忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

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7 菱沼市連続殺人事件 容疑者の供述書

25.菱沼市連続殺人事件 容疑者の供述書 ②

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 秋吉瀬奈を中心に、クラスのほとんどの生徒から相手にされず。
 たまに相手にされるときは見下され、馬鹿にされ、ゴミ同然の扱いを受けていたわたしですが。
 中学二年生の終わりごろ、わたしに接近してくる男がいました。

「二見、元気か? 先生は元気だぞ。ははは」

 そう、乙原光昭先生です。
 中二になってわたしの国語を担当していた教師ですが、最初のうちは純粋に、教師と生徒の関係でした。

 わたしは本を読むのが好きでしたから、国語の先生とは馬が合いました。
 どんな本を読むのがいいか、どんな本がおすすめか、本当によく話をしたものです。

 わたしも最初は嬉しかったのです。
 優しくて、いい先生だと本当に思っていました。
 先生と一緒にいるときは、さすがの秋吉瀬奈たちも、露骨にちょっかいをかけてきませんから、それもありましたけれど。

 もっとも。
 乙原先生と話を終えると、決まって秋吉瀬奈がやってきて、

「二見さん、乙原先生と話をしてたね。なんの話をしていたの?」

 なんて、ニヤニヤしながらまた話しかけてくるのですが。
 この質問には意味なんかないですよ。どう回答しても、秋吉瀬奈はゲラゲラ笑い出して、他の同級生たちに、「二見さん、乙原先生と仲良しらしいよ!」なんて、謎の報告をするだけですから。

 秋吉瀬奈ではなくて、乙原先生の話でしたね。
 乙原先生とは、最初はただしゃべっているだけでしたが、ある日、急にわたしのところへやってきて、

「二見、聞いたよ。君、家庭が大変なんだってな」

 そんなことを言ってきたのです。
 わたしが母子家庭ということを、誰かから聞いたのでしょう。
 わたしは黙ってうなずきました。すると乙原先生は、何度もうなずき、

「いろいろ大変だろう。困ったことがあったら、先生に言ってきなさい。なんでもしてやるから。なんといっても先生は、型破りな国語教師だからな!」

 どん。
 胸を叩いてそう言ったのです。

 嬉しかったです。
 先生が、わたしの味方になってくれた。
 これまで、世界のどこにも味方がいないと思っていたのに。

 これからは、少しは自分の人生も幸せに向かうかもしれない。
 そう思ったのです。

 間違いでした。
 乙原先生は、そんなに良い人ではなかったのです。

 音声データを聞いていても分かるでしょう。
 乙原先生は、自分のことを型破りだとよく言っていますが、実はちっとも型破りではないのです。
 ただ、型破りだと思われたがっていました。ひとと違う、まるでドラマのような教師になりたがっていました。

 乙原先生がわたしに近付いてきたのは、母子家庭で悩んでいる女子生徒を助ける教師になりたかっただけなのです。

 担任でもないのに、いきなりわたしを自分のアパートに呼び出して、「おしゃべりをしよう」と言い出しました。
 インタビューでは、わたしのことをとても美少女で、しかも先生の家に押しかけたりしたようなことを言っていましたが、大嘘です。実際は、わたしに言い寄ってきたのは乙原先生のほうでした。

 さらに、わたしの家にやってきて、母に「娘さんに優しくしてください」と説教をしたこともありました。

「ご苦労されていることと思いますが、華子さんもいまが大切なときです。勉強のほう、生活態度のほう、よく見てあげてください」

「まあ、ありがとうございます。どうもすみません。うちの馬鹿な娘が、先生にとんだご迷惑をおかけしたようで」

 一見、指導に熱心な先生と、うちの母親、という図式に見えます。
 けれども、実際には、わたしは乙原先生には「母子家庭」としか伝えていません。
 それなのに、先生が勝手に「母子家庭はかわいそうだ」と言って、家にまで押しかけてきて、説教をしてきたのです。
 このあたりから、わたしはこの先生、おかしいなと思い始めました。

 お母さんもお母さんで、こんな意味不明な家庭訪問なんか、断ればいいのに。
 そうはしないのです。お母さんは『先生』という肩書きにとても弱いのです。
 だから医者だったお父さんには不倫であろうが平気でなびくし、教師の面会申し込みもまったく断らず、ハイハイと頭を下げるのです。

「先生に母子家庭のことをご相談されたんですね。ごめんなさい。本当にもうこの子は、ませていて。変なところだけ父親にそっくりで……」

「お母さん。僕は華子さんを責めにきたわけじゃありません。ただ、華子さんになにか辛いことがあるのなら、それを共有して、悩みを解決してあげたいと思ってやってきたのです」

