきた。
2時間映画のラストシーン。
「兄貴、先生」
「ん?」
「もうすぐ、夢から覚める」
「そうか。・・・・・・分かった。リカ、もう泣き止んで」
「・・・・・・うん」
兄貴がリカちゃん先生を抱きしめ、耳元で何か囁く。
先生は、笑顔で頷いた。
ゆっくりと、光景が滲んでいく。
抱きしめあった姿の、ふたりも。
スクリーンには、エンドロールが流れていた。
俺は、雨屋の手を握り直した。
「・・・・・・終わった、ね」
「終わったな」
映画。
ほんと、数分しか観てない。
「・・・・・・帰るか」
「うん」
「兄貴、先生」
「おう」
前の席で、兄貴とリカちゃん先生が立ち上がった。
「あーあ、ポップコーン、全然食ってないな。これもサトヤのせいだな」
「わたしも、コーラ全然飲めなかった」
ふたりは笑っていた。
じゃ、と兄貴は手を振った。
「俺とリカは、少し話をしたいから。そっちもだろ?」
「話っていうか、ただ怒られる予感しかしない」
「別に怒ってないよ。嘘ついてたのを怒ってるだけ」
「怒ってるじゃねーか」
「バイバイ、からすまくん、雨屋さん」
「先生、また学校で」
あれ。
なんでリカちゃん先生には怒らないんだ雨屋。悪いのはあっちだぞ。俺だけど。
二人きりになり、雨屋がゆっくりと俺を睨む。
仏の顔で鬼の顔、とでも言うべきか。
「ぜんぶ、嘘偽りなく、話してもらいますからね」
「は、はひ」
なんでだ。雨屋、カノジョでもないのに。
まあいいか。今回、こいつには多大なお世話になったし。
それに、もうこいつには嘘を付きたくなかった。なんでも話せるって、気楽だ。
映画館を出て、先に立って歩く彼女の背中に、話しかけてみた。
「なあ雨屋」
「何」
「セックスしようぜ」
「・・・・・・バカ」
「俺、雨屋とセックスしたい。夢じゃなくて。リアルで」
「バーカ。何言ってんの?ぜったいにしてあげない」
「はあ。残念だなあ。・・・・・・乗宮はさせてくれないし、リカちゃん先生にも手出しできなくなったし・・・・・・やっぱり、ここは本織に頼んで_____痛ってぇっ!」
脇腹をつねられた。
はは。雨屋、可愛いな。
俺は肩を抱き、すぐに払われた。
「浮気なんて、絶対にだめだから」
「俺、雨屋のこと結構好きかもしれない。ガチで」
「それ、乗宮さんの前で言えるの?」
「うぐ」
「はい、この会話全てスマホに録音しました」
「マジで!?」
俺たちはじゃれ合いながら、お昼ごはんを求めて駅の方へと向かうバスに乗った。
(ちょいとあとがき)
今回のエピソードでは、男女関係について微妙な内容が描かれています。
近年、性的嗜好の多様化に際して、認め合い尊重すべきという意見が多いというか、同調圧力に抵抗するものは絶対悪、という風潮が強いように思えます。
この小説、および筆者は考え方や性の多様性に対して否定的な見方をするものではありません。「こんな内容は不適切だ」と意見されるのは自由ですが、あくまで登場人物たちの見解というか、話の流れ的にこうなっただけというか、こういう意見を出す人もそりゃいるだろなあ、と表現の一つとして寛容にとらえていただければ幸いです。
ただ、気持ちを害されたのなら申し訳なく思います。
なお筆者はサービス業に従事しており、そこではLGBTQに賛同・支援する立場です。
超鋭い、ドリブルでのカットイン。
華麗なレイアップシュートが決まった。
「はい、1点」
「・・・・・・サトヤ、てめえ」
「次、兄貴の番だね」
ダム。ダム。
兄貴の目が、本気だ。
次の1本、どうしても防ぐ。防がないと、ではない。絶対に入れさせない。
「・・・・・・目覚めたら、ちゃんと聞かせてもらうぞ、サトヤ」
「早く来いよ」
だが、兄貴の実力は圧倒的だった。
あっという間に、俺は抜かれた。
だけど、承知済みだ。
「な」
