いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 やがて車は久世のマンションにつき、地下駐車場へと滑り込んだ。
 車を降りるなり、腕を掴まれて強引に連行される。
「ちょっ……に、逃げたりしないから、離……」
 万里とて車で二十分ほどかかる距離を、こんな格好で家まで歩きたいとは思わない。
 文句を言ったが、久世は応えなかった。

 部屋についても久世は手を離さず、廊下を抜け、先日パスタを馳走になったリビングを素通りして奥にあるドアを開けた。
 どうやらそこが目的地だったらしい。落ち着いた色味でまとめられた室内には、でんとベッドが鎮座ましましており、何故寝室に通されたのかと万里の背中を嫌な汗が流れる。
 座るよう促されて渋々その通りにすると、久世がその隣に座る。
 距離が近かったので微妙に腰をずらしたが、すぐに詰められてしまった。
 近い、と文句を言おうとすると、怖いくらい真剣な視線に射すくめられて、固まる。

「まず言っておくが、俺は月華に対して恋愛感情を抱いたことはない」

「で、でも、昨日は惚れたって……」
 嘘をつかれるのは嫌だと首を振ると、久世は「やっぱりそこか」と眉を寄せた。
「それは、人としてとかそういう意味だ。お前も尊敬する奴とかいるだろ。それと同じ」
 説明されて、万里はぽかんと口を開けたまま固まった。
 神導が本命というのは万里の誤解だったのか。
 これが偽りで万里を騙そうとしているのならば、そもそも昨晩の『惚れてる』発言をしなければいいわけで。
 久世の言うことが真実なのはよくわかった。

 では、失恋ではなかったのか。

「(え?あれ?じゃあ、今ここにいるのって、俺……)」
 ほっとした途端、寝室に二人きりという状況を激しく意識して狼狽えた。
 己の狼狽を誤魔化したくて、久世に当たる。
「へ、変な言い方するな、紛らわしい!ふつうに『人として尊敬できる奴に出会った』って言えばいいだろ!」
「いや、こっちもバンビちゃんがそこまでとは思ってなかったから」
「そこまでって何が」
 久世の言うことは遠回しで分かりづらい。
 わからないのは、万里が子供だからなのか。
 じとっと見上げれば、久世は困ったような表情になり、肩を竦めた。
「さっきまでは俺の純情を弄んでどうしてくれようって思ってたんだが…お前がバンビちゃん過ぎてこのままコトを進めていいか心配になってきたというか」
「な、どういう意味だよ」
 ちゃんと説明しろと迫ると、久世の目が細くなる。
 伸ばされた手が頬に触れて、

「まあでも、とりあえず俺が月華に惚れてたら泣き出すくらい俺のことが好きだってことでいいな」

「はあ?か、」

 勝手に決めるなと叫ぼうとした口は、意地悪く微笑んだ口に塞がれた。

「ぅん……っ」
 開いていたところに舌が押し入ってきて、絡めとられると口内に唾液が溢れる。
 背筋をゾクリとしたものが走り反射的に体を引こうとしたが、そんな反応は予想していたのか、頬を包んでいた手は既にうなじに回り、腰に回ったもう一方の腕に逆に引き寄せられてしまう。
 歯列をなぞられ、上顎を辿られ、口の中を丁寧に蹂躙されて、心地よさに頭が痺れた。
「ん……ん、」
 鼻から抜ける己の声が甘ったるくて、恥ずかしくて全身が熱くなる。

 大竹から助け出された日のキスと同じだった。
 特にそうして欲しいと思っていたわけではないのに、もっとして欲しいと思ってしまう。
 舌をそっと抜かれると、思わず追いかけていた。
 久世の口の中に誘い込まれ、強く吸われると全身の力が抜ける。
 溶けてしまいそうで怖くて、目の前の体に、ギュッと縋りついた。

「あ、……っ」
 久世は唐突に唇を離すなり、苦しいくらいに万里を抱き締めてくる。
「あー、くそ。お前はかわいいんだよ。警戒してるのかと思えば突然素直で、図太いのかと思えば涙目だし」
 馬鹿にされたと感じ、体を離してキッと見上げた万里は、久世の表情を見て言葉を失った。
 こちらを見下ろす優しく細められたそれは、疎い万里にも伝わるほどに愛しいものを見る目だったからだ。
 どくんと心臓が音を立てる。

 だけど、久世は大人だ。
 それぐらいの演技はできてしまうのではないかという不安が脳裏をかすめる。
 流されてしまえなくて、万里は震える唇を開いた。

「お、俺は言われた通り子供で、あんたみたいに何でもわかるわけじゃないから……っ、ち、ちゃんと言ってくれないと、わからない」

 駆け引きは得意じゃないので、素直にそう言うしかなかった。
 言葉なんて、いくらでも嘘が言える。
 それでも久世は、今まで言わないことはあっても嘘はつかなかったから。
 言ってくれたら、万里はそれを信じられる。

 不安と期待を込めた瞳で見つめると、久世は仕方がないなというように笑い、再び長い指が熱を持ったままの頬を撫でて。

「お前が好きだよ、万里。ずっと欲しかった」

 甘く微笑まれて、万里は自分で聞いておきながら恥死しそうになった。
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