不器用な初恋を純白に捧ぐ

イワキヒロチカ

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「ふむ……どうやら招いていないゲストが乗船していたようだな」
 続いた李の呟きで、八重崎が会の開催者である李に無断で乗り込んでいたとわかり、ましろは慌てた。
「木凪、勝手に乗船してしまったのですか?どうして……」

「豪華客船は……古来より恋の生まれる場所……だから」

 理由になっていない……。
 そして豪華客船の定義には詳しくないが、この船は設備的に見てもそう呼ばれるものではないような気がする。
 頭がよすぎるせいなのか、八重崎の行動は、世間一般の常識から少しずれていることがある。
 ましろも一般常識に疎い自覚があるので、あまり人のことは言えないのだが、この件について八重崎を注意するべきなのはわかる。
「李様、申し訳ありません。木凪、」
「八重子」
「……八重子、許可を得ずにこうした場に参加するのはマナー違反ですよ。それから、そのグラスは私物ですか?船内から持ってきたのならお返ししないと」
 どこからどう見ても美少女メイド(ただし創作の中の)に見える八重崎は、名前の言い直しを強要しておきながらもましろの話などどこ吹く風で、手の中のグラスをおもむろに壁に当てて、耳をつける。
「こうやって壁にグラスを当てると……中の声が聞こえるって……どこかの誰かが教えてくれた……」
「え……それだけで室内の声が聞こえるようになるのですか?」
「でもそれはただの迷信……穴でも空いてなければ…振動が伝わりやすくなる程度……」
「…………………………」
「…………………………」
「あの、じゃあ、何故、」
「盗聴器を仕掛けるのは、犯罪だから……」
 どこまでも噛み合わない会話に、ましろは屈強な男と三人でがっくりと肩を落とした。
 恐らく、この調子で謎の発言を繰り返され、ボディガード達もどう対応してよいかわからず困っていたに違いない。

 困り果てていると、李が八重崎の前へと進み出た。
「意外なゲストだが、折角乗船していただているのだから、おもてなしをしないわけにはいかないだろう。ディナーにはもう一つ席を用意させるということでいいか?」
「も、申し訳」
「コース料理とか、そんなにたくさん食べられないから……、ゲストを次々ワイン色に染め上げるドジっ子メイドとして参加する……」
 無断乗船を咎められなかっただけでなく、ディナーへの参加も許してもらえたというのに、何故断るのか。
 これは流石に怒られても仕方がないのではと思ったが、李は鷹揚に笑った。
「食事には余剰はあっても、ゲスト全員分の着替えは積んでいない。ディナーを台無しにされては困るから、大人しく席に座っていてくれ。何か面白い話の一つもしてくれれば、ゲストとして歓迎する」
 そろそろ準備が整うだろう、と李が踵を返し、ここまで譲歩してもらっておいてなお、渋々といった様子の八重崎を促してましろもその後を追った。

 李と少し距離ができたので、小声で八重崎に話しかける。
「……もしかして、私のことが心配でついてきてくれたのですか?」
「ましろは……冗談のひとつも言えず愛想も面白味もない彼氏に嫌気がさして合コン……?」
「えっ?ち、違います。彼のことをそんな……ではなく、李様に誘っていただいたので……」
「豪華客船では……イケメンの船長でも、船のオーナーのヤクザでも、乗り合わせた某国の王子でも……よりどりみどり……」
「で、ですから」
 乗船していた理由はなんとなく誤魔化されてしまったが、どんな時も動じない八重崎がそばにいてくれるのは、少し心強かった。
 緊張が解けたせいか、ディナーは、八重崎の発言に始終はらはらしながらも、李や他の参加者との会話もあり、楽しい時間になった。


 時間にするとそう長くはないクルーズを終え、下船すると「部下に送らせる」という李の申し出を、八重崎は「迎えが来てるから……いらない……」とバッサリ断った。
 八重崎は、月華の家族であると同時に、巨億の富を稼ぎ出す超人的な頭脳を欲しがる者達によって、その身には常に護衛が必要だ。(……のはずだ)
 ましろも一緒に、というので、李に誘ってくれた礼を伝えるとその場を辞した。
 夜も遅いため、迎えに来るのは、八重崎と暮らしている三浦あたりだろうと想像していたましろは、予想外すぎる人物が立っているのに気付き、息を呑んだ。
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