生徒会長・七原京の珈琲と推理 学園専門殺人犯Xからの手紙

須崎正太郎

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第十話 十月二十五日――第三の事件、七原襲撃

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 十月二十五日の午前九時。
 講堂に全校生徒が集められた。

 本来、安曇学園の生徒は全学年で三百八十人のはずだが、今日の出席者数は二百人ほどだった。その二百人の前で、田中校長が壇上に上がり、二度も巻き起こった事件について「非常に遺憾に思う」と告げた上で「いま、警察の方々が全力で捜査をしてくれている。事件は必ず解決します。どうか皆さん、動じないでください」と言った。

「また、来月に開催を予定していた文化祭ですが、これについても、誠に遺憾ながら、中止することに致しました」

 講堂中がざわついた。

「先生たちも大変残念に思っています。しかしながら、やむを得ない事態です。どうか生徒の諸君にも、ご理解いただきたい。そう思います」

 やけにしゃべり方が丁寧なのは、Xのことを意識しているんだろうか。
 そうだ、この二百人の中に、Xがいる可能性があるんだ。Xがいると思えば、言葉選びも慎重になるか。

「次に、生徒会長」

 集会の司会を務めていた教頭先生が、僕のことを呼んだ。
 僕と高千穂翠と佐久間君、つまり現生徒会のメンバーだけは、ほかの生徒たちとは別の場所、先生たちの隣にあるパイプ椅子の上に座っていたわけだが、田々中教頭の呼び出しに応じて、僕は全校生徒の前に移動した。

「生徒会長の七原です」

 僕は、ちらりと延岡先生のほうを見てから口を開いた。
 今日のことは、昨日の打ち合わせ通りだ。喋る内容も、延岡先生と相談の上、もう決まっている。僕は頭の中の原稿を読み上げた。

「校長先生から先ほどお話があったように、今年の文化祭は開催を中止します。皆さん、とても残念だと思います。僕も残念です。ですが、現在、学校が置かれている状況を考えれば、やむを得ないことだと思います。来年こそ、明るい文化祭を開催できたらいいと思います」

 喋りながら、ありきたりと言うか、誰でも言いそうな台詞だなと思っていた。
 まあ、生徒会長ってこういうものなんだろうけれど。

 けれども、こうしてみんなの前に立っていると、体操座りをしている生徒一同、二百人の顔がよく見える。ほとんどの生徒はうつむいていたり、ぼんやりと僕のほうを見たりしているだけだが、二割くらいの生徒は、悔しそうに、悲しそうに、眉間にしわを寄せていた。

 これだ。こういうのが、たまらないんだ。Xになんの思惑があるか知らないが、文化祭を楽しみにしていた、文化祭に向けて準備をしていた生徒たちを蹂躙する権利など、お前にあるものか。腹が立つのだ。お前は何様だ、という気持ちになるんだ。たまらない。

 だから僕は、拳を握りしめて、

「こんな毎日は、いつまでも続きません」

 予定になかった言葉を口にした。
 延岡先生が、教師陣が、いっせいに僕のほうを見た。

「殺人犯Xは必ず逮捕されます。昔の安曇学園が戻ってきます。事件が解決し、みんなが笑顔になって、また学校生活を楽しんで、……卒業して何年か経ったら、あんなこともあったね、と振り返って、永谷先生や猿田君のことを悼みながらも、幸せな人生を送って、友達同士でまた集まることができる、そんな未来が必ずやってくる。僕はそう信じています」

 自分でも驚くほど、言葉を紡ぐことができた。
 綺麗事かもしれないが、それは偽らざる、僕の真実の心境だったのだ。

 話を終えて、小さく一礼する。
 すると、生徒たちがいっせいに拍手を始めた。叱られるかと思っていたが、先生たちでさえ、拍手を繰り返していた。僕はちょっと赤くなって、また一礼してから、生徒会の仲間のところへと戻った。拍手はまだ鳴りやまなかった。隣の席に座っている高千穂翠に目をやると、彼女は無言のまま、けれどもやはり、拍手を続けていた。

 やがて拍手が鳴り止む。
 今度は延岡先生が生徒たちの前に向かい、これからの学園生活について話を始めた。
 そんな先生を見つめながら僕は、高千穂翠にしか聞こえない声音で言った。

