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しおりを挟む「(俺……?)」
名指しされて、鼓動が跳ねる。
この男とは面識がないが、彼が仁々木組に属しているのだとしたら、『真冬』を知っている理由は大体想像がつく。
では先程メノウと月夜が絡まれた一幕は、このために仕組まれたことだったのだろうか。
国広の歓迎しない客に親切にする従業員はこの店にはいない(後が怖いので)。
聞かれたボーイは口を濁して誤魔化したが、フロアにいた女の子の何人かは、反射的にだろう、こちらを見た。
まあ、これはそうなっても仕方がないかな、と思う。
先日も、『真冬』が接待を担当した御薙が、鬼のような形相で再来店するという事件があったばかりだ。
またお前か、とうんざりもするだろうし、一体この店に何が起こっているのかと、恐怖や困惑を渦中の人間にぶつけたくなるのも無理はない。
そして冬耶もまた、名前を呼ばれた時に必要以上にはっと身構えてしまった。
これでは彼女たちの視線がなくても、他人の挙動に敏感でなければならない稼業の男たちには十分すぎるヒントとなっただろう。
「お前が『真冬』だな」
案の定、はっきりと視線を合わせて、確認される。
返事はしなかったが、否定しなかったことで確信したのだろう。
男は悠々と近付いてきた。
距離が縮まるごとに有名ブランドのフレグランスがきつく香る。
「なんだ、大和の奴がご執心だっていうから、どんな女かと思ったが……」
至近で全身をジロジロと観察された上、鼻で笑われた。失礼な。
自分の容姿には特に期待をしていないので、どう評価されてもなんとも思わないが、この男が馬鹿にしたのは言葉の上では『真冬』でも、その嘲笑の向く先は御薙だったので、冬耶は腹を立てた。
「おい、いい加減にしろよ」
一瞬、自分の心の声が漏れてしまったのかと思い、口を押さえる。
もちろんそんなことはなく、制止の言葉と共に男と冬耶の間に割って入ってきたのは、国広だ。
余程、組長の息子のことを嫌っているのか、普段なら「金さえ払えば好きにしろ」くらいのノリで真冬を差し出しそうな国広が、こんなふうに庇ってくれることに少し感動してしまう。
その行動に過剰に反応したのは、偉そうな男の舎弟たちだ。
「国広、お前こそいい加減にしろや」
「こんなチンケな店、組長補佐の気持ち次第でどうとでもブファッ!」
言葉の途中で国広に容赦ない蹴りを入れられた男は、壁にぶつかって床へと沈み、冬耶は青くなる。
感動している場合ではなかった。
「て、店長?ぼ、暴力は」
「テメェ……」
「うるせえ!許可してねえのに俺の店に入りやがって。気持ち次第でこの店をどうとでもできる?やれるものならやってもらおうじゃねえか」
啖呵を切った国広の、普段から剣呑な目つきが据わりきっていて怖い。これではもはやどちらがヤクザなのかわからない。
一触即発の雰囲気に、店内は静まり返った。
「若彦さん……!」
声にハッとして振り返ると、入口の方から、御薙が小走りでやってくるのが見えて、目の前の男から舌打ちが聞こえる。
「チッ……もう嗅ぎつけやがったのか」
御薙は近くまでやってきて、国広や冬耶を庇うように男と対峙した。
「若彦さん、ここは親父が、みかじめを取る代わりに経営者の好きにさせると約束した店です。シマ内で揉めるような真似は、やめてください」
「大和。手前ェいつから俺に指図できるようになったんだ。大体、この状況見て言うことがそれか?そんなんだから親父も手前ェも、カタギどもに舐められるんだろうが」
「……………………」
二人の視線が交錯する。
はらはらしながら見守っていると、先に視線を外したのは『若彦』と呼ばれた男の方だった。
「仕方がねえな。…ま、今日のところはお前のお気に入りの顔も見られたし、退散してやるか」
倒れている舎弟を連れてくるように他の舎弟に命じながら、踵を返す。
強引に押し入ってきた割には、あっさりとした引き際だ。
「またな、『真冬』」
思わせぶりな笑みを残し、男は去っていった。
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