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■都内某所 船神組事務所
時刻は午後八時を回ったところだ。
そろそろ夜の街に闇の住人たちが繰り出す時刻である。
この日、樋口組若頭である樋口隆也は、数人の舎弟を伴って船神組事務所を訪れた。
格下の組に、おこぼれの仕事を持ってきてやったのである。
無論、目障りな征一郎の周辺に探りを入れるというもう一つの目的もあるが。
「……相変わらず貧乏くせえ事務所だな、ここは。なあ、征一郎」
白いコートの裾と首からかけた白いマフラーをなびかせ、ばーんと擬音付きでの登場だ。
だが、因縁の相手はそこには居らず、挑発的な登場に「何だてめえゴラァ」と凄んでくる名も知らぬ下っ端が数名と、役職付きが一人いるだけだった。
テレビを見ながらスナック菓子を食べていた本部長の葛西がのんびりと振り返る。
「あ~樋口さん、ちわっす。征一郎さんならさっき定時で帰りましたけど」
「定時?何だそりゃ極道舐めてんのかあの野郎…!」
意味がわからない。
机にむかい内職めいた作業をしているヒットマンの瑞江は、視線も上げずにぼそりと口を開く。
「最近は日付が変わる前には家に帰りますね。夜の仕事が少ないおかげでのんびり内職できますけど」
「え~、俺は征一郎さんがいないとやっぱり寂しいけどな~。あ~、征一郎さんと飲みに行きたい」
「確かに……仕事が少ないと撃つ機会が少ない……。そろそろ大きい仕事がしたい」
「いやいや、物騒な仕事はないほうがいいっしょ。俺はあれだ、ほら、地域のゴミ拾いとか、野良猫捕まえて獣医に持ってって避妊手術とか、そういう方が性に合ってるから」
来訪者の存在など忘れ、くだらない雑談を始めた二人の横で、握りしめた拳がわなわなと震えだす。
征一郎は極道らしい仕事もできない腰抜けだが、隆也はその腰抜けと比べられて何故か劣っていると言われる立場なのだ。
このふざけた舎弟たちも含め、もっとちゃんと『反社』であってもらわなければ、隆也の立つ瀬がない。
「ご……」
「あ、空振りさせちゃったし、お詫びのしるしに樋口さんもこれどうっすか?」
ニンニク臭をさせる赤地にハートの飛んだパッケージのスナック菓子を差し出され、隆也はついにキレる。
「極道に定時があってたまるかー!」
事務所内にかわいそうな男の絶叫が響き渡った。
■都内某所 征一郎宅 玄関
樋口が絶叫した頃、征一郎はちょうど自宅に着いたところだった。
ちびは今朝は熱こそ出なかったが、いつ体調が変わらないとも限らないし、何か言いたそうにしている様子もみられたので引き続き心配だ。
早く元気な顔を見たいと思いながら解錠し、取手に手を掛ける。
「征一郎お帰りなさい!」
ドアを開けるなり、心配していた相手から元気いっぱいに出迎えられて、征一郎は目を丸くした。
「お、おう。まさか、ずっとここで待ってたのか?」
以前泣き出した時のことを思い出し、安易に元気が出てよかったと楽観はできず、もしやまた出て行かなくてはと思いつめてしまったのではと心配したが、ちびはにこにこと上機嫌で靴を脱いだ征一郎の後をついてくる。
「ううん。あのね……征一郎が俺のこと大事にしてくれるからご主人様センサー的な能力が使えるようになったみたい」
「へえ、そんな能力が」
ホムンクルスの生態についてはよくはわからないが、使える力が増えたということは、体調は良くなっていると考えていいのではないだろうか。
朗報だ、と征一郎もちびにつられてにこにこした。
「じゃあ俺が敵対組織につかまってバラされそうになってる時にそれがどこかわかるわけだ。すげー便利能力じゃねえか」
「えッ…………」
軽口に、ちびが顔を青くして後ずさる。
間違えた気配を感じとり、征一郎も「え?」と硬直した。
「あっ……あの……ごめんなさ……たぶん半径5メートルくらいの範囲しか……今すぐ山籠りして鍛えてくるから捕まらないで……!」
一体どんな悪い想像をしてしまったのか、ちびは涙目になりかわいそうなくらいおろおろし始める。
「ちょ……待て、そういう意味じゃねえから!今すぐ迫る危機があるとかじゃねえから大丈夫だからな!」
帰るなり、己の失言のフォローにしどろもどろな征一郎であった。
時刻は午後八時を回ったところだ。
そろそろ夜の街に闇の住人たちが繰り出す時刻である。
この日、樋口組若頭である樋口隆也は、数人の舎弟を伴って船神組事務所を訪れた。
格下の組に、おこぼれの仕事を持ってきてやったのである。
無論、目障りな征一郎の周辺に探りを入れるというもう一つの目的もあるが。
「……相変わらず貧乏くせえ事務所だな、ここは。なあ、征一郎」
白いコートの裾と首からかけた白いマフラーをなびかせ、ばーんと擬音付きでの登場だ。
だが、因縁の相手はそこには居らず、挑発的な登場に「何だてめえゴラァ」と凄んでくる名も知らぬ下っ端が数名と、役職付きが一人いるだけだった。
テレビを見ながらスナック菓子を食べていた本部長の葛西がのんびりと振り返る。
「あ~樋口さん、ちわっす。征一郎さんならさっき定時で帰りましたけど」
「定時?何だそりゃ極道舐めてんのかあの野郎…!」
意味がわからない。
机にむかい内職めいた作業をしているヒットマンの瑞江は、視線も上げずにぼそりと口を開く。
「最近は日付が変わる前には家に帰りますね。夜の仕事が少ないおかげでのんびり内職できますけど」
「え~、俺は征一郎さんがいないとやっぱり寂しいけどな~。あ~、征一郎さんと飲みに行きたい」
「確かに……仕事が少ないと撃つ機会が少ない……。そろそろ大きい仕事がしたい」
「いやいや、物騒な仕事はないほうがいいっしょ。俺はあれだ、ほら、地域のゴミ拾いとか、野良猫捕まえて獣医に持ってって避妊手術とか、そういう方が性に合ってるから」
来訪者の存在など忘れ、くだらない雑談を始めた二人の横で、握りしめた拳がわなわなと震えだす。
征一郎は極道らしい仕事もできない腰抜けだが、隆也はその腰抜けと比べられて何故か劣っていると言われる立場なのだ。
このふざけた舎弟たちも含め、もっとちゃんと『反社』であってもらわなければ、隆也の立つ瀬がない。
「ご……」
「あ、空振りさせちゃったし、お詫びのしるしに樋口さんもこれどうっすか?」
ニンニク臭をさせる赤地にハートの飛んだパッケージのスナック菓子を差し出され、隆也はついにキレる。
「極道に定時があってたまるかー!」
事務所内にかわいそうな男の絶叫が響き渡った。
■都内某所 征一郎宅 玄関
樋口が絶叫した頃、征一郎はちょうど自宅に着いたところだった。
ちびは今朝は熱こそ出なかったが、いつ体調が変わらないとも限らないし、何か言いたそうにしている様子もみられたので引き続き心配だ。
早く元気な顔を見たいと思いながら解錠し、取手に手を掛ける。
「征一郎お帰りなさい!」
ドアを開けるなり、心配していた相手から元気いっぱいに出迎えられて、征一郎は目を丸くした。
「お、おう。まさか、ずっとここで待ってたのか?」
以前泣き出した時のことを思い出し、安易に元気が出てよかったと楽観はできず、もしやまた出て行かなくてはと思いつめてしまったのではと心配したが、ちびはにこにこと上機嫌で靴を脱いだ征一郎の後をついてくる。
「ううん。あのね……征一郎が俺のこと大事にしてくれるからご主人様センサー的な能力が使えるようになったみたい」
「へえ、そんな能力が」
ホムンクルスの生態についてはよくはわからないが、使える力が増えたということは、体調は良くなっていると考えていいのではないだろうか。
朗報だ、と征一郎もちびにつられてにこにこした。
「じゃあ俺が敵対組織につかまってバラされそうになってる時にそれがどこかわかるわけだ。すげー便利能力じゃねえか」
「えッ…………」
軽口に、ちびが顔を青くして後ずさる。
間違えた気配を感じとり、征一郎も「え?」と硬直した。
「あっ……あの……ごめんなさ……たぶん半径5メートルくらいの範囲しか……今すぐ山籠りして鍛えてくるから捕まらないで……!」
一体どんな悪い想像をしてしまったのか、ちびは涙目になりかわいそうなくらいおろおろし始める。
「ちょ……待て、そういう意味じゃねえから!今すぐ迫る危機があるとかじゃねえから大丈夫だからな!」
帰るなり、己の失言のフォローにしどろもどろな征一郎であった。
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