いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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その後のいじわる社長と愛されバンビ

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 鹿島が出してきてくれたのは、ビー玉を落とすと中身が溢れる、レトロなタイプ瓶入りのラムネだ。
 瓶とビー玉がぶつかる音が楽しくて、飲みながら軽く振ってみたり角度を変えてみてみたりしてしまう。
「なんか……こういうの癒されますね」
「最近、少しお疲れなんじゃないか」
 じっとガラス瓶を見つめる万里に、聡い鹿島は何か気付いたらしい。
 万里は誤魔化すかどうしようか一瞬悩み、少し話をすることにした。

「鹿島さんは、いつから料理人を目指してたんですか?」
 唐突な問いかけだったが、鹿島は何故とは問わず、そうだな、と快く答えてくれる。
「料理をしたいと思ったのは、小学生の時だな。昔から少年誌の料理漫画が好きだったんだ」
「ああ……」
 鹿島自身、少年漫画に出てきそうなタイプだ。
 しかし、そのあと語られたのは、それ以上に漫画のようなエピソードだった。
「家が貧乏だったから、小さい頃から厨房でバイトみたいなことをさせて貰って、賄いで食い繋いでたんだが……」

 ある日、幼い鹿島の働く店に、彼の料理の師匠である城咲がやってきた。
 アルバイトにしてはまだ幼い鹿島に目をとめ、働いている理由を聞きだすと、彼は鹿島の家までやってきて、小さなテーブルに乗り切らないほど料理を作ってくれたのだそうだ。
 それがあまりにも美味く、感動した鹿島は、弟子にしてくれと頼み込んだ。

「そ、それでどうなったんですか?」
「最初は断られたけど、しつこく食い下がったら弟子にしてくれることになったよ。あの時の師匠は本当に、漫画のヒーローみたいで感動したな」
 そんなことをされたら、万里も弟子入りしたいと思うだろう。
 それにしても鹿島が、アルバイトをするような年齢でない頃から働かなくてはならないほど貧しかったなんて。
 これまで万里は衣食住に困ったことは一度もなく、苦労を知らないことが恥ずかしくなる。
「師匠の料理は、誰かを元気に、笑顔に、幸せにする料理なんだ。俺もいつかあんな風になりたいと思ってる」
 鹿島の、憧れを語る眼差しが眩しい。
 万里は感銘を受けながらも、心の奥底に強い焦燥を覚えて視線を逸らした。

「おはようございま~す……」

 そこに、なんとなくよれっとした雰囲気の桜峰が出勤してきた。
 普段の出勤もギリギリではないが、こんなに早く来るのは珍しいのではないか。
 ……と、鹿島も万里と同じことを思ったらしい。
「桜峰、今日はいつもより少し早いな。何か飲むか?」
「なんか無糖の炭酸ください……」
 答える桜峰の声は掠れている。
 万里の隣のスツールに腰掛け、ふう、と一つ息を吐く姿がやけに気怠げだ。
「風邪ですか?」
「ううん。健康だよ。ちょっとその……だるくて揺れてるだけで……」
「揺れてるって……」
 目眩?と心配しかけたところで、鹿島の苦笑いからようやく察した。

 気怠げなのは、隠しきれない事後感だ。
 よく見ると桜峰のぼんやりとした瞳は熱がある時のように少し潤み、見つめられると何故だかわからないがごくりと喉が鳴ってしまう。
 神導や伊達のような華やかな美形とは違うのだが、桜峰にはなにかこう、男が思わず手を伸ばしたくなるようなエロスがある。
 自分も事後はこんな……?……なんて、自分は何を考えているのか。
 ちょっと想像してみたが、「ないな」と速攻で否定した。

「ええ…と……、今日指名入れて大丈夫なんですか?何か事件が起こったりとか……」
 久世のことはともかく、男性に対してムラッとしたことのないような自分でも「エロいな」と思ってしまうくらいだ。
 どれほどの紳士だろうと、こんな桜峰に接客をされたら、間違いが起こってしまうかもしれない。
「うん、ミスはしないように気をつけるよ」
 見当外れのことを力強く頷く桜峰に「違うそうじゃない」とがっくりする。
「その、桜峰さんのことではなく……」
「???」
「う、うーん……あ、出勤する前、例の係の人に止められたりしませんでした?」
 微妙な例えではあるが、桜峰が万里の恋人だったら、危険だから出勤するなと止めるだろう。
 万里まで牽制してきたようなあの男ならば、絶対に外出するなと言いそうなのだが……。
「……………………」
「桜峰さん?」

「いない隙をついて出てきたから……」

「………………………………………」
 気まずそうに告げられた言葉に、万里は頭を抱えた。
 何故そんな、トラブルになりそうなことをしてしまうのか。
「竜次郎、怒ってたらどうしよう」
「怒っているというか心配してるかもしれないから、早めに連絡いれておいた方がいいんじゃ……」
「現在地はわかってるから、心配はしてないと思うけど……」

 ……そういうことではなく。
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