「まあ、本当にいい先生で……。ありがとうございます、ありがとうございます。ですが、うちはうちなりに、うまくやっているつもりでして……華子、なにか言いたいことがあるのなら、ちゃんとそれを言いなさい。口に出さなければ、伝わりませんよ」

「二見。僕は教師だし、年も離れているから君の友達にはなれないけれど、いつでも君の味方だ。相談ならどんなときだって乗るからね」

「いいんでしょうか。そんなことをして、乙原先生にこれ以上、ご迷惑をおかけしては……」

「いいんですよ! 生徒のためじゃないですか。それに僕は、型破りな教師ですからね!」
 
 まるで安い学園ドラマです。
 わたしはもう、逃げたくて仕方がありませんでした。
 しかし逃げると、またあとでお母さんがお酒を飲み出すから、できませんでした。

 ええ、気に入らないことがあると、飲酒するのが母の癖でしたから。

「母親とのトラブルを解決したんだから、僕にとって君は彼女のようなものだね」

 望まぬ家庭訪問のあと、乙原先生はそんなことを言ってきました。
 実際には母親との関係なんて、本質的にはなにも解決していません。そもそも解決を依頼もしていないのに。
 三十歳にもなった教師からいきなり彼女だなんて言われて、わたしは気持ち悪くなりました。

 これも乙原先生の特徴です。
 先生は、女の子を助ければ、相手が必ず自分に惚れてくれるはずだと思い込んでいました。
 もちろんそんなことはありません。助けられたという実感もないのですが、先生は勝手に助けた助けたと言って、僕に惚れているのだろうと迫りよってくるのです。わたしは仰天して、先生から逃げました。

 わたしが秋吉瀬奈をはじめとする、同級生たちからのいじめを、乙原先生に相談しなかったのはまさにこれが理由です。
 乙原先生は、いじめを相談できるような教師ではありませんでした。

 そうやって、先生から逃げている途中、わたしは秋吉瀬奈にばったり出くわしました。
 憎らしい相手ですが、同じ女同士、少なくともこういうトラブルならば助けてくれるとうっかり期待したのが間違いでした。「先生に好かれている」と言うと、秋吉瀬奈は、ニヤニヤ笑って、

「それ、絶対に勘違い」

 なんて断言し、

「二見さんのキャラじゃないよね。好きとか付き合うとかいうの。笑える」

 なんて言い出したので、わたしはついに怒りと悲しみに燃え、

「殺したい。憎い。なにもかもが大嫌い」

 そう答えました。
 それは、秋吉瀬奈に対しての言葉でした。
 わたしは本当に、あの女を、殺したいほど憎んだのです。

 秋吉瀬奈は、それでも驚かず、ニヤニヤしながら立ち去っていくだけでした。
 わたしの言葉に驚いたのは、追いかけてきた乙原先生のようでした。わたしの言葉を、自分に向けた言葉だと解釈した先生は、すぐに逃げてしまいました。

 その後、乙原先生はわたしに関わってくることはなくなりました。
 授業中でも、わたしに当てることはなくなったので、徹底していました。
 こういうところが、本当に小心者なのです。

 どこが型破りなんでしょうね。
 ただの目立ちたがりの、自己愛の、小心者の、エロ教師でしかありません。

 そういえば、わたしをいじめる秋吉瀬奈については、先生はほぼ無関心でした。
 秋吉瀬奈は、不良ではありません。そんな秋吉とわたしのトラブルを解決しても、乙原先生の人生はそこまでドラマチックにならない。だから介入してこなかったのです。

 インタビュー音声で、乙原先生が秋吉瀬奈について記憶していなかったことも、先生の本質をよく現しています。
 型破りな教師である自分の人生に、平凡な生徒――先生から見て平凡な生徒に見える秋吉瀬奈は、必要ではなかったのです。

 必要でないところにしゃしゃり出てきて。
 本当に助けてほしいところにはまるで気付かず、対応してくれない。
 乙原光昭は、そういうひとでした。

 やがて、わたしが地元のファミレスで働き始めたとき、乙原先生が中学生の女子生徒とやってきたことがありました。
 ええ、岩下久美がインタビューで答えていた事件のことです。

 先生は次のターゲットを見つけたのです。
 ドラマのような教師。女子生徒に頼られる教師。
 あわよくば女子生徒と交際しようとする教師。最低です。

 わたしは、その女の子を助けたかったのです。
 だから、乙原先生に近付いて、

「乙原先生、お久しぶりです。また女の子を襲うつもりですか」

 ずばりと切り込んでやりました。
 すると乙原先生は、きょとんとして、

「あんた誰?」

 なんて言うのです。
 これには呆れました。
 中学を卒業して、半年以上が経っていましたから、多少は見た目が変わっていたとしても、気付かないはずはないのに。そう思っていました。

