97 / 104
幕間9
しおりを挟む■車内
「あー!もう、つっかれたあ」
車が走り出し忌々しい建物が遠ざかるや否や、月華は表情と姿勢を崩し、隣に座る土岐川の膝へとダイブした。
そのまま駄々っ子のように溜まりに溜まった不満をぶちまける。
「アホなことばっかり言いだすからちっとも話進まないしアホのくせにいらない頭は回るし面倒!疲れた!もう限界!」
窓の外は赤く染まりつつあり、既に夕方と言って差し支えない時間だ。
こんな時間まで何をしていたのかといえば、建設的なビジネスの話に熱が入っていたわけでも何でもなく、あの地下からその上に建つビル、暗黒の夜明け団本部の内部をくまなく案内されていたのである。
根拠のない自信に満ち溢れた自分が眩しいあの男のエンドレス『俺と俺の神TUEEEE』話を延々と聞かされながら。
地下(暗黒の夜明け団が勝手かつ違法に開拓した敷地)を車で移動し、地上に出たと思ったら目の前に広がる浜離宮恩賜庭園を「我が庭」として紹介された時にはもはや笑顔も出なかった。
特に入園料を巻き上げているとかではなく、ただ自分の物だと口にするだけならば罪にはならないかもしれないが、それと聞いた相手がどう思うかは別問題だ。
それでも国家権力が取り締まることのできないほどあの男に力があり、月華の目的のためには味方でいてもらう方が都合がいいため、耐えた。
自分でも驚きの忍耐力だ。
「だが、出向いた成果はあったな」
大きな手で髪を撫でてくれる土岐川は、月華の引き攣る笑顔をずっとそばで見ていたくせに、あっさりとそんな風に括る。
確かに、途中で切れ散らかして本日の密談が不首尾に終わることこそ、月華にとって最も悪い結果だった。
九鬼は最初から最後まですこぶるご機嫌で、無駄に暗黒の夜明け団本部の内部までじっくり見せてもらったわけで、超上首尾だったと言えるだろう。
土岐川の言うことは正しいのだが……。
月華はムッと唇を尖らせる。
「(それはそれとして、『俺以外の男に触らせるな』とか言ってジェラってくれるとかさ……)」
月華がしたいと思うことに、私情で口を挟まれるのはとても不愉快だ。
土岐川は一切そういうことをしないので月華も安心してそばに置いているわけだが、同じ味を食べ続けるとたまには違う味を食べたくなるのが人の業である。
我儘?自分勝手?そう思いたいなら思ってもらって結構。
それでも世界は美しい月華の前にかしずくのである。
「土岐川!消毒!」
ぱっと身を起こし、先程九鬼に汚された手を真面目過ぎる男の鼻面に突き付ける。
土岐川は驚くでもなく、厳かにその手を取り、騎士が命を賭して守るべき姫にするような、清冽な口付けをした。
悪くはないが、それでは少し足りない。
「土岐川」
反対の手を首に回しながら、膝に乗り上げる。
とられた手はそのままつなぎ、唇を重ねた。
触れるだけですぐに離し、至近で視線を交わらせる。
深い闇の色に、微笑む自分が映っているのがみえた。
こんな風にキスを仕掛けても喜びも欲望も見せない男に、ただの恋人ならば愛情を感じられないと不満に思うかもしれない。
だが、支えるように腰に回ってきた手は熱く、確かに感情の昂りを伝えてくる。
この男の微かに漏れ出る抑えた欲望を感じることが、月華の喜びだ。
そのまま、力任せに抱き寄せてほしい。
相手への飢餓感が、欲望を煽る。
その緊張感が心地いいのだ。
「……もっと、消毒して」
月華は愛しい男の頬に手を添え、もう一度、今度は深く唇を重ねた。
0
あなたにおすすめの小説
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる