溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ

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 あまりにもあっさり解放されて、拍子抜けする。
 何故だろう。湊の言い分も中尾の言い分も信じた?或いは中尾の方が立場が上なのだろうか。そんな風にも感じなかったのだが…。

 喜びよりも気味の悪さを感じながら戻ってくると、桃悟がちょうど店から出てくるところだった。
「店長」
「遅かったな。様子を見に行こうかと思っていたところだ」
「あ……、ついでに電話をしていたので。……すみません、ご心配をおかけしてしまって」
 顔色が悪いと言われたが、絞られた照明のせいにするしかなかった。
 オーナーならばともかく、『SILENT BLUE』の仲間に中尾のことを言うことはできない。
 望月達に危害を加えられたらどうしようという懸念もあったが、そういった事態も避けられたようなので、そのことだけはありがたい。

 席に戻ると望月にも心配していたと言われて、桃悟と同じ対応で誤魔化した。
 八重崎に『長崎』という人物に会ったことを報告しようと思い立ち、落としたスマホを回収されてしまったことを思い出す。『SILENT BLUE』の関係者の個人情報が入っているのでひやっとしたが、あれは流通していない特別仕様のものだ。恐らく、湊本人かオーナー、八重崎といった関係者以外には開くことができない仕様だろう。

 竜次郎には報告するべきなのだろうか。
 あの、長崎の鋭い視線。
 ぶつけられた憎しみは、湊ではなく松平組に向けられたものだったように思える。
 もしや因縁のある人物なのだろうか。わかっていたとしたら、八重崎がとっくに教えてくれていてもおかしくはないように思うのだが。
 自分の部屋に戻ったら、竜次郎に電話をしよう。竜次郎が電話に出たら、その時の雰囲気で話そうと決めた。
 
 終電がなくなる前にと、飲み会は程々の時間でお開きになり、同じビルに住むスタッフと一緒に電車で帰路に就いた。
「榛葉には色々と思うところはあるけど、あいつの言った通り居酒屋で飲むのもいいな。今度もう少し個人的にみんなで飲みに行くのもいいかも」
 へへ、とご機嫌で笑う望月の顔は赤い。
「大衆的な場所は望月が酔っ払いに絡まれると嫌だから却下だ。そもそもお前は二年前も…」
「絡んでくるような奴は俺の最強の必殺技アルティメットギャラクシアンプラズマでフルボッコにするから問題ないだろ」
 湊は実は酒にはまったく酔わないのだが、望月と桃悟はそれなりに酔っているようだ。なんとなく言っていることがおかしい。
「いいか湊、あの男がお前に無体なことをする時は俺に言えよ。ボコボコにしてやるからな。何もしてなくてもいつでもボコボコにしてやるけど」
「望月、それはただの暴漢だ」
「俺から湊を奪っていくあいつを一発殴らないと気が済まない」
「桜峰はお前の娘でも何でもないぞ」
 二人のボケとツッコミに湊は苦笑した。
「機会があれば、竜次郎を紹介しますね」
 竜次郎が殴られるのは困るが、湊を案じてくれる望月の気持ちは嬉しい。

 三人でぶらぶらと歩きながら、空を見上げると、雲のかかる三日月が見える。
 学生の頃、竜次郎と何度もこんな風に他愛ない話をしながら夜道を歩いた。
 あの頃は、終わりなんて考えずに笑っていられたのに。

「(竜次郎に会いたい……でも、会うのが怖い……)」

 言えば、竜次郎は無理をしてでも時間を作ってくれるかもしれないが、顔を見てしまえば『もっと一緒にいたい』と我儘をぶつけてしまいそうで恐ろしかった。

 ビルのエントランスが見えてくると、サァッと風が吹いて月が陰った。
 風の音に紛れて、何か音が聞こえたような気がして。
 足を止め、どこから聞こえてきたのだろうと首を巡らせた瞬間、突然、何かが口を塞ぎ、掬うようにして体を持ち上げられる。

「(…しまった………!)」

 やけにあっさり解放した長崎は、湊がいなくなっても怪しまれないタイミングを狙っていたのかと、気付いても後の祭りだ。
 異変に気付かず、歩いていく望月と桃悟の背中が視界をかすめる。
 屈強な腕は抗う隙さえも与えず、拘束した湊を乗せたバンは、その場を走り去った。
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