 しかし先生は、本当にわたしとのことを忘れていたのですね。
 先生は、自分の生徒を助けるドラマをやりたい。そして自分の生徒に惚れてもらいたい。
 それだけを考えているようなひとです。だから、自分に逆らったうえ、学校を卒業したわたしにはもう、なんの関心もなかったのです。

 こんなにひとを馬鹿にしている話はありません。
 わたしがどれだけ、この教師を怯えたか。
 一時は、真剣に頼りにしたか。

 それを、乙原先生はなにも感じていなかった。
 わたしのことを、覚えてさえいなかった。
 あれほど、人を傷つけておいて。

 わたしは。
 もう、悔しくて、悔しくて。

 覚えていなかったといえば。
 昔、わたしがアルバイトで働いていたときの女、 岩下久美もそうでした。
 わたしのことを、男好きだとか仕事をしないとか、さんざんけなしていましたが。

 あの女は最初からわたしのことを目の敵にしていました。
 なにかにつけて、わたしを睨みつけ、あることないことを店長や周囲に吹き散らかし、わたしの評判を下げにかかっていました。

 どうしてそこまで嫌われたのか。不思議でした。
 しかし分かってみれば単純でした。店長から聞いた話ですが、当時、岩下久美には高校生の娘がいたのです。そしてその娘は本命の高校に落ちて、滑り止めの高校に入学しているのです。

 娘の本命だった高校は光京女子学園。
 つまり、わたしが通っていた学校です。
 あの女の娘よりも、わたしのほうが偏差値が上だったんですね。
 それで最初から敵視していたんでしょう。そうとしか思えません。

 最初のアルバイトと高校は、岩下によって辞めさせられたようなものです。
 岩下はなにかにつけてわたしをいびり、ミスでないものもミスだと言い、小さな失敗もひたすらに馬鹿にしてきました。

 インタビューでは、わたしが店長や大学生のアルバイトさんに近付いたとか言っていましたが、それは当然のことです。バイトで指示をするのは店長でしたし、話だって、四十歳のパートだった岩下久美より、年が近い大学生の方のほうが仕事のことを質問しやすかっただけです。

 父親が医者ということも、乙原先生に追いかけ回されたことも。
 すべて、バイト仲間との雑談の中で、こぼれ出たに過ぎません。
 それなのに岩下は、

「また自慢? あんたって、本当にどうしようもないひとだね」

 そう言って、いっそう軽蔑の笑みを浮かべてきたのです。
 自慢なんかしていないのに。

 いつだって、わたしをいたぶったのはあの女なのに。
 岩下久美の記憶の中では、わたしはどうしようもない女で、すべての加害者のような扱いでした。

 乙原先生がファミレスに現れたとき、わたしは感情的になりました。
 バイトを早退してしまいました。これについては、店長にもご迷惑をおかけして、申し訳なかったと思っています。店長は、もう一度わたしを呼び戻そうとしていたようですが、岩下久美が猛烈に反対したために、けっきょく、バイトをクビになってしまいました。

 それはまだいいんです。
 けれどもその後、五年ほど経ってから、町で偶然、店長と会ったとき、

「あのときの岩下さんには参ったよ。君がバイトしていたことや、中学の教師と付き合っていたってことを、君の通っていた女子校に知らせたっていうんだ。おかげで君、高校をやめることになったんだろ? 大変だったね。まあ、昔のことだけどね……」

 絶望しました。
 そうです。無断でバイトをしていたことや、中学時代、乙原先生にストーカーされていたことを、わたしの高校に知らせたのは、あの岩下久美だったのです。

 おかげでわたしは始末書を書くことになりました。
 さらに、乙原先生との交際については誤解だと高校に伝えたのですが、高校の同級生の間で、

「二見さんって、先生と付き合っていたらしいよ」

 なんて噂が広まって。
 入学したときから、あまり友達がいませんでしたが、あの噂がトドメでした。
 わたしはいたたまれなくなり、高校を中退してしまいました。

 そもそもバイトだって、母親が養育費を使い込んで、生活費がままならないから、校則違反と知りつつやったのに。「華子が働いてくれないと、お母さん、困っちゃうの。ね、お願い。馬鹿なお母さんを助けて」なんて拝み倒してくるんですよ。だからしょうがなく働いたのに。

