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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ

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 会食の翌日。
 子供じゃないんだから、そんなに心配することはないと自分を誤魔化し続けたが、一晩明けて「今この瞬間にも父が渡らなくていい危ない橋を全速力で駆け抜けようとしていて最終的に万里自身が大迷惑を被ることになるかもしれない不安」に耐えきれなくなり、午前の授業を終えるなり、万里は人気のない場所へ移動して、父に電話をかけていた。


 昨日、久世はこう言った。
「『暗黒の夜明け団』という宗教系の秘密結社だからな。怪しいというのは正しいな」
 一瞬、からかわれているのかと思ったが、久世は至極真面目な顔をしている。
「あの……どこから突っ込んだらいいかわからないんだけど、そのひみちゅけっしゃ、」
 噛んだ。
「そのひみちゅけっしゃが?」
「復唱しなくていいから!驚きすぎて噛んだだけだから!」
「悪かったよ。怒るな」
「……。秘密結社って、漫画とかに出てくる悪の組織的な……?」
 秘密結社という響きには、目の部分にだけ穴が開いている三角形の覆面と、ローブのような制服?に身を包み、怪しい儀式をしたり、国家転覆を企んだりするようなイメージしかない。
「日本人のイメージだと大体そんな感じだな。今も昔も、テロリズムに結びつくような危険な組織の存在があることは否定はできないが、実在する秘密結社のほとんどは、社交クラブのような集まりなんじゃないか」
「あ、じゃあそのナントカ団も?」
「『暗黒の夜明け団』は政治系じゃなくて宗教系だから、一般的なイメージで言えば新興宗教か。今のところ、それほど悪い噂は聞かないが」
「怪しいけど悪い団体ではないってこと?」
「どうだろうな。団体が崇める神の復活が結社の目的らしいが、国の中枢、政財界だけじゃなく、裏社会にも太いパイプがある。その上月華の取引相手でもあるからな。それだけでもクリーンな組織ではないだろ」
 その下でせっせと働いているあんたが言うなとジト目を送りつつ、先程紀伊國屋に対して、結社と懇意にしている知り合いがいると言っていたのは、神導のことだったのかと納得した。
 しかし、それは確かにクリーンではない。
「ツッコミどころしかないんだけど、つまり紀伊國屋さんは、その人脈を利用したくて、バッジが欲しいってことで合ってる?」
「そうそう。交渉相手が同じバッジを持っていれば、共通の秘密を持つもの同士、相手も気を許してビジネスがやりやすくなる……ってわけだ。それだけのコネクションがあるっていうアピールにもなるしな」
「神の復活とか全然関係なくなっちゃってるけど、結社の人はそれでいいかな…」
「金が流れてくれば、いいんじゃないのか?まあどちらにしても、得体の知れない団体であることは確かだ。リスクを知った上で利用する目的以外では近付かない方がいいだろうな」

 もちろん万里は頼まれたって近付きたくない。
 後から、そういえば暗黒の意味を聞き忘れたと思ったが、その結社が自分達の崇める神を復活させたいのだとして、その結果暗黒の夜明けがくるのだとしたら、復活予定の神がどんな性質のものなのか、察しがつくというものだ。
 例えそれらがお遊び的な要素、団員の団結力を高めるためのツールだったにしても、万里はそのノリについて行けそうもない。
 本気だったらもう、完全にアウトである。
 そして、疑問が消えて残ったのは巨大な不安。
 勝手にすればと突き放してしまったが、軽率な父の行動を止めたほうがいいのではないか。


『あ、もしもし万里ー?すごい、ナイスタイミング!父さん今、日比谷にいるんだけど~、昨日帰りがけにハム時さんから詳しい場所聞いたから、これから例のサロンに行ってみようと思ってるんだ!万里も一緒に行く?』

 行動が早すぎる。
 電話に出た春吉の能天気な調子に、万里は頭を抱えた。
 紀伊國屋から、そこが本当はどんな場所なのか、聞かなかったのだろうか。
 いや、この父親は、聞いたら聞いたで逆に「面白そう!行ってみたい!」と盛り上がる気がする。
 万里は、どう説得するべきか迷った。
「父さん、あのさ、そのサロンは……」
『なんちゃって。万里は学校だもんね。父さんも子供じゃないし、この後一人で行ってくるよ!』
「えっ!?い、いや、そうじゃなくて、」
『それで、万里の用事は?』
 この父の雰囲気、一刻の猶予もないと感じた。
 説得ではなく、力ずくで連れ戻す必要がある。

「ちょ、ちょっとその辺で美味しいものでも食べながら待ってて!俺も行くから!」

 万里は言い切って電話を切り、教室に慌てて荷物を取りに戻った。
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