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さらにその後のいじわる社長と愛されバンビ

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「え?」

 俺?
 驚きすぎて、思わずぽかんと口が開いてしまった。
 的外れなことを言ってしまったと思ったのか、隣の羽柴が眉を下げる。
「す、すみません。当たり前すぎて、拍子抜けされましたか?」
「いやっ……、そういうことではなく、アノヒトにはいつも適当にあしらわれてるっていうか、とても俺が弱みとは」
「大切な恋人ですから、一番の弱点なのではないでしょうか。万里に何かあったら、昴も冷静ではいられないと思いますよ」
 保証するように微笑まれて、言葉を失った。

 そんなことあるだろうか。
 大切にされている自覚は、ないわけではない。
 色々と気も時間も金も使ってもらっていると思うし、大竹の件でも助けに来てくれたし、今回だって久世のお陰で万里は無傷で帰ってこられた。
 ただ、それが弱点に繋がっているのかどうかは……わからない。
 久世はいつも、どんな窮地も余裕綽々で切り抜けているように見えるから。
 それでもあの時……万里が撃たれていたら、どんな展開になっていたのだろうか。

「いーいこと教えてやろうか」

 つい考え込んでいると、ぬっと、背後から突然現れた海河に羽柴と二人で驚いた。
「て、店長……びっくりしました」
「海河さん、いいことって、なんですか?」
 聞きたいか?ともったいぶる謎のメキシコ人もとい海河の手には、ウィスキーグラス。
 接客中ではなさそうだが、飲んでいるのだろうか。
 大層ご機嫌で、バンジョーでも弾き始めそうな雰囲気だ。
「奴の会社の株を半分持ってるのって、月華なんだぜ」
 久世が社長をしている『PLEIAEDS』のことだろう。
 神導と久世の関係性や金の流れを考えれば、それはもっともなことと思えた。
 頷くと、海河は胡散臭い笑みを深くする。

「だからな、月華に、給料の代わりにお前の持ってる『PLEIAEDS』の株売ってくれ、って頼んでみたらどうだ?」

「……え」
「会社乗っ取って、筆頭株主として色々命令してやればいいだろ」
 株主というのはそういうものではないような気がするが、それは弱みを握ったと言えなくもないかもしれない。
 実際に神導が株を譲ってくれるのかは置いておくとして、少しわくわくしてしまう提案だ。
 しかし、こんなことを教えてくれるなんて、海河は何か久世に思うところでもあるのだろうか。
「筆頭株主になると、どんなことを要求できるのですか?」
 羽柴がのんびりと訊ねる。
「そりゃお前、社長に肩を揉ませたり、食事を作らせたり、コーヒー豆の買い付けに行ってもらったり色々だよ」
「えっ……、筆頭株主というのは、すごいのですね」

 それは絶対嘘だろ。

「お前も彼氏の会社乗っ取れば?」
 水を向けられた羽柴は、フルフルと首を振った。
「そ、そんなことは…。私には会社の経営のことなどはわからないですし…、でも、今日は一緒にいてくださいとわがままを言えたら素敵かもしれませんね」
「……それくらいは普通に言えばいいんじゃね?」
 呆れ顔の海河に加勢するように万里も頷いた。羽柴にそんなことをお願いされて、断る人間はいないだろう。
「万里は、昴にそういうことをお願いできますか?」
「えっ……、俺、は……」
 そんなこと、恥ずかしくて言えるはずもない。
 言えるとしたら、『お願い』ではなく『命令』(嫌がらせ的な)としてだろう。
 『いてもらう』のではなく、『侍らせる』というのは悪くないかもしれない。
 万里の目がきらりと不穏に輝いた。

「株主……目指してみようかな……」

 悪い大人のいらない入れ知恵で、万里に非常に無駄な野心が芽生えたのだった。
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