 わたしは普通の高校生をやりたかった。
 普通のアルバイトをやりたかった。

 それなのに。
 どうしてこんなことに。
 みんなを呪いました。

 それにしても、乙原がいなければ。
 岩下久美が、密告なんてしなければ。
 いまでも、呪っています。



 美容師の宮地理人については、語らずとも察してくださることでしょう。
 地元を避けていたわたしが、町外れにある美容室を利用したのが間違いの始まり。
 あの男の話術に引っかかり、香水のマルチビジネスに手を出してしまいました。

 宮地は、わたしが医者の娘であることを知り、金を引き出す金づるとしか見ていなかった。
 また、医者の父親が、きっと金持ちの知り合いが多いだろうと推測して、わたしに手を出してきたに過ぎなかったのです。

 それなのに。
 信じきってあの男にすべてを捧げたのは、大間違いでした。

 当時のわたしは、お金もほとんどなく、学歴も職歴もなく、友人もおらず。
 それで目の前に現れた、優しい男性と儲け話に飛びついてしまったのです。

 父親から貰ったお金を、宮地のビジネスに貢いでしまいました。
 気が付いたときには、父親とも完全に絶縁。お金も奪われていました。

 音声データでは、わたしがお金を見せびらかしていたように語っていましたが、そんなことはしません。
 ただ、お父さんから貰ったお金を、服のポケットに入れていたのを、宮地が発見したのです。

 わたしは銀行口座も持っていませんし、アパートだってお母さんがいるから、お金を置いておいたら危ないです。全部使われてしまいます。

 だからわたしは、お父さんから貰った大金を持ち歩いていたのですが。
 それもまた、過ちでしたね。

 宮地はわたしのことを、忘れてしまっていました。
 そもそもあれだけのことをしておきながら、当時とまったく変わらぬ住所で店を経営し続けているあの図太さ。恥知らずぶり。きっと、わたしのような被害者が他にもいると思うのに。

 あの男にとって、話術に引っかかるような馬鹿な人間は、敵でもなんでもなく、恐るるに足らずだったのでしょう。

 腹立たしい。
 本当に、腹立たしい。



 次に、篠原みどり。
 蜂谷クリニックの事務員さんですね。
 あのひとは、お父さんの愛人ですよ。

 間違いありません。
 わたしがお父さんから聞きましたから。
 音声データにもありましたけれど。

 蜂谷クリニックに就職して、二年目から関係が始まったそうです。
 そういうことだから、篠原みどりは、やっぱりわたしを初対面のときから嫌っていたのです。

 当然ですよね。
 篠原みどりからすれば、別れたとはいえ、昔の愛人である二見淳子の娘なんですから。
 好意的に接する理由が、まったくありません。

 むしろわたしが登場することで、蜂谷クリニックの雰囲気が乱れ、院長夫人、つまりお父さんの奥さんが、自分とお父さんの不倫関係に気付いてしまうかもしれない。

 あるいは、お父さんが二見淳子とよりを戻してしまうかもしれない。そういう不安にかられたのだと思います。だから篠原みどりは、わたしが登場して、二見華子だと分かるなり、さっさと追い出そうとしていました。わたしは、そんな篠原みどりの目をかいくぐって、お父さんと接触したわけですが。

 それがいっそう、篠原みどりにとって不愉快だったのでしょうね。
 まして、お父さんがわたしに現金を渡しているのを知れば。
 それまで自分に注がれていた、お父さんの関心とお金が、別のところへ行ってしまう。
 そう思ったのでしょう。
 理解できます。

 だからといって、わたしを追い返し、さらにわたしの悪口をお父さんに吹き込んだその罪。
 許せるものではありません。

 篠原みどりは、わたしのことを、

「淫売の娘」

 となじってきましたが、本人も不倫をしているなど、褒められた女性ではないでしょうに。

 そもそも母親の悪口を聞いたとき、わたしは怒りと悲しみに打ち震えました。
 わたしは母親のことが嫌いでしたが、それでも悪口を言われると、それとは別に腹が立つものです。人情の不思議ですね。あんな母親でも、こんな女にけなされる覚えはひとつもないのです。わたしにとっては、恨み重なる女性のひとりとなりました。



 岩下久美も。
 宮地理人も。
 篠原みどりも。



 誰についても。
 苦い思い出をもっています。



 だから殺した?
 ええ、そういう一面もあります。
 けれども、決定的な理由はそこではないのです。
 秋吉瀬奈や乙原先生のときと同じです。最後の理由は、また別に……。

 まだ、お分かりになりませんか?
 そうでしょうね。そうでしょう。所詮、そういうものです。他人なんて。

 わたしの殺人動機について語る前に。
 最後になりますが、父、蜂谷康三についてお話ししましょうか。



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