いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ

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 対応してくれた医師、北条遥樹は傷の具合をみると、ため息をついて肩を落とした。

「撃たれたっていうから摘出の用意もしてたのに、残念ながら掠っただけみたいだね…」

 心の底からの嘆息に思えて、患部を上にして寝台に横たわっている久世は思わず苦笑する。
 ここは医者としては「よかったね」と言うべきところではないのだろうか。
 だが、一般外来の受付などとうに終わっているこの時間に、執刀においては若くして国内屈指(らしい)の医師に処置をしてもらえるというのは、ありがたいことだ。
 …例え、軽傷なことを残念がられたとしても。
 医師としての技術だけではなく、この病院の次期院長としても期待されている遥樹は、抉れず綺麗に裂けたみたいでよかったねなどと、いいのか悪いのかよくわからないことを言いながらも、手つきだけは淀みなく、確実に処置をしていく。

「遥樹さんのご期待に添えず申し訳なかったですが、俺としては幸運でしたよ」
 局部麻酔をして縫合までしているのは、十分重症だと自分では思うけれども。
「そうだねえ。月華も君がいないと困るだろうし」
 そうだろうか。
 久世は、言われるほど己が特別な能力を持っているとは思っていない。
 卑下しているわけではなく、周囲に特別過ぎる人間が多いためだ。
 先程の九鬼紅蓮にしてもそうだが、ああいった特殊な能力を持つ人間からすれば、久世はただ人より少し勘がいいだけ。月華ならすぐに代わりになる人材を見つけられるのではないか。
 もちろん、実務的に困らなくても、久世にもしものことがあれば、月華は己の仲間が傷つけられたことを本気で悲しみ、怒るだろう。
 そういう奴だと知っているから…、九鬼紅蓮に誘われて、面白そうだとは思ったが、手を取る気にはならなかった。

「あとは、お店に行ったときに彼が元気なかったら寂しいし」

 続けられた、含みのある声音に、つと視線をあげた。
 楽しげな瞳に覗き込まれて、口から出任せで他人を煙に巻くことが得意な久世が、一瞬返答に詰まる。
 遥樹が『SILENT BLUE』のキャスト『バンビ』を気に入っているのは明らかで、それがどういった感情なのかによって対応を変える必要があるが…。
「どうやら、うちのを可愛がっていただいているそうで」
 無関係を装うよりは、牽制する方向で行くことにした。
「うんうん。彼と話をするのは楽しいからね。最近は失恋の痛みを和らげてもらってるよ」
「……そんな方がいたとは初耳ですね」
 将来を嘱望される医者、しかも整った顔立ちで人当たりもいいという良物件なのに、彼の私生活について浮いた話の一つも聞いたことはなかったのは、もしかして、密かに想う相手がいたせいなのか。
「ましろに恋人ができたのは君も知ってるだろ?」
「ああ…」

 『SILENT BLUE』の姉妹店でキャストをしている羽柴ましろに恋人ができて、嫁に行ってしまうだのと月華や城咲一が荒れていたのは記憶に新しい。
 一の方はどんな感情を抱いていたのか微妙なところだが、月華は別に、今は一緒に住んでいるわけでもなし、恋人ができようがましろが態度を変えるわけもなし、今までと何も変わらないだろうと思うのだが。
 親馬鹿感の漂う二人はともかく、過去にましろが一時北条家に身を寄せていたのは知っているが、遥樹が彼のことをそんな風に想っていたとは意外だ。
 世間話の軽さで打ち明けてくるくらいなので、月華が落ち込んでいたのと似たようなことかもしれないが。

「それはお察ししますが、『バンビ』はましろと違ってまだまだ子供ですから、手加減してやってくださいよ」
 遥樹は楽しそうに笑った。
「そうだね。あまり野暮なことはせずに、久世昴プロデュースのシンデレラストーリーをのんびり鑑賞させてもらうよ」
 万里なら、人の恋路を娯楽にするなと怒るだろうか。
 久世としては、自分が遥樹の立場でも、こんな感想のような気がするので文句を言えない。
 ただ、続いた言葉には、少々肝が冷えた。

「切開できなかったのは残念だったけど、要領のいい君がこんな風に傷を作ってくるなんて、今までなかった展開だから、既に楽しませてもらってるんだけどね」

 言外に弱みは握ったぞと伝えられ、久世は内心で頭を抱える。
 勘弁してくれよというのが正直な気持ちだ。
 北条遥樹については、常々敵には回したくないと思っているし、回すつもりもない。
 なるほど、久世の死や裏切りが月華の力の低下につながると認識しているようなので、くだらないことは考えるなよという念の為の牽制なのだろうが、無防備に治療を受けている状態で聞きたい言葉ではなかった。

 処置が終わり、いくつかの注意を言い渡され、礼を言って診察室を出た。
 怪我よりもむしろ遥樹との対話に疲弊して、いささかげっそりしながら救急外来の待ち合い室に向かうと、どんな大手術が行われていると思っていたのかという青い顔の万里が、久世に気付き駆け寄ってくる。
 心配そうな顔に胸が痛む反面、それほどまで想ってもらえているのが嬉しくて、憂鬱な気持ちは吹き飛んだ。
 今回の件は、遥樹に言われたように、普段の久世であればもう少し上手く立ち回れたかもしれない。
 自分一人でいる時には起きないような事態に一緒に巻き込まれることを楽しんでしまっているのは、悪い癖だ。
 これもまた一種の『恋は盲目』というやつなのだろうか。
 しかし、撃たれたのが自分だったからいいが、万里だったら大変なことだった。
 アクシデントをアトラクションのような気持ちで楽しんではいけないと、深く反省した久世だったが。

 それはそれとして、折角なので、怪我をダシにして色々してもらおう。

 次の瞬間にはそう考えている、駄目な大人なのであった。
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