けなげなホムンクルスは優しい極道に愛されたい

イワキヒロチカ

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幕間9

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■車内

「あー!もう、つっかれたあ」

 車が走り出し忌々しい建物が遠ざかるや否や、月華は表情と姿勢を崩し、隣に座る土岐川の膝へとダイブした。
 そのまま駄々っ子のように溜まりに溜まった不満をぶちまける。

「アホなことばっかり言いだすからちっとも話進まないしアホのくせにいらない頭は回るし面倒!疲れた!もう限界!」
 窓の外は赤く染まりつつあり、既に夕方と言って差し支えない時間だ。
 こんな時間まで何をしていたのかといえば、建設的なビジネスの話に熱が入っていたわけでも何でもなく、あの地下からその上に建つビル、暗黒の夜明け団本部の内部をくまなく案内されていたのである。
 根拠のない自信に満ち溢れた自分が眩しいあの男のエンドレス『俺と俺の神TUEEEE』話を延々と聞かされながら。
 地下(暗黒の夜明け団が勝手かつ違法に開拓した敷地)を車で移動し、地上に出たと思ったら目の前に広がる浜離宮恩賜庭園を「我が庭」として紹介された時にはもはや笑顔も出なかった。
 特に入園料を巻き上げているとかではなく、ただ自分の物だと口にするだけならば罪にはならないかもしれないが、それと聞いた相手がどう思うかは別問題だ。
 それでも国家権力が取り締まることのできないほどあの男に力があり、月華の目的のためには味方でいてもらう方が都合がいいため、耐えた。
 自分でも驚きの忍耐力だ。

「だが、出向いた成果はあったな」
 大きな手で髪を撫でてくれる土岐川は、月華の引き攣る笑顔をずっとそばで見ていたくせに、あっさりとそんな風に括る。
 確かに、途中で切れ散らかして本日の密談が不首尾に終わることこそ、月華にとって最も悪い結果だった。
 九鬼は最初から最後まですこぶるご機嫌で、無駄に暗黒の夜明け団本部の内部までじっくり見せてもらったわけで、超上首尾だったと言えるだろう。
 土岐川の言うことは正しいのだが……。
 月華はムッと唇を尖らせる。

「(それはそれとして、『俺以外の男に触らせるな』とか言ってジェラってくれるとかさ……)」

 月華がしたいと思うことに、私情で口を挟まれるのはとても不愉快だ。
 土岐川は一切そういうことをしないので月華も安心してそばに置いているわけだが、同じ味を食べ続けるとたまには違う味を食べたくなるのが人の業である。
 我儘?自分勝手?そう思いたいなら思ってもらって結構。
 それでも世界は美しい月華の前にかしずくのである。

「土岐川!消毒!」

 ぱっと身を起こし、先程九鬼に汚された手を真面目過ぎる男の鼻面に突き付ける。
 土岐川は驚くでもなく、厳かにその手を取り、騎士が命を賭して守るべき姫にするような、清冽な口付けをした。
 悪くはないが、それでは少し足りない。
「土岐川」
 反対の手を首に回しながら、膝に乗り上げる。
 とられた手はそのままつなぎ、唇を重ねた。
 触れるだけですぐに離し、至近で視線を交わらせる。
 深い闇の色に、微笑む自分が映っているのがみえた。 
 こんな風にキスを仕掛けても喜びも欲望も見せない男に、ただの恋人ならば愛情を感じられないと不満に思うかもしれない。
 だが、支えるように腰に回ってきた手は熱く、確かに感情の昂りを伝えてくる。
 この男の微かに漏れ出る抑えた欲望を感じることが、月華の喜びだ。
 そのまま、力任せに抱き寄せてほしい。
 相手への飢餓感が、欲望を煽る。
 その緊張感が心地いいのだ。

「……もっと、消毒して」

 月華は愛しい男の頬に手を添え、もう一度、今度は深く唇を重ねた。
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