不器用な初恋を純白に捧ぐ

イワキヒロチカ

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 都内某所、さるホテルの高層階にあるパーティ会場には、ドレスアップした人々が行き交う。
 楽団の生演奏でこそないが、バックには優雅にクラシックが流れ、音の合間に盛んにおこなわれているのは己のアピール。つまりコネクションづくりだ。
 その華やかな場所で、ましろは俯き、誰かに話しかけられることを恐れながら、一人でいても目立たないような場所を探していた。

 ましろの義父は、こうしたパーティーに妻とましろを伴うことが多かった。
 義父はましろをないがしろにするようなことこそなかったが、さしたる関心もなく、ましろや母を伴うのも、会うと大概の人が美しいと褒めたたえるため、アクセサリーとして必要としていたのだと思う。
 ずっと仲良くしていた天王寺に、本当は不快な思いをさせていたのだと知ったましろは、誰かと関わることを恐れるようになっていた。
 対話では殊更言葉を選ぶようになり、中学生にもなって受け答えにもたつく息子を、母は何度も叱った。
 その積み重ねが公の場に出ることへの苦手意識を更に強めていく悪循環。
 その日常にましろは心をすり減らしていった。

 だから、会場について義父の知り合いへの挨拶が済むなり、すぐに両親から離れ、怒られずに済むよう一人になれるような場所を探していたのだが。
「あっ……」
 俯いて歩いていたのが悪かったのだろう、話しながら歩いてきた人にぶつかってしまい、会場に着いたときに渡されたグレープジュースのグラスを落としてしまった。
 ぶつかった男性はそれには気付かず、軽く会釈をして行ってしまい、狼狽えている間にも絨毯の上に紫色が広がっていき、ましろは青ざめる。
「(どうしよう……)」
 条件反射のように、また怒られてしまうと体が強張り、人を呼んで片付けてもらうことすらも思いつけずにいると。

「大丈夫?」

 何故か視界がキラキラしている。
 不思議に思って目を瞬くと、この世のものとは思えぬ美貌の少年の宝石のような瞳が、ましろを気遣わしげに見つめていた。
「あ……………………」
「服が少し汚れちゃったね」
 染みがついている箇所を確認されて、ましろはようやく少年が自分を心配してくれているのだと気付く。
「あの、」
「片付けは給仕の人に頼んで、着替えるといいよ」
 少年は手際よくボーイを呼び止めると事情を話すと、「下に部屋を取ってあるから」とましろの手を掴み、やや強引に会場から連れ出した。
 いきなり姿を消したら怒られてしまうという不安もあったが、歳が近そうだというのもあってか振り払って逃げたいと思うほど少年を不審に思えなかった。
 エレベーターに乗り込み二人きりになると、少年はまっすぐにましろを見てその名を告げた。

「僕は神導月華。月華って呼んでくれていいよ。僕もましろって呼ばせてもらうから」

「え……」
 どうして名前を知っているのだろうと、問おうとしたタイミングでエレベーターの扉が開き、聞き逃してしまう。
 そのまま手を引かれ連れて行かれたのは、パーティー会場のいくつか下の階にあるオーナーズスイートだった。
 義父もホテルに滞在するときはこのクラスの部屋であることが多いが、驚いたのは、自分より年下のように見える少年が、一人でこの部屋を使っているようだったことである。
「替えの服は手配させてるから、その間僕の部屋でお茶でもどう?」
「あの、でも、どうして……」
 何故彼がそんなに親切にしてくれるのかわからない。
 けれど、控えめな問いには答えてもらえず、少年…月華は「土岐川」と誰かを呼んだ。
 すると、部屋の隅にいた、見上げるほどに背の高い男性が頭を下げて、部屋を出ていく。
 それまで全く気配を感じさせなかったので、唐突に現れたように感じて驚くと、月華は悪戯っぽく笑って、そして誇らしげに胸を張り、「彼は土岐川。僕のパートナーだよ」と紹介した。

 おいでとソファに促され、月華の対面に遠慮がちに腰掛けると、テーブルの上には乗りきらないほどたくさんのお菓子が並んでいる。
 驚いているところに、ティーセットを持った土岐川が戻ってきて、ましろの前に置いたカップへとミルクティーを注いだ。
 ふわりと優しい香りが鼻腔を掠める。
「紅茶は嫌いじゃない?お砂糖やティーハニーもあるから、好きな物を使って」
「あ……ありがとうございます」
「お菓子も、僕が美味しいと思うものばかり用意したから、好きなだけ食べていってね」
 広い窓の向こう、東京の薄暗い夜空を背景にしてにっこりと微笑む、この世のものとは思えぬ美貌の少年。
 警戒心や危機管理能力に乏しいましろにも、これがただの善意からくる施しではないと察しはついた。
 だが、その笑顔には、悪魔の誘惑めいた抗えない強い力がある。
 このお菓子を食べたら、後には戻れないのではないか。
 そんな予感を抱きながらも、何かに操られるように目の前の焼き菓子へと手を伸ばしていた。
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