ジャンプした兄貴は、驚愕に声を漏らした。
ゴールがない。
「ゴールはあっちだよ、兄貴」
俺が指差す。
今の体育館にある、新しくなったゴール。
上からハンドル操作で下ろすタイプだ。
力なく、兄貴が着地する。
「・・・・・・」
「はい、トラベリングね」
呆然とした表情の兄貴から、ボールを奪い取る。
「こんなの、反則だろ」
「どこのゴールとは言ってないぜ」
ギリギリだった。
直前まで、確かにゴールは元の場所にあった。兄貴に抜かれた瞬間、俺のイメージが兄貴の記憶を上書きしたのだ。
やはり、8年前の記憶では、現役部員のイメージには勝てない。いくらバスケがうまくても。
さて。
ここでようやく、五分と五分だ。まだスコアは1-2、俺が圧倒的不利には違いない。
俺がドリブルを開始すると、兄貴が激しく身体をぶつけてきた。
審判のいないここでは、ファウルかどうかの判断なんてつかない。練習でも感じたことのない強烈なプレッシャーとボディチェックに、俺は怯む。
だが。
「がんばって!からすまくん!」
「おう!」
雨屋がいる。
彼女はバスケ部ではないが、体育でしているのを見たことはある。結構うまい。
だけど、彼女に通じるか。
雨屋が小さく頷く。よし、いける。
俺が目で合図すると、彼女は猛然とダッシュしてきた。
俺からのパスを受け、雨屋が華麗にランニングシュートを決める。
これで2-2。
「・・・・・・どういうことだ」
「1対1、とは言ってねーぜ。俺と兄貴の勝負だ。俺たちふたりでかかっても、文句はねーだろ」
「ダメに決まってるだろう」
「なら、兄貴も誰か呼べよ。リカちゃん先生でも、斎藤さんでもいいぜ」
「・・・・・・」
リカちゃん先生は、ただ戦況を見守っている。
兄貴が勝つのを、望んではいない。
だから、協力することはない。
斎藤さんは、きっと現れない。
兄貴には、もう夢を操作するチカラはない。もうイメージはできないはず。
そう、思っていた。
「よ」
「あ」
「斎藤」
しまった。
ユニフォーム姿の斎藤さんが、ふつーに体育館へ入ってきた。
「楽しいことしてるな、星矢」
「斎藤、俺に」
「いや、俺はお前に協力しねーぜ。弟くんを応援してる」
「な」
愕然とする兄貴。
やはり、さっきの暗い居間のイメージは。
兄貴の心の中だ。
だから斎藤さんは現れるけど、兄貴との未来を望んだりしない。
「でもよ、応援はするぜ、星矢。俺、ずっとお前のファンだからな」
「ああ。見てろよ」
兄貴のボール。
ここだ。ここを止めなければ、終わりだ。
兄貴の服装が変わった。
昔のユニフォーム。うちの部室に飾られている、インターハイ出場時の伝説のユニ。
兄貴は本気だ。今度こそ。
斎藤さんが見ている前で、無様な姿は見せられない。
さあ、ドリブルか。打ってくるか。
俺は、全神経を集中した。
フェイント、シュートに見せかけてドリブル。
俺は必死に兄貴についていった。ぴったりと身体を寄せ、ゴールへは向かわせない。
「さと、や」
「行かせない。絶対に」
兄貴のドリブルは、本当に凄かった。
スピードもパワーも、こんな選手はうちの学校にいない。レギュラーでエースのみつるさえも、きっとこの兄貴には敵わないだろう。
だが。
止める。止めてやる。
シュッ。
兄貴の放ったジャンプシュートが、かろうじて指先に触れた。
がごっ。
かろうじてリングに弾かれる。
あと数センチズレていれば、危なかった。
兄貴のシュートが正確で、むしろ救われた。
リバウンドをキャッチし、攻守を交代する。
「これで終わらせるぜ、兄貴」
「やってみろ」
「見てろよ」
俺はくるりと兄貴に背中を向けると、反対方向へドリブルした。
20メートルくらいの距離で、兄貴とその背後にあるゴールを睨む。
さて、できるか。俺に、乗宮のように。
やるしかない。
必殺、乗宮エアーウォーク。
だん!
