けなげなホムンクルスは優しい極道に愛されたい

イワキヒロチカ

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幕間5

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 征一郎とちびが黒崎芳秀の屋敷を辞した後。
 他の幹部たちは、一秒たりともこの屋敷に長居したくないとばかりに既に解散していたが、月華はすぐには帰らず芳秀に絡んでいた。

「ね~会長~、征一郎ばっかりずるいよ。僕もちび太みたいの欲~し~い~」

 紫檀の広い座卓に伏せて駄々っ子のように足をバタバタさせる月華のことなど気にも留めず、芳秀は呑気に茶をすすっている。 
 芳秀のような外道はどれほど無視しても許されると思うが、自分がないがしろにされるのは気に喰わない。
「ちょっと、聞いてる?」
「うるせえなあ…お前には前に一番いいのをやったろうが」
「土岐川のこと?あれは僕が会長に貰ったんじゃなくて、土岐川が自分から僕のところに来たんだもん。僕の借りじゃないから」
「相変わらず思うが儘が人生な奴だ」

 呆れ顔で肩を竦められたが、本当のことだ。
 月華と土岐川の出会いはこの屋敷で、十二歳の時、月華の世話役兼ボディガードを命じられたのが土岐川だった。
 土岐川は少し変わった経歴を持つ男だ。その当時まだ杯を受けていなかったのだから、もともと芳秀の物でもない。
 芳秀と秤にかけたうえで己の主にと望んだのが月華だった。そういうことである。

「とにかく育成キットはあれ一つでな。諦めろ」
「えー?」
 あんなかわいいペットならば月華も欲しい。
 着せ替えをして、美味しいものを食べに行ったりしたいと訴えたが、芳秀は薄笑いを浮かべて首を振るばかりだ。

「どっちにしろヒトが片手間に飼えるイキモノじゃねえんだよ、あれは」

 征一郎ほどの『飼育係』でないと駄目だということなのか。
 人のようにしか見えないあの少年はホムンクルスだという。主の体液をエネルギー源として動く疑似生命体だ。
「ちび太の育成状況は?」
「あんまり面白くねえな」
 芳秀の眉が寄り、今度は月華の唇が弧を描く。
「順調なんだ。まあ征一郎が生き物相手にヘタ打つとは思わないけど」

 この変態のド外道は、息子のアタフタする様が大好物なのだ。
 あのホムンクルスに関わることで征一郎は十分醜態をさらしているとは思うが、期待ほどではないらしい。
 
「月華、お前ちょっと樋口のガキ唆してこい」
 出たよ、と月華は口元をひきつらせた。
 何故自分が協力関係にある征一郎を陥れてまで、この外道に娯楽を提供しなければならないのか。
 そもそも樋口は親も子も、ヤクザ丸出しのファッションから卑しい性根にいたるまで全て大嫌いである。
「嫌だよ、あんな奴と関わるの。ちび太が攫われて暴行されたりしたらかわいそうだし」
「ま、発展途上の不安定な状態の今、そんな目に遭ったら命にかかわるだろうが」
「そんな物騒な波風立てようとしないで!?」

 どうやら、あのホムンクルスは想像以上に繊細な存在のようだ。
 博識な月華はパラケルススの著書なども手に取ったことがあるので、ホムンクルスという存在については知っている。
 『征一郎にホムンクルスをくれてやった』と聞かされた日に、どういうものか芳秀に確認はしたが、恐らくあの少年は『強いて言うならホムンクルスという存在が一番近い何か』だろう。
 月華は無神論者であり、疑似生命体を作ることに強い禁忌などは感じない。
 だが……芳秀の匙加減でどう転ぶかわからない状況というのには危機感を覚える。
 あの少年がどういう生き物なのか、芳秀以外誰もわからないのだ。

「言っとくけど僕は全面的に可愛い子の味方だから」

 さりげなく、あのホムンクルスを征一郎への嫌がらせに使うのには協力しないと牽制しておく。
 後味の悪いのは御免だ。

 普段の芳秀であれば、「まあ好きにやるさ」と煙一つ吐いて終わりだろうが、珍しいことに今日は「まあそう言うな」と食い下がってきた。
「お前はわかってねえんだよ」
「わかってない?何が?」
「俺がただの面白半分でこんなこと言い出すと思ってんのか?」
「…お言葉だけど、会長が今まで自分の娯楽以外の目的で口を開いたところ見たことないからね」
 ハッと鼻で笑い飛ばす。それに対し、芳秀は芝居がかった苦悩顔で首を横に振ると。

「艱難辛苦こそが二人の愛を確かなものにするんだよ!」

 カッと背後に稲妻を背負っての力強いお言葉である。
 一瞬、二人の未来を思っての発言のように聞こえてしまうが、要するに艱難辛苦を望んでいるのだ。とても強く。
 月華はすっと血の気が引いていくのを感じていた。

 あっ……これ……マジなやつだ……。

 正直、ここまでやる気とは思っていなかった。
 いつもの暇つぶしだと思っていたのに……。
 あの素直な少年が悲しむところも、征一郎が絶望するところも月華は見たくない。
 だが、やる気の芳秀を止めることのできる人間は失われて久しい。
「(僕が動くしかないか……。ほんと、優しいよね、僕って)」

 諦めの境地で、何があってもフォローできるようにしておこうと思う月華であった。
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