「かっこつけすぎたかな」

「ううん。良かったよ」

 高千穂翠の声は、これまでに聞いたことがないほど優しかった。

「わたし、いまでも永谷先生のことは嫌いだけれど。でも、いまのは良かった」

「ありがとう」

「うん。……良かった」



 その日の放課後、生徒会にはいつものように僕ら三人とウグ先輩が集まった。「やあやあ、名演説!」なんて、先輩は囃したててきた。

「君を生徒会長に選んだ、私の目に狂いはなかった。君はもう立派な会長だよ、はっはっは。これで生徒会も安泰だ」

 先輩はそう言ったが、文化祭が中止になってしまったので、さしあたって生徒会がやるべきことはなくなってしまった。Xについて話そうかとも思ったが、新しい閃きもなかったで、今日のところはいったん帰宅しようとなり、僕ら四人は、午後四時には学校を出たのである。

 雲が多く、薄暗い空だった。風も冷たい。
 まず駅まで向かって、ウグ先輩を電車に乗せる。
 次に五分ほど歩いて、佐久間君とマンションの前で別れた。

 あとは僕と高千穂翠だ。
 僕らはふたり揃って、残り十分ほどの家路を歩いた。
 保育園も小学校も同じなだけあって、僕らの家は近い。というか、同じ町内だ。お互いの家を行き来したことはないのだけれど、場所は知っている。いつ知ったかも忘れたけれど。

 十二階建ての茶色いマンションを前にして、高千穂翠が立ち止まった。
 ここが彼女の家だ。立派な、オートロック付きのマンションだ。

「ここでいいかな」

「うん、大丈夫。会長こそ平気?」

「うちはもうすぐそこだよ。こっちも大丈夫。じゃあ、また月曜日に」

 明日が土曜日なので、僕はそう言った。
 高千穂翠はうなずいて「バイバイ」と小さく言ってから手を振った。

 ひとりになり、家路を行く。雲がいっそう低くなってきた。住宅街だけあって、道に人気はまるでない。車さえ走っていない。我が地元ながらいつ見ても、不景気というか、寂れた空気だな。

 喉の渇きを覚えて、僕は自販機の前に立った。
 コーヒーばかり飲んでいると脱水になる、とか母親が言っていたような記憶がある。水分補給をしたいなら、水なりスポドリなりを飲むのがいいそうだが、それはそれとしてちょいと一杯、なんて、呑兵衛《のんべえ》みたいなことを考えつつ僕はアイスコーヒーを一本購入、取り出し口に手を伸ばして。

 たっ、たっ、たっ。

 足音が聞こえた。
 なにか嫌な気配がした。
 振り返る。

「うわっ!?」

 仰天した。人間だ。それも全身黒尽くめの、黒い野球帽に黒いサングラスに黒いマスクに、黒いパーカーにデニムといういでたちの、あからさまな不審者が、僕のほうに走り寄ってきて、ひゅん、ひゅん、白光りする刃物を振りかざしてきたのだ!

 な、なんで、なんで――声も出なかった。僕は慌てて逃げようとして、足がうまく動かず、むしろ足首をひねりながら派手に転倒してしまった。「なっ、おい!?」我ながら情けない、なんでこんな言葉で叫んでしまうのか。人間、いざとなるとまともに動くこともできなくなるらしい。助けて、という一言が出てこない。

 それにしたって誰だ、こいつは。真っ黒だ。
 男か女かも分からない。動きに迷いが無く、素早い。転んだせいで、相手の背丈もよく分からない。

 Xか。
 Xなのか!?
 Xが、学校の外なのに襲ってきたのか!?

 それもこの僕を。
 どうして! なんで! なぜ……!

 持っていたスクールバッグを放り投げる。けれども黒ずくめはあっさりとそれを避ける。
 もうだめだ。武器もなにもない。起き上がることもできない。やられる――

「会長ーっ!!」

 ものすごい声量だった。
 空気を切り裂くようなその声は、紛れもなく高千穂翠のものだった。

 高千穂翠が、猛烈な速度でこちらに駆け寄ってくる。早い。さすが元バスケ部のエースだ。スクールバッグを持ったまま走ってきて、そのまま、野球のバットでもフルスイングするように、バッグを黒ずくめに打ちつけた。すると黒ずくめは慌てたように回れ右をして、路地裏へと走り去っていってしまった。

 あとには僕と高千穂翠だけが残される。
 た、助かった。高千穂翠に助けられた。

「会長、大丈夫?」

「あ、ああ」

「良かった。マンションに入る前に振り返ったら、あいつが会長のあとを追いかけていたの。だからわたし、嫌な予感がして、追いかけてきたんだけれど」

「あ、ありがとう。助かった。本当に――う、ぐく……!」

 ひねった左足の痛みが増してきた。
 ダメだ、立ち上がることができない。足に力が入らない。

「待っていて。いま救急車を呼ぶから」

「そんな、大げさな……」

「大げさなことなの。いいから、そのままじっとしていなさい!」

 高千穂翠とは思えない激しさ。
 僕は茫然自失としながら、ようやくここで、自分が生命の危機だったことに気が付いた。
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