忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

文字の大きさ
17 / 30
5 蜂谷クリニック事務員 篠原《しのはら》みどりの話

17.蜂谷クリニック事務員 篠原《しのはら》みどりの話 ③

しおりを挟む
「華子さん、あなた、どうしてここにいるの!」

 私が声を荒らげると、華子さんはいかにも面倒くさそうに振り向いて、

「やっぱりお父さんに会いたくなってきたの。悪い?」

「裏口のドアを開けて入ってきたのは、あなたね?」

「表が閉まってたから。仕方ないでしょう」

「あなた、それは不法侵入よ!」

「娘が父親の病院に入ったらダメなの?」

 そう開き直られると、私としても二の句が継げません。
 なにしろ相手は、蜂谷先生の娘です。
 親子という単語を持ち出されると、私には勝ち目がありません。

「よしなさい、……華子。篠原さんも落ち着いて」

 蜂谷先生は、さすがに娘といえども、何十年も会っていなかった負い目があるのか、呼び捨てにするときにためらいが見えました。

 ええ、それほど疎遠だった親子関係なんですよ。
 蜂谷先生と華子さんは。それだというのに、いかにも普通の親子みたいに、あの娘は。
 あつかましいというか常識知らずというか。蜂谷先生がお優しいのにつけこんで、なにを偉そうに。

 記者さん。
 なぜ、私が華子さんをこうも嫌っているのか、不自然だとお思いですか?
 ええ、いくらクリニックの最古参事務員とはいえ、実の親子関係に対して、他人が怒りすぎでは、と。

 そう考えるのも、ごもっともでしょう。
 ですけれどね、ここからが。

 ああ、まったく!
 この私が、どうして華子さんを忌み嫌っているか、お分かりいただけるかと思います。

「それじゃ、これ、貰っていくからね」

 華子さんは、蜂谷先生に向けて、何十枚もの一万円札を見せつけていたのです。
 それが華子さんのお金ではなく、蜂谷先生のものだということは明白でした。
 華子さんは、蜂谷先生に、お金をせびりにきたのです!

 汚らわしいことです。
 おぞましいことです。

 何十年ぶりに、父親に会いに来ただけならば可愛いもの。
 ですが華子さんは、疎遠だった父親に、そう、医者でありお金があることが分かっている父親に、お金を貰いに来たのです。

 ひどい娘です。
 なんという女でしょう。
 母親は、淳子さんは、華子さんをどういう風に教育したのか。

 華子さんはニヤニヤと笑いながら、私の横を通り過ぎていきます。

「親らしいことはなにもしてやれなかった。これくらいは仕方がない。いや、当然のことだ」

 蜂谷先生はうつむいて。
 震える声で、そう言いました。

 確かに、実の娘に対してこづかいをあげるのは、そうおかしなことではありません。
 ですが、その金額があまりにも大きい。それに養育費は母親の淳子さんに常に振り込まれていたはずです。

 それなのに、これ以上、蜂谷先生がお金を渡す必要はないのです。
 それもあんな、仕事もせずに遊び歩いている女に。

 遊び歩いているかどうかは分からない?
 いえいえ、遊び人でしたよ、華子さんは。
 いかにもそういう風体でしたし、それに。

 そう、華子さんが蜂谷クリニックに現れて、三日ほど経ったあと。
 私は見たのですよ。街の外れにあるガラス張りの美容室の中で、いかにもチャラチャラとした若い男に、札束を見せつけてご満悦な顔をしている華子さんを。

 父親から巻き上げてやった、とでも言っているのでしょうか。
 ふざけた娘です。いくら実の親子とはいえ、こんなこと。

 さらにですね。
 私は直に会っていませんが、華子さんはどうも、それからも何度か、蜂谷クリニックに登場したらしいのです。

 診療時間が終わり、蜂谷先生がひとりになったころを見計らって現れ、金をせびったらしいのです。

 おぞましい。
 これはもう脅しです。
 私は蜂谷先生に、もうお金をさしあげないよう、僭越ながらご忠告申し上げました。

「華子さんは、ちゃらついた美容師と結託して、蜂谷先生からお金を巻き上げているのです。これ以上、華子さんとは関わらないほうがいいと思います」

「本当か。そんなやつと華子が」

 これには蜂谷先生も驚いたようでした。
 何度も何度もうなずき、分かった、もう金はやらないことにしよう、と蜂谷先生は納得されたのです。

 華子さんは、それ以降、蜂谷クリニックに登場していません。
 蜂谷先生ともお会いしていないご様子です。
 
 私は、華子さんが現れなくなって、半年、一年、二年経って、ようやく安堵いたしました。
 これで蜂谷先生も、安心して仕事に励むことができるというものです。

 ええ、もちろん、華子さんが生まれたのは蜂谷先生の過ちです。
 二見淳子さんのような女性に心惹かれたのが、すべての間違いのもとなのです。
 ですが蜂谷先生は、その後、認知もして、養育費も支払ったのです。義務は果たしたのです。

 二見淳子さんと華子さんは、それで満足するべきだったのです。
 なのに、欲張りにも華子さんは、もっとお金が欲しいとやってきたのです。
 それも未成年のうちならまだしも、二十歳を過ぎた、いい大人になってから、わざわざ。

 守銭奴。見苦しい。あさましい。
 私はそう思います!

 失礼。

 そういうわけなので、華子さんが見るも無惨な死体と化したと聞いたとき、あの娘にしてもっともな最期だと納得したものです。

 おそらく、ろくでもない男に関わって、あえない最期を遂げたのでしょう。
 でなければ、どうしてあんな異様な末路になりますか、あなた。
 そうは思いません?

 ……こんなところで、よろしいですか?
 ええ、こちらも暇ではないので、失礼いたします。

 はい?
 どうされました?
 その携帯電話がどうしましたか?

 ニュース。
 また殺人事件ですか。
 この岩下久美いわしたくみというひとが、どうしたのですか?

 華子さんの、アルバイト時代の先輩?
 どういうことですか?

 華子さんの関係者が、次々と亡くなっているって。
 そんなこと、私。……分かりませんよ、なにも。

 だって、私。
 別に華子さんと関係なんか。
 会ったのは、二回、きりです。
 華子さんが小学生のころと、二十二歳のときと。

 ええ。
 なにも覚えなんてありませんよ。
 私? いえ、私はそんな、なにも、本当に。だって。

 んお?

 おっ。

 はぁ。

 がっ、ざ。
 はざざざ。

 最後は、さすがに覚えているでしょう。
 そうでもないと。そうでもないと。
 わたしは……。

(録音終了)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

処理中です...