2 / 188
2
しおりを挟む掴まれた場所から薄い布地越しに熱が伝わって、一気にあの時のことが蘇りそうになる。
混ざる吐息、触れ合う粘膜が怖いくらいの快感を伝えて、何度も逞しい背中にしがみついた。
『竜次郎……すき……』
想いに応えて抱きしめてくれた腕も、湊の中で震えて果てた熱も。
何もかもが愛しくて、胸が詰まって泣き出してしまった湊の涙を、不器用に拭ってくれた指先も。
本当に、大好きだった。
…だけど、彼は好きになってはいけない人で。
「うちの大事な従業員に何か?」
凛とした声に、過去に引き込まれそうになっていた湊はハッとして現在に立ち戻る。
事態の推移を見守っていたオーナーが割って入ってくれたので、腕が解放されてほっとした。
湊をかばうように立った彼の姿を見て、竜次郎は目を剥く。
「従業員!?湊、お前こんなヤクザの店で働いてんのか」
オーナーがダークサイドの人間と付き合いがあることは、この店のスタッフであれば全員知っている。
ただ、理不尽なことを要求をされたことは一度もなく、大事にされていると感じているため、それを不安に思うものはいなかった。スタッフにワケアリな人間が多いというのもある。
それが正義だと思っているわけではないが、彼が金を巻き上げたり陥れたりするような相手は、きっとそうされて仕方ないような悪党だと。
今も商談の相手だと言っていたのに、湊の方をかばってくれている。
ほっとしたのも束の間、自分のせいでオーナーが不利益を被るようなことがあったらという不安が湧き上がってきた。
…が。
「ちょっと?僕は若き実業家で、この店もごくクリーンな経営なんですけど」
「カネがヤクザに流れてりゃフロントなんだよ。何がクリーンだ」
「証拠とかあるの?ていうかそもそも君は直球でヤクザでしょ」
意外とフランクな仲なのか、二人は軽い調子で言い合いをしている。
竜次郎の家は、ヤクザというより昔ながらの任侠一家という感じのそれほど大きくない組だったように記憶している。
一方、オーナーは自分で言っている通り、様々な事業を手掛ける実業家だ。ヤクザだとしたら経済ヤクザとかそういう部類だろう。
二人の接点を謎に思っていると、
「うるせえな、いいから湊と話をさせろ」
突然回り込むように覗き込まれて、ビクッと体を揺らした。
「ちょっと、うちの従業員が怯えてるでしょ。恐喝するのやめてくれる?」
オーナーの言葉に竜次郎が怯むのを見て、湊は「違う」と首を振りそうになる。
竜次郎を怖いと思ったことなんて一度もない。
彼は同級生から怖がられていることを気に病んでいたし、湊はあの手が、どれだけ優しいかを知っている。
…だけど、それは自分のためであってはいけなくて。
グッと唇を噛み締めて、溢れてくる想いを抑え込む。
そして、わざとらしくよろめくと。
「あっ……!すみませんオーナー、俺、持病の眼前暗黒感が酷くて……!今日は早退します!」
眼前暗黒感=立ちくらみ
「オイ!?」
明らかな仮病に、竜次郎のツッコミ混じりの呼び止める声が聞こえたが、バックヤードに一目散に逃げ込んだ。
これ以上あの場所にいたら、自分がどんなことを言い出すかわからない。
身を切るような想いで彼の前から姿を消して、空虚さと喪失感に苛まれながら、それでも頑張って生きてきたこの五年間を無駄にしたくはなかった。
40
あなたにおすすめの小説
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
発情期のタイムリミット
なの
BL
期末試験を目前に控えた高校2年のΩ・陸。
抑制剤の効きが弱い体質のせいで、発情期が試験と重なりそうになり大パニック!
「絶対に赤点は取れない!」
「発情期なんて気合で乗り越える!」
そう強がる陸を、幼なじみでクラスメイトのα・大輝が心配する。
だが、勉強に必死な陸の周りには、ほんのり漂う甘いフェロモン……。
「俺に頼れって言ってんのに」
「頼ったら……勉強どころじゃなくなるから!」
試験か、発情期か。
ギリギリのタイムリミットの中で、二人の関係は一気に動き出していく――!
ドタバタと胸きゅんが交錯する、青春オメガバース・ラブコメディ。
*一般的なオメガバースは、発情期中はアルファとオメガを隔離したり、抑制剤や隔離部屋が管理されていたりしていますが、この物語は、日常ラブコメにオメガバース要素を混ぜた世界観になってます。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる