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しおりを挟む■都内某所 征一郎宅 寝室
征一郎は、寝起きがいい。
恐らく幼い頃からの習慣だろう。かつて黒崎の屋敷では、両親が毎日早朝から家を大破しながら死闘を繰り広げていたので、闘いが始まる頃には起きて、巻き込まれない場所に避難しなければいけなかったからだ。
母が亡くなってからも、芳秀が何か楽しいこと(つまり本人以外の人類にとっては迷惑でしかないこと)を思いつくたびに「征一郎様、会長を止めてください!」と若衆が泣き付いてくるので、家でゴロゴロした経験などほぼない征一郎である。
それに比べて今は……。
目の前に、寝息を立てるちびのつむじがある。
安らかな寝顔を見ていると、つられてこのままもう一眠りしてしまいそうだ。
極道として生きていくことを選んだ以上、自分に平穏な生活など一生訪れないと思っていたというのに。
これに慣れてしまってはいけないと己を戒め続けていたが、今はわからなくなっていた。
失うことを恐れて遠ざけることは、ちびのためにはならないのだ。
目が覚めて一番にやったことは、腕の中で眠るちびが熱を出していないか確かめることだった。
首筋や額に触れてみるが、前回のような発熱の兆候はない。
『中はやめておこう』と思っていたのについやらかしてしまったので、無事な様子に大きく安堵しながらも、では一体熱が出た時と昨晩の違いは何なのかと不思議に思った。
とりとめのないことを考えながら、柔らかい頬を撫でる。
寒い日に布団の中に入ってきた猫にするように撫で続けていると、ちびはくすぐったそうに身じろぎした。
「ん……」
ぱしぱしと瞬きをすると、至近の征一郎を見上げてふにゃっと笑う。
「せいいちろ……おはよう……」
起こしてしまったようだ。
無遠慮に触っていたので決まりが悪く、小さく「おう」と返す。
ちびは緩慢な動作で身を起こした。
「…朝ごはん、食べる…?」
「俺のことはいいから、寝てろ。今は一応熱はないみたいだが、無理するとよくないかもしれねえだろ」
「でもおれ……大丈夫だから……」
言い方が悪かったのか、ちびはしゅんとして俯いてしまう。
とてもしょんぼりした様に征一郎は滝汗をかいた。
「わ……、わかった。無理はするなよ」
心が弱すぎるだろ、俺。
演技でこれをやられたら、虚偽だと見破っていても己を貫き通す自信はない。
ちびはわがままを言ってしまったと思っているのか、本当にいいのだろうかとこちらの様子を窺っている。
仕方がないと征一郎は一つ咳払いをした。
「あー…何だ。この後のことだが……シャワーを浴びようと思うんだが、お前も洗ってやろうか」
唐突な話題転換だったが、目を見開いたちびは、やがてじわりと表情を綻ばせる。
「うん……!」
目も眩むほどの笑顔だった。
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