64 / 104
59
しおりを挟む■都内某所 征一郎宅 リビング
二人で出かけた日の翌日、朝から事務所に用があるという征一郎を送り出したちびは、のろのろとリビングに戻り、ソファに座るとほっと息を吐き出した。
九割は夜まで会えない寂しさ。そこに少しの安堵が混じっている。
昨日は征一郎に外に連れて行ってもらえて、とても幸せだった。
征一郎はいつも優しいが、殊更に眼差しが柔らかかった気がする。
自分は彼にとって何かとても特別な存在なのではないかと勘違いしてしまいそうなほど……。
征一郎といると、貪欲になっていく一方の心が、ちびにはとても恐ろしい。
寂しくとも離れて、冷静さを取り戻す時間が必要だ。
当初、ちびは恋人になりたいとか、一番でいたいとか、そんな風に思っていたわけではなかった。
ただそばにいられればいいと思っていた自分は、肉体を伴って誰かのそばにいることがどういうことなのか、『ちび』になる前は実体どころか個の意識すらなかったのだから仕方ないとはいえ、何もわかっていなかったのだ。
『どんな関係か』『何故そばにいるのか』がこんなにも大切だなんて。
ちびにもまた、欲望が生まれていた。
征一郎は、ちびをとても大切にしてくれている。
それがどんな感情でも嬉しいはずなのに、『自分が一番だったらいいのに』と、考えてしまうのだ。
人間の形をしているが人ではなく、征一郎からの供給がなければすぐに弱ってしまうこんな体の自分では、そばにいるだけでも負担になっているというのに。
わかっているのに、離れたくない。
征一郎も同じ気持ちでいてくれたらいいのになどと考えてしまうのはよくないことだ。
せめて自分に、彼を助けられる、芳秀や神導のような常人離れした能力があれば……。
人ではないのだからあってもいいはずの超常的な力は、ちびの身体スペックが低すぎるせいで使えないと芳秀に言われた。
あのチートしかない黒崎芳秀に作られたというのにそんなクォリティって自分……。
考えれば考えるほど暗い気持ちになってきて、ちびはこれではいけないと首を振った。
征一郎はちびの元気がないととても心配する。
とん、と勢いをつけてソファから降りて、ぎゅっと両手を握った。
「洗濯、しよ」
現状、ちびが征一郎のために出来る最大のことだ。
家事下手とかドジっ子などのいらないヒロイン属性を付与されていなかったことだけは、芳秀に感謝しなければ。
あの男なら、征一郎への嫌がらせのためにそれくらいのことはやりかねない。
先に布団を干そうかとベランダの方に視線を向けると。
「(雨だった……)」
そういえば、起きた時に暗いなと思った記憶があった。
洗濯物も、布団も干せないではないか。
征一郎にはいつもふかふかの布団で寝てもらいたいのに。
布団乾燥機を買ってもらおうかと思案しながら、小雨程度なので午後からはどうだろうかと、大気の動きを感じるために窓を開けてベランダへと降りた。
自然に関することは、『ちび』になる以前一部だったよしみで少しだけ感じ取ることができる。
「(ひどくはならなくても、晴れそうな気配はないかな……あれ?何だろう)」
外の景色をぼんやり見ていると、下の方、建物の周囲の植え込みに何か動くものが見えて目を凝らした。
視力はいい方だ。……あくまで、『人間としてならいい方』という比較で。
それは、恐らく子猫だった。
親猫の姿は見えない。
昨日の事務所での一幕を思い出し、もしかして、アニマルに優しい極道の噂を聞き付けたご近所の方がこんなところでも……という心配が脳内を巡る。
「(どうしよう……篠崎さんに連絡した方が……でもこの時間は誰も近くにいないかもしれない……」
征一郎からは特に外に出るなとは言われていないが、それはちびが無断で出ていったりしないという前提があってのものだろう。
実際、今までちびは一人で外に出たいと思ったことは一度もなかった。
何かトラブルがあったり、必要なものがあればスマホで篠崎に連絡をするようにと言われている。
これまで、特に何事もなく、また日に何度かは様子を見に征一郎の部下が訪れるため、用があって呼びつけたことはなかった。
なので、連絡をすればすぐに対応してもらえるのかどうかがわからない。
今この瞬間にも子猫が車道の方に落ちてしまったら。
先日の子猫の小ささや温もりを思いだし、いてもたってもいられなくなったちびは、室内へと踵を返した。
0
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話
八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。
古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる