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しおりを挟む思わぬ場所で「ちょっとだけ」愛されることになり、すっかり気力と体力を使い果たした冬耶は、ソファにしんなりと横たわっていた。
肉体もだが、圧倒的に精神が疲弊している。ただひたすらに、「やってしまった」という気持ちだ。
途中からは声を抑えないといけないことすらも考えられなくなっていたのだから、いっそ最初から気にしなければよかったのでは?…などと開き直れるほど冬耶は肝が太くない。
木造ではないので、下の部屋まで声が聞こえていたということはないだろうが、ソファのガタつく音などは響いていそうだし、階段を使った人がいれば絶対に気付いただろう。
事務所を出る時、一体どんな顔でいればいいのか。
上手く誤魔化したり受け流したりできる自信もないので、なるべく人の少なそうな時に、御薙に隠れてこそこそ通るしかない。
ぐったりしている冬耶とは対照的に、御薙はやけにすっきりした表情でデスクワークに勤しんでいる。
情事の名残は微塵もなく、むしろ事が起こる前よりも集中しているようにすら見えて、なんだか釈然としない。
「…楽しそうですね」
思わず恨めしそうな声が出てしまった。
先程御薙が同じことを聞いてきたが、真逆の問いかけというかもちろん皮肉である。
冬耶の心情に気付いたのだろう、御薙は「お陰様でな」と苦笑した。
「やるべきことが見えたっていうか、ひとまず目指すべき方向が決まったから、やる気が出てきてな」
「仁々木組の解散後のことですか?」
「ああ。解散後組の奴ら全員を路頭に迷わせないようにするには、やっぱ会社作って雇用するしかないよな。そうするしかないって薄々気づいてたんだが、ようやく腹が決まった」
確かに、全員の新たな就職先を探すよりは、雇ってしまう方が楽かもしれないが。
しかしそれでは、今とあまり変わらない気がする。
「組をそのまま会社にしてしまう感じですよね。その、色々大丈夫なんですか?」
以前刑事が来ていた際、出入りしている人間をチェックされているようなことも言っていたのに、組から会社に看板を付け替えただけ(というように見えるだろう)で、法人として営業できるのだろうか。
「仁々木組は指定団体じゃないから、世間体や風評的にはアウトでも、法的にはギリギリセーフだ」
それは村社会的な日本においては大体アウトということなのでは。
だが、フロント企業と呼ばれて違法とされていようとも会社を経営しているヤクザもいることだし、恐らくそういったノウハウには御薙や組の人達の方が詳しいだろう。
元々念頭にもあったようだし、何かやり方があるに違いない。
「ま、ダメそうならさっさとたたんで次の手を考えりゃいい」
「そ、そうですね。でも大和さん自ら社長になるのは、少し意外かも」
恐らくこのままならそうなるだろう。組のことに関して、御薙はどちらかというと裏方を好んでいるような気がしていたので意外だったと伝えると、御薙は素直に同意した。
「俺も面倒だから二の足踏んでたんだけどよ。社長になれば、社長室でお前といちゃつけるなと思って」
まさか、先程のようなことをもう一度したいという欲望で、腹が決まったのだろうか。
いやそんないい笑顔で言われても。
驚きの動機に目が点になる。
「ふ、普通のサラリーマンはオフィスであんなことしないんじゃなかったんですか」
「自社ビルが建ったら、社長室は防音にするから大丈夫だ」
そういう問題ではない。
しかもまだ何も始まっていないのに、自社ビルを建てる話になってしまっていて、気が早すぎる。
動機は冗談として(としてほしい…)、御薙が起業するならついていきたい者は多いだろう。
その結果がどうであれ、その決断を後悔するようなことにはならないとみんなわかっているから。
「防音の部屋はともかく、俺も何かできることがあればお手伝いしますね」
「とにかく俺を含め学のねえ奴らが揃ってるからなー。お前の頭脳はあてにしてるぜ」
「俺も高校中退ですけど……」
住所の書き方から教えなくていいだけで十分教養がある、と重々しく語る苦い表情で、いかに御薙が彼らの再就職に手を焼いているかが伝わってきた。
「苦労も掛けそうだし、お前には社長補佐として特別手当をつけないとな」
なんだか話が大きくなっている。東洋医学の勉強も続けるつもりだし、素人がどこまで力になれるかは全くわからないので、手当などつけられても困ってしまう。
冬耶は御薙のそばにいられればそれで十分だ。
しかし、固辞して御薙のやる気を削いでしまうのも良くない気がして、冬耶は夢の話に乗っかった。
「特別手当は、またそのうちバイクの後ろに乗せてくれたら、それでいいですよ」
「そんなことでいいのか?」
冬耶が頷くと、御薙も「そうか」と嬉しそうにしている。
バイクは経費で落ちるな、と呟く御薙に苦笑した。
これでいいのかと思うけれど、こうでなくては冬耶も今ここにいない。
真冬との一夜の責任を取る、などと言われ当初は本当に戸惑ったが、強引に踏み込んでもらわなければ、全てを打ち明けるような展開はあり得なかった。
御薙は、冬耶の行く末を照らす太陽のような人だ。
神様がいたとして、自分の体質のことを考えれば、随分と困った存在だとは思うけれど、それでも彼と出会わせてくれたことで、チャラになるのかもしれない。
どうか、これから先もずっと、彼のそばにいられますように。
恐らく理想の未来を映す横顔を見つめながら、冬耶はそっと願いを込めた。
TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています 終
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