強く、床を蹴った。
「まさか____」
兄貴と、斎藤さんが驚愕する。
俺の身体は、ふわりと宙を飛び。
長い距離を、跳び続けた。
もっと遠くへ、遠くへ。あのゴールを目指して。
ガゴッ!
ゴールの中央へ、ハイジャンプからのダンクシュートを決めた。
ごっすん。
役割を終えたゴールリングが外れ、地面へと落下する。
「どうだ、兄貴」
「・・・・・・お前、すげえなサトヤ」
「やった!からすまくん!」
「ほんとすげーな、弟くんは」
最終スコア、3-2。
俺の勝利だ。
兄貴は、右手を差し出してきた。
それを握ると、めっちゃ強く握りしめられた。いてて、折れる折れる。
「お前に負けたことないから、悔しいぜ」
「いてえ、痛ってえって兄貴!折れるおれる、マジでおれるうううう!」
「しかし、よくこんなの思いついたな。お前、相当夢の世界に慣れてるな」
「ふう。・・・・・・まあね」
もし乗宮のエアーウォークを実際に見てなければ、こんなこと思いつきもしなかっただろう。
ありがとう乗宮。また夢と現実の両方で可愛がってやるぜ。
斎藤さんは消えた。
残ったのは4人。
兄貴と俺、雨屋、リカちゃん先生。
「負けた、か」
だが、兄貴はどこか満足そうな顔をしていた。
「約束だ、兄貴。元へ戻ってくれ。高校の頃の、兄貴に」
「難しいな」
苦笑しつつ、そう言った。
そりゃそうだ。人間の気持ち、特に好きな人、好きなタイプを変えるってのは、簡単じゃない。
「センパイ」
リカちゃん先生が、手を差し出した。
「わたしが、センパイにもう一度好きになってもらえるように、努力します」
「雪原」
「わたし、今でもセンパイのこと、好きですから」
「・・・・・・俺は、ゲイだ」
「分かってます。気持ちの整理はつきにくいけど、今日みたいな光景、今日みたいな朝ごはん、一緒に迎えたいですから。ずっと」
兄貴は、俺の顔を見た。
「サトヤと、したんだろ?雪原」
「えっ?」
「えっ?」
リカちゃん先生と雨屋がハモった。
俺はリカちゃん先生に手を合わせた。ごめん、言っちゃった。
「・・・・・・ううん、いいの。ずっと隠しては、おけないから。・・・・・・保健室で、からすまくんが眠っている時、ついセンパイの面影を重ねてしまって。その、身体を。・・・・・・ごめんね、からすまくん」
「いえ」
「ごめんなさい、でも、センパイのこと、ずっと忘れられなくて。・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
泣き出したリカちゃん先生を、兄貴がそっと抱きしめた。
「お互い、心の整理をつけないとならないことが、たくさんあるな」
「・・・・・・はい」
「サトヤと雪原がってのは、ちょっと実感が湧かないな。・・・・・・サトヤ、リカのこと、好きか?」
「うん」
「でも、うちにいても手出しはしないでくれよ。あと、夢の中に入るのも禁止だ。俺にもリカにも」
「分かってるよ。もう、これっきりだ」
「そっちのカノジョさん、怒ってるぞ」
俺は振り向いた。
雨屋が睨んでいた。
「・・・・・・あとで、ゆっくりと詳細を聞かせてもらうわ、からすまくん」
「お、おう」
おー、怒ってる怒ってる。こりゃ落雷が来るな。
あるいは台風レベル、もしくは隕石が。いやスペースコロニー、果ては十字形の小惑星レベルかもしれない。エゴだよそれは。
最後のメロディが、外から聞こえてきた。
2時間映画のラストシーン。
「兄貴、先生」
「ん?」
「もうすぐ、夢から覚める」
「そうか。・・・・・・分かった。リカ、もう泣き止んで」
「・・・・・・うん」
兄貴がリカちゃん先生を抱きしめ、耳元で何か囁く。
先生は、笑顔で頷いた。
ゆっくりと、光景が滲んでいく。
抱きしめあった姿の、ふたりも。
スクリーンには、エンドロールが流れていた。
俺は、雨屋の手を握り直した。
「・・・・・・終わった、ね」
「終わったな」
映画。
ほんと、数分しか観てない。
「・・・・・・帰るか」
「うん」
「兄貴、先生」
「おう」
前の席で、兄貴とリカちゃん先生が立ち上がった。
「あーあ、ポップコーン、全然食ってないな。これもサトヤのせいだな」
「わたしも、コーラ全然飲めなかった」
ふたりは笑っていた。
じゃ、と兄貴は手を振った。
「俺とリカは、少し話をしたいから。そっちもだろ?」
「話っていうか、ただ怒られる予感しかしない」
「別に怒ってないよ。嘘ついてたのを怒ってるだけ」
「怒ってるじゃねーか」
「バイバイ、からすまくん、雨屋さん」
「先生、また学校で」
あれ。
なんでリカちゃん先生には怒らないんだ雨屋。悪いのはあっちだぞ。俺だけど。
二人きりになり、雨屋がゆっくりと俺を睨む。
仏の顔で鬼の顔、とでも言うべきか。
「ぜんぶ、嘘偽りなく、話してもらいますからね」
「は、はひ」
なんでだ。雨屋、カノジョでもないのに。
まあいいか。今回、こいつには多大なお世話になったし。
それに、もうこいつには嘘を付きたくなかった。なんでも話せるって、気楽だ。
映画館を出て、先に立って歩く彼女の背中に、話しかけてみた。
「なあ雨屋」
「何」
「セックスしようぜ」
「・・・・・・バカ」
「俺、雨屋とセックスしたい。夢じゃなくて。リアルで」
「バーカ。何言ってんの?ぜったいにしてあげない」
「はあ。残念だなあ。・・・・・・乗宮はさせてくれないし、リカちゃん先生にも手出しできなくなったし・・・・・・やっぱり、ここは本織に頼んで_____痛ってぇっ!」
脇腹をつねられた。
はは。雨屋、可愛いな。
俺は肩を抱き、すぐに払われた。
「浮気なんて、絶対にだめだから」
「俺、雨屋のこと結構好きかもしれない。ガチで」
「それ、乗宮さんの前で言えるの?」
「うぐ」
「はい、この会話全てスマホに録音しました」
「マジで!?」
俺たちはじゃれ合いながら、お昼ごはんを求めて駅の方へと向かうバスに乗った。
(ちょいとあとがき)
今回のエピソードでは、男女関係について微妙な内容が描かれています。
近年、性的嗜好の多様化に際して、認め合い尊重すべきという意見が多いというか、同調圧力に抵抗するものは絶対悪、という風潮が強いように思えます。
この小説、および筆者は考え方や性の多様性に対して否定的な見方をするものではありません。「こんな内容は不適切だ」と意見されるのは自由ですが、あくまで登場人物たちの見解というか、話の流れ的にこうなっただけというか、こういう意見を出す人もそりゃいるだろなあ、と表現の一つとして寛容にとらえていただければ幸いです。
ただ、気持ちを害されたのなら申し訳なく思います。
なお筆者はサービス業に従事しており、そこではLGBTQに賛同・支援する立場です。
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